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学校に薄青 3
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―ヘキサ―
「やっと終わった」
六花は机に突っ伏しそうになるのを抑えながらため息をつく。
初日でこんなに疲れて大丈夫なのかと心配になりながらも鞄に教科書類をつめて帰る支度を始める。
学校に潜入してすぐ行動すると怪しまれる危険があるということで数日の間は目立った行動はするなと指示されている。
(早めに帰ろう)
鞄をもつとクラスメイトの一人、三芳涼子が声をかけてきた。
「氷室さん」
涼子は六花の右隣に座っている女子だ。おとなしい雰囲気をしているおさげ髪の生徒で、授業中に分からないところを教えてもらっていたから凄く助かった。昼休みに話したときは、運動は苦手だが女子バスケ部のマネージャーをしていると言っていた。
「何?三芳さん」
「もう部活は決めてる?」
「部活……」
考えてもいなかった。仕事の関係で放課後は自由な方が何かと楽だったからだ。
ターゲットの一人である細機は担任だったため自然と接点を持つ事が出来ている。しかし、もう片方のターゲット高村には接点が作れてない。部活で接点を持つのもいいかもしれない。
「三芳さんはバスケットボール部だったっけ?」
「うん。そうだよ」
「せっかくだし見学しても良いかな?」
と言ってみる。確か女子バスケットボール部の顧問が今朝会った高村だったはずだ。
「うん!もちろんだよ」
歩き出した涼子を見失わないように荷物を持ってついていく。
廊下の突き当り、西側の階段を降り一階へ。部室は体育館とあわせて二階建ての棟になっており、教室棟とは別個に造られているようだ。
「ちょっと待っててね」
涼子が部室に入ってから待つこと数分。ジャージに着替えた涼子が荷物を持って出てきた。涼子に続いて体育館に入る。
「ここだよ。氷室さん」
鉄扉を開く。中には先輩だろうか、すでに6~7人のバスケ部員とおぼしき生徒がいるが、ターゲットの高村はいなかった。
高村は情報処理科の教員でプログラミング関連の授業が出来るほどの技術を持っていたり、父親がカミシログループの役員をしていたりと容疑者としては濃厚らしい。接点を今すぐ作る必要はないけれど様子は見ておきたかった。
「あれ、顧問の先生はまだいないの?」
六限が終わってすでに三十分は経っているはず。この質問で六花が怪しまれることはないだろう。
「顧問の――あぁ。今はいないみたいだね」
と言う涼子の顔が曇っていたのを六花は見逃さなかった。が、どこか安心したような表情にも見えた。
「顧問の先生が来るのを待ってみてもいいかな?」
「うん。端のほうなら座っていて大丈夫だと思うから見学するならそっちでお願い」
ありがとうと言って、六花は体育館の隅で準備運動やストレッチ、バスケの練習をながめる。
(今後この部活に入るなら動きは見て盗んでおいたほうがいいかな)
部員の動きを注視し、頭の中で整理していく。オクタやリコリス、ラーレや組織の他のメンバーの動きを眼で見て盗んできた六花は、この作業には慣れている。そこは六花が自信を持って言えるところだ。
数分おきくらいに3年生の先輩や、同学年の生徒達が数グループほど入って来て、部活動を開始した。
一時間くらいしただろうか体育館の鉄扉が、ギィと嫌な音を立てて開く。
(やっと来たね。ターゲット確認)
入ってきたのは高村だった。高村が入ってきたのを見た途端、涼子たちバスケ部員の表情がまた曇った。
(……何かあるのかな?あとで理由を聞いてみようか)
そう思いながら、六花は高村に近づきなるべく愛想良く挨拶をする。
「今朝はありがとうございました」
「おお!君か!別にお礼を言われるようなことじゃないよ。部活の見学かな?」
