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給仕は薄青 23
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―ヘキサ―
「すみません。お邪魔してますよ。中西明宏さん、で合っていますよね?」
ライースは中西に対し、結月会の会長にしたように分かりきった質問をする。
この部屋にたどり着くまでに十人弱の警備員を六花達は無力化してきたが、誰一人として声や物音を立てる余裕もなく倒れ伏していった。
中西が六花達の侵入を事前に察知できる道理はない。だというのに、中西は突然の珍入者を前にしても叫び声一つあげることはなかった。しかし、六花は彼の額から汗がにじみ出ていることに気づいた。
(AI推進派の中西明宏……やっぱり動揺してる)
六花は動揺しつつも逃げ出したり、騒ぎ立てない中西の胆力にむしろ驚かされていた。
「ちょっと"お話"をさせて頂きたく、伺いました。本当はアポイントメントを取ってから、手土産でも持ってきたかったのですが、生憎急な仕事だったもので」
ライースは半笑いだ。動揺し、静かにこちらをうかがっている中西とは明らかに空気感があっていない。
「お前たち、いったいどうやって」
中西は警備を呼ぼうと手元にある警報のスイッチにじりじりと手を伸ばしていた。
「無駄ですよ。我々がどうやって入ってきたと思ってるんですか?」
「……クソっ。お前――」
吐き捨てるように中西が何かを話そうとするところに被せてライースが話し始める。
「――我々は結月会から来ました。貴方も、聞き覚えくらいあるでしょう?」
「……何のことだか」
ライースの問いかけに中西は白を切るつもりらしい。六花にはこの男が結月会と関係しているのかどうか判断がつかなかったが、ライースがここに来たということから、まず「黒」で間違いはないのだろうと考えていた。
「まぁこうやってても時間を浪費するだけなので手っ取り早く終わらせましょうか。会長さんに本件の首謀者が貴方であることを確認していますしね」
ライースはスマホを取り出して操作する。目的の画像を表示したライースは画面を中西に見せた。それを見た中西は見てわかるほどに動揺していた。
「これは!?何故これを……!」
「いや、大変だったんですよ?これ。サルベージするのにすごく時間がかかったんですから」
ライースが見せた画面には中西と結月会会長、望月のやりとりの記録が映し出されていた。履歴など諸々含めて中西は全てを削除していたのだろうが、ライースのチームのハッカー、『ステレコス』がそれらを引き摺り出してしまったのだろう。
六花は自身のチームにリコリスというハッカーがおり、データを復元したり、探し出したりする過程をなんとなくで知っている。詳しいことはわからないが、今回もそういうことなのだろうと考えた。しかし、
(自分でやった訳でもないのに偉そう……)
六花は自信たっぷりに話すライースを蔑んだ目で見ていた。
中西は観念した様子だった。
「なんだ、何が目的だ。金か?」
ライースはそれまで対面する形で中西と話してきたが、自然な動きで中西の側に周り肩に腕を回した。
「いやね?我々もこう言ったことは表に出したくないんですよ。貴方も困るでしょう?AI推進のために、無関係の子どもを暴力団に攫わせたなんて広められたら」
「そんなこと誰が……」
「信じる人は多いと思いますよ?貴方だって一歩間違えれば世論の餌になれるんですから」
中西が怯んだのを見てライースは畳み掛ける。
「中西明宏さん。貴方、実は肝臓に重大な疾患を抱えておられますね?」
「……何故それをっ」
中西が肝臓に疾患を抱えていることはまだマスコミにも発表されていない、中西と党の一部の人間、主治医しか知らない事実だった。
今が選挙のタイミングであることも関係しているが、病の実感が薄かったことが大きい。そして、AI推進派である久津和派のナンバー2として、もう少しでAIを労働力として認める法改正ができるところまで来ていた。
