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薄青の散る 15
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―ヘキサ―
―夕方―
六花のスマホのアラームが鳴る。18時ちょうどに鳴るように設定していたことを思い出した。装備の確認に集中していて時間を忘れていたようだ。
窓に近づきカーテンを少し捲って外を確認すると海が朱に染まっていた。
「もう時間か。行かないと」
六花は装備を身につけ、仕事の用意を整える。必要のない物を袋に戻し、部屋の中を見渡して、しまい漏れがないか確認する。
「よし。あとは秋花さん」
視線をベッドに移すと大の字で寝転がり、呑気に鼻提灯を作っているリコリスの姿を見つけた。
嫌々、リコリスを揺すり起こす。
「荷物持ってください。で、用意できたら行きますよ」
ホテルの部屋はまだ日数が残っているため、すぐに引き払う訳ではないのだが、荷物を出したままにするわけにはいかない。
部屋に入る人物はいないが――彼女たちの荷物には見られて困るものしかない。
「んー?んんーもう少し寝させてー」
リコリスは腹を出してうわ言をいう。朝エランティスと出かけていた時は普通に私服を着ていたが、寝相が悪いなんてものではない。
自らの意志で脱いでいってるとしか思えないほど服が捲れ上がっていた。
「風邪ひかないでくださいよ?仕事はしてもらいますからね」
「やだー。明日で良くない?」
寝ぼけた声でリコリスは返事を返してくる。六花はため息をつきつつ、リコリスのスマホに話しかける。
「……m.a.p.l.e.この人なんとかして」
「ラジャー!」
スマホをリコリスの耳元において、六花は静かに洗面所に避難した。
――――――!!
直後、大音量で音楽が鳴り響く。六花の聞いたことのない曲だが、調子から判断するにアニメのテーマソングか何かだろう。
「うわぁっ!?」
素っ頓狂な声が聞こえたかと思えば、何かが落ちるような大きな音がした。その"何か"の正体は考えるまでもない。
「目は覚めましたか?」
「あはは……もっと優しく起こしてくれてもいいんじゃない?キスとかさ」
「冗談が言えるなら大丈夫そうですね。荷物持ってさっさと行きましょ」
「ね、楽しかったよね~」
「それな~」
「プールのランチセット安くて美味しかったー」
「だな。思ったより売店のアイスも美味しかったし」
「パパ!私また来たい!」
「そんなに良かったか!じゃあ、来年もここに来るか!」
友達、カップル、家族。このホテルに宿泊している人々は、昼間は周囲のプール、海、水族館などのレジャー施設へ遊びに行く。
このホテルでは毎日18時を過ぎると昨夜のようにバイキングが始まり、夕食を取るために皆戻ってくる。
六花とリコリスは彼らの楽しそうな声の横をすり抜けて、屋外の駐車場に出た。
既に組織の工作員が待機しており、車の荷台に何かを積み込む者や楽しげに話している者、音楽を聞いているのか目を閉じてリズムを取る者など様々だ。六花たちが最後のようだ。
(側から見たらここの人たちが全員工作員だなんて思わないんだろうな)
あらかじめ彼らの正体を知っていなければ、先ほどすれ違った家族連れやカップルたちと見分けがつかない。
駐車場の中、ホテルへやって来た時にバンを停めた場所に向かうとオクタとラーレの姿を見つけた。車は移動していなかったようだ。
バンに向かおうと六花が歩き出した時、背後から声をかけられた。
「やあやあ。……遅かったじゃん」
妙に気の抜ける声、この声の主とは知り合って間もないが、インパクトが強かったためすぐに覚えた。
「すみません。ギプソフィラ。音楽を聞いてるようだったので先に私のチームの方に行こうかと思って」
「別にいいよ。それよりあれ見てみ?」
ギプソフィラの仕草に釣られ六花は視線を右にずらした。
「子ども?小学生くらい?」
