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給仕は薄青 6
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――1日目 夜――
―ヘキサ―
「とりあえずタブレット確認からだね。ずっと私が持ってたけど見れてなかったから」
リコリスはそういってタブレットを操作する。
初めは明るかった表情も次第に曇りはじめ、しまいにはタブレットを投げ出した。
「ちょっと!いきなり投げないでくださいよ」
六花はタブレットを拾い上げ開く。
「軽くいじっただけだけど、なーんも面白いもんはなかったよ」
「なにかメッセージとかは?」
タブレットにはいつも使っているメッセージアプリが開かれていた。リコリスはメッセージもしっかりと確認したのだろう。
「いんや何も。いつものメッセージアプリがあるのと装備の追加発注かけられるくらい?」
「本当にそれだけですか?」
「そう。普通のタブレットと大して変わらないってこと。要らない機能はまるまる入ってないみたいだよ」
六花もタブレットを操作してみるが、どうやらタブレット端末には本当にそれ以外の機能がないらしい。
「本当にこれだけなんですね」
「m.a.p.l.e.も連れてこられてないしね、とりあえず私たちの部屋にある装備だけでも送ってもらうようにしておこうか」
リコリスは六花からタブレットを受け取り、メッセージを飛ばす。宛先はアジトに残っているであろうオクタとラーレ。
今回の仕事は暗殺ではないがリコリスも六花も戦闘にもつれ込む可能性が高い。となれば装備類は必要だ。六花はリコリスがメッセージを送るのをみながらストレッチを始めた。
そこからしばらく無言が続いていたが思い出したように六花が口を開いた。
「そういえば秋花さん」
「なに?」
「護衛対象の息子さんには会えたんですか?私は一日中屋敷を回ってましたが会えなかったので」
六花の言うように初日ということもあってか今日は一日中邸宅内を連れ回された。しかし、一度も息子と会うことはなかった。
「会ってきたよ。結構なわがままお坊ちゃんって感じだったね」
「……そうでしたか」
リコリスはあえて部屋のことには触れなかった。
「周りを困らせてるというか、なんというか。躾の行き届いてる感じは無かったね」
「……それは――ファイトです」
リコリスと六花がそんな話をしていると不意にタブレットに通知が届いた。リコリスはそれを確認する。
「メッセージには何と?」
「装備は二時間後に裏口の方に車で持ってきてくれるってさ。オクタさんがこっちに向かってるみたい」
(もう向かってる?私たちが連絡するよりも早く用意してくれてたんだ。リエールさんが言っておいてくれたのかな)
しかし、それよりも気になることがあった。
「師匠が来るんですか?輸送班じゃなくて?」
「何々~?オクタさんじゃ嫌なの?」
「そういうんじゃ……ないですけど。いつもなら輸送班が来るはずじゃないですか」
物資はアジトから送られてくる場合でも輸送班を経由することが多かった。輸送班は物資輸送と偽装のプロ集団だ。そこを経由しない理由が六花には思いつかなかった。
「ホリーさんが死んじゃって輸送班も忙しいみたいだよ。ホリーさんが狙われたんじゃないかって変な噂が流れたせいで、かたき討ちだって騒いでるやつもいるみたいだし……それに元々の業務だってあるんだし、今夜はたまたま忙しかったんじゃない?」
「ホリーさん……」
六花も以前の仕事でホリーと会ったことがあった。初めはおっとりしたお姉さんに見え、この仕事をしているのが不気味に見えたほどだったが、用心深く慎重で些細な事柄も見逃さないところのある人物だった。
そんなホリーが亡くなってしまったという知らせを受けて六花もショックを受けていた。
