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青出 風太

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給仕は薄青 22

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―ヘキサ―

「そこを右へ。道なりに5キロ行ったら左折。あとは近くまでナビを入れておくので、それに従ってください」

 ライースはそう言ってカーナビを設定し終えると、助手席のへッドレストに頭をもたげた。

 六花が言葉を発しようとするのと同時にライースは話し始めた。

「これから向かうのは中西明宏議員のお宅です。ヘキサにも今回の事件の全貌をざっくりと話しておきましょう」


 ライース達は六花やオクタに仕事を命じる以前から今回の事件について調査をしていたようだ。その結果、本件は初めに六花達に話したように「AIを一人の人間として雇用できるようにしよう」といった改正案が棄却されたことから始まったと結論付けた。

 世論は賛否に半々であったが、議院内では終始与党派閥からの反対派の声が強く、棄却となってしまった。そんな現体制に疑問を持った総理が院を解散させたのだろうというところも、ライースの話していた推測から外れていなかった。

「で、中西明宏という議員は賛成派。その野党の中でも大きな派閥に属していて、中心人物の一人だった」

 ライースは中西明宏が野党派閥、久津輪くつわ派のナンバー2であり、熊谷からの支援を受けている与党議員への牽制に動いた事を調査の末突き止めた。

「熊谷さんの息子である和人君を攫い、脅す事で間接的に与党の力を削ぐ算段だったのでしょう。事実、選挙期間中でも様々な理由で候補者が辞退したことがあります」

 与党派閥の人間に間接的に圧力をかけることで改正案に反対した人間をこの選挙で減らし、次こそ改正案を通そうとしているのだろうとライースは話す。

「……それで、俺たちは何しに行くんだ?中西は直接やってないにしても誘拐したようなもんだろ?お茶飲んで自首でも勧めてみるか?」

 オクタはライースを茶化す。

(師匠が笑ってる)

 六花はオクタがふざけ交じりに笑っているところを見るのは珍しい。元々オクタがそういう気質なのか六花には分からないが、オクタが笑っているところを見る機会は少なかった。

「自首を勧める?なに馬鹿なこと言ってるんですか」
 ライースはため息をついた。オクタが本気で言ったわけではないと理解していたが、真に受けやすい六花がいる前で言わないでほしいと思っていた。

「相手は元々候補者を辞退させるつもりだったんですから、本人に辞退もらおうかと。幸いと言って良いのか、お体の方は悪いみたいですからね」

 車は夜の街を静かに進み着実に中西の自宅に向かっていた。六花は話が切れたタイミングでライースに向かって話し始めた。

「さっきは流されてこっち来ちゃいましたけど!私はまだ許してませんからね」

「許す?何をです?」
 不意に怒鳴られたライースは惚けた様子で返した。

「あの会長の息子を人質に取ったことです!一体どう――」

「――それは貴女たちがメイドごっこをやってる間にオクタとラーレにやって貰いました。細機の時もそうでしたが案外そっちもいけるチームみたいですね」

 六花は助手席の方に身を乗り出す。自分たちの仕事をメイドごっこと吐き捨てたことよりも許せないことがあった。

「手段はどうだって良いんですよ!私が言いたいのはなんであんな事したのかってこと!こんなのが本当に――」

「――こんなのが本当に正しいことなのか?ですか?」

 ライースは冷静に六花の言葉を奪う。

「……っ!」

「人間のやる事に規模の大小はあれど種類はそんなにないんですよ。それが正しいか間違っているかなんて誰にもわからない」

「でも!」

 六花が反論しようとしてもライースはそれを許さない。

「何がなんでも仕事を完遂することが正義なのか。誰にでも優しく平等に接することが正義なのか。正義なんてものは見る人、立場、環境、それぞれの人生によって変わる。絶対的な正義は創作物の中だけのものですよ」

「……」

「我々にできることは与えられた命令をこなす事。彼らが誘拐、脅しを効果的と見て使うのならこちらもそれを使うのが手っ取り早い。ただそれだけの事ですよ」



「その辺にしとけ。もう着くぞ」

 オクタの言葉で六花は席に戻った。

 中西の住む自宅は高級住宅街の更に奥まったところ、モダンな邸宅が並ぶ一画にあった。

 ライースは耳にイヤホンをはめ、誰かと通信を始めた。

「ステレコス。準備はできていますか?……はい、こちらは既に近くに来ています。……では今すぐにお願いします」

 ライースの通信に出てきた名前、『ステレコス』。六花が直接会った事はないが、話している様子から推測するに六花やオクタ同様、24席ある名前持ちの工作員の一人だろうと想像できた。