視線の先にいたのは4、5人の子どもだ。男子が3人。女子が2人。旅行先に子どもがいること自体は特段珍しいことではないのだが、様子がおかしい。
はしゃいだ様子がなく、皆視線を伏せがちだ。
「……っ!」
車の陰から1人の工作員が姿を見せた。プロテアだ。彼女の指示に従い子どもたちは銀色のワゴンに乗り込んでいく。
「ヘキサのところってそんなに人手不足?やっぱり24人どうしても欲しいわけ?」
六花たち名前持ちの工作員の席は24。
何があってもその数を超えて工作員が名前を持つことはない。しかし、その席に空席が生まれると組織は施設から新たな孤児を迎え入れる。
工作員になるための適切な教育を施し、組織の定める水準を越したものが、24席のうち1席を与えられ、名前を持つことが許される。
場合によっては組織から名前を与えられることもあり、それが数字のコードを持つ「代えの利かない工作員」というわけだ。
ここ数ヶ月でホリーの21番とカメリアの3番が空席となった。
六花は急遽24番が空いたことで工作員になったが、実は六花が入る前から一つ前の23番は埋まっておらず、今の組織には合計で「3」「21」「23」の3席も空席があるということになる。
あの5人の子どもたちはその3席に座る可能性のある工作員見習いだ。
これから六花たちの向かう施設は、テトラの用意した爆薬によって爆破解体される。
爆破に最適な配置がその都度指示され、六花を含む施設に潜入する工作員はその指示通りに爆弾を設置していく。
爆破といっても六花1人で設置できる数には限りがある。ギプソフィラがメインで爆発物を設置する工作員を侵入させる手筈になっていたが、どのチームが入るのかは説明されていなかった。
六花の仕事には直接関係がないため気にしていなかったが、まさか後輩になるかもしれない子どもたちが使われるとは思っても見なかった。
「……あんなに若いのに実戦だなんて」
六花は酷だと思ったが、変わってやることはできない。自分に出来ることはせめて敵を長くひきつけ、子どもたちが危険と遭遇するリスクを減らすことくらいだ。
「六花ちゃんも初陣は13歳だったでしょ?そんな変わんないって」
リコリスは欠伸混じりに話す。緊張感が微塵も感じられない。
それにある程度『仕事』をこなせる力がついていた六花とあの子どもたちとでは明らかに敵に遭遇した場合の危険のレベルが違う。
「おっと、そろそろ時間だ。私と来てもらうよ"六花ちゃん"」
ギプソフィラの言葉に肩を落としながら六花は返事を返す。
「ヘキサでお願いします。リコリスも名前言うのやめてください」
同じ工作員に名前がバレたからといって何がどうなる訳でもないが、情報が漏れるのはちょっとした問題だ。
ライースから六花たち工作員を標的にした敵性存在がいると説明された今、特にそのあたりには気を使わなければならないというのに、全く気にしていないようだ。
「ごめんごめん」
ヘラヘラと笑うリコリスを睨みつけたが全然気にしていないようだ。
「あっそうだ。m.a.p.l.e.渡しとかないとね。スマホ出して~」
「ありがとうございます」
六花はスマホを取り出し、m.a.p.l.e.を受け取った。六花のスマホに潜り込んだ彼女はリコリスとのパイプとして機能し、ナビゲートから端末の操作までを幅広くサポートしてくれる。
今回はリコリスに施設の管理者権限を渡す時に必要になるため、一時的に貸し出してもらうことになっていた。
「m.a.p.l.e.?六花ちゃんの電池あんまり食っちゃだめだからね?」
「分カッテルッテ~。ソノ時ガ来ルマデ寝テルカラ~」
歌い上げるようにリズミカルな返事だ。六花にはとても機械が自分で出した声だとは思えなかったが、これもリコリスの設定によるものなのだろう。
しかし、いつかはそれすらも自分の意思で可能になるAIが出てきて、さらに敵になったらと思うと悪寒が走った。
「よし!じゃあ、いってらっしゃい~」
手を大きく振るリコリスに六花は小さく手を振りかえす。
「行って来ます」
