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File2
給仕は薄青 21
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―ヘキサ―
ライースは芝居がかった咳払いを一度してから叩き起こした男に尋ねる。
「結月会会長、望月結斗さんでお間違いありませんか?」
椅子に縛り付けられたまま、男は沈黙で返した。
(ライースが標的の顔と名前を知らないわけない。どうせ調べは付いてるくせに)
意地悪な質問だと思いつつ六花はその様子をただ見ていた。
男は拘束されていながらも、正面から鋭い視線でライースに睨みを利かせていた。拘束はオクタとラーレがしっかりとしていたため、こちらに攻撃できるとは思えないが、それでもここまでの威圧感を感じさせる男に六花は身震いした。
「お前ら……一体どこの」
男が口を開いた瞬間、ライースは問答無用で脛に蹴りを入れた。痛みに男の表情が歪む。うすら笑いの張り付いた表情がぴくりとも動かない様がより不気味さを醸し出していた。
「今はこちらが質問しています。望月結斗さんでお間違いありませんか?」
二度めの言葉には言葉で言い表すことのできない不気味な圧がかかっていた。男は痛みに耐えながら言葉を漏らす。
「……そうだ。俺が望月結斗だ。次はこっち――」
ライースは会長の言葉を遮って質問を続ける。
「まだ質問は終わっていません。和人君の誘拐は誰からの依頼ですか?」
会長は再び口を閉ざし俯く。その様子を見て二、三度ライースが蹴りを入れても頬を叩いても、苦悶の表情を浮かべるだけで会長はなにも話そうとはしなかった。
(そこまでして喋らないなんて一体どんな奴が依頼を……)
六花は痛みに耐え続ける会長の姿を見て、今回の騒動の黒幕がどんな人物なのか考えていた。
ふいにライースがつぶやいた。
「ふむ、困りましたね」
ライースは困ったと口では言いつつも表情は変わらない。それどころか六花には口の端が上がっているようにすら見えた。
(この状況を楽しんでる!?なんてやつ……)
「そうですねぇ……じゃあ、これを見てもまだ気は変わりませんか?」
ライースは胸元からスマホを取り出して一枚の写真を表示した。会長に見せるその時、六花にも画面がチラリと見えた。
(縛られてる…‥男の人?)
縛り付けられているのは三十手前位の男だった。六花には見覚えがない。
「……なっ!」
六花は画面が見えても状況をつかめなかったが、会長にはそれが誰であるのかはっきりと分かったようだった。血相を変えて叫ぶ。
「晴斗!」
「正解です。あなたの息子さんはこちらで預からせて頂いてます。ちゃんと、まだ生きてますよ」
「クソッ!」
会長はライースを睨みつけた。明らかな敵意と殺意が滲み出ている。
(な、何で会長の息子をライースが!?)
話を聞く限り、結月会会長の息子である晴斗という人物をライースがすでに誘拐していたということになる。六花にはそんな作戦の話は聞かされていない。一体いつ誰がどうやって誘拐したというのか。
六花の仕事で仕事以外の情報が伏せられているということは頻繁にあるが、今回は一段と整理がつかなかった。
六花の動揺などお構いなしにライースは続ける。
「依頼人さえ教えて頂ければ、何もせず解放するとお約束しましょう。なんなら無事である事を画面越しでよければ確認しますか?」
ライースはそういうと会長に断らせる隙を与えず、スマホを操作した。コール音が一度だけ鳴った後、すぐにビデオ通話が開始された。
画面には拘束された会長の息子が写っている。手足を椅子に拘束されており、丁度今の会長と同じような状態だ。目も口も覆われておらず当人の顔を知る者であれば本人かどうかはすぐに確認することができるだろう。
互いに椅子に縛り付けられた状態で彼らは対面したのだが、それよりも六花がいやらしいと思ったのは有無を言わせず通話を開始した事だ。
画面の向こうにスマホかパソコンを置いていたとしても何かしら通話に出る操作が必要なはずだ。つまり、今会長の息子の近くに組織の人間がいて、いつでも害を加えることができる事をアピールしているのだ。
(これじゃあやってることはこいつらと同じじゃない……!こんなの……!)
