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薄青の散る 2
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―ヘキサ―
「オクタさん悪いね~。わざわざ車出してもらっちゃって」
昼過ぎ頃、リコリスと六花はそれぞれ私服に着替えるとオクタの運転するバンに乗り込んだ。
オクタはいつものシワのついたスーツ姿だ。
ラーレにも「一緒に行かない?」とリコリスは声をかけたが、部屋からは「俺はいいや」という素っ気ない返事が返ってきただけだった。
「とりあえずはここ。このショッピングモールにお願い」
そういうとスマホを操作して、車のナビに位置情報を送信した。そこはそれなりに大きいが、ほかに特筆するようなことのないどこにでもあるようなショッピングモール。
アジトから車で15分ほどの近さにあり、テナントもそれなりの物がそろっている。余程の物でなければそこで大抵の用事が済ませられる。
〈久シブリ~オクタサン!私ガナビスルカラ、ソノ通リニ運転シテネ!〉
位置情報と共にm.a.p.l.e.も送信されていたようだ。機械から発せられているとは思えないような楽しそうな声がナビの情報を読み上げる。
「わかった。出るぞ」
オクタはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
平日とはいえショッピングモール。昼時は人で賑わっていた。
ここ数年は気温が上昇し夏が長く続くようになったが、10月になってから水着を買おうという客は少なく、また売ろうとする店も珍しい。
ワンフロアを回ってようやっと縮小された水着売り場を見つけることができた。
「あっ、あったあった。最近は10月で海に行く人だっているんだからもうちょっと置いててくれても良いと思うんだけどな」
リコリスは不満げに水着コーナーに駆け寄っていく。
オクタと六花はやれやれといった様子でゆっくりとそれを追いかける。落ち着きのないリコリスと六花を並べて見るとどちらが年上なのか分からなくなってしまう。
そんな三人を見て近寄ってきた30代くらいの女性店員にリコリスは探している六花用の水着の特徴を伝える。
店員は手に持っていたタブレットを操作して、あるサイトを表示した。
「それでしたら当店でお取り扱いのある商品はこちらですね。いかがでしょうか?」
それは紛れもなくリコリスが六花に見せたものと同じ水着だった。
「これ!これ探してたんですよ。見たやつと同じ!青か黒って在庫あります?」
「確認してまいります。少々お待ちください」
店員は笑顔でそう言うとバックルームに入っていった。
六花の意思とは関係なく水着を買う流れで話が進んでいく。
「私はまだ買うなんて一言も」
「ここまで来たんだからそういうことでしょ。嫌なら着いてきてない!でしょう?ワトソン君!」
リコリスは得意げに探偵ごっこを始めた。
「誰がワトソンですか」
しかし、店員の持ってきた水着を見て六花は満更でもなさそうな様子ですぐに購入することを決めた。
リコリスはひととおり水着を物色したのち、明るい花柄模様で重ね着出来るタイプの水着を試着することにした。年相応に発育したリコリスの身体は外に出ない性質上日に焼けることはない。それこそ卵のような肌をしていた。
六花はそれを見ても普段のリコリスの挙動を見ているせいか、セクシーさよりも活発な印象を受けた。それと同時に敗北感を抱いた。
リコリスは熊谷邸での仕事を終えてアジトに帰って来てからというもの、仕事がない時はゲーム配信をする頻度が一段と増えた。
深夜になって目を覚ました六花が水を飲むためにリビングへ出てみると部屋の外にまで声が漏れ聞こえて来ることもある程だ。
(不健康な生活リズムしてて食生活偏ってるのになんで……)
そんなことを考えながら視線を落とすと、この前きれいに手入れをした空色のスニーカーが見えた。
買い物を終え三人は遅めの昼食を取ることにした。15時にもなると飲食店は空席が目立っている。
「六花、何か食べたいものあるか?」
レストラン街を歩いて三人はどの店に入るか話していた。
六花がぼんやりと店を見回すと見覚えのあるパスタ屋が目に入った。以前学校で仲良くなった涼子に連れられて入った店と同じ系列の店だ。
(あのチェーン店こっちの街にもあったんだ)
六花の視線が止まったことに気づいたオクタがその店に入ることを提案した。
「いや、別にそんなつもりじゃ」
オクタから見た六花は食にうるさいほうではない。仕事で忙しい時はゼリー飲料を進んで選ぶし、食べるものだって栄養調整食品を買い込む。効率重視なのだろうが、子どものうちから味気ないなと思っていた。
そんな六花がパスタ屋を見て止まった。何に目が止まったのか見当はつかなかったが、六花が食べたいと思ったのならそこに入ろうとオクタは思った。
「リコリスはあの店でいいか?」
「ん?私はどこでもいーよ」
店内に客は少なく三人はすぐに席へ通された。六花は席に着くと置いてあるメニューを手に取ったが、それを見るまでもなくカルボナーラを注文するつもりだった。