ギプソフィラについて車に向かう途中、六花はふと思い出した。
(そう言えば師匠に行って来ますって言えてないな。まぁ……大丈夫か)
―夕方―
六花のスマホのアラームが鳴る。18時ちょうどに鳴るように設定していたことを思い出した。装備の確認に集中していて時間を忘れていたようだ。
窓に近づきカーテンを少し捲って外を確認すると海が朱に染まっていた。
「もう時間か。行かないと」
六花は装備を身につけ、仕事の用意を整える。必要のない物を袋に戻し、部屋の中を見渡して、しまい漏れがないか確認する。
「よし。あとは秋花さん」
視線をベッドに移すと大の字で寝転がり、呑気に鼻提灯を作っているリコリスの姿を見つけた。
嫌々、リコリスを揺すり起こす。
「荷物持ってください。で、用意できたら行きますよ」
ホテルの部屋はまだ日数が残っているため、すぐに引き払う訳ではないのだが、荷物を出したままにするわけにはいかない。
部屋に入る人物はいないが――彼女たちの荷物には見られて困るものしかない。
「んー?んんーもう少し寝させてー」
リコリスは腹を出してうわ言をいう。朝エランティスと出かけていた時は普通に私服を着ていたが、寝相が悪いなんてものではない。
自らの意志で脱いでいってるとしか思えないほど服が捲れ上がっていた。
「風邪ひかないでくださいよ?仕事はしてもらいますからね」
「やだー。明日で良くない?」
寝ぼけた声でリコリスは返事を返してくる。六花はため息をつきつつ、リコリスのスマホに話しかける。
「……m.a.p.l.e.この人なんとかして」
「ラジャー!」
スマホをリコリスの耳元において、六花は静かに洗面所に避難した。
――――――!!
直後、大音量で音楽が鳴り響く。六花の聞いたことのない曲だが、調子から判断するにアニメのテーマソングか何かだろう。
「うわぁっ!?」
素っ頓狂な声が聞こえたかと思えば、何かが落ちるような大きな音がした。その"何か"の正体は考えるまでもない。
「目は覚めましたか?」
「あはは……もっと優しく起こしてくれてもいいんじゃない?キスとかさ」
「冗談が言えるなら大丈夫そうですね。荷物持ってさっさと行きましょ」
「ね、楽しかったよね~」
「それな~」
「プールのランチセット安くて美味しかったー」
「だな。思ったより売店のアイスも美味しかったし」
「パパ!私また来たい!」
「そんなに良かったか!じゃあ、来年もここに来るか!」
友達、カップル、家族。このホテルに宿泊している人々は、昼間は周囲のプール、海、水族館などのレジャー施設へ遊びに行く。
このホテルでは毎日18時を過ぎると昨夜のようにバイキングが始まり、夕食を取るために皆戻ってくる。
六花とリコリスは彼らの楽しそうな声の横をすり抜けて、屋外の駐車場に出た。
既に組織の工作員が待機しており、車の荷台に何かを積み込む者や楽しげに話している者、音楽を聞いているのか目を閉じてリズムを取る者など様々だ。六花たちが最後のようだ。
(側から見たらここの人たちが全員工作員だなんて思わないんだろうな)
あらかじめ彼らの正体を知っていなければ、先ほどすれ違った家族連れやカップルたちと見分けがつかない。
駐車場の中、ホテルへやって来た時にバンを停めた場所に向かうとオクタとラーレの姿を見つけた。車は移動していなかったようだ。
バンに向かおうと六花が歩き出した時、背後から声をかけられた。
「やあやあ。……遅かったじゃん」
妙に気の抜ける声、この声の主とは知り合って間もないが、インパクトが強かったためすぐに覚えた。
「すみません。ギプソフィラ。音楽を聞いてるようだったので先に私のチームの方に行こうかと思って」
「別にいいよ。それよりあれ見てみ?」
ギプソフィラの仕草に釣られ六花は視線を右にずらした。
「子ども?小学生くらい?」
視線の先にいたのは4、5人の子どもだ。男子が3人。女子が2人。旅行先に子どもがいること自体は特段珍しいことではないのだが、様子がおかしい。