「今、ステレコスが中西邸のシステムを落としてくれたので、堂々と正面から行きましょう」

「俺たちはなんのために呼ばれたんだよ。話すだけならお前一人で行ってくればいいだろ?」

 オクタは悪戯そうにライースを突き放す。

「いやいや、システムは落とせますけど中の警備員はそのままなんですから。ね?頼みますよ」

「お前、最近戦ってないからって鈍りすぎてんじゃねぇのか」

 オクタは半笑いで車を降りた。

「ヘキサ?貴女にも来てもらいますよ」

「……護衛のリエールに任せてばかりじゃなくてライースもたまには体を動かさないと鈍りますよ」

 オクタに続いて小言を漏らし、六花も車を降りる。



 中西邸は道路と邸宅とを隔てるように2メートルほどの高さの門扉があった。壁の隙間から丁寧に手入れされた中庭が見えた。六花は壁とも思える門扉を飛び越えて、中から鍵を開けるようライースに指示された。

「システムはもう落ちてるんですよね?中に降りたら警報が鳴るとか……」

 六花がライースに確認するとライースは肩をすくめて答えてみせた。

「はい、ステレコスが失敗してなければ」

 六花はそれならば一人で邸宅に乗り込んで中西を連れ出す方が楽だと考えながら、ベルトからワイヤーを投げ放つ。

「じゃあ、お邪魔します」

 六花は門の上にあるポールにワイヤーをひっかけて壁を足場にして軽やかに門を飛び越え、内側から門の鍵を開けた。

「ご苦労様です。玄関扉は電子ロックなので既に開いているでしょう。二人とも、お願いしますね」

 ライースはズカズカと玄関に向かって中庭を突っ切ってまっすぐに進んでいく。

(ライースって足跡とか気にしないのかな)

 そう思いながら六花は舗装された道を歩いた。



 玄関の扉はライースの言った通り六花達侵入者を拒む事を忘れたかの様になんの抵抗もなく開いた。

 オクタと六花がライースの前に出て邸宅の中を進んでいく。

 現在の時刻は午前五時。警備はともかく、この邸宅の住人は眠っている頃だろう。そう六花は予想していた。

 邸宅内の電気の大半は消されていたが、いくつかの部屋の明かりがついていることが隙間から漏れ出た光でわかった。

「近いところからいきましょうか。ドアを開けたら死なない程度にやってください」

 ライースは遠慮なく右手前のドアを開いた。

「夜分遅くにすみません。お邪魔致しております」

「お前!どうやっ――」

 部屋の中には三人の警備員がいた。一人はモニターを見ており、二人はテーブルについて飲み物を飲んでいた。

 彼らが立ち上がり、言葉を発するよりも早く。部屋に六花とオクタが雪崩れ込み、一撃の元に意識を奪い去った。

「他の部屋も見ますが、警備員がいるかは何とも言えないですねぇ。あっわかってると思いますけど中西さんとはすぐにお話ししたいので、落としちゃダメですよ?」
「はいはい」

 六花は気絶させた男の懐に武器が隠されていないか確認しつつ返事を返した。


 中西邸をライースを後方に配置したVの字の並びで進む。警報は鳴らないように細工済みだが、鳴らそうとする警備員は真っ先に処理する。仕事モードの六花とオクタが並んで歩く姿は絶壁が迫ってくるかの如き圧迫感がある。

 階段を登り、二階の警備員をさらに数人殴り倒したあたりでライースが扉の前で立ち止まった。

「ここですね」

 立地的には玄関の丁度真上辺りだろう。ライースはオクタに開けるよう指示する。

 オクタが半身になって扉を押し開ける。六花は不意打ちをする警備員がいないか警戒していたが、部屋の中は六十歳半ばくらいの男性が一人いるだけだった。

(まだ五時だって言うのに起きているなんて)

 六花は寝室で寝ているかもしれないと思っていたためその隣にある書斎で男が起きていたことに面食らった。

「すみません。お邪魔してますよ。中西明宏さん、で合っていますよね?」
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