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給仕は薄青 5
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―ヘキサ―
「小夜さんは掃除から始めましょうか。椛さんは旦那様からご子息である和人様の教育係として教育するようにと伺っておりますので私に着いてきてください」
六花たちがメイド長の元に戻ると、すでに配属先が決まっていたらしく、それぞれのチームについて動くこととなった。
六花は20歳くらいのメイド達に連れられ邸宅内を回る。六花の配属先は清掃班だった。初日は清掃を教わることはなく、邸宅内の部屋を覚えることを言いつけられた。
熊谷邸は想像以上に広く端から端まで行くのに歩いても数分かかり、それが3階分あるという。
(こんなデカい家だなんて、掃除だけで1日が終わっちゃうんじゃないの?)
邸宅の正面玄関には西洋風の庭が広がっており、そこの手入れも清掃班の仕事に含まれているらしい。
邸宅には客室のような部屋以外に浴室、厨房、応接室など様々な部屋があり、それぞれの部屋に別々の掃除方法があるらしく、すでに部屋の配置と名前を覚えるだけで手一杯だった。
途中で警備員のようなガタイの良い男性を複数人見かけた。ライースの言っていたように六花達だけでなく、正規の警備業者もこの邸宅に出入りしているようだった。
(人数、顔と名前はあとでしっかりと把握しておかないと)
これだけいるならば相手が多少手荒なことをしたとしても護衛自体は問題ないだろうと六花は安心した。
―リコリス―
リコリスはメイド長のローラに連れられて長い廊下を歩く。ストレートチップの小気味良い音が響く。リコリスの配属先は息子である和人の教育係だった。護衛のためにライースが手配していたのだろう。
(多分、息子の教育係って言ってもそこまで難しい仕事はないでしょ。ましてや入ったばかりの新入りに任せることなんてそうそうあるはずがない)
リコリスは仕事内容を考えつつ、今は教育係の待機所に向かっているのだと簡単な推測を立てながら歩く。その最中もなるべく部屋の配置や他のメイドの立ち振る舞いなど、メイドの自分を演じるために必要な情報を記憶していく。
「椛さんは教育係の一員として熊谷和人様の教育を担当することになっております。と言っても貴方の主な仕事はお勉強中の監視やお出かけの際に付き人として見守るくらいなものです。初めは覚える事も多いのですが時期にこなせるようになります。それまでは大変でしょうが、頑張ってください」
「はい。いち早く業務をこなせるよう力を尽くします」
リコリスは「仕事の期間は二週間」とライースから聞いていたが、メイド長の今の話しぶりから、どうやら主人からリコリスと六花の在任期間は聞かされていないのだろうとわかった。
(仕事が終わったら即、返されるってことね。あ~嫌だ嫌だ)
そんなことを考えながらメイド長の後を歩いていたが大きめのドアの前で立ち止まった。
「まずは顔合わせだけでも済ませておきましょうか。教育係の待機所の隣に和人様のお部屋がありますので」
先に同僚達と会うことになると思っていたためリコリスは少し意表を突かれた。
(いきなり会わせてくれるんだ?まぁ護衛対象見れるなら早いに越したことはないんだけどもさ)
先程見た熊谷の自室の扉と似た意匠の扉だ。他の部屋より少し豪華で凝った作りの木製の扉。メイド長が扉をノックする。
「和人様、失礼します。新しい教育係を連れて参りました」
「…………」
扉の向こうからは何も聞こえてこない。再びノックするが変わった様子はない。
「入りますよ」
そう断ってからメイド長は扉を押し開けた。
「なっ!?」
おそらくここに居たのが六花だったらもっと驚いていただろうとリコリスは思った。
部屋の調度品は上質なもので、品の良い装飾が施されていたが、それらすべてを台無しにするかのように部屋中が散らかり放題になっていた。衣服は散乱し、教材と思しき本の類がフローリングなのか畳なのか分からないほど床を埋め尽くしていた。
リコリスは部屋にたどり着くまでにこの邸宅内で何人ものメイドたちに出会ったが、皆仕事に熱心で掃除が出来ないとは思えない。清掃班があるのだから毎日掃除を行っているのだろう。
とすれば
(この子は一日もしないでここまでやったってこと?)