世論を味方につけ、総理が国民の意見を取り入れるため保守的な院を解散した。前回は一部の反対する声が強く、それは叶わなかったが、今が好機だと久津輪派では考えられていた。
中西も今は踏ん張るタイミングだと考えていたのだ。
そういった事情があり、担当医に療養すべきだと散々忠告されていたが、無理を言って入院を回避し続けていた。
「何故って、貴方の担当医である胡桃沢医師とちょっと"お話"しただけですよ。こんな風に楽しくね」
「……」
「どうでしょう?まだ選挙を辞退すると言えば間に合いますし、この際療養に専念されるというのは」
交渉事に長けていない六花の目から見ても話の流れは決まったようなものだった。
中西は極秘裏に計画した和人の誘拐計画を阻止され、削除したデータも拾い上げられ、更には自身の弱みすらも握られてしまっていた。
この場で暴れてもライースを含む三人の侵入者は警備を難なく突破してきているのだ。万に一つも勝てるはずがない。
観念した中西はライースの口車に乗せられたまま、組織からこれ以上の攻撃を受けないことを条件に選挙からの辞退に合意した。
―リコリス―
リエールの運転する車に揺られどのくらいの時間が経ったのか。流石に和人も疲れ果て、眠ってしまっていた。
「あのさぁ、私も寝てないんだけど~。寝てて良い?」
「ダメですよリコリス。もうじき着きますし、まだ護衛任務中なんですから」
寝ぼけたことを言うリコリスをリエールが窘める。
「はぁ~。俺も疲れちまったなぁリエールさん。着いたら起こしてくれない?」
「ラーレまでどうしたんですか。しっかりしてくださいよ。頼りにしてるんですから」
リエールはハンドルを握りながらもラーレに向かって笑顔を見せた。
「頼りにって……それ本当?」
「当然です。貴重な男手ですから」
助手席のヘッドレストに頭をもたげ、沈み込むように眠る体勢になっていたラーレはリエールの「頼りにしてる」と言う言葉に舞い上がってしまった。姿勢を正し、座り直した。
「よっしゃ!どんな事でも任してくれ!」
リコリスは眠い目をこすり、そんなやりとりを見ていた。
(ラーレって本当単純……)
ラーレは狙撃手として教育を受けている。オクタとともに結月会で格闘戦をしているはずだが、リコリス達と合流したときには汗一つかいていなかった。
戦闘の腕は組織の中でもそれなりのものだと言って問題はないだろう。
問題は常日頃からライースの護衛を担当するリエールは暗殺や戦闘を主にこなす六花と同程度の能力を持ち合わせているだろうということ。当然だが、格闘戦になればラーレよりも強い。
新しく攻めてくる輩がいたとしても銃火器を大量に持ち込むとは現実的に考えられず、リエール一人で事足りるようにリコリスには思えた。
(ラーレを頼るほどリエールが追い詰められたら私らじゃどうにもなんないっての)
リコリスたちを乗せた車が熊谷の邸宅へ戻って来る頃には、すでに朝日が昇っていた。リエールが正面入り口に車をつけようとすると教育係を始めとする、大勢のメイドが待機しているのが見えた。
リエールが和人様と言いかけたところでやめた。
「……リコリス。和人様を起こして差し上げて。大勢のメイドがお迎えに出てきてくれていますよ」
「はぁ~い」
リコリスは欠伸混じりの声で返事を返し、和人を揺すり起こした。
「和人君。着いたってさ~」
「ん。……椛、おはよう」
「おはよう」と和人に返し、リコリスは和人に窓の外を見るように言う。
「見て、こんなに迎えに出てきてくれてる。やっぱりみんな和人君を心配してくれてたんだよ」
車の窓の外では優に二十を超えるメイドが和人の帰りを待っていた。リコリスもここにいるメイドの全員と関わりがあるわけではなく、こんなに大勢のメイドが雇われていたことに内心驚いていた。
外にはメイド長のローラや、誘拐されかけた教育係長の姿もあった。リコリスは教育係長が無事そうな様子を見て一先ず安心した。
「こんなに……俺……」
和人が今すぐにメイドたちの気持ちに気づくということは難しいだろう。しかし、和人の中で「誰も気にかけてくれていない」「自分はどうでも良いと思われている」そんな勘違いが少しは和らぐのではないかとリコリスは思った。
