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青出 風太

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給仕は薄青 25

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―ラーレ―

「そう!そこで結月会の男がバッと掴みかかってきたんだ!それをサッと交わして一撃!」

「「「!!!」」」

「そうやって、敵をバッタバッタと倒していき、無事!和人様と椛さんを助け出したってわけさ!」

 熊谷邸に着くとリコリスとリエールはすぐに依頼人である熊谷の元へ報告に行ってしまった。特に熊谷と面識のないラーレは報告の役目がなく、一人その場に取り残されてしまった。

 報告を終えたらすぐアジトに帰還するものだと考えていたラーレは車で待機していたが、数人の若いメイド達から「来客用に使われている大部屋が空いているので、そこで話を聞かせてほしい」と頼まれ、誘われるままに大部屋へとやって来て自身の活躍を語っていた。

 メイド達はラーレの語る非日常に目を輝かせ、ドラマの中の世界が目の前に座るラーレの日常だというショックにやられ、話にかじりついていた。

 その様子にまたラーレは気分を良くし、話を膨らませていく。


「……何してるんですかラーレ」

 ラーレが声のした方を見ると唖然とした顔のリエールが立ち尽くしている。ラーレは何の気なしに声をかけた。

「あっおかえりなさい。今この子達にどうやって和人様を助け出したのか話していた所で」

 それを聞いたリエールはため息を吐きつつも諦めた様子を見せた。

「……ほどほどに」

「って事だから、これ、内緒な?」

 ラーレはメイド達に向き直ると目配せしながら悪戯っぽく笑って見せた。メイド達は黄色い歓声を上げる。

 メイド達からしたら、ラーレは同年代、あるいは少し年上のイケてるお兄さんといったところだ。キザっぽい言い回しもその方面の耐性が低いメイド達に刺さり、一瞬で彼女達を虜にしていた。

 メイド達はリエールが来てからも、もっとラーレの話を聞きたいだとか、本名が知りたいだとか、好みはどんな女性なのかとか、様々な我儘を言ってラーレと話す時間を増やそうとした。

 ラーレは女性と話すことが好きで、どんな質問にも答えたかったが、この場にしっかり者のリエールがいて、仕事の最中でもあった。リエールに嫌われることは避けたかったため、ラーレは困り始めていた。

 (リエールさんもいるし、どうすっかなぁ)

 格好がつかないため、考え込んでいる姿を見せたくはない。メイド達が用意してくれたコーヒーのカップに手を伸ばして一息つこうとした時、メイド長が部屋にやってきた。

「ほら、貴女達、彼らの仕事の邪魔をしてはいけませんよ。自分の仕事に戻ってください」

 彼女はその一声で不満をたれるメイド達をスムーズに別の部屋へと移動させた。彼女も「失礼します」といって部屋から出て行ってしまったため、先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

 ラーレは思い出したかのようにリエールに尋ねる。

「そういや、リコリスは?」

 リエールはラーレの向かいの席についていた。メイドの用意したであろうポッドから紅茶を淹れる。

「彼女なら和人様を探しに行きました。我々はライース達が戻るまでここで待機です」

「ふーん。じゃあ少し暇になるなぁ」

頭の後ろで手を組みながらラーレは椅子に体を預け天井を仰いだ。ラーレ

「それ、俺にもくれません?」

「ご自分でどうぞ」



―ヘキサ―

「着いたぞ。六花?おい、起きろ。着いたぞ」

 オクタの声で六花は目を覚ました。スマホで時刻を確認すると正午を少し過ぎたあたりだった。

(結構寝てたな……えっと4時間くらい?)

 昨夜から立て続けに仕事が重なった六花はついに眠気に逆らえず、バンで眠ってしまっていた。

「おはようございます。……もう熊谷さんのところですか?」

 寝ぼけた声でオクタに返事をしたつもりだったが、それに反応したのはライースだった。

「12時17分。全然早くないですよ。ヘキサ」

「……悪かったですね」

 寝起きに聞きたくもない嫌味な声が耳に入ってしまい、六花の機嫌はあまり良くなかった。

「とにかく、残る仕事は熊谷さんへ報告をしに行くだけですね。あ~そうそう。ヘキサもきてください」

「なんで私が?」

 六花は丁寧な言葉遣いを習っているわけではない。「です」「ます」を付けて丁寧な言葉遣いを意識しているつもりでいるが、それが適切かどうかは分からなかった。

 六花自身が使い捨てもあり得る工作員の一人であり、相手は資産家であることを考えると一度の粗相で首を斬られかねない。

 「上」が直々に仕事を命じていることから、熊谷が「上」と何かしらのつながりを持っているであろうということは、学のない六花でも理解できた。

 できることなら失言の可能性がある機会を増やしたくなかった。

「報告に行くなら、事件の全体が見えてない私よりも、師匠を連れて行けばいいじゃないですか」

 ぶっきらぼうに返すとライースの声色が変わった。

「熊谷さんが貴女をご指名なんですよ」

「私を?……あ"!?」

 六花は一瞬、なぜ自分が呼ばれたのかの見当がつかなかったが、すぐに思い出した。

 熊谷の部屋でツーブロックの男と戦闘になった時だ。

 六花が部屋に駆け付けた時、男は小刀を抜いており、今にも熊谷に襲いかかりそうな物騒な状況だった。

 なんとか熊谷には傷を負わせることなく守り抜くことに成功した六花だったが、蹴りを食らった男が棚にもたれかかった時、調度品をいくつか壊してしまっていたことを思い出した。

(あれかなぁ、私のせいになる?マズイことしたかも……)

 六花の顔からみるみる内に血の気が引いていった。

「怖い話じゃないといいんですけど……」

 オクタはため息をつき、ライースはにやにやとした笑みで六花を見ていた。



 六花は熊谷に何という言葉で怒鳴られてしまうのかを考え、それだけで済むのかと考えるごとに恐怖を増していった。熊谷の自室に向かう道は入り口からそう遠くはなかったが、一歩一歩が重く、途方もない遠さに感じられる。

 ビクビクと怯えながら熊谷の部屋へとやってきたが、熊谷の前に立つや否や六花の恐れていた言葉とはまるで違う言葉が熊谷の口から発せられた。

「ありがとう!……まずは君にお礼を言いたかったんだ」

「……え?」

「君はまだ若く幼いというのに、私を守るため、命を張って戦ってくれた。君のような子どもに守ってもらわなくてはならなかったというのは実に不甲斐ない話だけどね」

 六花は叱責されると思っていた。だが、この依頼人は六花を責めることなく、むしろ感謝を伝えてきたのだ。

 六花の目に涙が滲んだ。

 六花は自分たちのような孤児を生まないようにするため、それが正義だと自身に言い聞かせ仕事をこなして来た。それでも、こんな仕事が決して褒められるようなものではないと理解していた。

 「AI絡みの孤児を生まないようにするため」

 仕事の理念からして、仕事を成功させたら被害者は生まれない。被害者になっていたかもしれない人々はそんなこととは知らずに、いつもの日常を何に感謝するでもなく過ごしていく。

 六花達は公に活動しているわけではないため、その仕事に対して有難みを持ち、それを伝える人物はいない。

 六花が自分の仕事に対し、感謝を伝えられたのは初めてだった。

「君にこんなことを言うのが正しいのか、私にはわからない。でも、助かったよ」

 六花は初めて「誰かを守るために戦ってきた自分」を間違ってなかったと思えた。
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