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学校に薄青 5
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―ヘキサ―
「これ可愛いなぁ」
涼子はアクセサリーを見るため、目に入った店に片っ端から入っていく。六花は涼子に連れられ、高校近くのショッピングモールに来ていた。
「氷室さんはこう言うの似合いそうだよね」
薄黄色の髪留めを渡された。
「え、こんな可愛いの私に似合わないですよ」
六花は髪留めを眺めつつも棚に戻した。
ショッピングモールの中を二人は並んで歩く。涼子はガラスケースに陳列されたクレープや、パフェを見ては
「美味しそうだけど、太りそう。今月バイト減らしててピンチだしなぁ」
と、しょっちゅう葛藤を起こしていた。
六花も
(美味しそうだから食べてもいいけど、私も太ったら困るし……)
と迷っていた。
結局十分ほど悩んだ末にフードコートで二人とも小さめのクレープを買って食べることにした。
六花はメニュー表の具材の欄を見て豆と芋の入っていない野菜のクレープを注文した。いつ戦闘に入っても問題のないように腸にガスの溜まるもの消化に悪いものはあまり食べないようにしているのだ。
「そういえばお菓子も買わないと」
ふいに思い出したように涼子が呟いた。
「お菓子?」
六花はこれ以上まだ食べるのかと内心驚いたが涼子の返答はその予想を裏切るものだった。
「そう。今度細機先生に中間テストの範囲で分からないところを教えてもらおうと思って。その時にお礼というか――渡そうと思って」
「!」
(私もこの時に同席すれば自然に近づけるかな)
「――私もついて行っていい?」
「え?」
「私もわからないところがあって」
「……そうだったんだ。なら一緒に教えてもらいに行こうよ」
翌日やっと学校に姿を見せた細機と補習の日程を相談することが出来た。来週、テスト直前の金曜日の放課後と土曜日の昼に補習の予定を組むことが出来た。
オクタたちにはそこで細機宅に潜入してもらうよう作戦を立てた。
―オクタ―
工作員であるオクタが平日の昼間からファミリーレストランで呑気にコーヒーを啜っているのには理由がある。
「お待たせしました」
彼女と会うためだ。
「こんにちは。オクタさん」
「時間通りだな。ホリー」
オクタは声をかけてきたホリーに正面へ座るよう促す。
彼女は組織では珍しく物静かな佇まいをしている。長く伸ばした髪も手入れが行き届いていて、淑やかな印象を受ける。
(お天気お姉さんみたいな服装だな……)
左側の耳元から三つ編みにしているのに気づいた。柊の飾りがついている。
六花やリコリスはあまり髪型に関心がないのかいじったりはしない。だからこそよりホリーが20代後半の、年相応に普通の女性に見える。少し大きめのバッグだけが不釣り合いだ。
「……やっぱりこのバッグが気になりますか?」
「ん?合ってないなと思っただけだ」
「このあとまだまだ予定がありますので」
ホリーはそう言って眉をひそめた。
「私もコーヒー取ってきますね」
「わかった、昼もこっちで出すから食べていけよ」
「ではお言葉に甘えて」
カップ片手に戻ってきたホリーにメニュー表を渡す。少ししてから近くに来た店員をつかまえて、注文を済ませた。ホリーは一息ついてから、さてと言って話し始めた。
「来るまで暇ですしその間に用事は済ませておきましょうか」
バッグからコインケースほどの大きさのプラスチックケースを取り出した。
「先に連絡を頂いていた高村さんの所の鍵です」
「助かる」
オクタは受け取ったケースを開いて中身を確認してから、スーツの内ポケットにしまい込んだ。
「細機さんの方はまだ来てないので、また後日という事で」
細機の方まだできていないのは仕方がない。細機は体調不良を理由に長いこと家にいたのだ。流石に『鍵屋』でもそこに型を取りに行くのは難しかったのだろう。ホリーに礼を言う。
