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薄青の散る 12
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―ヘキサ―
テトラは六花とギプソフィラを交互に見る。
「ヘキサはギプソフィラと搬入口から侵入。その後、隣の部屋から天井裏に登ってもらう。そこのスペースは地下一階と一階の境目になっておる。まずは近くのエレベーターに向かうのじゃ」
映像がエレベーターに切り替わった。
「エレベーターは巨大な筒の中を箱が上下に動くような構造で……って前にもヘキサは使ったことがあるんだったかの?そこの空間を使えば警備やカメラに見つかることなく階を移動できるはずじゃ」
六花はそう言われて思い出す。
今年の4月末頃。カミシログループの高層ビルだ。その時は地上120メートルの高さにある社長室まで登る必要があった。
(あの時は確か……)
ビル全体がカミシロの所有物ではなかったところに目を付けた司令部が、比較的システムの緩い企業のコンピュータからの侵入を指示してきたのだ。
そこからビル下層のセキュリティをリコリスが掌握しカメラを停止した後、六花は堂々とエレベーターに入り、ワイヤーを使って天井に抜けた。
今、テトラが説明した通り、エレベーターの外は広さこそないが、高さがあり剝き出しの鉄骨にワイヤーをひっかければ、登っていくこと自体は大した苦労ではなかった。
カミシログループの入っていたビルではエレベーター一本で頂上まで行ける構造ではなかったため、天井裏やバックヤードに繋がる鉄扉が数メートルおきに設けられていた。
そこを経由することで六花は誰の目にも止まることなく頂上にまで登ることができ、殆どの警備を無視して神代颯真と対峙することになった。
「私はそのエレベーターで上に登って何をすれば?」
「ヘキサの仕事は大きく二つ!」
テトラはピースサインを六花に向けた。歯を出してニカッと笑う様子は女の子というよりも小学生の男子といった感じだ。
「一つは施設の警備システムの権限をCチームとEチームに渡すこと。CとEにはそれぞれ別のチームについてナビゲートをしてもらう。権限の譲渡じゃが……詳しい方法はお前さんのとこのリコリスに聞くといい。そのために彼奴をCにしておるんじゃからな」
リコリスに視線を向けると彼女もまたピースサインで六花に応えた。
「……二つ目は?」
「揺動じゃ。これはギプソフィラの仕事にも関わること、しっかり覚えておけよ」
映像が見取り図に戻る。テトラがボタンを押すと外部と繋がっているであろうドアのすべてに赤いバツ印が表れた。
「施設は外からの侵入を徹底的に拒んでおる。じゃから、鍵屋には中から開けてもらうしかない。その時、鍵屋から視線を逸らす必要がある。お前さんはそのための揺動じゃ」
初めは火災報知器や、熱感知センサーなどを反応させ、機械の誤作動を起こす。それと同時に静かに警備を無力化。
警備が本格的に動く様子をCチーム、Eチームが察知し次第六花は姿を表し、施設内を警備を連れて逃走する計画だ。
「お前さんが逃げているその時間を使ってギプソフィラが招き入れた工作員達が施設の要所に私が用意した特殊な爆薬を設置、爆破解体する。お前さんが時間をしっかりと稼げんかったら、今回の作戦は成功せん。本作戦の要というわけじゃな」
―リコリス―
「暑い……こんなん溶けるって、節ちゃん早く出てくれない?」
早朝のサウナ。そこに二人の少女が入っていた。
リコリスとその姉妹弟子であるエランティスだ。
リコリスは目が覚めると同期のエランティスが泊まる部屋に朝一で押しかけ、扉の前で一切の迷いなくm.a.p.l.e.を送信した。
送信先はもちろんエランティスのスマホ。メッセージを送るような気軽さでウィルスすらばら撒くことのできる危険物を送信。
十秒後、部屋の中からアップテンポな爆音が響く。リコリスが今季見始めたばかりのアニメのオープニングだ。
エランティスはアニメどころか基本的にゲームすらしない。この曲が流れたことでm.a.p.l.e.がエランティスのスマホに無事入り込めたのだとリコリスは判断した。
そこからさらに数秒ののち、鳴り響いていた音楽は消え、代わりにリコリスのスマホにメッセージが送られてきた。
”要らないから返す”
アプリを開くとメッセージとともに目に涙をためたm.a.p.l.e.が飛び出した。
「帰サレター!」
「おーよしよし。節ちゃんはひどい奴だねー」
「何が、ひどい奴だねーよ」
愚痴りながらくたびれた様子のエランティスが顔を出した。普段はおとなしく氷のような女性といった印象の彼女。昨日の集会の時も風呂上がりだというのにわざわざ着替えて参加していたほど几帳面な彼女が、珍しく疲れているのか着物がはだけかけている。
(へ~少し色っぽいじゃん)
そうリコリスが思った途端、文句が飛んできた。
「あんた……五月蝿いわよ!先生も居るって私ちゃんと言ってあったわよね」