六花に部屋のドアを開けられて雪崩を起こしたリコリスでも流石に呆れる。今日は土曜日でリコリスや六花を迎えるために人員を割いていて清掃が出来ていなかったと仮定する。
(金曜日の学校に行っている間に片づけていたとして、そこからでもそんなに時間たってないはずだけどなぁ……)
「……和人様!何をなさっておられるのですか――」
そこまで言ってメイド長はリコリスに向き直った。
「大変お見苦しいところをお見せしてすみません。すぐ片付けますので少々お待ちください」
言うや否や隣の部屋へ駆けていった。応援を呼びにいったのだろう。
(私は参加しなくて良いの?初日だからかな)
そんなことを考え、ボーっと部屋を眺めていると部屋の奥から少年の高い声が聞こえた。
「ん?誰だお前」
少しして和人の声だとわかったリコリスは挨拶を返す。
「申し遅れました。本日よりこちらで教育係として働かせていただきます。秋風椛と申します。これからよろしくお願いします」
なるべくハキハキと、そして落ち着いた声色で話した。
和人は「ふーん」とだけ言ってリコリスに背を向けた。こっちを見た時一瞬見えた手元にはゲーム機が握られていた。
(あーあのモンスター狩るやつか)
息子の和人でどうやら間違いないようだが、ハーフを疑うほど端正な顔立ちをしていた。窓から差す日の光に照らされブロンドの髪が揺れる。街中であったのなら外国人の子どもと思うに十分な容姿をしていた。
そんな和人だったが、今日が日曜で休日であったとしても服装がだらしなさすぎる。メイド達に選んでもらっているのか組み合わせはまともだったが着崩れがひどかった。ゴロゴロとゲームをしていたせいかすでに大きなシワがついていた。
一分もしないうちにメイド長のローラは五人のメイドを連れてやってくるとすぐさま片付けを始めた。見る見るうちに部屋の中が綺麗になり、十分もする頃にはアレだけ汚かった部屋が嘘のように整頓されていた。
(こんなに速いなら私の部屋も今度清掃頼もうかな。外部委託ってやつ?六花ちゃん任せなのもかわいそうだし……うちの資料見られたらマズイかなぁ)
そのあとリコリスの顔合わせと自己紹介の時間が設けられた。
――1日目 夜――
―ヘキサ―
「あっお疲れ様です。えっと椛さん」
「お疲れ様、氷室さん」
時刻は20時ごろ。メイドたちが住んでいる棟の一室を六花は用意してもらっていた。二人一部屋らしく六花が相方を待っていると部屋の扉が開いてリコリスが現れた。
(仕事の関係かな。熊谷さんが融通してくれてる感がすごい)
部屋は二階だったが階段に最も近く、部屋の窓から外に出れば、誰にも勘付かれることなく邸宅に向かうことが出来た。
「ここは――」
リコリスが心配していることは分かる。
「多分大丈夫です。私が漁った限り盗聴器やカメラの類はありませんでした。扉を閉めれば外に会話も漏れません」
会話を聞かれる心配がなさそうだと分かりリコリスは安堵し、扉を閉めた。
リコリスがベッドの上の服に気づいた。
「これは?」
「部屋着?だそうです。メイド長が用意してくれてたみたいですよ」
既に六花はメイド服から部屋着に着替えていた。部屋にはここに着て来た二人の私服も置いてあった。
六花は真っ先に自分の服を調べたが、何も取られたものはなかった。
「今日一日ほんとに大変でしたよ」
六花は肩を落として話す。
一日かけて邸宅の内部を案内され、少し時間が余ったからと言って「軽く」掃除の仕方や当番の回し方を教えられたのだ。
(正直まだ覚えられなかったからメモをくれたのは助かるよ)
二週間くらいならこれでもやっていけそうだと安心したところだった。
「小夜さんは掃除から始めましょうか。椛さんは旦那様からご子息である和人様の教育係として教育するようにと伺っておりますので私に着いてきてください」
六花たちがメイド長の元に戻ると、すでに配属先が決まっていたらしく、それぞれのチームについて動くこととなった。
六花は20歳くらいのメイド達に連れられ邸宅内を回る。六花の配属先は清掃班だった。初日は清掃を教わることはなく、邸宅内の部屋を覚えることを言いつけられた。
熊谷邸は想像以上に広く端から端まで行くのに歩いても数分かかり、それが3階分あるという。
(こんなデカい家だなんて、掃除だけで1日が終わっちゃうんじゃないの?)