隣に座ったリコリスがメニューを覗き込んでくるかと思ったが、席についてもスマホを手放すことはなくメニューには目もくれなかった。
「秋花さんは何にするんですか?私は決まりましたよ」
「ん?早かったね。私も同じので頼んで貰おうかな。で、何頼むの?」
順番が逆だろうと思いながらリコリスにカルボナーラを注文することを伝えた。
六花の指さしたメニューをチラ見したリコリスはその写真を見てうんうんと小さく頷きで返した。
「半熟たまご……トッピングしなくても初めから乗ってるんだ。美味しそうじゃん。オクタさんは?」
対面に座るオクタにリコリスと六花は視線を送る。
「俺ももう決まった。店員呼ぶか?」
リコリスは身を乗り出しオクタの持つメニューをのぞき込んだ。オクタはペペロンチーノを注文するらしい。
「えーどうしよう。そっちも良いかなぁ」
そんなことを言いつつもリコリスは結局六花と同じカルボナーラを注文した。
店員に注文を済ませると通路側に座っていたリコリスがドリンクコーナーへ水を取りに向かった。
「ドリンクバーは頼まなくて良かったのか?ココアは良いのか?」
「師匠。この店のドリンクバーにはココアがないんですよ」
六花は呆れたように返す。この店にココアが無いことについてではない。
確かに六花はココアが好きだ。自販機の前を通ればココアが売っているかが気になるし、ココアが売られている珍しい自販機を見つければ、嬉しくなってその場所を覚えているほどだ。
しかし、六花の目に留まったからと言ってココアがあるわけではない。だからこそオクタの驚いた様な反応に呆れた。
「もう調べてたのか。六花らしいというかなんというか。どうして六花はそんなにココア好きになったんだろうな」
六花は少し顔を赤くして小さな声でボソりとつぶやく。
「それは師匠が……」
「ライースに連れられて俺のところに来た時にはもう飲んでたんだったか?」
六花はムスッとして口を閉じた。
「あれ、なんか喧嘩してんの?」
水を入れたグラスを両手で抱えて帰ってきたリコリスはその状況を見て一人きょとんとしていた。
六花はカルボナーラを食べている最中、学校で過ごしたことを思い出していた。
テストの勉強をしたことやバスケットボール部の先輩に囲まれてバスケをしたこと。カルボナーラを口へ運ぶたびに涼子のことを想像した。
涼子が想いを寄せていた教師、細機を攫って組織に引き渡したことは決して謝って許されることではない。そんな自責の念を抱きつつも一緒に過ごした楽しい学校生活に想いを馳せずにはいられなかった。
カルボナーラは美味しいが六花にとってなくてはならないというほどのものではない。しかし、涼子たちと過ごした学校生活を思い出せる特別な料理だった。
「オクタさん悪いね~。わざわざ車出してもらっちゃって」
昼過ぎ頃、リコリスと六花はそれぞれ私服に着替えるとオクタの運転するバンに乗り込んだ。
オクタはいつものシワのついたスーツ姿だ。
ラーレにも「一緒に行かない?」とリコリスは声をかけたが、部屋からは「俺はいいや」という素っ気ない返事が返ってきただけだった。
「とりあえずはここ。このショッピングモールにお願い」
そういうとスマホを操作して、車のナビに位置情報を送信した。そこはそれなりに大きいが、ほかに特筆するようなことのないどこにでもあるようなショッピングモール。
アジトから車で15分ほどの近さにあり、テナントもそれなりの物がそろっている。余程の物でなければそこで大抵の用事が済ませられる。
〈久シブリ~オクタサン!私ガナビスルカラ、ソノ通リニ運転シテネ!〉
位置情報と共にm.a.p.l.e.も送信されていたようだ。機械から発せられているとは思えないような楽しそうな声がナビの情報を読み上げる。
「わかった。出るぞ」
オクタはゆっくりとアクセルを踏み込んだ。
平日とはいえショッピングモール。昼時は人で賑わっていた。
ここ数年は気温が上昇し夏が長く続くようになったが、10月になってから水着を買おうという客は少なく、また売ろうとする店も珍しい。
ワンフロアを回ってようやっと縮小された水着売り場を見つけることができた。
「あっ、あったあった。最近は10月で海に行く人だっているんだからもうちょっと置いててくれても良いと思うんだけどな」
リコリスは不満げに水着コーナーに駆け寄っていく。
オクタと六花はやれやれといった様子でゆっくりとそれを追いかける。落ち着きのないリコリスと六花を並べて見るとどちらが年上なのか分からなくなってしまう。
そんな三人を見て近寄ってきた30代くらいの女性店員にリコリスは探している六花用の水着の特徴を伝える。
店員は手に持っていたタブレットを操作して、あるサイトを表示した。
「それでしたら当店でお取り扱いのある商品はこちらですね。いかがでしょうか?」
それは紛れもなくリコリスが六花に見せたものと同じ水着だった。
「これ!これ探してたんですよ。見たやつと同じ!青か黒って在庫あります?」
「確認してまいります。少々お待ちください」
店員は笑顔でそう言うとバックルームに入っていった。
