少女メイと呪われた聖剣セグンダディオ

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第二章「新たな旅立ち」

第53話「お仕事頑張ろう大作戦」

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シンシナ本通から少し外れた街の隅。そこに古びた教会があった。あったと過去形なのは今は存在しないからだ。より正確に言うと新しい教会にするために工事中だからだ。白いシートに覆われた現場では職人たちが忙しそうに働いている。それを年老いた神父は愛おしい瞳で見つめていた。その中に一抹の不安や寂しさも含めて。



「やっほー、神父さん」



「これはサラ殿。お待ちしていました」



神父は丁寧に頭を下げた。サラと神父はとても仲が良い。仲間の事、ギルドの事、人生のこと……様々な事を話し、相談した。教会関連の仕事をサラが請け負う事もしばしばあった。そんな中、悩むこともあるし、色々な壁にぶち当たった事もある。そんな時は神父に話を聞いてもらった。



「頼まれていた物は業者に頼んでギルドに運びました。昼頃には届くでしょう」



「ありがとうね。ごめんね、わざわざ」



親子ほど年齢の離れた二人だが、実の両親のようにサラは彼を慕っている。捨て子でもあるサラからすれば、神父は父親代わりだと言ってもいい。神父も若い頃に妻と子を亡くし、一時は塞ぎ込んでいたが、サラと出会い、実の娘のように可愛がってきた。10年来の信頼関係は今も続いている。しかし、神父は誰に対しても敬語だ。




「何を仰られます。教会の修繕費を見繕ってくださったのは貴女です。感謝しています。この教会も私のように古ぼけてしまいましたからなぁ」



「な、何の事だかわからないわ。どっかの気の良い美人な誰かさんが寄付したってのは聞いてるけど。でも、それは私じゃないから」



「いやいや。以前、梨音殿がへべれけになった所を介抱していたのですが、その時に自慢げに話しておりましたぞ。まるで自分の事のように熱く語られておりました」



「……あんの飲ん兵衛馬鹿は。せっかく、人が格好つけようってのを台無しにして」



梨音は酔っ払うと語りだす癖がある。サラとしてはお世話になった教会の為に何かしたかった。そこで修繕費を見繕ったのだが、その業者の手配を梨音に任せたのだ。サラも顔が広いほうだが、梨音は商売柄更に広い。彼女の人脈術は強く、また良い業者ばかり知っている。それを信頼して頼んだのだが、絶対に喋るなと強く念を押したつもりだ。しかし、あっさりと神父に話すとは……サラは大きくため息をついた。



「ははは、あまり梨音殿を責めないであげてください。酒を飲むとついつい愚痴が出るのが人ですが、彼女は友人を褒め称えたのです。よほど嬉しかったのでしょう。彼女は特別に神を信じている訳ではないでしょうが、地域貢献に励む貴女の事を誇りに思っていらっしゃる。良い友を持ちましたな」



「友ねぇ……ただの飲んだくれのオバサンよ。生き遅れで仕事しか楽しみのない寂しい女よ。私みたいに諸国漫遊して、いい男と飲んで楽しむ人生でないと。できれば、神父様とも飲みたいんだけどねぇ」



「すみませんが、お酒はお断りしていますので」



「でもさぁ、あなたの信じる神様は酒も肉も魚も禁止していない。聖典にもそう書いてあるよ?四英雄も食欲には旺盛で酒盛りもガンガンやってたって聞くんだけど」


 
語り継がれた話によると、四英雄は大きな戦いの後は必ず打ち上げをしたという。その凄まじい暴飲暴食とも呼べる食べっぷりは今の世にも広く知れ渡っている。神父は聖職故に酒を飲んではならないとも聞くが、他の街の神父達は飲んでいることを公言している者もいる(酒量は個人差があるが)



「神様は何も制約していませんよ。ただ、私は若い頃、梨音さん以上に飲ん兵衛馬鹿でした。そのせいで周りの人々に随分とご迷惑をかけましてね。それに私はどうも後一杯を何度も何度も繰り返してしまう癖がありましてな。そもそも、神を信じ、その教えを皆に弘める者が二日酔いでは説得力が無い。引退してもその考えは変わりませんよ」