邸宅の正面玄関には西洋風の庭が広がっており、そこの手入れも清掃班の仕事に含まれているらしい。
邸宅には客室のような部屋以外に浴室、厨房、応接室など様々な部屋があり、それぞれの部屋に別々の掃除方法があるらしく、すでに部屋の配置と名前を覚えるだけで手一杯だった。
途中で警備員のようなガタイの良い男性を複数人見かけた。ライースの言っていたように六花達だけでなく、正規の警備業者もこの邸宅に出入りしているようだった。
(人数、顔と名前はあとでしっかりと把握しておかないと)
これだけいるならば相手が多少手荒なことをしたとしても護衛自体は問題ないだろうと六花は安心した。
―リコリス―
リコリスはメイド長のローラに連れられて長い廊下を歩く。ストレートチップの小気味良い音が響く。リコリスの配属先は息子である和人の教育係だった。護衛のためにライースが手配していたのだろう。
(多分、息子の教育係って言ってもそこまで難しい仕事はないでしょ。ましてや入ったばかりの新入りに任せることなんてそうそうあるはずがない)
リコリスは仕事内容を考えつつ、今は教育係の待機所に向かっているのだと簡単な推測を立てながら歩く。その最中もなるべく部屋の配置や他のメイドの立ち振る舞いなど、メイドの自分を演じるために必要な情報を記憶していく。
「椛さんは教育係の一員として熊谷和人様の教育を担当することになっております。と言っても貴方の主な仕事はお勉強中の監視やお出かけの際に付き人として見守るくらいなものです。初めは覚える事も多いのですが時期にこなせるようになります。それまでは大変でしょうが、頑張ってください」
「はい。いち早く業務をこなせるよう力を尽くします」
リコリスは「仕事の期間は二週間」とライースから聞いていたが、メイド長の今の話しぶりから、どうやら主人からリコリスと六花の在任期間は聞かされていないのだろうとわかった。
(仕事が終わったら即、返されるってことね。あ~嫌だ嫌だ)
そんなことを考えながらメイド長の後を歩いていたが大きめのドアの前で立ち止まった。
「まずは顔合わせだけでも済ませておきましょうか。教育係の待機所の隣に和人様のお部屋がありますので」
先に同僚達と会うことになると思っていたためリコリスは少し意表を突かれた。
(いきなり会わせてくれるんだ?まぁ護衛対象見れるなら早いに越したことはないんだけどもさ)
先程見た熊谷の自室の扉と似た意匠の扉だ。他の部屋より少し豪華で凝った作りの木製の扉。メイド長が扉をノックする。
「和人様、失礼します。新しい教育係を連れて参りました」
「…………」
扉の向こうからは何も聞こえてこない。再びノックするが変わった様子はない。
「入りますよ」
そう断ってからメイド長は扉を押し開けた。
「なっ!?」
おそらくここに居たのが六花だったらもっと驚いていただろうとリコリスは思った。
部屋の調度品は上質なもので、品の良い装飾が施されていたが、それらすべてを台無しにするかのように部屋中が散らかり放題になっていた。衣服は散乱し、教材と思しき本の類がフローリングなのか畳なのか分からないほど床を埋め尽くしていた。
リコリスは部屋にたどり着くまでにこの邸宅内で何人ものメイドたちに出会ったが、皆仕事に熱心で掃除が出来ないとは思えない。清掃班があるのだから毎日掃除を行っているのだろう。
とすれば
(この子は一日もしないでここまでやったってこと?)