「ほら、ちゃんとただいまって言いに行こう」
リコリスは和人の手を引いて朝の日差しの中へ出ていった。
「すみません。お邪魔してますよ。中西明宏さん、で合っていますよね?」
ライースは中西に対し、結月会の会長にしたように分かりきった質問をする。
この部屋にたどり着くまでに十人弱の警備員を六花達は無力化してきたが、誰一人として声や物音を立てる余裕もなく倒れ伏していった。
中西が六花達の侵入を事前に察知できる道理はない。だというのに、中西は突然の珍入者を前にしても叫び声一つあげることはなかった。しかし、六花は彼の額から汗がにじみ出ていることに気づいた。
(AI推進派の中西明宏……やっぱり動揺してる)
六花は動揺しつつも逃げ出したり、騒ぎ立てない中西の胆力にむしろ驚かされていた。
「ちょっと"お話"をさせて頂きたく、伺いました。本当はアポイントメントを取ってから、手土産でも持ってきたかったのですが、生憎急な仕事だったもので」
ライースは半笑いだ。動揺し、静かにこちらをうかがっている中西とは明らかに空気感があっていない。
「お前たち、いったいどうやって」
中西は警備を呼ぼうと手元にある警報のスイッチにじりじりと手を伸ばしていた。
「無駄ですよ。我々がどうやって入ってきたと思ってるんですか?」
「……クソっ。お前――」
吐き捨てるように中西が何かを話そうとするところに被せてライースが話し始める。
「――我々は結月会から来ました。貴方も、聞き覚えくらいあるでしょう?」
「……何のことだか」
ライースの問いかけに中西は白を切るつもりらしい。六花にはこの男が結月会と関係しているのかどうか判断がつかなかったが、ライースがここに来たということから、まず「黒」で間違いはないのだろうと考えていた。
「まぁこうやってても時間を浪費するだけなので手っ取り早く終わらせましょうか。会長さんに本件の首謀者が貴方であることを確認していますしね」
ライースはスマホを取り出して操作する。目的の画像を表示したライースは画面を中西に見せた。それを見た中西は見てわかるほどに動揺していた。
「これは!?何故これを……!」
「いや、大変だったんですよ?これ。サルベージするのにすごく時間がかかったんですから」
ライースが見せた画面には中西と結月会会長、望月のやりとりの記録が映し出されていた。履歴など諸々含めて中西は全てを削除していたのだろうが、ライースのチームのハッカー、『ステレコス』がそれらを引き摺り出してしまったのだろう。
六花は自身のチームにリコリスというハッカーがおり、データを復元したり、探し出したりする過程をなんとなくで知っている。詳しいことはわからないが、今回もそういうことなのだろうと考えた。しかし、
(自分でやった訳でもないのに偉そう……)
六花は自信たっぷりに話すライースを蔑んだ目で見ていた。
中西は観念した様子だった。
「なんだ、何が目的だ。金か?」
ライースはそれまで対面する形で中西と話してきたが、自然な動きで中西の側に周り肩に腕を回した。
「いやね?我々もこう言ったことは表に出したくないんですよ。貴方も困るでしょう?AI推進のために、無関係の子どもを暴力団に攫わせたなんて広められたら」
「そんなこと誰が……」
「信じる人は多いと思いますよ?貴方だって一歩間違えれば世論の餌になれるんですから」
中西が怯んだのを見てライースは畳み掛ける。
「中西明宏さん。貴方、実は肝臓に重大な疾患を抱えておられますね?」
「……何故それをっ」
中西が肝臓に疾患を抱えていることはまだマスコミにも発表されていない、中西と党の一部の人間、主治医しか知らない事実だった。
今が選挙のタイミングであることも関係しているが、病の実感が薄かったことが大きい。そして、AI推進派である久津和派のナンバー2として、もう少しでAIを労働力として認める法改正ができるところまで来ていた。
世論を味方につけ、総理が国民の意見を取り入れるため保守的な院を解散した。前回は一部の反対する声が強く、それは叶わなかったが、今が好機だと久津輪派では考えられていた。
