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第三章「日本編」

第67話「修行真っ最中!」

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「少し取り乱してしまったな、申し訳ない。彼女はずっとメイにずっと謝りたいと思っていたんだ。その思いが溢れてしまったようだ」



「わかってる」



まだ涙顔のミリィをシェリルは優しくなだめ、ベンチに座り直した。だが、ミカちゃんはまだ警戒を解いていない。
ずっと二人を睨み続け、獲物を絞る用意をしている。その証拠に目が血走っていた。私だけが変に冷静だ。



「話はそれだけ?」



「いや。実は今朝、サラに会ってな。お前達の支援を頼まれたのだ」



「師匠と? でも、よく会えたわね。あんたらが転生したことを知っている人は誰もいないのに」



「朝方、ラブホテルから出てしばらく歩いてた頃にばったり出くわしてな。向こうも雰囲気でわかったんだろう。私達と同じナイトゼナの同郷だからな」



「ち、ちょっとシェリル! その……ラ……ホテルとか言わないで!!」



ミリィは恥ずかしいのか、ぽかぽかとシェリルを叩く。ただ、シェリルはそれすら嬉しいのか顔を綻ばせている。まったく、堂々と言ってくれる。二人はこちらでも変わらないようだ。



「らぶ……ほてる?」



「ごにょごにょ」



と、疑問符を浮かべるミカちゃんにそっと耳打ち。みるみる顔が赤くなるミカちゃん。



「な、なるほど。そ、そういう施設があるのね」



今時の女の子はそう照れもしないかもだが、ミカちゃんは想像通り。リンゴ色というか、顔一面に真っ赤になっている。ふふ、やっぱ可愛いなぁ。



「普通のホテルよりも安いから、女子同士が泊まるのも流行っているぞ。二人も大人になったら行ってみるといい」



「……で、支援って具体的にどうするのよ?」



私はその提案をスルーして話を先に進めることにした。ミカちゃんはまだ恥ずかしそうにしている。というか、今はそういう類の話はしたくない。大勢の人がいる公園だし、余計にね。



「サラから聞いたが、今は皆、メイの家に居候していると聞いた。色々と金がかかるんじゃないか?」



「まあね」



私、理沙、サラ師匠、ノノ、ミカちゃん、リュート。みんなは私の家で同居しており、食費や水道光熱費は普段の倍になってしまった。ナイトゼナのお金は当然使えないので、今は私と理沙で貯金を出し合っているが、それも長くは続かないだろう。アルバイトで稼ぐのも一つの方法だが、そんな時間があるなら修行に打ち込みたい。仕事終わってから修行というのも難しいだろう。どうにかしないといけない問題だ。姉から借りるにしてもどこにいるかわからないし。



「やはりな。そこでまずは資金面について支援する。メイ、いつも使っている銀行口座を教えてくれ。速やかに振り込もう」



「これよ」



私は二人にスマホのメモ帳を見せた。メモ帖には口座番号、名義人などの個人情報が書かれている。指紋認証が必要な特殊なメモ帳アプリなので私以外は閲覧できない。ちなみにこの口座は私専用。多少の預貯金はあるものの、バイトもしていない高校生の口座残高など社会人から見ればたかが知れている。笑われるかと思ったが、それは無かった。二人はすぐ記憶したようだ。



「ありがとう。今、入金する」



慣れた操作でスマホを操る香澄。すぐに私のスマホが震える。銀行アプリの新着通知だ。通知には振り込みがありましたと出ている。早速、銀行アプリを立ち上げると、入金されているのが確認された。私がスマホでフリックするのをミカちゃんはじっと横から見ている。



「………すんごい額ね」



振り込み金額は300万と出ていた。名義人は赤山香澄……つまりシェリルだ。にわかには信じ難い金額だが間違いない。



「LIMEも交換しておこう。もし苦しいようなら追加で融資することもできるからな。その時は連絡を頼む」



「わかったわ」



あまり気乗りしないが、LIMEで連絡先を交換しておく。香澄、晴美(シェリル・ミリィ)が私のスマホに友達登録される。まさか、この二人と連絡先交換するなんてね。ナイトゼナで私を絶望の底へ落とした、あの二人とね。でも、こうやって仲良くなることを望んでいた私としては素直に嬉しい気持ちもある。