「はい。女子バスケットボール部に興味があるので」
そう答えると
「そうかそうか!嬉しいよ!気の済むまで見学して行ってくれ」
と返された。
ずっとニヤニヤして、六花や涼子や部員たちをチラチラ見ている。正直気分は良くない。
「は、はい。そうさせていただきます」
笑顔を見せるが、その笑顔が引きつっていなければいいなと思った。
―オクタ―
〈あぁこいつは違うなぁ〉
オクタは六花の通う高校近くのコンビニに車を止め、ラーレからの報告を聞いている。
高校の駐車場を見ることができる場所にラーレを配置して出てくる車の運転手をターゲットと照合してもらっているが、なかなか目当ての教員を引き当てることはできなかった。
〈あちゃ~こいつもハズレっすね〉
ラーレから今日で何度目になるか分からないハズレ報告を聞く。
〈あっ、次来ますねオクタさん〉
ラーレの確認が終わるまで少し時間がかかる。暇だ。
〈あ~また違いました。残念〉
この仕事用に本部から貸し出された車だからとオクタは遠慮していたが待つだけというのは退屈だ。タバコに火をつける。
〈オクタさん。タバコ吸わないでくださいよ。ターゲットが来たらすぐ火消せるんすか?〉
「大丈夫だろ、多分」
〈へいへい。そうですかーっと〉
そう言ってラーレが急に静かになった。
〈――オクタさん〉
「アタリか?」
吸い始めたばかりのタバコを急いでもみ消して灰皿に押し込む。
〈ターゲット確認。細機利幸。数学科の職員っすね〉
言葉を聞きながらエンジンをかけて、通りに向かう。
〈灰色の軽自動車。ナンバーは――ですね、今出たところなんですぐ追えると思います〉
ナンバーと特徴を覚えその車を探す。二台前にその車両を見つけた。
「見つけた。俺はこのまま追う。ラーレはそのまま、もう一人のターゲットの車種、特徴、ナンバーを抑えてくれ。後で拾いに戻る」
〈わかりました。お気をつけて〉
―ヘキサ―
部活の見学も終わり帰路に着く。みんなとは帰る方向が違うからと言ってバスケ部の子たちと駅前で別れる。
今日からはアジトではなく、組織が用意したアパートの部屋に帰ることになっている。
高校からは徒歩で三十分程の場所にそのアパートはあった。学校に提出したのはこのアパートの住所だったが、しばらくはこっちに住むことになるのだから完全に偽というのも違うような気がしないでもない。
スマホの地図を見ながら、住宅街を歩き、多少入り組んだところにアパートを見つけた。
二階に部屋があるとオクタは言っていた。鉄製の外階段を上って部屋番号を確認する。
「203……203、あった」
開錠し玄関を開ける。
「小夜か?おかえり」
オクタの声が聞こえてきた。いつもより少し柔らかい印象だった。
(慣れないなぁ……)
「――ただいま、帰りました」
手洗い、うがいを念入りにしてからリビングに行くと師匠が出迎えてくれた。いつもながらくたびれている感じがする。
「なんか、新鮮ですね。師匠」
「そうかもしれないな。だが、この仕事中は"親子"の設定なんだから、外では師匠って呼ぶなよ?」
「はっはい!もちろんです!」
(親子……)
なんとも言えない気持ちになりながらも仕事の報告をする。
「細機と高村。2名のターゲットに接触しました。明日から一週間程は普通の高校生として過ごそうと思います。接触を再度持つのは少し時間が経ってからにしようかと」
「そうか。お前なら大丈夫だとは思うが、無茶はするなよ?報告や連絡、あと必要なものがあれば早めにな。モノによっては用意しておく」
「はい。ありがとうございます。師匠」
「今は親子だからな?師匠はやめてくれよ。外で癖が出るかもしれないだろ」
呆れているのかもしれない。
「なんて呼べばいいんですか?」
「ん?なんでもいいだろ親父とか父さんとか、なんか好きに呼んでくれよ」
と言った顔は呆れているというよりは面倒くさそうだった。
「じゃあ……パパとかどうです?」
