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青出 風太

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File 3

薄青の散る 14

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―ヘキサ―

「おっ邪魔しまーす!」

 大きな声だ。まだ朝の8時だというのに元気いっぱいで、まるで小学生だ。

「五月蝿いわよ。周りの部屋には他のお客さんだっているんだから、迷惑でしょうが」

 部屋に入って来たのはリコリスとエランティスだった。

 エランティスは肩で息をしていて六花には疲れているように見える。リコリスに向けて恨めしそうな視線を向けているが、リコリスはそれに気づいていないらしい。。

 六花がエランティスと過ごした時間は短いが、彼女にはあまり感情的なイメージはなかった。

(エランティスさんがあんなにぐったりするなんて一体なにが……)

 リコリスに振り回されたことは明らかだ。密かに六花は同情する。

「おかえりなさい秋花さん。あと、お邪魔してますエランティスさん」

「いらっしゃい。よくこんなのと毎日いられるわね。私だったら――」
「――なんで六花ちゃんがここに?あっ、やっぱりちょっと待って。当てる」

 エランティスの言葉を遮りリコリスが六花に走り寄ってくる。彼女は六花に抱きつくなり、リラの方を向いて挨拶をした。

「先生おはよう~。はっ!もしかして、うちの子が何かご迷惑を?」

「どの口が……」

 六花はそこまで言って口を閉じた。

「いや、六花ちゃんはとても静かなものだよ。細機の様子を聞きに来ただけみたいだし」

 リラはこの騒がしいのに慣れているのだろう。流石はリコリスの先生。

 何事も無かったかのようにコーヒーを啜っている。

「あっ、それ。今私が当てようとしてたのに」

 リコリスは頬を膨らませブーブー文句を垂れる。

 エランティスは部屋に入るなりタオルを掴んでシャワーの方へ行ってしまった。

 六花は恐る恐る尋ねる。

「……どこ連れ回してたんですか?」

「んーと、サウナで我慢比べしたり、ゲームコーナーで対戦したり、あとは――」
「もう大丈夫です」

 リコリスの話ぶりからするにエランティスは結構な時間連れ回されていたらしい。ゲームコーナーには都内程筐体がそろっていなかったが、レトロゲームや対戦型のゲーム筐体が並んでいた。

 リコリスはゲームになると勝ち負けにうるさい。エランティスがゲームに強いのか六花は知らなかったが、本気で勝ちにいっても、手加減して負けにいってもリコリスは満足しない。

 結局、何度も何度も対戦させられたのだろうと容易に想像することができた。

(確かあそこにはクレーンゲームもあったけど、それをやらないでくれたからまだ良かったのかな……)

 クレーンゲームにはここのホテルのマスコットなのか、魚のマスコットのぬいぐるみがたくさんあった。数で勝負しようなんてことになっていたらと想像するだけで、六花は掃除のめんどくささが頭をよぎる。

(ただでさえ雪崩の起きる部屋にさらにぬいぐるみが……?ダメだ)

 六花はリコリスの部屋を思い出し身震いした。

 リコリスは六花に抱きついたまま、エランティスの入っていったシャワールームの扉に向かって声をかける。

「今日の夜仕事なんだから、それまでには復活してよ?」

「……そういうなら朝から付き合わせないでよ。出たら少し横になるから帰ってちょうだい」

「どこか悪いの!?私も一緒に寝る!?」
「帰れ」

 リコリスはエランティスが強い口調で「帰れ」と言い返すまで半笑いでふざけて遊んでいたが、それを聞くと安心したように笑った。

「じゃあ、先生。私は帰るよ。六花ちゃんはどうする?」

「私も帰ります。用事は済んだので。色々と準備しないとですし、秋花さんも遊んでないでちゃんと準備してくださいね」

 文句を垂れるリコリスの腕を引いて六花は立ち上がる。

「ココアありがとうございました。夜には遅れないで連れてきますから」

 静かに手を振るリラに会釈をして部屋を後にした。






―昼―

 六花は今日、一日部屋にこもり装備の確認をする予定だ。リラの部屋から帰る途中に自動販売機でココアの缶を三本買い、部屋に戻ってきた。

 真っ先に部屋の窓とカーテンを閉める。部屋を暗くし、外に監視がいた場合に備える。

 キャリーケースを開け、中から袋を取り出す。この袋はX線を通さない特殊な加工がなされていて、目にも検査機にも引っかかることはまずない。中に武器類を入れて運ぶために六花たち工作員に支給されているものだ。

 ココアの缶を開ける。リラックスしながら装備を確認していく。リコリスも六花の横でノートパソコンを起動した。

 まずナイフを取り出す。ナイフに刃こぼれはないか。グリップエンドのフックに弛みや欠けはないか。

 次にブーツと袖に仕込んだナイフの動作は完全かを確認する。何度も腕を動かし、使用感を確かめる。

 ベルトのワイヤーを投げ、高速で巻き取る。つまりや先端のカラビナの開閉を手作業で点検する。

 そして――

(これも試してみないと)

 鉤爪だ。テトラ特性の鉤爪はもともと六花の使っていたワイヤーの先端に付けられたカラビナフックに固定できるようにデザインされていた。

 鉤爪につかられたボタンを押し込むと爪が展開した。ボタンは腕時計などに見る竜頭のような作りになっていて、回すことができた。

 少し回すと固くなり、これ以上回せないのかと思ったが、回った。同時に爪の向きが正反対に折れた。爪から傘のような形状に変化した。

「アンカーになるってことですか?これ強度は大丈夫なんですか?」

 六花はその構造に疑いの目を向けたが、経験上テトラが不良品を送り付けてきたことはない。

 問題はないのだろう。

 ゴーグルも試してみたがこちらはただのゴーグルのようだ。通信機能やカメラなどの機能はなく、ただただ粉塵を防ぐための物らしい。

「マスクはないみたいだけど、ゴーグルはくれたんだね」

 リコリスがのぞき込んできた。

「マフラーで口元は隠せるからってことなんじゃないですか?多少のガスなら防げますし……」

 リコリスは昼にはルームサービスで食事を頼んだり、テレビでアニメがやっていないかチャンネルを回していたが、15時を過ぎたくらいで飽きて横になってしまった。

 六花は一人、時間になるまで念入りに装備の確認を続けた。
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