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青出 風太

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給仕は薄青 14

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――6日目 昼――

―リコリス―

 リコリスとメイド長は約束通り、学校を終えた和人を迎えに来ていた。

 時刻は15時。暦の上では秋だが、日が暮れるにはまだ早い。それどころかまだ夏日が続いておりメイド服だと汗ばんでしまう。

 車の中で待っていても良いが、リコリスが迎えに来ている事が和人にとってわかりやすい方が良いだろうとメイド長に頼まれ、リコリスは車の外に出て和人を待っていた。

(あっつい……これって嫌がらせじゃないの!?早く和人君帰って来てくれ~!)

 リコリスは暑さに溶けそうになるのを我慢しながら涼しい顔で立っていた。


「おーい!」
 聞き覚えのある声がした。

 昇降口から一人で真っ直ぐこちらへ向かって走ってくる和人を見つけた。

 リコリスはクラスの友達と話しながら降りてくるだろうと考えており、茶化されるかもしれないなと思っていたが、そんなことはなかった。リコリスは和人が学校に馴染めていないのではないかと初めて心配になった。

「椛さん!ちゃんと来てくれたんだな!」
「はい。お呼びいただいていたので」

 リコリスに促され、和人は車に乗り込んだ。

「今日も勉強、見てくれるんだろ?」
 はいはいとリコリスは興奮気味の和人の言葉を流しつつ、ランドセルを受け取り、車に乗り込んだ。

「和人様?お勉強に意欲的になってくださるのは結構ですが、明日には習い事もありますからね。今日のうちにしっかりと用意をまとめておいてくださいね」
 メイド長の言葉を和人は、はいはいと流した。

(あーこれ悪い影響出ちゃってるかも……)

 リコリスは他のメイドに悪い事をしたなと思いつつ、車内で和人と話をしながら邸宅へと帰った。


 一般道から邸宅まで真っ直ぐと伸びる一本道。そこは左右が木々で囲われており、車同士がすれ違うには狭い道だ。すれ違うことはできないので出る車がいればそちらを優先しなければならない。

 リコリスや和人を乗せた車が一本道に入ろうとした時、ちょうど出てきた車と鉢合わせた。黒色の特にこれと言って特徴のない車だった。運転士がゆっくりと車を下げる。

「お客さん?ローラ、あれは?」
 和人がメイド長ローラに尋ねる。

「いえ、私も本日来客の予定は伺っておりませんが……一体どうしたのでしょうか」

(メイド長も知らない車?この時期に?)
 リコリスはすれ違う時、運転席に座るツーブロックの男を確認した。


 和人を乗せた車は普段より少し遅れて邸宅に帰ってきた。先程の来客に対応していたのであろう二人のメイドが邸宅内へ引き返していくのが和人の目に入った。

「なぁ、椛?あんな小っさい奴居たっけ?ほら、あれ。片方は佐々木さんだと思うけど」
「小っさい?」

 リコリスは和人の言葉に従って何の気なしに車の窓から外を見た。二人のメイドがエントランスに入るその一瞬、ちらりとしか姿を確認できなかったが見覚えのある薄青色が揺れた。

 六花だ。

 リコリスはちらりと見えたその一瞬でそのメイドが六花であると確信した。和人が小っさい奴と言ったメイドは間違いなく六花だ。

(あー本人に言ったら怒られそ)
 そう思いつつ、彼女は自分と同じメイド寮の部屋に住むメイド「氷室小夜」だとリコリスは説明した。


――6日目 夜――

―リコリス―

 もう日課になりつつある和人との夜ふかし。そのためにまた、外壁の縁を伝って窓から部屋へと入り込む。

「鍵開けといてくれてありがとうね~」
「全く、毎度毎度壁のぼりだなんて……怪我しないようにしろよ?」
 
「なに?心配してくれてんの?優しいねぇ」
 リコリスは和人を茶化しながら、今日はどのゲームをするのか尋ねた。

「ん。何にしようかな。椛は配信で結構色んなゲームやってるだろ?どれなら新鮮で面白いと思うのかなって」

「ここじゃ、ゲームできるだけで楽しいよ~。和人君の好きなゲームにしたらいい」
 そういうと和人は言いにくそうに聞いた。

「もう、配信はできない……のか?」

 当然、リコリスも仕事中は配信しない。機材もなければ、そんな時間的余裕もない。あくまでもあれは趣味が高じただけの暇つぶし。正直仕事中は余裕がないことの方が多い。

 だが、和人が聞きたいのはそんなことではない。おそらく、リコリスが秋風椛として今後もここに残ってくれるのかが聞きたかっただろう。

 ここ数日で和人はリコリスをただのメイドとしては見れなくなっていた。リコリスは憧れの配信者であるだけでなく、自分の不安や悩みを含めた本音を聞いてくれた存在だ。出会ってから日は浅かったが、今後も一緒にいてほしいと思うのに無理はなかった。