「組織の命令とはいえあまり気乗りはしないんですよね……」
「そうか」
「あっ組織に対して不満があるわけではないんですよ?」
ホリーは慌てて弁明する。
「私たちが今まで生きてこられたのは組織のおかげですから。ですが、こんな物騒なことをしなくとも目的を達成する方法はあるんじゃないかって思っているんです」
「それは俺らも同じだ。危険が無いのならそれに越したことはない」
「今の私たちにできることは私たちの様な不幸な人間を増やさないために働くことくらいですから。……頑張らないといけませんね」
「――だな。俺も食べたらすぐ仕事に行かないとか」
運ばれて来た料理を食べ、コーヒーを流し込み、頭を仕事に切り替える。ホリーも軽く昼食を済ませると携帯を確認した。
「迎えが来たみたいです。それでは、失礼しますね。オクタさん」
「あぁ、また頼む」
オクタはラーレに連絡を入れて到着を待つ間、窓から外をぼんやりと眺めていた。。
(六花には悪いが高村からやってもらうことになりそうだな)
―ヘキサ―
六花は学校が終わってアパートに帰ってくると、テレビをつけて真正面のソファーに座っているオクタを見つけた。
「おかえり」
「ただいまです。鍵の受け取りはどうでしたか?」
鞄を置きながら課題とテキストを取り出す。一応学生をやっているからにはこういうのもやっておかないといけない。
(正直面倒くさいけど)
ココアでも飲みながらゆっくり進めることにして、レンジにカップをセットする。
「合鍵を受け取ってきたよ。高村の方だけだったが」
「えっ!?細機の方はどうなったんですか?」
嫌な予感がした。
「まぁ、高村から――だな。そんな嫌そうな顔すんなって」
「え――出てましたか?」
六花は自身では気づいていなかったなかったが、顔に出てしまっていた。やはり自分はまだまだだなと反省した。
「まぁ、嫌なのはわかったが、それ外では出すなよ?」
「は、はい」
「あと、お前セットしたのは良いが、レンジのボタン押せてないぞ」
翌日いつものように聴き慣れない単語の嵐をくぐり抜け六花は授業を乗り切る。ノートに写しとって少しはわかるようになってきたけれど、まだまだクラスメイトほど理解出来ていない。
授業を終えて、疲れは多少あるが部活に行く。そして今日は
(特別指導か……)
六花は三ヶ月程しか学校にはいられない。殺しをしてから直ぐに居なくなりでもしたら怪しまれる可能性は十分にある。そのため元から時間いっぱい使う気はなかったが、それにしても急すぎる。
――愚痴ってばかりもいられない。今日は仕事を進めることになった。六花が特別指導を受けて高村を引き付けているうちにオクタとラーレには家探ししてもらうことになっている。そこで組織の探している「抜けた情報」を見つけることが出来れば仕事の大半は終わったようなものだ。
準備運動をしてから先輩達の指示通り練習を始める。
練習を始めて三十分ほど経ったころ、汗をかいた六花は水分補給と汗を拭きに体育館端の方へ行くとちょうどジャージ姿の高村が体育館に入ってきた。
悩んでいても仕方がない。何かあったら殺さない程度に反撃することを決めて先輩達に見られないように気を付けながら先生のところに行く。私が後ろから声をかけようとすると高村は慌ててスマホをポケットにしまった。
「先生」
「どうしたのかな?氷室さん」
「夏休みに入ってすぐに練習試合があると三芳さんに聞きました。少しでもチームの役に立ちたいのでもっとバスケが上手くなりたいんです。指導お願いできますか」
顔を見ていう。この前ショッピングモールに行ったときに涼子がポロっと言っていた練習試合を利用させてもらう。
「おお、おお……ありがとう」
何故か泣きそうな先生から逆にお礼を言われるという不思議な感じになりながらも指導を申し込んだ。
(なんで、そっちが泣きそうなのよ!)