面白半分で聞いてみると、それはやめてくれと言われた。疲れているようだったが半分笑ってもいるようでなんだか面白かった。
結局、オクタの呼び名はお父さんになった。
「やっと終わった」
六花は机に突っ伏しそうになるのを抑えながらため息をつく。
初日でこんなに疲れて大丈夫なのかと心配になりながらも鞄に教科書類をつめて帰る支度を始める。
学校に潜入してすぐ行動すると怪しまれる危険があるということで数日の間は目立った行動はするなと指示されている。
(早めに帰ろう)
鞄をもつとクラスメイトの一人、三芳涼子が声をかけてきた。
「氷室さん」
涼子は六花の右隣に座っている女子だ。おとなしい雰囲気をしているおさげ髪の生徒で、授業中に分からないところを教えてもらっていたから凄く助かった。昼休みに話したときは、運動は苦手だが女子バスケ部のマネージャーをしていると言っていた。
「何?三芳さん」
「もう部活は決めてる?」
「部活……」
考えてもいなかった。仕事の関係で放課後は自由な方が何かと楽だったからだ。
ターゲットの一人である細機は担任だったため自然と接点を持つ事が出来ている。しかし、もう片方のターゲット高村には接点が作れてない。部活で接点を持つのもいいかもしれない。
「三芳さんはバスケットボール部だったっけ?」
「うん。そうだよ」
「せっかくだし見学しても良いかな?」
と言ってみる。確か女子バスケットボール部の顧問が今朝会った高村だったはずだ。
「うん!もちろんだよ」
歩き出した涼子を見失わないように荷物を持ってついていく。
廊下の突き当り、西側の階段を降り一階へ。部室は体育館とあわせて二階建ての棟になっており、教室棟とは別個に造られているようだ。
「ちょっと待っててね」
涼子が部室に入ってから待つこと数分。ジャージに着替えた涼子が荷物を持って出てきた。涼子に続いて体育館に入る。
「ここだよ。氷室さん」
鉄扉を開く。中には先輩だろうか、すでに6~7人のバスケ部員とおぼしき生徒がいるが、ターゲットの高村はいなかった。
高村は情報処理科の教員でプログラミング関連の授業が出来るほどの技術を持っていたり、父親がカミシログループの役員をしていたりと容疑者としては濃厚らしい。接点を今すぐ作る必要はないけれど様子は見ておきたかった。
「あれ、顧問の先生はまだいないの?」
六限が終わってすでに三十分は経っているはず。この質問で六花が怪しまれることはないだろう。
「顧問の――あぁ。今はいないみたいだね」
と言う涼子の顔が曇っていたのを六花は見逃さなかった。が、どこか安心したような表情にも見えた。
「顧問の先生が来るのを待ってみてもいいかな?」
「うん。端のほうなら座っていて大丈夫だと思うから見学するならそっちでお願い」
ありがとうと言って、六花は体育館の隅で準備運動やストレッチ、バスケの練習をながめる。
(今後この部活に入るなら動きは見て盗んでおいたほうがいいかな)
部員の動きを注視し、頭の中で整理していく。オクタやリコリス、ラーレや組織の他のメンバーの動きを眼で見て盗んできた六花は、この作業には慣れている。そこは六花が自信を持って言えるところだ。
数分おきくらいに3年生の先輩や、同学年の生徒達が数グループほど入って来て、部活動を開始した。
一時間くらいしただろうか体育館の鉄扉が、ギィと嫌な音を立てて開く。
(やっと来たね。ターゲット確認)
入ってきたのは高村だった。高村が入ってきたのを見た途端、涼子たちバスケ部員の表情がまた曇った。
(……何かあるのかな?あとで理由を聞いてみようか)
そう思いながら、六花は高村に近づきなるべく愛想良く挨拶をする。
「今朝はありがとうございました」
「おお!君か!別にお礼を言われるようなことじゃないよ。部活の見学かな?」
「はい。女子バスケットボール部に興味があるので」
そう答えると
「そうかそうか!嬉しいよ!気の済むまで見学して行ってくれ」