「このお金はみんなとの生活費に使わせてもらうわね。ありがとう」



「ええと……イマイチよくわからないんだけど」



日本の事は私の持ち物で少しは知っていても、LIMEだのアプリだの銀行だのはわからないミカちゃん。まあ、無理もない。私もどう説明したらいいかわからないし。



「ええと、シェリルがまとまった額のお金をくれたのよ。んで、入金のお知らせがこのスマホに届いたの。ついでに連絡先も交換したわ」



「そ、そうなのね」



ミカちゃんはまだイマイチわかっていない様子だが、ともかく、これで資金面の都合はついた。心がすっと軽くなった気分だ。




「私からは以上だ。次はミリィだ」



「はい。メイさん、足を見せてください」



「ん」



私は素直に足を見せる。ミリィは筆を取り出し、さらさらと何かを書く。だが、書かれたわりには何も色が出ていない。でも筆で足を撫でられたにしてはこそばゆくない。



「………!?」



私は立っていられなくなり、その場にうずくまる。身体が痛いわけでもなければ、気分が悪いわけでもない。ただ、身体が重いのだ。



「メイ、大丈夫⁉」



ミカちゃんがすぐに駆け寄る。私はバランスを崩しかけたけど、なんとか踏みとどまった。身体が重く、上手く動けない。ただ重いなんてものじゃない。まるで、重力が私に向かって一斉に襲い掛かってきたような……。



「安心してください、危害は加えていません。私の能力で見えない重りをつけたんです」



ミリィは頭を下げつつ、続ける。相手を興奮させないようにと務めて丁寧に。



「サラさんはまず、メイさんに体力をつけさせたいそうです。何の修行をやるにしても体力が必要だと。そこで私の能力で見えない重りをつけさせて頂きました」



「ミリィは特殊な絵の能力を持っている。それを利用して、メイの足から手首、腕、足首、ふとももに見えない重りをつけたんだ。これで公園全体を1周歩くのがトレーニングだ」



「なるほど、そういう事ね。ヤバい位にキツイんだけど」



頭では納得がいくが、身体は重さに悲鳴をあげている。だが、ぬくぬくと育ってきた私には体力が無いのは百も承知だ。今まではセグンダディオの力で何とかなってきた。ギルド仕事もこなしていたからそれなりに体力はある。だが、これからはそうもいかないだろう。本格的な修行に入る前に、それに耐える体力をつけろということだ。



「安心しろ、この公園を1周歩けば能力は消える。歩かなければ死ぬまで消えないがな」



「サボる訳ないじゃん、これぐらい何でもないわよ。リュートの為に……みんなの為に。そして何より私自身が後悔しない生き方を送るためにね」



私は歩き出した。足が重く、腕が辛く、全身が重い。痛みこそないが、泣きたいほどの重圧だ。宇宙に行ったことはないが、Gがかかるというのはこういう事か。ああ、くそ、重力なんか大嫌いだ。愚痴を零しながら、私は歩いていく。逃げ道が存在しない。なら、やるしかないのだ。



「ちょっとメイ、大丈夫なの?」



「……しんどいけど、大丈夫。ミカちゃんはシェリル達を家に連れてって。そんで色々話を訊きまくって。拒否権はないわよ、シェリル、ミリィ」



「構わん。だが、ミカはこの世界に疎い。案内は難しいと思うが」



「さっきLIME交換したでしょ? 私のプロフに住所が載ってる。それを地図アプリで見ればすぐわかるから」



「なるほど。では、気を……」



「メイ、気を付けてね!! 後でまた迎えに来るから!!」



シェリルより大声でミカちゃんが叫ぶように声援を送る。多分、ミカちゃんなりの抵抗心なのだろう。シェリルは少し顔をしかめたものの、気にしていないようだ。私は声援に手を上げて応えつつ、公園を歩くことにした。






重たい身体を引きずりながら歩いていく。1歩、1歩、確実に。傍から見れば私は確実に変な人だ。何もつけていないのに歩く速度は常人より遅い。だが、周りの人間たちはまるで私に関心がない。ベンチで平和を楽しむ老夫婦も、遊具で遊ぶ子供たちも、それを見守る親も、園内を走る人も、誰もが私に関心がない。



普通なら何人かはこちらを見るものだが、それすらない。この世界はやはり普通の世界ではないということが良く分かった。だが、そんなことがわかったところで何の意味もない。今の私には体力が必要だ。とはいえ、ナイトゼナにいた時は仕事がトレーニングにもなったのでそこらの学生より体力はある。だが、マルディスゴアやその部下達と戦うには圧倒的に足りないのだ。



「暑いわね……」



気候はさほど暑くない。どちらかといえばちょうどいい気候だ。だが、体力が燃焼されているのか、体温が上昇している。玉のような汗がぽたぽたと流れ落ちている。喉がカラカラに乾き、砂漠のように干上がっている。それでも、少しずつ、少しずつ、歩を進めていく。