 しかし、和人もこの椛というメイドがただのメイドではないことを心のどこかで感じ取っていた。リコリス達の所属する組織について知っていなくとも、彼女がここにいるという状況が何か特殊であるということに気づいていた。

(私たちの仕事の期間は二週間。だけど、教えちゃダメ…‥だよね)

 リコリスがメイドとして一緒にいてあげられるのは二週間。残り日数でいえば長くてあと一週間と少し。その後は一切会うことすら出来ないかもしれない。少し考えてから。

「……どうだろう?」
 残念そうに笑って答えた。

 和人はそれを聞いて俯いた後、ゲームを探しにベッド脇の棚へと向かっていった。

 リコリスは内心和人に謝りつつ、仕事が終わったら配信頻度を少しでも増やそうかと呑気なこと考えていると、耳につけた無線に連絡が入った。

「リコリス、和人さんのところにいてください。来ました」
 リコリスは六花の報告を受け、武者震いした。来ましたとは何が来たのか。そんなこと説明されなくても分かる。”敵”が来たのだ。

 夜中に警護と称して和人の部屋に遊びに来る。そんな平和で安穏とした時間が長く続いたものだからこそ、ここに敵が攻めてくるなんて考えられなくなっていた。
「気を付けてねヘキサ」


――6日目 夜――

―ヘキサ―

 時刻は深夜1時。六花は何かあったときのために届けられた装備を身に着けその上からメイド服を着こみ、警戒の意味を込めて熊谷邸を歩きまわるようにしていた。

 メイド服姿なら他のメイドに万が一見つかったとしても叱られる程度で済む。少なくとも通報はされないだろうと思ったからだ。

 見回りを始めて5日目……選挙が行われる2日前にして初めて背後に他人の気配を感じた。その気配に気づかないフリをしながら有事に備え、息子の部屋の方面へ順路を変える。

 念のためリコリスに無線で「和人さんのところにいてください」と危険を小声で伝えた。その直後”向こう”から声をかけて来た。

「メイドさん?にしては随分と小さいのがいるんだな」

「そういう貴方は?この屋敷の人じゃないよね」
 六花はゆっくりと振り返り相手を確認する。

 廊下の窓から差す月明かりが珍入者の姿を照らし出す。黒一色のスーツを着た20代後半くらいの男はへらへらと話し始めた。

「あ~警備の橋本ですよ。最近は物騒なのでこっちでも夜間の見回りを増やそうってことになって――」
「――橋本?ここの警備員だっていうなら、私の知ってるリストには無い名前ですね。……嘘はやめてください。入り込んだのは貴方一人?」

 男の言葉を奪うように六花は食い気味にそれを否定する。男は暗視用のゴーグルとウェストポーチを身につけている。

(警備員を名乗るのならもっとマシな格好をすればいいのに)
 六花はそっと体を斜にして、戦闘体勢をとった。

「……嬢ちゃん意外と肝が据わってるなぁ」
 男は六花の平然とした様子を見て驚きの声を漏らす。

(斥候ってやつ?いくらなんでもここに一人で入ってきてるってことはないはず。ここにはどうやって?あのポーチの中に工具でも入ってるのかな)

 六花は会話の最中でも敵を観察し続ける。重心の位置、利き手、歩きの癖。そういった些細な情報を集めることで戦闘を有利に進めるためだ。

「さっさと出て行ってくれませんか?」
「いやいやこっちも仕事なんだよ。悪く思うなよ?」

 その言葉と同時に男は六花に掴みかかる。六花は迫る男の手を躱しつつ体を捻って半月を描くようにカウンターの回し蹴りを放つ。

 男は側頭部にヒールの鈍い衝撃を受け、勢いよく壁に打ちつけられた。

「――くっそ……!」

 一撃で顎先を蹴り抜き、男を鎮めたと思った六花だったが、普段より裾の長いメイド服に不慣れなこともあり、狙いがズレてしまったらしい。男を完全に落としきれなかった。

(このスカート動きづらい……!)
 男は頭をさすりながら立ち上がった。

「ッ!痛ってぇな!ほんと、嬢ちゃん何もんだ?」
 六花は数瞬迷った。

「ん!……んと。今は熊谷邸に仕えるメイド」
「メイドだ?ふざけんじゃねぇ!」

 男は激昂しスーツの内側からナイフを取り出し、またも六花に襲いかかる。

 男は六花に襲いかかるその瞬間、ナイフを出したその瞬間でさえも六花の表情が変わらないことに不気味さを覚えた。

 六花自身がナイフを使う暗殺者なのだ。ただ相手がナイフを抜き出した程度では動揺するはずもない。
(すぐに仲間について聞きたいから浅く……浅く……落とす)

 六花は冷静に男の動きを見極め、ナイフを躱して懐に潜り、顎先を掌底で撃ち抜く。六花の手には今度こそ確実に落とした感触があった。

「2度は失敗しないよ」

 この戦闘に入ってくる敵の増援がいないことを確認してから近くにある部屋に伸びた男を引き摺って入った。
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