ホリーの双子の弟であるカメリアは温厚で人当たりのいい好青年といった風体だったが、姉を殺されたことで「必ず犯人を見つけ出す」と言ってすでに行動を起こしているらしい。
様々な感情が沸き上がってきたが、六花は頭を振って気持ちを切り替えた。ホリーが殺されたのは悲しいことだが、切り替えていかなければ次に命を落とすのは六花自身かもしれない。
「秋花さんには銃積んであるって書いてありましたか?」
「こっちから頼もうと思ったけど、もう積んであるってさ。流石オクタさんだね。あとはゲームでもあればな~」
(……ゲームねぇ)
六花はいつものナイフがなくても厨房には多種多様の刃物があるのを確認していた。そこからいくつか拝借すれば問題なく戦えるが、リコリスは愛用のワルサーが欲しいと思っていたはずだ。銃がなくてもそれなりには戦えるのだが、やはり得意な装備があった方が護衛しやすい。
(流石は師匠……)
リコリスは六花の視線に気づいて慌てた。
「いやいや冗談だって六花ちゃん。ゲームは帰ってからやるよ……」
師匠のことを考えていた六花にはリコリスが何を慌てているのかわからなかった。
「はぁ?」
六花は、とりあえず仕事の話に戻すことにした。
「息子の護衛は外で、だと思ったんですけど、こんなに早く用意されるなら今日の夜からなんでしょうか」
「ここに襲撃ってこともあるかもね~。あ~怖い怖い」
リコリスは自分の体を抱くようにして震えて見せた。どうにもふざけている感じが抜けない。
「師匠が来るのって二時間後でしたっけ?それなら私は少し仮眠とっておきますね」
「悪いな、思ったよりも時間がかかっちまった」
六花たちが熊谷邸の裏手で待っていると22時半を少し過ぎたころオクタの乗ったバンが到着した。
「大丈夫ですよ。遅れると連絡はいただいていましたし」
六花とリコリスはオクタからそれぞれキャリーケースを受け取った。
「装備はそん中に入ってる。あとで足りないものがあったらまた連絡をくれ」
「ありがとうございます。師匠は今何してるんですか?」
「六花の仕事とほとんど同じだ」
「……」
しばらくオクタの言葉を待ったが続く言葉はないようだった。
「オクタさんの方もこの件に絡んでたんだね」
リコリスはキャリーケースを開け、銃の確認をしながら言った。
「そうだな……なるべくこっちの仕事は早く終わらせるよ。終わったら二人に合流する」
「わかりました」
そう言って六花とリコリスはオクタを見送った。
「私は装備つけたら邸宅内を回ってこようと思ってますけど秋花さんは?」
「見回りだね。いいよ行こっか」
六花はいつものパーカーとスカートの上からメイド服に着替えなおし、持ってきてもらった装備のうちすぐに取り付けられるワイヤーベルト、ナイフ二本、そして両腕にナイフが飛び出す機構を備えた装備を巻き付け袖に隠した。
ブーツにも暗器が仕込まれているため、出来ればそっちも履いていきたかったが、メイド服に合わせてストレートチップも支給されており、日中はこちらを履いている。明らかに違うと警戒される可能性もあると考え、ブーツは履いていかないことにした。
リコリスはワルサーPPKを器用に服にしまい込んだ。
二人は他のメイドたちに勘付かれないよう、注意を払って邸宅の中へ入っていった。
――2日目 朝――
―ヘキサ―
六花が日の光で目覚めると使用人用の宿舎全体がバタバタとしていた。時刻は5時ちょうど。朝の支度でバタバタしているのだろうと察した。
(そういえば秋花さんは?朝弱かったはず)
六花の想像通り、リコリスは隣のベッドで毛布を頭までかけて、くるまっていた。
「起きてくださいよ!秋花さん朝!朝ですよ!」
「んん。まだゲームしてたい~」
寝ぼけているらしかった。
悩んだ末に六花は
「仕事ですよリコリス」
毛布をはぎ取って耳元でなるべく無機質に言い放った。
すると
「ひっ!」
リコリスはひきつったような顔で跳び起きた。
「六花ちゃんさ~起こすならもっと優しく起こしてよ……」