六花の意思とは関係なく水着を買う流れで話が進んでいく。
「私はまだ買うなんて一言も」
「ここまで来たんだからそういうことでしょ。嫌なら着いてきてない!でしょう?ワトソン君!」
リコリスは得意げに探偵ごっこを始めた。
「誰がワトソンですか」
しかし、店員の持ってきた水着を見て六花は満更でもなさそうな様子ですぐに購入することを決めた。
リコリスはひととおり水着を物色したのち、明るい花柄模様で重ね着出来るタイプの水着を試着することにした。年相応に発育したリコリスの身体は外に出ない性質上日に焼けることはない。それこそ卵のような肌をしていた。
六花はそれを見ても普段のリコリスの挙動を見ているせいか、セクシーさよりも活発な印象を受けた。それと同時に敗北感を抱いた。
リコリスは熊谷邸での仕事を終えてアジトに帰って来てからというもの、仕事がない時はゲーム配信をする頻度が一段と増えた。
深夜になって目を覚ました六花が水を飲むためにリビングへ出てみると部屋の外にまで声が漏れ聞こえて来ることもある程だ。
(不健康な生活リズムしてて食生活偏ってるのになんで……)
そんなことを考えながら視線を落とすと、この前きれいに手入れをした空色のスニーカーが見えた。
買い物を終え三人は遅めの昼食を取ることにした。15時にもなると飲食店は空席が目立っている。
「六花、何か食べたいものあるか?」
レストラン街を歩いて三人はどの店に入るか話していた。
六花がぼんやりと店を見回すと見覚えのあるパスタ屋が目に入った。以前学校で仲良くなった涼子に連れられて入った店と同じ系列の店だ。
(あのチェーン店こっちの街にもあったんだ)
六花の視線が止まったことに気づいたオクタがその店に入ることを提案した。
「いや、別にそんなつもりじゃ」
オクタから見た六花は食にうるさいほうではない。仕事で忙しい時はゼリー飲料を進んで選ぶし、食べるものだって栄養調整食品を買い込む。効率重視なのだろうが、子どものうちから味気ないなと思っていた。
そんな六花がパスタ屋を見て止まった。何に目が止まったのか見当はつかなかったが、六花が食べたいと思ったのならそこに入ろうとオクタは思った。
「リコリスはあの店でいいか?」
「ん?私はどこでもいーよ」
店内に客は少なく三人はすぐに席へ通された。六花は席に着くと置いてあるメニューを手に取ったが、それを見るまでもなくカルボナーラを注文するつもりだった。
隣に座ったリコリスがメニューを覗き込んでくるかと思ったが、席についてもスマホを手放すことはなくメニューには目もくれなかった。
「秋花さんは何にするんですか?私は決まりましたよ」
「ん?早かったね。私も同じので頼んで貰おうかな。で、何頼むの?」
順番が逆だろうと思いながらリコリスにカルボナーラを注文することを伝えた。
六花の指さしたメニューをチラ見したリコリスはその写真を見てうんうんと小さく頷きで返した。
「半熟たまご……トッピングしなくても初めから乗ってるんだ。美味しそうじゃん。オクタさんは?」
対面に座るオクタにリコリスと六花は視線を送る。
「俺ももう決まった。店員呼ぶか?」
リコリスは身を乗り出しオクタの持つメニューをのぞき込んだ。オクタはペペロンチーノを注文するらしい。
「えーどうしよう。そっちも良いかなぁ」
そんなことを言いつつもリコリスは結局六花と同じカルボナーラを注文した。
店員に注文を済ませると通路側に座っていたリコリスがドリンクコーナーへ水を取りに向かった。
「ドリンクバーは頼まなくて良かったのか?ココアは良いのか?」
「師匠。この店のドリンクバーにはココアがないんですよ」
六花は呆れたように返す。この店にココアが無いことについてではない。
確かに六花はココアが好きだ。自販機の前を通ればココアが売っているかが気になるし、ココアが売られている珍しい自販機を見つければ、嬉しくなってその場所を覚えているほどだ。
しかし、六花の目に留まったからと言ってココアがあるわけではない。だからこそオクタの驚いた様な反応に呆れた。
「もう調べてたのか。六花らしいというかなんというか。どうして六花はそんなにココア好きになったんだろうな」
六花は少し顔を赤くして小さな声でボソりとつぶやく。
「それは師匠が……」
「ライースに連れられて俺のところに来た時にはもう飲んでたんだったか?」
六花はムスッとして口を閉じた。
「あれ、なんか喧嘩してんの?」
水を入れたグラスを両手で抱えて帰ってきたリコリスはその状況を見て一人きょとんとしていた。
六花はカルボナーラを食べている最中、学校で過ごしたことを思い出していた。
テストの勉強をしたことやバスケットボール部の先輩に囲まれてバスケをしたこと。カルボナーラを口へ運ぶたびに涼子のことを想像した。
涼子が想いを寄せていた教師、細機を攫って組織に引き渡したことは決して謝って許されることではない。そんな自責の念を抱きつつも一緒に過ごした楽しい学校生活に想いを馳せずにはいられなかった。
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