と思いながら練習に戻ろうと思ったが、その前にトイレに行っておくことにした。オクタたちに作戦決行の合図を送り、ボイスレコーダーを起動させられるようにセットして部活に戻った。
体育館からはもう夕焼けが見えなくなっていた。部活が終わる少し前、六花は高村に呼び出された。
「先生は体育館を閉めるために残ってる必要があるから、みんなと一緒に一回体育館の外に出ててもらってもいいかな。三十分くらいしたら戻ってきて欲しい」
「はい。わかりました」
短く会話を交わし、練習に戻ろうとすると
「それと、氷室さん」
「はい?」
「服の裾が捲れてますから直しておいて。身だしなみはしっかりとしたほうがいい」
「はい」
服というかビブスが少し癖になっていたのか捲れていた所を指摘された。これは直しようがないなと思いながらも素直に返事をしておく。
(そんなところまで見てるのか)
裾を取り繕うようにして練習に戻った。
「そろそろかな」
練習後先輩達と別れ、六花は一人で再び体育館に向かう。体育館の扉から灯りが漏れている。ゆっくりと中を覗く。高村が体育館の中央でボールを持ちながら何かぶつぶつ言っている。ニヤニヤしているのはやっぱり怖い。
「あ、あの」
「おお!やっときたか。それじゃ早速始めようか。氷室さん」
更衣室で制服に着替えたばかりだけど、体育館の用具室で練習用のウェアに着替え直す。着替えなおすと言ってもウェアの上から制服を重ねて着ていたので、それを脱いだだけだが。
リコリスに頼み込んで一日で用意してもらったボイスレコーダーを起動し、ドアの隙間から体育館をのぞき込む。高村は六花の着替えを待ってる間一人でフリースローをしていた。バスケの選手として確かに上手い。外見的によく思われないことが多いみたいだけど、バスケの腕はなかなかなものに見えた。
(外見で損してるタイプなのかも?)
体育館に戻るとすぐに特別指導が始まった。
「もっと腕全体を使って投げなさい」
「大きなアーチをイメージして」
「ウィンドウを狙って投げるといいよ」
アドバイスは初歩的なものだったが初心者の六花にはどれも的確に感じられた。何よりわかりやすかった。そもそも腕力が足りなくてスリーポイントなんて狙えないと思っていた六花だったが、身体全体をバネのように使った投げ方にすると思ったよりも距離が出た。
(これならこっちでも役に立てるかもしれない)
少し嬉しかった。
(こんな風に誰かに教えてもらうのって久しぶりだな)
オクタの事を思い出していると
「どうかしたの?」
声をかけられた。手が止まっていたらしい。
「いえ、何でもありません」
フリースローを再開しようとすると高村はそれを遮った。
「そうだ、マッサージをしてあげようか」
「え?」
(こいつ!やっぱり!)
と思いながらもその方が時間も稼げると自分に言い聞かせる。
「お、お願いします……」
「よし!ならベンチに座って背中向けて」
(変なとこ触ってきたら許さない!)
そう考えていたがそんな瞬間は来なかった。肩や足のマッサージはツボを押さえていてとても気持ちよかった。凝っているつもりはなかったが、それでも運動後に筋肉を解すのは気持ちいい。
「上手い、ですね」
「そうかな?良かったよ。これでも一時期はプロ選手の候補になってたからね」
それは知らなかった。道理で上手いわけだと感心する。
「この歳でここまで鍛えられていることに驚きだよ、初めて見た時に気になって声をかけちゃった。よく見ないと分かりづらいけど、実は現役のアスリート並みなんじゃないかって思ってね。本当に運動やってないの?」
ビクッとした。高村は意外と目がいいのかもしれない。六花は鍛えた上から肉を少しつけているためぱっと見は鍛えていることがバレることはない。そう思っていたが高村はそれを見抜いていた。慌ててごまかす。
「えっと、普通じゃないですか?あとそれセクハラですよ!」
六花がセクハラという言葉を出した途端
「ごめん!そういうつもりはないよ!本当だ!」
目に見えて狼狽えていた。なんだかここまで反応されると言った六花が悪いみたいになる。申し訳ない気分になってきていた。
「すみません」