中西も今は踏ん張るタイミングだと考えていたのだ。
そういった事情があり、担当医に療養すべきだと散々忠告されていたが、無理を言って入院を回避し続けていた。
「何故って、貴方の担当医である胡桃沢医師とちょっと"お話"しただけですよ。こんな風に楽しくね」
「……」
「どうでしょう?まだ選挙を辞退すると言えば間に合いますし、この際療養に専念されるというのは」
交渉事に長けていない六花の目から見ても話の流れは決まったようなものだった。
中西は極秘裏に計画した和人の誘拐計画を阻止され、削除したデータも拾い上げられ、更には自身の弱みすらも握られてしまっていた。
この場で暴れてもライースを含む三人の侵入者は警備を難なく突破してきているのだ。万に一つも勝てるはずがない。
観念した中西はライースの口車に乗せられたまま、組織からこれ以上の攻撃を受けないことを条件に選挙からの辞退に合意した。
―リコリス―
リエールの運転する車に揺られどのくらいの時間が経ったのか。流石に和人も疲れ果て、眠ってしまっていた。
「あのさぁ、私も寝てないんだけど~。寝てて良い?」
「ダメですよリコリス。もうじき着きますし、まだ護衛任務中なんですから」
寝ぼけたことを言うリコリスをリエールが窘める。
「はぁ~。俺も疲れちまったなぁリエールさん。着いたら起こしてくれない?」
「ラーレまでどうしたんですか。しっかりしてくださいよ。頼りにしてるんですから」
リエールはハンドルを握りながらもラーレに向かって笑顔を見せた。
「頼りにって……それ本当?」
「当然です。貴重な男手ですから」
助手席のヘッドレストに頭をもたげ、沈み込むように眠る体勢になっていたラーレはリエールの「頼りにしてる」と言う言葉に舞い上がってしまった。姿勢を正し、座り直した。
「よっしゃ!どんな事でも任してくれ!」
リコリスは眠い目をこすり、そんなやりとりを見ていた。
(ラーレって本当単純……)
ラーレは狙撃手として教育を受けている。オクタとともに結月会で格闘戦をしているはずだが、リコリス達と合流したときには汗一つかいていなかった。
戦闘の腕は組織の中でもそれなりのものだと言って問題はないだろう。
問題は常日頃からライースの護衛を担当するリエールは暗殺や戦闘を主にこなす六花と同程度の能力を持ち合わせているだろうということ。当然だが、格闘戦になればラーレよりも強い。
新しく攻めてくる輩がいたとしても銃火器を大量に持ち込むとは現実的に考えられず、リエール一人で事足りるようにリコリスには思えた。
(ラーレを頼るほどリエールが追い詰められたら私らじゃどうにもなんないっての)
リコリスたちを乗せた車が熊谷の邸宅へ戻って来る頃には、すでに朝日が昇っていた。リエールが正面入り口に車をつけようとすると教育係を始めとする、大勢のメイドが待機しているのが見えた。
リエールが和人様と言いかけたところでやめた。
「……リコリス。和人様を起こして差し上げて。大勢のメイドがお迎えに出てきてくれていますよ」
「はぁ~い」
リコリスは欠伸混じりの声で返事を返し、和人を揺すり起こした。
「和人君。着いたってさ~」
「ん。……椛、おはよう」
「おはよう」と和人に返し、リコリスは和人に窓の外を見るように言う。
「見て、こんなに迎えに出てきてくれてる。やっぱりみんな和人君を心配してくれてたんだよ」
車の窓の外では優に二十を超えるメイドが和人の帰りを待っていた。リコリスもここにいるメイドの全員と関わりがあるわけではなく、こんなに大勢のメイドが雇われていたことに内心驚いていた。
外にはメイド長のローラや、誘拐されかけた教育係長の姿もあった。リコリスは教育係長が無事そうな様子を見て一先ず安心した。
「こんなに……俺……」
和人が今すぐにメイドたちの気持ちに気づくということは難しいだろう。しかし、和人の中で「誰も気にかけてくれていない」「自分はどうでも良いと思われている」そんな勘違いが少しは和らぐのではないかとリコリスは思った。
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