六花に部屋のドアを開けられて雪崩を起こしたリコリスでも流石に呆れる。今日は土曜日でリコリスや六花を迎えるために人員を割いていて清掃が出来ていなかったと仮定する。
(金曜日の学校に行っている間に片づけていたとして、そこからでもそんなに時間たってないはずだけどなぁ……)
「……和人様!何をなさっておられるのですか――」
そこまで言ってメイド長はリコリスに向き直った。
「大変お見苦しいところをお見せしてすみません。すぐ片付けますので少々お待ちください」
言うや否や隣の部屋へ駆けていった。応援を呼びにいったのだろう。
(私は参加しなくて良いの?初日だからかな)
そんなことを考え、ボーっと部屋を眺めていると部屋の奥から少年の高い声が聞こえた。
「ん?誰だお前」
少しして和人の声だとわかったリコリスは挨拶を返す。
「申し遅れました。本日よりこちらで教育係として働かせていただきます。秋風椛と申します。これからよろしくお願いします」
なるべくハキハキと、そして落ち着いた声色で話した。
和人は「ふーん」とだけ言ってリコリスに背を向けた。こっちを見た時一瞬見えた手元にはゲーム機が握られていた。
(あーあのモンスター狩るやつか)
息子の和人でどうやら間違いないようだが、ハーフを疑うほど端正な顔立ちをしていた。窓から差す日の光に照らされブロンドの髪が揺れる。街中であったのなら外国人の子どもと思うに十分な容姿をしていた。
そんな和人だったが、今日が日曜で休日であったとしても服装がだらしなさすぎる。メイド達に選んでもらっているのか組み合わせはまともだったが着崩れがひどかった。ゴロゴロとゲームをしていたせいかすでに大きなシワがついていた。
一分もしないうちにメイド長のローラは五人のメイドを連れてやってくるとすぐさま片付けを始めた。見る見るうちに部屋の中が綺麗になり、十分もする頃にはアレだけ汚かった部屋が嘘のように整頓されていた。
(こんなに速いなら私の部屋も今度清掃頼もうかな。外部委託ってやつ?六花ちゃん任せなのもかわいそうだし……うちの資料見られたらマズイかなぁ)
そのあとリコリスの顔合わせと自己紹介の時間が設けられた。
――1日目 夜――
―ヘキサ―
「あっお疲れ様です。えっと椛さん」
「お疲れ様、氷室さん」
時刻は20時ごろ。メイドたちが住んでいる棟の一室を六花は用意してもらっていた。二人一部屋らしく六花が相方を待っていると部屋の扉が開いてリコリスが現れた。
(仕事の関係かな。熊谷さんが融通してくれてる感がすごい)
部屋は二階だったが階段に最も近く、部屋の窓から外に出れば、誰にも勘付かれることなく邸宅に向かうことが出来た。
「ここは――」
リコリスが心配していることは分かる。
「多分大丈夫です。私が漁った限り盗聴器やカメラの類はありませんでした。扉を閉めれば外に会話も漏れません」
会話を聞かれる心配がなさそうだと分かりリコリスは安堵し、扉を閉めた。
リコリスがベッドの上の服に気づいた。
「これは?」
「部屋着?だそうです。メイド長が用意してくれてたみたいですよ」
既に六花はメイド服から部屋着に着替えていた。部屋にはここに着て来た二人の私服も置いてあった。
六花は真っ先に自分の服を調べたが、何も取られたものはなかった。
「今日一日ほんとに大変でしたよ」
六花は肩を落として話す。
一日かけて邸宅の内部を案内され、少し時間が余ったからと言って「軽く」掃除の仕方や当番の回し方を教えられたのだ。
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