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青出 風太

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File1

学校に薄青 2

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――潜入前日――
―ヘキサ―

「秋花さん。来たよ」

 六花はいつもみたいにリコリスの部屋のドアを叩く。

「ん。すぐ行くよ。先にテーブルに行ってて」

 返事が聞こえたのでドアから離れて言われた通り先にリビングのテーブルに向かう。明日から仕事で学校に入ることになる。最後の情報確認をすることになっていた。

「お待たせ」

 リコリスが向かいに座る。

「今日まで調べてわかったことを伝えておくね」
「オクネ~」

「お願いします」

 タブレットを六花の方に見せるように差し出してくる。mapleがファイルを開く。

「うちのチームのターゲットの教師はニ人に絞れたよ。一人は情報処理科でもう一人は数学科の教師だね。二人とも二年生を担当する教師だから六花ちゃんの入るクラスによっては楽に近づけると思うよ。これ顔写真ね」

 リコリスは画面をスワイプして二人の男性の写真を表示した。

「ちょっと待ってください。二年生って私の年齢だったら一年生なんじゃ?」

「ま、今更だよね。学校に提出してる書類も全部偽物だし」

 六花はやれやれと言った様子で画面に視線を落とす。顔と名前を覚えながら、少し前から疑問に思っていたことを質問してみる。

「ところで、何でこんな仕事することになったんですか?学校へ行けだなんて突然言い始めたのも不思議な感じだし」

 六花たちの所属する組織では教育という教育がなされていない。

 昔は総合的に能力を伸ばす教育が少しあったようだが、最近は六花のように暗殺なら暗殺だけ。リコリスのようにハッキングならハッキングだけ。と言った具合にその分野に特化した教育が主流で、一般にいう学校教育のようなものは行われなくなっていた。

「別に話しておいてもいっか。ほら、六花ちゃんには二週間くらい前にカミシロの本社ビルへ行ってもらったでしょ?」

(ああ。あの、裏切り者の……)

 悪党のくせに自覚がないとは救いようがない。

「その会社とこの学校に関係が?」

「なんていうのが正しいのかな」

 少し考えるようにリコリスは続ける。

「その時私たちのチーム以外も仕事してたのは知ってるよね?」

「もちろんです。あっちのチームは傘下の工場と下請けの企業の一つを破壊しに行っていると聞いています。師匠たちもその応援に行ったとか」

「そっちが問題でさ。……AI搭載型ロボットの開発に関する情報の一部に抜けがあったことがわかって、その抜けた情報が今どこにあるか本部は血眼になって探してるみたいだよ」

 リコリスは肩をすくめながらいう。

「AI以外にも、機械製品の取り扱いもしてて色んな会社に設備を提供、販売してたもんだから、どこと繋がりがあるか分からない。でも、しらみ潰しにって訳にも行かないから、いくつかに絞って調べることにしたんだって。それでもうちが駆り出されるくらい忙しいみたいだけど」

「はぁ」

「で、この学校の教師の中に本部の開発部門役員の家族とか知人とか、まあ色々怪しいのが見つかったから調査命令が出たってわけ」

 話を聞いてもあまり要領を得ない。

 いつもいつも命令は大部分が曖昧に隠されていて、六花や現場にまで情報は回ってこない。六花からすると何をやらされているのか、何のためになっているのかわからないことも多い。

 でも、やるしかない。それが仕事であり生きる手段であり、自分たちのような孤児を生まない未来につながると考えているからだ。

「わかりました」

 仕事自体に個人的な感情を持ち込むつもりはないが、他のチームの尻拭いをさせられているような気分だ。それでも仕方がないと割り切り頭を切り替える。

 明日から頑張ろう。話を終えて席を立ち、自室に戻った。




――1日目――

「よし」

 制服を着て、いつも通り薄青色の髪を一つに結ぶ。ローファーを履き、鞄をもつ。

(仕事用のナイフは師匠がアパートの方に持っていってくれるって言ってたけど、折りたたみ式のナイフは念のため学校にも持っていこう)

 折りたたんでおけば峰のギザギザが櫛にみえるから、これなら武器とは思われないはずだ。

「いってきます」

 見送りに来たリコリスに手を振りアジトを出る。潜入中は組織が用意したアパートに泊まるからしばらくはアジトには帰れない。

 リコリスとラーレに会うのは仕事が落ち着いてからだ。

 まだ空に日が昇り始めたばかりだが、始発で仕事に向かう人や、ウォーキングする人たちの流れに紛れて足早に駅へ向かう。


―学校―

(ここが今日から私の職場……)

 電車を数本乗り継ぎ、バスで揺られること十数分。周辺を歩いて回って7時半ごろに校門をくぐった。

 目の前には四階建ての校舎が六花を見下ろすようにして建っている。大きな窓ガラス越しに教室から街がよく見えそうだ。

「まずは職員室に行かないと」

 生徒たちの流れに従って昇降口に向かう。下駄箱はどこを使ってよいのか分からないため持ってきていた袋にローファーをしまう。

 上履きに履きかえ、校内を歩いて職員室を探していると
「あっ、君」
 後ろから声をかけられた。

 びくっと体が反応してしまった。振り向くと見覚えのある小太りな中年の男が立っていた。

 六花より圧倒的に大きく、威圧感がある。

(――っ!ターゲットの一人、高村たかむら秀明ひであきだ。笑顔笑顔!)