「あーはいはい、耳タコだって。何十回も聞いたつーの。あたしゃ、そこまで神様信じちゃいなけいけどね」



「信じる、信じないは自由です。ですが、神様はすぐ近くから私達を見守ってくださっています。四英雄様と共に」



世界がマルディス・ゴアの恐怖と闇に飲まれようとした時、四英雄は現れた。彼らは異世界の武器を持ち、果敢に敵に挑んだ。そして、遂に宿敵マルディス・ゴアを討ち果たしたとされる。戦後、四英雄は神格化された。故に神に対し祈り、四英雄に対し祈る事はナイトゼナでは当然の事だ。祈る事は子供の時に親から習う。この港町シンシナシティは特に信心深い者が多く、荒くれ者の海の男たちですら、航海の前日には教会に趣き、祈りを捧げるという。そういった意味でも、市民や海の男達にとって、この教会は特別なスポットでもある。



「ところでつかぬ事をお聞きしますが、は何にお使いするおつもりですかな?」



「弟子の修行に使うの」



「ほう、サラ殿が弟子とは。以前の方々はすぐに逃げてしまったと仰ってましたな。もう二度と弟子は取らないとあれほど強く嘆いていましたのに……」



神父は少し驚いた表情をした。彼はサラが酒に溺れまくって愚痴を吐いていたのを昨日の事のように覚えている。サラとしては厳しくする所までしたつもりはないが、元弟子たちには苦行だったらしい。



彼らは憎まれ口を叩き、激しく彼女を罵倒して、どこかへと去っていった。数日前は師匠、師匠と尊敬していた連中があっさりと掌返しをしてきたのだ。サラは去っていく背中を睨みつけることしか出来ず、歯ぎしりをして堪えるしかなかった。それでもストレスは隠せず、梨音を連れ回して暴飲暴食を繰り返した。何件も酒場を梯子し、散々愚痴を言い、喚き、泣き、叫んだ。男にも逃げた。それでも一度傷つけられた心は元に戻らない。心は幾つになっても傷を覚えているものだ。同じ轍を踏まないよう、弟子は取らない主義を徹底していた。



「今の子はやる気はあるの。でも、メンタル面は弱くてね。運で乗り切ってきたようなものよ。戦闘も苦手だし。友達がいるから何とか耐えているけど、まだまだひよっこ」



「それでも頑なに弟子を拒んだ貴女が認めた。その人に何か思う所があるのではないですか?」



「……私はあの子ならきっとやってくれると思ってる。なんかさ、惹かれるものがあるの。だからこそ、私の力で一人前にさせてあげたいんだ。本当は辛い目に遭わせたくないけどね。いつか酒の飲める年齢になったら、あの時は辛かったね、でも頑張ったねって一緒に笑い合って飲みたいんだけどね」



「まあ、不安も一杯あるけど」とサラは付け足す。



逃げ出した連中はマリアファング正メンバーでもある実力の持ち主だった。そんな彼らですら逃げ出した修行にまだ10代の彼女が耐えられるのか。サラにはそれが頭痛の種だった。今時の子の考えというのもよくわからないし、何より若い子は苦労を避けたがる。苦労して汗水一生懸命働くことをカッコ悪いと思っている。何事も楽をして金も異性も手に入れたという考え方が多い。



ただ、メイは異世界出身でこちらに来て早々に苦労し、それでも乗り越えてきた。逃げ出した連中よりも根性があるのは確かだ。だが、彼女自身の潜在する力を引き出す必要がある。そうでなければ、セグンダディオは彼女を蝕むだけだ。あの剣は戦闘狂になる呪いがある。だが、四英雄の武器でなければマルディスゴアは倒せない。その呪いを良い方向に導くのが師匠である自身の課題だ。



「悩むことは良いことです。悩みが人を育ててくれる。悩むことは動物にはできません。人間だけの特権です。私には何のアドバイスもできませんが……今度こそお弟子さんと上手くいくよう、お祈りします」