そういった後しばらくはお互いに黙り込んでしまった。少ししてからドリブルと、シュートのコツを聞いたところで今日の指導はお開きになった。実際に被害はなかったし、高村は意外に小心者だった。制服を上から着て体育館を出る。案外いい人なのかもしれないと思った。
(外見で損してるっぽいけど)
「私は鍵を職員室に持ってかないと行けないから氷室さんは先に帰って大丈夫だよ」
「今日はありがとうございました」
そう言って別れようとした時に高村のジャージのポケットからスマホが落ちた。スマホを拾おうと六花が屈む。
「先生、スマホが落ち――」
「触るな!」
六花はハッとして高村の顔を見上げる。
「あっ、いや、大丈夫だよ。ありがとうね」
高村は急いで屈み、スマホをひったくるようにして拾い上げた。
「これ可愛いなぁ」
涼子はアクセサリーを見るため、目に入った店に片っ端から入っていく。六花は涼子に連れられ、高校近くのショッピングモールに来ていた。
「氷室さんはこう言うの似合いそうだよね」
薄黄色の髪留めを渡された。
「え、こんな可愛いの私に似合わないですよ」
六花は髪留めを眺めつつも棚に戻した。
ショッピングモールの中を二人は並んで歩く。涼子はガラスケースに陳列されたクレープや、パフェを見ては
「美味しそうだけど、太りそう。今月バイト減らしててピンチだしなぁ」
と、しょっちゅう葛藤を起こしていた。
六花も
(美味しそうだから食べてもいいけど、私も太ったら困るし……)
と迷っていた。
結局十分ほど悩んだ末にフードコートで二人とも小さめのクレープを買って食べることにした。
六花はメニュー表の具材の欄を見て豆と芋の入っていない野菜のクレープを注文した。いつ戦闘に入っても問題のないように腸にガスの溜まるもの消化に悪いものはあまり食べないようにしているのだ。
「そういえばお菓子も買わないと」
ふいに思い出したように涼子が呟いた。
「お菓子?」
六花はこれ以上まだ食べるのかと内心驚いたが涼子の返答はその予想を裏切るものだった。
「そう。今度細機先生に中間テストの範囲で分からないところを教えてもらおうと思って。その時にお礼というか――渡そうと思って」
「!」
(私もこの時に同席すれば自然に近づけるかな)
「――私もついて行っていい?」
「え?」
「私もわからないところがあって」
「……そうだったんだ。なら一緒に教えてもらいに行こうよ」
翌日やっと学校に姿を見せた細機と補習の日程を相談することが出来た。来週、テスト直前の金曜日の放課後と土曜日の昼に補習の予定を組むことが出来た。
オクタたちにはそこで細機宅に潜入してもらうよう作戦を立てた。
―オクタ―
工作員であるオクタが平日の昼間からファミリーレストランで呑気にコーヒーを啜っているのには理由がある。
「お待たせしました」
彼女と会うためだ。
「こんにちは。オクタさん」
「時間通りだな。ホリー」
オクタは声をかけてきたホリーに正面へ座るよう促す。
彼女は組織では珍しく物静かな佇まいをしている。長く伸ばした髪も手入れが行き届いていて、淑やかな印象を受ける。
(お天気お姉さんみたいな服装だな……)
左側の耳元から三つ編みにしているのに気づいた。柊の飾りがついている。
六花やリコリスはあまり髪型に関心がないのかいじったりはしない。だからこそよりホリーが20代後半の、年相応に普通の女性に見える。少し大きめのバッグだけが不釣り合いだ。
「……やっぱりこのバッグが気になりますか?」
「ん?合ってないなと思っただけだ」
「このあとまだまだ予定がありますので」
ホリーはそう言って眉をひそめた。
「私もコーヒー取ってきますね」
「わかった、昼もこっちで出すから食べていけよ」
「ではお言葉に甘えて」
カップ片手に戻ってきたホリーにメニュー表を渡す。少ししてから近くに来た店員をつかまえて、注文を済ませた。ホリーは一息ついてから、さてと言って話し始めた。
「来るまで暇ですしその間に用事は済ませておきましょうか」
バッグからコインケースほどの大きさのプラスチックケースを取り出した。
「先に連絡を頂いていた高村さんの所の鍵です」
「助かる」