エランティスがいつもの調子で不服を唱えたことに安心感を覚えながら、リコリスはサウナに行こうと誘った。
「……出ないから。それにさっきから暑い暑いって五月蝿いわよ。こっちまで暑くなってくる。……今夜仕事だっていうのに今こんなの入る必要あった?終わってから入ればいいじゃない」
エランティスがリコリスに文句を返す。
「だって、仕事が終わった後で入れるかなんて分からないじゃん?節ちゃんにはいつも負けてばかりなんで、たまには勝っておきたくてさ」
リコリスは堪え性がない。仕事の最中、少しでも退屈な時間があれば隠れてゲームを始める。退屈な時間に耐えることができない。
六花に簡単なパソコンの操作を教える時だって彼女は思うように事を運べず、投げ出した。だが、エランティスは途中で仕事を投げ出すなんてことはしない。
六花と大浴場で彼女にあうまで気にしていなかったが、思い返してみればエランティスに負けている自覚はあったのかもしれない。
昨日、エランティスに認められて嬉しそうな六花を見て、少し。ほんの少しだけモヤっとしたリコリスはそのモヤモヤを晴らすため意味のない勝負を持ちかけていた。
「貴女この仕事で死ぬの?いつものリコリスらしくないわ」
それには答えず、リコリスは軽口を叩く。
「リコリスじゃなくて、秋花って呼んでくれれば良いのに。私と節ちゃんの仲でしょ」
エランティスはリコリスに付き合う必要はなかったが、わざわざ朝早くからサウナに付き合っていた。
エランティスの面倒見の良さが、彼女を朝一番にサウナに連れてきたのだが、それが彼女自身を損させているのもまた間違いないだろう。
リコリスが今回振り分けられたCチームはその上に司令部が大元になっているAチームがある。
今回の作戦では司令部の元に各部隊の情報支援役が集められている。それぞれに散っていた情報支援役を集め直すことで、作戦指揮を一本化する狙いだ。
暗殺や誘拐、物資の奪取をメインとする実行部隊のリコリス。表の事業運営を取り仕切り、組織の暗部を隠すことを主な仕事とする運営班のエランティス。
そんなリコリスとエランティスの育ての親である女性、潜入班のリラ。
彼女ら3人をライースの指示通りに一律で動かす実質的な指揮を行う司令部の男、ステレコス。
彼を含めた4人の情報系のエキスパートが集められた。彼女らは他の戦闘系の工作員にくらべ非力で体力がない。
作戦は今夜。本来ならば彼女らも夜まで休んで体力を温存しておくべきであるが、実際に潜入するわけでも、戦闘の危険があるわけでもない。
だからこそこうした無茶ができるのであるが、それでもこれから命を懸けた作戦を実行する組織のメンバーとは思えないほどホテルを満喫していた。
テトラは六花とギプソフィラを交互に見る。
「ヘキサはギプソフィラと搬入口から侵入。その後、隣の部屋から天井裏に登ってもらう。そこのスペースは地下一階と一階の境目になっておる。まずは近くのエレベーターに向かうのじゃ」
映像がエレベーターに切り替わった。
「エレベーターは巨大な筒の中を箱が上下に動くような構造で……って前にもヘキサは使ったことがあるんだったかの?そこの空間を使えば警備やカメラに見つかることなく階を移動できるはずじゃ」
六花はそう言われて思い出す。
今年の4月末頃。カミシログループの高層ビルだ。その時は地上120メートルの高さにある社長室まで登る必要があった。
(あの時は確か……)
ビル全体がカミシロの所有物ではなかったところに目を付けた司令部が、比較的システムの緩い企業のコンピュータからの侵入を指示してきたのだ。
そこからビル下層のセキュリティをリコリスが掌握しカメラを停止した後、六花は堂々とエレベーターに入り、ワイヤーを使って天井に抜けた。
今、テトラが説明した通り、エレベーターの外は広さこそないが、高さがあり剝き出しの鉄骨にワイヤーをひっかければ、登っていくこと自体は大した苦労ではなかった。
カミシログループの入っていたビルではエレベーター一本で頂上まで行ける構造ではなかったため、天井裏やバックヤードに繋がる鉄扉が数メートルおきに設けられていた。
そこを経由することで六花は誰の目にも止まることなく頂上にまで登ることができ、殆どの警備を無視して神代颯真と対峙することになった。
「私はそのエレベーターで上に登って何をすれば?」
「ヘキサの仕事は大きく二つ!」
テトラはピースサインを六花に向けた。歯を出してニカッと笑う様子は女の子というよりも小学生の男子といった感じだ。
「一つは施設の警備システムの権限をCチームとEチームに渡すこと。CとEにはそれぞれ別のチームについてナビゲートをしてもらう。権限の譲渡じゃが……詳しい方法はお前さんのとこのリコリスに聞くといい。そのために彼奴をCにしておるんじゃからな」
リコリスに視線を向けると彼女もまたピースサインで六花に応えた。
「……二つ目は?」
「揺動じゃ。これはギプソフィラの仕事にも関わること、しっかり覚えておけよ」
映像が見取り図に戻る。テトラがボタンを押すと外部と繋がっているであろうドアのすべてに赤いバツ印が表れた。