「さっさと起きないのが悪いんですよ」
六花は悪態をつきながらメイド服を着る。
「清掃班の仕事があるので、私は先に行ってますからね?」
―ヘキサ―
「とりあえずタブレット確認からだね。ずっと私が持ってたけど見れてなかったから」
リコリスはそういってタブレットを操作する。
初めは明るかった表情も次第に曇りはじめ、しまいにはタブレットを投げ出した。
「ちょっと!いきなり投げないでくださいよ」
六花はタブレットを拾い上げ開く。
「軽くいじっただけだけど、なーんも面白いもんはなかったよ」
「なにかメッセージとかは?」
タブレットにはいつも使っているメッセージアプリが開かれていた。リコリスはメッセージもしっかりと確認したのだろう。
「いんや何も。いつものメッセージアプリがあるのと装備の追加発注かけられるくらい?」
「本当にそれだけですか?」
「そう。普通のタブレットと大して変わらないってこと。要らない機能はまるまる入ってないみたいだよ」
六花もタブレットを操作してみるが、どうやらタブレット端末には本当にそれ以外の機能がないらしい。
「本当にこれだけなんですね」
「m.a.p.l.e.も連れてこられてないしね、とりあえず私たちの部屋にある装備だけでも送ってもらうようにしておこうか」
リコリスは六花からタブレットを受け取り、メッセージを飛ばす。宛先はアジトに残っているであろうオクタとラーレ。
今回の仕事は暗殺ではないがリコリスも六花も戦闘にもつれ込む可能性が高い。となれば装備類は必要だ。六花はリコリスがメッセージを送るのをみながらストレッチを始めた。
そこからしばらく無言が続いていたが思い出したように六花が口を開いた。
「そういえば秋花さん」
「なに?」
「護衛対象の息子さんには会えたんですか?私は一日中屋敷を回ってましたが会えなかったので」
六花の言うように初日ということもあってか今日は一日中邸宅内を連れ回された。しかし、一度も息子と会うことはなかった。
「会ってきたよ。結構なわがままお坊ちゃんって感じだったね」
「……そうでしたか」
リコリスはあえて部屋のことには触れなかった。
「周りを困らせてるというか、なんというか。躾の行き届いてる感じは無かったね」
「……それは――ファイトです」
リコリスと六花がそんな話をしていると不意にタブレットに通知が届いた。リコリスはそれを確認する。
「メッセージには何と?」
「装備は二時間後に裏口の方に車で持ってきてくれるってさ。オクタさんがこっちに向かってるみたい」
(もう向かってる?私たちが連絡するよりも早く用意してくれてたんだ。リエールさんが言っておいてくれたのかな)
しかし、それよりも気になることがあった。
「師匠が来るんですか?輸送班じゃなくて?」
「何々~?オクタさんじゃ嫌なの?」
「そういうんじゃ……ないですけど。いつもなら輸送班が来るはずじゃないですか」
物資はアジトから送られてくる場合でも輸送班を経由することが多かった。輸送班は物資輸送と偽装のプロ集団だ。そこを経由しない理由が六花には思いつかなかった。
「ホリーさんが死んじゃって輸送班も忙しいみたいだよ。ホリーさんが狙われたんじゃないかって変な噂が流れたせいで、かたき討ちだって騒いでるやつもいるみたいだし……それに元々の業務だってあるんだし、今夜はたまたま忙しかったんじゃない?」
「ホリーさん……」
六花も以前の仕事でホリーと会ったことがあった。初めはおっとりしたお姉さんに見え、この仕事をしているのが不気味に見えたほどだったが、用心深く慎重で些細な事柄も見逃さないところのある人物だった。
そんなホリーが亡くなってしまったという知らせを受けて六花もショックを受けていた。
ホリーの双子の弟であるカメリアは温厚で人当たりのいい好青年といった風体だったが、姉を殺されたことで「必ず犯人を見つけ出す」と言ってすでに行動を起こしているらしい。