オクタは受け取ったケースを開いて中身を確認してから、スーツの内ポケットにしまい込んだ。
「細機さんの方はまだ来てないので、また後日という事で」
細機の方まだできていないのは仕方がない。細機は体調不良を理由に長いこと家にいたのだ。流石に『鍵屋』でもそこに型を取りに行くのは難しかったのだろう。ホリーに礼を言う。
「組織の命令とはいえあまり気乗りはしないんですよね……」
「そうか」
「あっ組織に対して不満があるわけではないんですよ?」
ホリーは慌てて弁明する。
「私たちが今まで生きてこられたのは組織のおかげですから。ですが、こんな物騒なことをしなくとも目的を達成する方法はあるんじゃないかって思っているんです」
「それは俺らも同じだ。危険が無いのならそれに越したことはない」
「今の私たちにできることは私たちの様な不幸な人間を増やさないために働くことくらいですから。……頑張らないといけませんね」
「――だな。俺も食べたらすぐ仕事に行かないとか」
運ばれて来た料理を食べ、コーヒーを流し込み、頭を仕事に切り替える。ホリーも軽く昼食を済ませると携帯を確認した。
「迎えが来たみたいです。それでは、失礼しますね。オクタさん」
「あぁ、また頼む」
オクタはラーレに連絡を入れて到着を待つ間、窓から外をぼんやりと眺めていた。。
(六花には悪いが高村からやってもらうことになりそうだな)
―ヘキサ―
六花は学校が終わってアパートに帰ってくると、テレビをつけて真正面のソファーに座っているオクタを見つけた。
「おかえり」
「ただいまです。鍵の受け取りはどうでしたか?」
鞄を置きながら課題とテキストを取り出す。一応学生をやっているからにはこういうのもやっておかないといけない。
(正直面倒くさいけど)
ココアでも飲みながらゆっくり進めることにして、レンジにカップをセットする。
「合鍵を受け取ってきたよ。高村の方だけだったが」
「えっ!?細機の方はどうなったんですか?」
嫌な予感がした。
「まぁ、高村から――だな。そんな嫌そうな顔すんなって」
「え――出てましたか?」
六花は自身では気づいていなかったなかったが、顔に出てしまっていた。やはり自分はまだまだだなと反省した。
「まぁ、嫌なのはわかったが、それ外では出すなよ?」
「は、はい」
「あと、お前セットしたのは良いが、レンジのボタン押せてないぞ」
翌日いつものように聴き慣れない単語の嵐をくぐり抜け六花は授業を乗り切る。ノートに写しとって少しはわかるようになってきたけれど、まだまだクラスメイトほど理解出来ていない。
授業を終えて、疲れは多少あるが部活に行く。そして今日は
(特別指導か……)
六花は三ヶ月程しか学校にはいられない。殺しをしてから直ぐに居なくなりでもしたら怪しまれる可能性は十分にある。そのため元から時間いっぱい使う気はなかったが、それにしても急すぎる。
――愚痴ってばかりもいられない。今日は仕事を進めることになった。六花が特別指導を受けて高村を引き付けているうちにオクタとラーレには家探ししてもらうことになっている。そこで組織の探している「抜けた情報」を見つけることが出来れば仕事の大半は終わったようなものだ。
準備運動をしてから先輩達の指示通り練習を始める。
練習を始めて三十分ほど経ったころ、汗をかいた六花は水分補給と汗を拭きに体育館端の方へ行くとちょうどジャージ姿の高村が体育館に入ってきた。
悩んでいても仕方がない。何かあったら殺さない程度に反撃することを決めて先輩達に見られないように気を付けながら先生のところに行く。私が後ろから声をかけようとすると高村は慌ててスマホをポケットにしまった。
「先生」
「どうしたのかな?氷室さん」
「夏休みに入ってすぐに練習試合があると三芳さんに聞きました。少しでもチームの役に立ちたいのでもっとバスケが上手くなりたいんです。指導お願いできますか」
顔を見ていう。この前ショッピングモールに行ったときに涼子がポロっと言っていた練習試合を利用させてもらう。
「おお、おお……ありがとう」
何故か泣きそうな先生から逆にお礼を言われるという不思議な感じになりながらも指導を申し込んだ。
(なんで、そっちが泣きそうなのよ!)