「施設は外からの侵入を徹底的に拒んでおる。じゃから、鍵屋には中から開けてもらうしかない。その時、鍵屋から視線を逸らす必要がある。お前さんはそのための揺動じゃ」
初めは火災報知器や、熱感知センサーなどを反応させ、機械の誤作動を起こす。それと同時に静かに警備を無力化。
警備が本格的に動く様子をCチーム、Eチームが察知し次第六花は姿を表し、施設内を警備を連れて逃走する計画だ。
「お前さんが逃げているその時間を使ってギプソフィラが招き入れた工作員達が施設の要所に私が用意した特殊な爆薬を設置、爆破解体する。お前さんが時間をしっかりと稼げんかったら、今回の作戦は成功せん。本作戦の要というわけじゃな」
―リコリス―
「暑い……こんなん溶けるって、節ちゃん早く出てくれない?」
早朝のサウナ。そこに二人の少女が入っていた。
リコリスとその姉妹弟子であるエランティスだ。
リコリスは目が覚めると同期のエランティスが泊まる部屋に朝一で押しかけ、扉の前で一切の迷いなくm.a.p.l.e.を送信した。
送信先はもちろんエランティスのスマホ。メッセージを送るような気軽さでウィルスすらばら撒くことのできる危険物を送信。
十秒後、部屋の中からアップテンポな爆音が響く。リコリスが今季見始めたばかりのアニメのオープニングだ。
エランティスはアニメどころか基本的にゲームすらしない。この曲が流れたことでm.a.p.l.e.がエランティスのスマホに無事入り込めたのだとリコリスは判断した。
そこからさらに数秒ののち、鳴り響いていた音楽は消え、代わりにリコリスのスマホにメッセージが送られてきた。
”要らないから返す”
アプリを開くとメッセージとともに目に涙をためたm.a.p.l.e.が飛び出した。
「帰サレター!」
「おーよしよし。節ちゃんはひどい奴だねー」
「何が、ひどい奴だねーよ」
愚痴りながらくたびれた様子のエランティスが顔を出した。普段はおとなしく氷のような女性といった印象の彼女。昨日の集会の時も風呂上がりだというのにわざわざ着替えて参加していたほど几帳面な彼女が、珍しく疲れているのか着物がはだけかけている。
(へ~少し色っぽいじゃん)
そうリコリスが思った途端、文句が飛んできた。
「あんた……五月蝿いわよ!先生も居るって私ちゃんと言ってあったわよね」
エランティスがいつもの調子で不服を唱えたことに安心感を覚えながら、リコリスはサウナに行こうと誘った。
「……出ないから。それにさっきから暑い暑いって五月蝿いわよ。こっちまで暑くなってくる。……今夜仕事だっていうのに今こんなの入る必要あった?終わってから入ればいいじゃない」
エランティスがリコリスに文句を返す。
「だって、仕事が終わった後で入れるかなんて分からないじゃん?節ちゃんにはいつも負けてばかりなんで、たまには勝っておきたくてさ」
リコリスは堪え性がない。仕事の最中、少しでも退屈な時間があれば隠れてゲームを始める。退屈な時間に耐えることができない。
六花に簡単なパソコンの操作を教える時だって彼女は思うように事を運べず、投げ出した。だが、エランティスは途中で仕事を投げ出すなんてことはしない。
六花と大浴場で彼女にあうまで気にしていなかったが、思い返してみればエランティスに負けている自覚はあったのかもしれない。
昨日、エランティスに認められて嬉しそうな六花を見て、少し。ほんの少しだけモヤっとしたリコリスはそのモヤモヤを晴らすため意味のない勝負を持ちかけていた。
「貴女この仕事で死ぬの?いつものリコリスらしくないわ」
それには答えず、リコリスは軽口を叩く。
「リコリスじゃなくて、秋花って呼んでくれれば良いのに。私と節ちゃんの仲でしょ」
エランティスはリコリスに付き合う必要はなかったが、わざわざ朝早くからサウナに付き合っていた。
エランティスの面倒見の良さが、彼女を朝一番にサウナに連れてきたのだが、それが彼女自身を損させているのもまた間違いないだろう。
リコリスが今回振り分けられたCチームはその上に司令部が大元になっているAチームがある。
今回の作戦では司令部の元に各部隊の情報支援役が集められている。それぞれに散っていた情報支援役を集め直すことで、作戦指揮を一本化する狙いだ。
暗殺や誘拐、物資の奪取をメインとする実行部隊のリコリス。表の事業運営を取り仕切り、組織の暗部を隠すことを主な仕事とする運営班のエランティス。
そんなリコリスとエランティスの育ての親である女性、潜入班のリラ。
彼女ら3人をライースの指示通りに一律で動かす実質的な指揮を行う司令部の男、ステレコス。
彼を含めた4人の情報系のエキスパートが集められた。彼女らは他の戦闘系の工作員にくらべ非力で体力がない。
作戦は今夜。本来ならば彼女らも夜まで休んで体力を温存しておくべきであるが、実際に潜入するわけでも、戦闘の危険があるわけでもない。
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