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青出 風太

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給仕は薄青 4

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―ヘキサ―

「この仕事は一応我々司令部を介していますが、上からの命令です。これは肝に銘じておきなさい」
 六花はそれを聞いて身震いした。

 「上」つまり、ライース達のいる司令部のそのさらに上の、組織の頭からの直接の命令。

 六花は会ったこともなければ、顔も名前も知らないが、「上」というのが出てくるときは常に組織のトップであるその人のことを指している。しくじったらまず間違いなく命はない。

 固まっている六花を見てライースは笑う。

「肝に銘じるって言うのは『しっかり心に刻んで絶対に忘れないようにする』っていう意味ですからね」
「わ、分かってます!」

 馬鹿にされたような言い回しで一気に先程までの緊張感がなくなった。

「話を戻します」
 と言ってライースは咳払いをした。

「二人は興味ないと思うので知らないでしょうが、今年の6月ごろ公共交通機関を始めとする分野で『AIを正式に一人の従業員として雇用する』法改正案が出されました」
「なっ!?」

 今現在、既にAI運転士がバスや電車などの公共交通機関の運転を行うようになっていたが、事故防止のため人間の運転士が同乗し、有事の際にはそれを処理するよう義務づけられていた。

 しかし、ここ数年、目立った事故や遅延を起こさず、人間が運転していた時に比べ事故件数は減少していた。

 それを理由にAIを労働力として独立させるための第一歩としてこの法案が出されたのだという。

 人間の運転士が同乗せずともAIが働けるとなれば、AIの社会進出がさらに進むということだ。市民権を得ることにもいずれ抵抗がなくなってくるだろう。そうすればAIが人の手を離れる瞬間が出てくることは容易に想像できる。それは組織が恐れている「暴走」でもある。

 改正案を提出した側は「人間の運転士が運行していた時よりも事故が減っていること」、「AIの調整費を加味しても一人当たりにかかる人件費を削減できること」の二点に重点を置いており世論や他の政党の議員からも一定数の支持があった。

 しかし、AIが過去に人命に関わる事故を起こしたことがあることもまた事実。そういった視点から賛成しかねる国民も一定数おり、この法改正案は、結果として現在のAIを疑問視する与党や一部世論の過激な反対運動によって棄却された。

 組織の中でも、六花たちが知らなかっただけで本部の方ではちょっとした騒ぎになっていたらしい。

「ほんと、院の方で止めてくれて助かりましたよ」
 ライースはリエールの方を向いた。

「ですね。我々の中には選挙には参加できない者もいますし」

 組織は児童養護施設にいる孤児たちの中から能力や素質を見て引き入れる。やっていることはただただ汚い仕事であり、実力意外に必要なものはない。

 孤児たちも孤児になった経緯は様々で六花のように物心ついた後、事故で身寄りをなくすパターンもあれば、生まれてすぐ、親の顔も知らずに施設の前に置かれていたなんてこともある。そういった孤児から組織に入ったものは戸籍も何もない。当然選挙には参加できない。「上」からすれば使い勝手のいい駒といったところだろう。


 法案が棄却され一安心かと思った六花だったがライースの次の言葉にまたも驚かされた。
「ですが、衆議院は解散しました」
「なぜ……?」

「言ったでしょう」

 反対は与党と一部の過激な世論によるものだった。大衆は無関心か歓迎の姿勢をとっていたのだ。

 現内閣総理大臣、中平なかだいら宣都せんとは今の内閣や国会が民衆の意見を聞ける組織であるのか疑問に思い、解散を決意したようだった。

「ん?でも、それとこれとは何の関係があるのさ?」
 黙って聞いていたリコリスだが、メイド服を指差しながら疑問を口にした。

「じゃあ今度は仕事の話ですね」



「今回この熊谷邸に一通の文書が届いたことで、貴方達にはここへ来てもらいました。ヘキサにも分かりやすく言うとこの熊谷さんは大金持ちで政治の世界にも強い影響力を持っています」

「えっと?」
 六花には話がまだ見えない。

「熊谷さんはある政党に対し莫大な資金の援助を行っているのです」
「はい」

「政治家も援助してくださる方は大事なお客様で、意見を聞くにもまずはそこから。つまり援助していることで政治に間接的に口が出せるということ。実際にはそこまで大それたことはできないでしょうが、ヘキサにもわかりやすく言うとこんなところでしょうか」

「お金を出してくれているからその人の言うことを他よりも優先して聞くと?」

「大体そんな感じです。流石ヘキサですね」

 六花は言葉が薄っぺらく感じたが無視した。

「ですが、その強い影響力ってのが邪魔な人たちってやっぱりいるんですよ。そんな熊谷さんを邪魔に思う人たちから『熊谷さんが選挙から手を引かなければ息子に危害を加えるかもしれない』と……まぁ脅迫文が送られてきています。資金源である熊谷氏を止めることで選挙を有利に進めたいということなのですかね」

「私たちはその息子の護衛ってこと?」
 リコリスが口を挟んだ。

「リコリスは話が早いですね。良かったです」
 ライースはそれを肯定する。

「メイドとして潜り込んで万一の場合に備えて息子の利人かずひと君を護衛してください。我々の依頼された期間は今日から二週間。選挙が終わって政治活動が落ち着くまでですね。……場合によっては期間は短くなるかもしれませんが」

 最後だけ小さな声だったが早く終わる可能性があるとはどういうことだろうか。

 六花は気にはなったものの続く説明がなかったことからライースの方からいうことはないのだろうと察した。

「あのおじさんは?」
 リコリスは間髪入れずに言った。

「お、おじ……!?」
 護衛対象ではないにしても、あくまでも雇用主だ。「上」にも通じている以上そんな言い方をしていい存在ではないだろう。六花は慌てて止めようとしたが、ライースは特に気にしていないようだった。

「そちらは専属の警備員がいるそうで……我々は要らないそうです」
「あの!」

 六花が質問を切り出そうとするとそれを遮るようにライースが話し始めた。

「我々もこの後別件があります。リコリスに専用のタブレットを渡しておきますから、何かあればそちらで連絡をお願い致します」

 いつも使っている装備類は持ってきていない。帰ろうとするライースたちを呼び止めようとした六花だったが
「あの!護衛するならせめて装備を――」

「装備類も、そちらからお願いします。リエール、出してください」

 一秒でも時間が惜しいらしいライースはそれだけ言うと、リコリスにタブレットを押しつけるだけ押しつけて出発してしまった。

「あいつ!人の話をっ……!」

「まあまあ、さっさと戻ろう六花ちゃん」

「……はい」
 相変わらずの素早い変身の温度差について行けず、ため息混じりに六花は邸宅へと引き返した。
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