と思いながら練習に戻ろうと思ったが、その前にトイレに行っておくことにした。オクタたちに作戦決行の合図を送り、ボイスレコーダーを起動させられるようにセットして部活に戻った。
体育館からはもう夕焼けが見えなくなっていた。部活が終わる少し前、六花は高村に呼び出された。
「先生は体育館を閉めるために残ってる必要があるから、みんなと一緒に一回体育館の外に出ててもらってもいいかな。三十分くらいしたら戻ってきて欲しい」
「はい。わかりました」
短く会話を交わし、練習に戻ろうとすると
「それと、氷室さん」
「はい?」
「服の裾が捲れてますから直しておいて。身だしなみはしっかりとしたほうがいい」
「はい」
服というかビブスが少し癖になっていたのか捲れていた所を指摘された。これは直しようがないなと思いながらも素直に返事をしておく。
(そんなところまで見てるのか)
裾を取り繕うようにして練習に戻った。
「そろそろかな」
練習後先輩達と別れ、六花は一人で再び体育館に向かう。体育館の扉から灯りが漏れている。ゆっくりと中を覗く。高村が体育館の中央でボールを持ちながら何かぶつぶつ言っている。ニヤニヤしているのはやっぱり怖い。
「あ、あの」
「おお!やっときたか。それじゃ早速始めようか。氷室さん」
更衣室で制服に着替えたばかりだけど、体育館の用具室で練習用のウェアに着替え直す。着替えなおすと言ってもウェアの上から制服を重ねて着ていたので、それを脱いだだけだが。
リコリスに頼み込んで一日で用意してもらったボイスレコーダーを起動し、ドアの隙間から体育館をのぞき込む。高村は六花の着替えを待ってる間一人でフリースローをしていた。バスケの選手として確かに上手い。外見的によく思われないことが多いみたいだけど、バスケの腕はなかなかなものに見えた。
(外見で損してるタイプなのかも?)
体育館に戻るとすぐに特別指導が始まった。
「もっと腕全体を使って投げなさい」
「大きなアーチをイメージして」
「ウィンドウを狙って投げるといいよ」
アドバイスは初歩的なものだったが初心者の六花にはどれも的確に感じられた。何よりわかりやすかった。そもそも腕力が足りなくてスリーポイントなんて狙えないと思っていた六花だったが、身体全体をバネのように使った投げ方にすると思ったよりも距離が出た。
(これならこっちでも役に立てるかもしれない)
少し嬉しかった。
(こんな風に誰かに教えてもらうのって久しぶりだな)
オクタの事を思い出していると
「どうかしたの?」
声をかけられた。手が止まっていたらしい。
「いえ、何でもありません」
フリースローを再開しようとすると高村はそれを遮った。
「そうだ、マッサージをしてあげようか」
「え?」
(こいつ!やっぱり!)
と思いながらもその方が時間も稼げると自分に言い聞かせる。
「お、お願いします……」
「よし!ならベンチに座って背中向けて」
(変なとこ触ってきたら許さない!)
そう考えていたがそんな瞬間は来なかった。肩や足のマッサージはツボを押さえていてとても気持ちよかった。凝っているつもりはなかったが、それでも運動後に筋肉を解すのは気持ちいい。
「上手い、ですね」
「そうかな?良かったよ。これでも一時期はプロ選手の候補になってたからね」
それは知らなかった。道理で上手いわけだと感心する。
「この歳でここまで鍛えられていることに驚きだよ、初めて見た時に気になって声をかけちゃった。よく見ないと分かりづらいけど、実は現役のアスリート並みなんじゃないかって思ってね。本当に運動やってないの?」
ビクッとした。高村は意外と目がいいのかもしれない。六花は鍛えた上から肉を少しつけているためぱっと見は鍛えていることがバレることはない。そう思っていたが高村はそれを見抜いていた。慌ててごまかす。
「えっと、普通じゃないですか?あとそれセクハラですよ!」
六花がセクハラという言葉を出した途端
「ごめん!そういうつもりはないよ!本当だ!」
目に見えて狼狽えていた。なんだかここまで反応されると言った六花が悪いみたいになる。申し訳ない気分になってきていた。
「すみません」
そういった後しばらくはお互いに黙り込んでしまった。少ししてからドリブルと、シュートのコツを聞いたところで今日の指導はお開きになった。実際に被害はなかったし、高村は意外に小心者だった。制服を上から着て体育館を出る。案外いい人なのかもしれないと思った。
(外見で損してるっぽいけど)
「私は鍵を職員室に持ってかないと行けないから氷室さんは先に帰って大丈夫だよ」
「今日はありがとうございました」
そう言って別れようとした時に高村のジャージのポケットからスマホが落ちた。スマホを拾おうと六花が屈む。
「先生、スマホが落ち――」
「触るな!」
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