私の心の中に常にあった疑念。なんで、私はこんな苦しい想いをしているんだろうか。どうして、普通の女子高生がこんなことをしているのか。もちろん、その答えは決まっている。が、それでもたまに頭に浮かんでしまう。だが、今はそんな疑念を浮かべる余裕すらない。そんな余裕があるなら、その力を全て足を動かす事にだけ集中させたい。一歩、一歩、着実に歩を進めていく。どんな道にも始まりがあり、終わりはある。私はただ歩き終えることだけを目標に進んだ。




風景は変わらない。だが、空の景色が少し変わりつつあった。日が昇ってきて、気温が上昇しているのを感じる。
つまり、朝から昼になったということだ。何故、空の模様に気づくことができたか。それは私が何とか一周を終え、大の字になっているからだ。あ、ヤバい、足が痛くて立てない。これはノノ達呼ぶしかないかな? それとも帰るまでが修行?



「あーしんどい。ペポカリスエット思う存分飲みたいなぁ」



「……あの、メイ様ですか?」



と、声をかけてきたのは足が馬、上半身の女性。顔立ちは童顔でやや幼いように見えるが、その瞳は芯がある。言うまでもない、ジェーンさんだ。



「ジェーンさん!! 奇遇だね、こんなところでどうしたの?」



「ご無事で何よりです。実はずっと迷ってしまって。誰に話を聞いても、定型文しか返ってこないのです。地理もよくわかりませんし、ここはナイトゼナではなさそうですね……もしかして、ここが?」



「そう、私のいる世界だよ。正式には日本の大阪っていう街なんだ」



「なるほどです」



ジェーンさんはうんうんと頷いた。それなら、わからなくても仕方ないという顔だ。しかし、定型文しか返ってこないってまるでRPGみたいね。普通、馬の女の子がいたら驚きそうなもんだけど。



「ところでメイ様はこちらで何を?」



質問に答える前に地面に膝がついてしまう。少し、体力の消耗が激しい。くっそ。



「だ、大丈夫ですか!?」



「へ、へーき、へーき。ちょっと見えない重りをつけて修行をしててね。詳しくはノノに聞いてちょうだい」



と、空から一人の天使が。まるであの世からのお迎えのようだ。まだ天国に行きたくはないのだが。



「ジェーン、メイの家まで案内するわ。詳しくは道中、話してあげる。リュート、ママの記録お願いね」



「りゅー」



ビデオカメラを興味深く触るリュート。ドラゴンの赤ちゃんにビデオカメラが使えるのだろうか……。



「ドラゴンは頭がいいから大丈夫よ。基本説明はしておいたし。メイ、引き続き頑張ってね。また後でくるから」



「メイ様、それでは一旦失礼します。くれぐれも無理なさらずに」



「うん、また後でね」





それからも黙々と歩き続ける。リュートには目撃されないように高い位置から録画するように伝えた。ただ、ひたすらに歩くだけだが1ミリずつしか進んでいないような気がする。風景は変わらないし、まるで延々と道が続いているかのような錯覚すらある。さっきまで考えていた迷いのようなものはいつの間にか消えていて、今はひたすら歩き終えたい、ゴールしてやりきって、ペポカリスエット飲みたいという気持ちしかなかった。時折、こけたり、立ち止まったりすることもある。リュートが心配そうにこちらを伺っても私は「大丈夫」と答え、再び歩き出す。歩いて、歩いて、歩き倒していく……。






それからどれくらいの時間が経ったのか。園内の中央に大きい時計が立っている。大きい文字盤でとても見やすい。地面に倒れながら時計を仰ぎ見ると、時刻は午後13時を指していた。シェリル達と連絡先を交換した時、時刻が目に入ったが、その時は午前9時過ぎだった。つまり4時間近く歩いていたというわけか。以前、学校の授業でこの公園で走ったことがある。その時、体育教師が走って1周できる時間は約20分程度だと教えてくれた。私は遅すぎて30分ぐらいかかってしまったが。そこを四時間走るとは思わなかった。でも、私が倒れていても世界は無慈悲で何もなかったかのように通常を振舞う。