 おはようございますと笑顔で挨拶をする。急だったがうまく表情を作れていたはずだ。

「おはよう。君かな?転校生って」

 そう言いながら近づいてくる。顔がニヤニヤしていて六花を品定めするようにジロジロ見てくるから印象は良くない。しかし、今は目を瞑ることにした。

「はい!あの……職員室はどこですか?」

「案内するよ。こっちだ」

 指をさしながら高村は六花の前を歩く。

 何度も振り返りながら六花に「今日、保護者は一緒じゃないのか」とか「スポーツの経験はあるのか」とか、「前の学校では何の部活に入っていたのか」と話しかけてきた。

 心なしかすれ違う生徒にも凄くジロジロ見られている気がする。六花が転校生だからだろうか。

 間もなく職員室に着いた。

「ここで、待っててね」
 と言われ、廊下で待つ。

 忙しそうに教師たちが出入りしている。

 しばらくすると、職員室から20代後半くらいの男が出てきた。数学の教科書を持っている。

(こっちもターゲットか)

 細身の男性。名前は細機さいき利幸としゆき

「おはようございます。氷室小夜さんですね?僕が担任の細機です。えっと、これからよろしくね」

 優しい声色だった。短く切りそろえられている髪型や、シワのないシャツから清潔そうな印象を受ける。眼鏡をかけているからか、おとなしそうに見える。

 六花は今回の仕事では「氷室ひむろ小夜さよ」ということになっていた。

 氷室小夜になりきらないといけない。緊張しながらも氷室小夜として挨拶した。

「氷室です。こちらこそよろしくお願いします」
 笑顔で返す。

 ターゲットの2名は六花より大分背が高く、見上げる形になって首が痛くなりそうだ。

「教室に案内するよ。行こうか」

 細機の言葉に肯きながら後をついていく。

 昇降口を経由して3階の2年C組の教室に着いた。細機に、少し待っていてくれと教室の外で待たされる事数分。転校生を紹介しますという声が聞こえてきた。

(入っていいのかな?こんな自己紹介をするのは初めてだ)

 六花は既に幾つもの死線を潜り抜けた工作員だが大勢の同年代の生徒たちに囲まれる経験はなかったため、酷く緊張した。

 教室に入り細機の横に立つ。席に座っている生徒たちからザワザワとした話し声が聞こえる。

「氷室さん、自己紹介お願いします」
「は、はい!」

 深呼吸を小さくしてから

「氷室小夜です。今日からよろしくお願いします!」

 大袈裟におじぎをする。挨拶を終えると同時に周りから、

 「可愛い!」とか、「女の子だ!やった!」とか「小動物みたい」といった声が聞こえて来た。

(……可愛いは少し嬉しいかな。小さいは気にしてるからやめてほしいけど)

 細機が生徒たちに静止をかけながら話し始める。

「氷室さんは家庭の事情もあり一時的にこの学校に編入することになったそうです。短い間だけど色々教えてあげてくださいね。席はえっと、三芳さんの隣が空いているかな。氷室さんは三芳さんの隣に座ってください」
「はい」

 細機の方を向いて返事をしてからゆっくりと席に向かう。一番後ろの席で右隣に三芳さんと呼ばれた女子が座っている。

「よろしくね」
 と挨拶をする。

「うん。よろしくね」
 凄く小さい声で返された。恥ずかしがり屋なのかも知れない。


 一限目がすぐに始まった。しかし、授業中のはずなのに六花は自分に向けられた視線が多く落ち着かなかった。

 やはり五月の頭に唐突に転校してくるということが不自然なのだろうか?それとも着こなしが変だったのか?

(制服はちゃんと着れてるはずだよね?大丈夫かな)

 心配になりながらも授業を聞く。が……全くわからない。

 細機の数学の授業だが公式や定理といった六花の聞いたことのない言葉が弾丸のように飛んでくる。

(と、とりあえずノートには写しておこう)

 電子黒板に表示された数字や記号を多少崩れてはいるものの丁寧に写していく。

 六花が理解できるのは日常的に使ったり仕事で使ったりするための極々初歩的な足し引き掛け割りなどの算数程度。外国語に関してはカタコトで挨拶出来る程度で、歴史や地理だって仕事に関係することだけをその都度教え込まれるようなもの。

(高校生って凄いなぁ。少し悔しいけど私には全然分からないや)

 そう思いながらもなんとか授業を乗り切った。少し休めると思ったのも束の間。クラスメイトが机に押し寄せてきた。

 女子も男子も六花と殆ど同い年。組織に引き取られてオクタの下で訓練をするようになってからは同世代の子と接する機会などなかった六花にはとても新鮮に感じられた。

 どこからきたの?とか。

 好きな食べ物は?とか。

 何部に入ってたの?とか。

 彼氏はいるの?とか。

(結構ぐいぐい聞いてくるんだね)
 そう思いながらも質問には全て笑顔で返した。
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