と返された。
ずっとニヤニヤして、六花や涼子や部員たちをチラチラ見ている。正直気分は良くない。
「は、はい。そうさせていただきます」
笑顔を見せるが、その笑顔が引きつっていなければいいなと思った。
―オクタ―
〈あぁこいつは違うなぁ〉
オクタは六花の通う高校近くのコンビニに車を止め、ラーレからの報告を聞いている。
高校の駐車場を見ることができる場所にラーレを配置して出てくる車の運転手をターゲットと照合してもらっているが、なかなか目当ての教員を引き当てることはできなかった。
〈あちゃ~こいつもハズレっすね〉
ラーレから今日で何度目になるか分からないハズレ報告を聞く。
〈あっ、次来ますねオクタさん〉
ラーレの確認が終わるまで少し時間がかかる。暇だ。
〈あ~また違いました。残念〉
この仕事用に本部から貸し出された車だからとオクタは遠慮していたが待つだけというのは退屈だ。タバコに火をつける。
〈オクタさん。タバコ吸わないでくださいよ。ターゲットが来たらすぐ火消せるんすか?〉
「大丈夫だろ、多分」
〈へいへい。そうですかーっと〉
そう言ってラーレが急に静かになった。
〈――オクタさん〉
「アタリか?」
吸い始めたばかりのタバコを急いでもみ消して灰皿に押し込む。
〈ターゲット確認。細機利幸。数学科の職員っすね〉
言葉を聞きながらエンジンをかけて、通りに向かう。
〈灰色の軽自動車。ナンバーは――ですね、今出たところなんですぐ追えると思います〉
ナンバーと特徴を覚えその車を探す。二台前にその車両を見つけた。
「見つけた。俺はこのまま追う。ラーレはそのまま、もう一人のターゲットの車種、特徴、ナンバーを抑えてくれ。後で拾いに戻る」
〈わかりました。お気をつけて〉
―ヘキサ―
部活の見学も終わり帰路に着く。みんなとは帰る方向が違うからと言ってバスケ部の子たちと駅前で別れる。
今日からはアジトではなく、組織が用意したアパートの部屋に帰ることになっている。
高校からは徒歩で三十分程の場所にそのアパートはあった。学校に提出したのはこのアパートの住所だったが、しばらくはこっちに住むことになるのだから完全に偽というのも違うような気がしないでもない。
スマホの地図を見ながら、住宅街を歩き、多少入り組んだところにアパートを見つけた。
二階に部屋があるとオクタは言っていた。鉄製の外階段を上って部屋番号を確認する。
「203……203、あった」
開錠し玄関を開ける。
「小夜か?おかえり」
オクタの声が聞こえてきた。いつもより少し柔らかい印象だった。
(慣れないなぁ……)
「――ただいま、帰りました」
手洗い、うがいを念入りにしてからリビングに行くと師匠が出迎えてくれた。いつもながらくたびれている感じがする。
「なんか、新鮮ですね。師匠」
「そうかもしれないな。だが、この仕事中は"親子"の設定なんだから、外では師匠って呼ぶなよ?」
「はっはい!もちろんです!」
(親子……)
なんとも言えない気持ちになりながらも仕事の報告をする。
「細機と高村。2名のターゲットに接触しました。明日から一週間程は普通の高校生として過ごそうと思います。接触を再度持つのは少し時間が経ってからにしようかと」
「そうか。お前なら大丈夫だとは思うが、無茶はするなよ?報告や連絡、あと必要なものがあれば早めにな。モノによっては用意しておく」
「はい。ありがとうございます。師匠」
「今は親子だからな?師匠はやめてくれよ。外で癖が出るかもしれないだろ」
呆れているのかもしれない。
「なんて呼べばいいんですか?」
「ん?なんでもいいだろ親父とか父さんとか、なんか好きに呼んでくれよ」
と言った顔は呆れているというよりは面倒くさそうだった。
「じゃあ……パパとかどうです?」
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