「と、ともかく達成ね。足痛いわー。ちょっと休憩……」



「それは無理だな」



どこからか声がした。この声は聞き覚えがある。誰の声か脳内検索する間もなく、世界が黒く染まる。世界の全ての光が無くなり、自分の身体すらも見えない。まるで、夜の樹海のように何も見えない。辺りを走る人もベンチで休む老夫婦もいつの間にか消えていた。代わりに誰かが私の近くにいる。目を凝らしてそれが華奢な人間……恐らく女だと気付く。だが、異常なまでに鋭い殺気が辺りの空気を痛くしていた。



「お初にお目にかかる。アルシオーネ・メイファンだ。おっとそのままでいいぞ。そのまま天を睨むがいい。黒き天をな」



アルシオーネは何かを振り落とし、私の身体を斬り裂いた。途端に鋭い痛みと血が私の胸、腹から噴水のように血が噴き出した。しかし、私には叫ぶ元気も避ける気力もなかった。



「お前達をこの仮想世界へと導いたのは私だ。これはゴア様の命によるもの。ただ、そのお心は理解しかねるが」



「……わ、私を殺すのも命令なの?」



身体は極度の疲労で動けない。大の字になったままだ。身体を動かすのもおっくうだ。そのせいか、恐怖感を感じなかった。これから殺されるというのに。



「いや、命令は受けていない。だが、雑草は早い内に根から取り除く必要がある。上司が命令するのをただ待つだけでは指示待ち人間。そんなことでは三流だ。一流の部下は上司が命令せずとも望むことを考え、必要な事をこなすのだ」



「そう」



「フフフ、随分と冷静だな。もう少しジタバタするかと思ったが? 苦しい修行をせず、楽になれる。そう考えているのか? それとも助けを期待しているとか。残念だが、この公園に強力な結界を張った。外部の干渉を全て受けつけず、人間の持つ武器や妖精の魔法も効かない。この結界を解除する方法は私を殺す事だ」




別に死が怖いわけじゃない。疲労困憊で身体は動きそうもない。おまけにかなりの出血で痛みが今更身体中に広がる。痛くて、痛くて、泣いてしまいそうだが、涙は出ない。頭が回らない。奴の話が全て本当なら私に助けは来ない。このまま死を待つしかないのか。



「四英雄の武器なら効き目があるかもしれないが、生憎、貴様は動けん。僅かな体力を振り絞ったとしても、セグンダディオを顕現させるだけで精一杯だろう。戦うだけの力はない」



確かに目の前は真っ暗で自分の服すら見えない状況。セグンダディオを顕現させるにも力がいる。それでいて視界の悪い闇の世界で戦うのはあまりにも分が悪い。



「悪趣味なことはせぬ。私は配下の中で一番剣術を得意としている。首を一撃で跳ねてやろう。剣士としてせめてもの情けだ、苦しまずに死なせてやる」



女の気配がゆっくり近づいてくる。これはもう死んだな。ああ、まだ美味しいものたくさん食べていないのに。世界を平和にして、みんなと一緒に家に住むっていう夢が。リュートは泣いちゃうだろうな、きっと。理沙は私がいなくなったら後追い自殺しそうで嫌だな。ミカちゃんもそうなりそう。他のみんなもきっと、悲しむに違いない。師匠は不甲斐ない弟子だっと述懐するのかな。ごめんなさい、師匠。でも、どこかで自分が死ぬのも感じていた。大勢の悪人を殺してきた報いを今受けるんだ、きっと。



「死ぬのはお前だ!!」



その時、耳をつんざくような音が響いた。それはいつも聞く銃声だ。何発も何発も放たれ、くぐもった声が聞こえる。


「銃だと!? け、結界は解除されていないはずだ。なのに私の身体を正確に撃ち抜いている……ど、どこだ、どこから攻撃している!?」



銃声は更に続き、アルシオーネは何とか逃げようとするが、それよりも速く弾丸が彼女の身体を撃ち抜いてく。彼女が弱まった影響か、結界が徐々に明るさを取り戻し、ようやく早朝ぐらいの明るさになった。



「メイ、しっかりしなさい」



「み、ミカちゃん……」



私を抱えてくれたのはミカちゃんだ。来てくれたんだ。すごく、嬉しい。でも、言葉にする為の力が出ない。目を開けるほどの力もないのだ。余力が無い。



「ミカ、メイは私に任せて。リュートも手伝って」


「りゅー!」



この声はルルーさん?
傍にはリュートもいて、あれ、舐めてる?



「メイ、龍の舌には強力な回復能力がある。それと私の魔法をかければ傷が治るはず。あいつはミカが始末してくれる。身体の力を抜いてリラックスして」





私はその言葉通り、意識が闇に薄れていくのを感じた。
けれど、心に光が灯って、安心して意識を手放していた。
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