はしゃいだ様子がなく、皆視線を伏せがちだ。
「……っ!」
車の陰から1人の工作員が姿を見せた。プロテアだ。彼女の指示に従い子どもたちは銀色のワゴンに乗り込んでいく。
「ヘキサのところってそんなに人手不足?やっぱり24人どうしても欲しいわけ?」
六花たち名前持ちの工作員の席は24。
何があってもその数を超えて工作員が名前を持つことはない。しかし、その席に空席が生まれると組織は施設から新たな孤児を迎え入れる。
工作員になるための適切な教育を施し、組織の定める水準を越したものが、24席のうち1席を与えられ、名前を持つことが許される。
場合によっては組織から名前を与えられることもあり、それが数字のコードを持つ「代えの利かない工作員」というわけだ。
ここ数ヶ月でホリーの21番とカメリアの3番が空席となった。
六花は急遽24番が空いたことで工作員になったが、実は六花が入る前から一つ前の23番は埋まっておらず、今の組織には合計で「3」「21」「23」の3席も空席があるということになる。
あの5人の子どもたちはその3席に座る可能性のある工作員見習いだ。
これから六花たちの向かう施設は、テトラの用意した爆薬によって爆破解体される。
爆破に最適な配置がその都度指示され、六花を含む施設に潜入する工作員はその指示通りに爆弾を設置していく。
爆破といっても六花1人で設置できる数には限りがある。ギプソフィラがメインで爆発物を設置する工作員を侵入させる手筈になっていたが、どのチームが入るのかは説明されていなかった。
六花の仕事には直接関係がないため気にしていなかったが、まさか後輩になるかもしれない子どもたちが使われるとは思っても見なかった。
「……あんなに若いのに実戦だなんて」
六花は酷だと思ったが、変わってやることはできない。自分に出来ることはせめて敵を長くひきつけ、子どもたちが危険と遭遇するリスクを減らすことくらいだ。
「六花ちゃんも初陣は13歳だったでしょ?そんな変わんないって」
リコリスは欠伸混じりに話す。緊張感が微塵も感じられない。
それにある程度『仕事』をこなせる力がついていた六花とあの子どもたちとでは明らかに敵に遭遇した場合の危険のレベルが違う。
「おっと、そろそろ時間だ。私と来てもらうよ"六花ちゃん"」
ギプソフィラの言葉に肩を落としながら六花は返事を返す。
「ヘキサでお願いします。リコリスも名前言うのやめてください」
同じ工作員に名前がバレたからといって何がどうなる訳でもないが、情報が漏れるのはちょっとした問題だ。
ライースから六花たち工作員を標的にした敵性存在がいると説明された今、特にそのあたりには気を使わなければならないというのに、全く気にしていないようだ。
「ごめんごめん」
ヘラヘラと笑うリコリスを睨みつけたが全然気にしていないようだ。
「あっそうだ。m.a.p.l.e.渡しとかないとね。スマホ出して~」
「ありがとうございます」
六花はスマホを取り出し、m.a.p.l.e.を受け取った。六花のスマホに潜り込んだ彼女はリコリスとのパイプとして機能し、ナビゲートから端末の操作までを幅広くサポートしてくれる。
今回はリコリスに施設の管理者権限を渡す時に必要になるため、一時的に貸し出してもらうことになっていた。
「m.a.p.l.e.?六花ちゃんの電池あんまり食っちゃだめだからね?」
「分カッテルッテ~。ソノ時ガ来ルマデ寝テルカラ~」
歌い上げるようにリズミカルな返事だ。六花にはとても機械が自分で出した声だとは思えなかったが、これもリコリスの設定によるものなのだろう。
しかし、いつかはそれすらも自分の意思で可能になるAIが出てきて、さらに敵になったらと思うと悪寒が走った。
「よし!じゃあ、いってらっしゃい~」
手を大きく振るリコリスに六花は小さく手を振りかえす。
「行って来ます」
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