六花も会長と同じ様に憎しみを込めてライースを睨みつけた。
会長は拘束されたままライースとしばし不利な交渉をし、諦め顔で依頼人の名前を口にする。
「依頼人は中西明宏だ」
ライースはそれを聞くと口元を緩めた。普通に笑っているのだろうが六花にはピエロのように不気味なものに見えた。
「ありがとうございます。やはり野党の衆議院議員、中西明宏が裏で糸を引いていましたか」
会長との話がまとまると六花達は速やかに結月会の根城とするビルから脱出した。
六花達はリコリスと和人を連れ、ビルに乗り付けたバンに向かう。ようやっと熊谷邸に帰れると六花が安堵したとき、ライースが徐に話し始めた。
「お疲れ様でした。このまま帰っていただいて構いません、と言いたいところですが、皆さんにはもう一つお仕事があります」
六花達はその言葉に反応して最後尾を歩くライースに振り返る。
「リエールは和人様をお宅までお送りしてください。リコリスとラーレはそちらの付き添いをお願いします」
リエールはその言葉に頷き、和人に話しかける。
「では、和人様行きましょう。あちらに車を回してあります」
和人は呆気に取られリエールの言葉にも呆然として反応しなかった。
リエールはぽっと出の自分よりもリコリスの方が和人の信頼を得ており、彼女の言うことの方が素直に聞けるだろうと判断し早々に任せることにした。
「すみません。リコリス、和人様をお願いします。ラーレも装備を持ってこちらにお願いします」
「はいよ」
ラーレはバンの底板を外してライフルバッグを取り出す。バッグをリエールの用意した車のトランクに押し込み、自身は助手席に乗り込んだ。
「じゃあ行こっか、和人君」
「あ、あぁ」
リコリスは状況が飲み込めていない和人に手を差し伸べる。和人がゆっくりと伸ばしてきた手を握り、二人でリエールとラーレの待つ車へ向かった。
「オクタとヘキサは私と来てください。これから中西さんのお宅へ向かいます。少しお邪魔させてもらいましょう」
「まだ、私たちも何かやるんですか……」
六花はライースに不満を漏らす。ライースはすぐさま言葉を返す。まるでなんと言われるのか予測していて、回答を用意していたかのようだった。
「いや、ヘキサの先ほどの戦闘は見事なものでした。見ていたのは途中からでしたが、流石はオクタの弟子といったところでしょうか。こちらの仕事もヘキサでなければ務まらないと、そう思ったのですが」
「そ、そうですか。それなら仕方ない、ですね」
六花は「ヘキサでなければ務まらない」と言われ、そして何よりオクタの弟子として、自分の事を小馬鹿にしてきたライースに能力を認められたことが嬉しかった。
更にライースは以前、六花の中にある地雷を踏み抜いたことがある。今回それをさらっと回避してみせたライースに感心すらしていた。
そのやり取りを黙って見ていたオクタにライースが茶々を入れる。
「そんなに睨まないでくださいよ。オクタだってヘキサと一緒なら嬉しいでしょう?」
「……別に。そんなことはない」
「まったく素直じゃないですねぇ」
オクタはやれやれとした顔だ。
「師匠?その、嬉しいんですか?私と一緒で」
六花がオクタの顔を覗き込むとオクタは顔を逸らした。
「ほら、遊んでないで。行きますよ二人とも」
ライースはそう言いながら真っ先にバンの助手席に乗り込んだ。
「ったく。運転は俺がするのかよ」
オクタも愚痴をこぼしながらバンへと向かっていった。
ライースは芝居がかった咳払いを一度してから叩き起こした男に尋ねる。
「結月会会長、望月結斗さんでお間違いありませんか?」
椅子に縛り付けられたまま、男は沈黙で返した。
(ライースが標的の顔と名前を知らないわけない。どうせ調べは付いてるくせに)
意地悪な質問だと思いつつ六花はその様子をただ見ていた。
男は拘束されていながらも、正面から鋭い視線でライースに睨みを利かせていた。拘束はオクタとラーレがしっかりとしていたため、こちらに攻撃できるとは思えないが、それでもここまでの威圧感を感じさせる男に六花は身震いした。
「お前ら……一体どこの」
男が口を開いた瞬間、ライースは問答無用で脛に蹴りを入れた。痛みに男の表情が歪む。うすら笑いの張り付いた表情がぴくりとも動かない様がより不気味さを醸し出していた。
「今はこちらが質問しています。望月結斗さんでお間違いありませんか?」
二度めの言葉には言葉で言い表すことのできない不気味な圧がかかっていた。男は痛みに耐えながら言葉を漏らす。
「……そうだ。俺が望月結斗だ。次はこっち――」
ライースは会長の言葉を遮って質問を続ける。
「まだ質問は終わっていません。和人君の誘拐は誰からの依頼ですか?」
会長は再び口を閉ざし俯く。その様子を見て二、三度ライースが蹴りを入れても頬を叩いても、苦悶の表情を浮かべるだけで会長はなにも話そうとはしなかった。
(そこまでして喋らないなんて一体どんな奴が依頼を……)
六花は痛みに耐え続ける会長の姿を見て、今回の騒動の黒幕がどんな人物なのか考えていた。
ふいにライースがつぶやいた。
「ふむ、困りましたね」
ライースは困ったと口では言いつつも表情は変わらない。それどころか六花には口の端が上がっているようにすら見えた。
(この状況を楽しんでる!?なんてやつ……)
「そうですねぇ……じゃあ、これを見てもまだ気は変わりませんか?」
ライースは胸元からスマホを取り出して一枚の写真を表示した。会長に見せるその時、六花にも画面がチラリと見えた。
(縛られてる…‥男の人?)