様々な感情が沸き上がってきたが、六花は頭を振って気持ちを切り替えた。ホリーが殺されたのは悲しいことだが、切り替えていかなければ次に命を落とすのは六花自身かもしれない。
「秋花さんには銃積んであるって書いてありましたか?」
「こっちから頼もうと思ったけど、もう積んであるってさ。流石オクタさんだね。あとはゲームでもあればな~」
(……ゲームねぇ)
六花はいつものナイフがなくても厨房には多種多様の刃物があるのを確認していた。そこからいくつか拝借すれば問題なく戦えるが、リコリスは愛用のワルサーが欲しいと思っていたはずだ。銃がなくてもそれなりには戦えるのだが、やはり得意な装備があった方が護衛しやすい。
(流石は師匠……)
リコリスは六花の視線に気づいて慌てた。
「いやいや冗談だって六花ちゃん。ゲームは帰ってからやるよ……」
師匠のことを考えていた六花にはリコリスが何を慌てているのかわからなかった。
「はぁ?」
六花は、とりあえず仕事の話に戻すことにした。
「息子の護衛は外で、だと思ったんですけど、こんなに早く用意されるなら今日の夜からなんでしょうか」
「ここに襲撃ってこともあるかもね~。あ~怖い怖い」
リコリスは自分の体を抱くようにして震えて見せた。どうにもふざけている感じが抜けない。
「師匠が来るのって二時間後でしたっけ?それなら私は少し仮眠とっておきますね」
「悪いな、思ったよりも時間がかかっちまった」
六花たちが熊谷邸の裏手で待っていると22時半を少し過ぎたころオクタの乗ったバンが到着した。
「大丈夫ですよ。遅れると連絡はいただいていましたし」
六花とリコリスはオクタからそれぞれキャリーケースを受け取った。
「装備はそん中に入ってる。あとで足りないものがあったらまた連絡をくれ」
「ありがとうございます。師匠は今何してるんですか?」
「六花の仕事とほとんど同じだ」
「……」
しばらくオクタの言葉を待ったが続く言葉はないようだった。
「オクタさんの方もこの件に絡んでたんだね」
リコリスはキャリーケースを開け、銃の確認をしながら言った。
「そうだな……なるべくこっちの仕事は早く終わらせるよ。終わったら二人に合流する」
「わかりました」
そう言って六花とリコリスはオクタを見送った。
「私は装備つけたら邸宅内を回ってこようと思ってますけど秋花さんは?」
「見回りだね。いいよ行こっか」
六花はいつものパーカーとスカートの上からメイド服に着替えなおし、持ってきてもらった装備のうちすぐに取り付けられるワイヤーベルト、ナイフ二本、そして両腕にナイフが飛び出す機構を備えた装備を巻き付け袖に隠した。
ブーツにも暗器が仕込まれているため、出来ればそっちも履いていきたかったが、メイド服に合わせてストレートチップも支給されており、日中はこちらを履いている。明らかに違うと警戒される可能性もあると考え、ブーツは履いていかないことにした。
リコリスはワルサーPPKを器用に服にしまい込んだ。
二人は他のメイドたちに勘付かれないよう、注意を払って邸宅の中へ入っていった。
――2日目 朝――
―ヘキサ―
六花が日の光で目覚めると使用人用の宿舎全体がバタバタとしていた。時刻は5時ちょうど。朝の支度でバタバタしているのだろうと察した。
(そういえば秋花さんは?朝弱かったはず)
六花の想像通り、リコリスは隣のベッドで毛布を頭までかけて、くるまっていた。
「起きてくださいよ!秋花さん朝!朝ですよ!」
「んん。まだゲームしてたい~」
寝ぼけているらしかった。
悩んだ末に六花は
「仕事ですよリコリス」
毛布をはぎ取って耳元でなるべく無機質に言い放った。
すると
「ひっ!」
リコリスはひきつったような顔で跳び起きた。
「六花ちゃんさ~起こすならもっと優しく起こしてよ……」
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