縛り付けられているのは三十手前位の男だった。六花には見覚えがない。
「……なっ!」
六花は画面が見えても状況をつかめなかったが、会長にはそれが誰であるのかはっきりと分かったようだった。血相を変えて叫ぶ。
「晴斗!」
「正解です。あなたの息子さんはこちらで預からせて頂いてます。ちゃんと、まだ生きてますよ」
「クソッ!」
会長はライースを睨みつけた。明らかな敵意と殺意が滲み出ている。
(な、何で会長の息子をライースが!?)
話を聞く限り、結月会会長の息子である晴斗という人物をライースがすでに誘拐していたということになる。六花にはそんな作戦の話は聞かされていない。一体いつ誰がどうやって誘拐したというのか。
六花の仕事で仕事以外の情報が伏せられているということは頻繁にあるが、今回は一段と整理がつかなかった。
六花の動揺などお構いなしにライースは続ける。
「依頼人さえ教えて頂ければ、何もせず解放するとお約束しましょう。なんなら無事である事を画面越しでよければ確認しますか?」
ライースはそういうと会長に断らせる隙を与えず、スマホを操作した。コール音が一度だけ鳴った後、すぐにビデオ通話が開始された。
画面には拘束された会長の息子が写っている。手足を椅子に拘束されており、丁度今の会長と同じような状態だ。目も口も覆われておらず当人の顔を知る者であれば本人かどうかはすぐに確認することができるだろう。
互いに椅子に縛り付けられた状態で彼らは対面したのだが、それよりも六花がいやらしいと思ったのは有無を言わせず通話を開始した事だ。
画面の向こうにスマホかパソコンを置いていたとしても何かしら通話に出る操作が必要なはずだ。つまり、今会長の息子の近くに組織の人間がいて、いつでも害を加えることができる事をアピールしているのだ。
(これじゃあやってることはこいつらと同じじゃない……!こんなの……!)
六花も会長と同じ様に憎しみを込めてライースを睨みつけた。
会長は拘束されたままライースとしばし不利な交渉をし、諦め顔で依頼人の名前を口にする。
「依頼人は中西明宏だ」
ライースはそれを聞くと口元を緩めた。普通に笑っているのだろうが六花にはピエロのように不気味なものに見えた。
「ありがとうございます。やはり野党の衆議院議員、中西明宏が裏で糸を引いていましたか」
会長との話がまとまると六花達は速やかに結月会の根城とするビルから脱出した。
六花達はリコリスと和人を連れ、ビルに乗り付けたバンに向かう。ようやっと熊谷邸に帰れると六花が安堵したとき、ライースが徐に話し始めた。
「お疲れ様でした。このまま帰っていただいて構いません、と言いたいところですが、皆さんにはもう一つお仕事があります」
六花達はその言葉に反応して最後尾を歩くライースに振り返る。
「リエールは和人様をお宅までお送りしてください。リコリスとラーレはそちらの付き添いをお願いします」
リエールはその言葉に頷き、和人に話しかける。
「では、和人様行きましょう。あちらに車を回してあります」
和人は呆気に取られリエールの言葉にも呆然として反応しなかった。
リエールはぽっと出の自分よりもリコリスの方が和人の信頼を得ており、彼女の言うことの方が素直に聞けるだろうと判断し早々に任せることにした。
「すみません。リコリス、和人様をお願いします。ラーレも装備を持ってこちらにお願いします」
「はいよ」
ラーレはバンの底板を外してライフルバッグを取り出す。バッグをリエールの用意した車のトランクに押し込み、自身は助手席に乗り込んだ。
「じゃあ行こっか、和人君」
「あ、あぁ」
リコリスは状況が飲み込めていない和人に手を差し伸べる。和人がゆっくりと伸ばしてきた手を握り、二人でリエールとラーレの待つ車へ向かった。
「オクタとヘキサは私と来てください。これから中西さんのお宅へ向かいます。少しお邪魔させてもらいましょう」
「まだ、私たちも何かやるんですか……」
六花はライースに不満を漏らす。ライースはすぐさま言葉を返す。まるでなんと言われるのか予測していて、回答を用意していたかのようだった。
「いや、ヘキサの先ほどの戦闘は見事なものでした。見ていたのは途中からでしたが、流石はオクタの弟子といったところでしょうか。こちらの仕事もヘキサでなければ務まらないと、そう思ったのですが」
「そ、そうですか。それなら仕方ない、ですね」
六花は「ヘキサでなければ務まらない」と言われ、そして何よりオクタの弟子として、自分の事を小馬鹿にしてきたライースに能力を認められたことが嬉しかった。
更にライースは以前、六花の中にある地雷を踏み抜いたことがある。今回それをさらっと回避してみせたライースに感心すらしていた。
そのやり取りを黙って見ていたオクタにライースが茶々を入れる。
「そんなに睨まないでくださいよ。オクタだってヘキサと一緒なら嬉しいでしょう?」
「……別に。そんなことはない」
「まったく素直じゃないですねぇ」
オクタはやれやれとした顔だ。
「師匠?その、嬉しいんですか?私と一緒で」
六花がオクタの顔を覗き込むとオクタは顔を逸らした。
「ほら、遊んでないで。行きますよ二人とも」
ライースはそう言いながら真っ先にバンの助手席に乗り込んだ。
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