「ありがとね、神父さん。そんじゃ、もう行くわ。これから仕事なの。アイテムショップ「与太来堂」でバザーするから、その応援」



「そうでしたか。お気をつけて。神のご加護を」



サラは信心深い訳でも神様を信じている訳でもない。でも、神父様の言葉に神様はもしかしたら私を見てくれているかもしれない。そんな気がした。















午前8時頃。
私、ミカちゃん、理沙、ノノは準備を終えた。お風呂にも入ったし、髪も整えたし、体調も良い。本日の献立はジェーンさんが用意した、しらすとインゲンの付け合せだ。それにご飯、お味噌汁という組み合わせ。異世界で飲む味噌汁もなかなか美味しい。お味噌は梨音さんから譲ってもらった。ご飯はナイトゼナ米だけど、それなりに美味しい。タイ米に似た味だけど、味はこっちのが良い。でも、やっぱり日本のお米が恋しいな。



パクパクもぐもぐと箸が進む、進む。ジェーンさんはリュートを抱きかかえ、ゆっくりと食べさせている。ちゃんとスプーンにとって一口ずつ与えている。本当は私がその役目なんだけど今日はお仕事があるので代わってもらった。でも、ジェーンさんは嬉しそうに食べさせているので苦ではないみたい。案外、主婦として向いているのかも。良いお母さんになりそうだ。




「それじゃあ、ジェーンさん。リュートをお願いね」



「わかりました。今日は「与太来堂」でバザーでしたね」



「そう。その手伝いで駆り出されてね」



「与太来堂」は四英雄がマルディスゴアを倒した「世界平和記念日」前にガッツリ稼いでおきたいのだという。その記念日は法律で制定され、すべての労働者は働くことを止め、歌い、飲み、遊ばなければならない日とされている。世界平和記念日は今年の終わり頃にあるという。つまり、この異世界に来てそろそろ半年が過ぎようとしているのだ。なんだかあっという間だ。色々ありすぎるくらい、ありすぎた半年だった。一言で言い表すのは難しいほどに。



「リュートはマスターに魔法をかけてもらったんで、みんなには猫として見えるッス。けど、なるべくは家から出さないで欲しいッス。ミリィ並の魔法使いにはバレる可能性もあるので」



「心得ました」



「りゅー」



ジェーンさんの言葉に反応するリュート。彼女に抱きかかえながら、料理をもぐもぐ食べている。とはいえ、私達より咀嚼が遅いのでゆっくりだ。赤ちゃんとはいえ既に歯があるのは流石、ドラゴンというべきか。色々食材を試してみた所、やはり一番好きなのは肉料理だとわかった。でも、この子は大概何でも食べる事が判明。唯一、野菜系は苦手のようだが。




「りゅりゅーりゅりゅー」



「ん?どしたの、リュート」



「どっか行くのママ? 僕も連れてってだそうよ」



リュートの言葉をノノが翻訳する。ママ……って、ママって!!顔がはにかみ、ニヤニヤが止まらない。ヤバイ、すごく嬉しい!



「マ、ママ達はお仕事よ。今日はジェーンさんと一緒にお留守番しててね。夜には戻ってくるから」



「りゅー……」



しょんぼりするリュート。人間とドラゴンは当然ながら言葉は通じない。それでもニュアンスで理解できたのだろう。本当はずっと一緒にいてあげたいけど……。



「さ、それじゃメイ行きましょう。そろそろ行かないと梨音さんに怒られるッス」



「そだね。ジェーンさん、ご馳走様。皿洗いできなくてごめんね。あと、よろしく」



「こちらは任せて下さい。皆様、お気をつけて」



「りゅりゅ、りゅりゅりゅりゅ!!」



「ママ、僕も一緒に行くって」



「リュート、わがまま言わないの。なるべく早く戻るから。いい子にして待っててね」



本当は抱きしめたいが、今そんなことをすると一生抱いてそうな気がする。なので、頭を撫でるだけに留めておいた。つぶらな瞳が寂しそうに私を見つめる。ああ、そんな瞳で見つめないで。せっかく仕事に行こうとしているのに、気持ちが鈍っちゃうから……。



「メイ、行きましょう。ジェーン、あとよろしく」



「はい。いってらっしゃいませ」



「りゅー……」



と、ノノが無理やり私の手を握って連れ出した。ううう、お母さん頑張るからねぇ~~。いい子にして待っているんだよ~~~。そんな訳で泣く泣く家を出ることにしたのだった。








梨音さんのお店「与太来堂」はギルドのすぐ近くにある。うちからだと裏通りから歩いて大体10分前後だ。到著すると梨音さんは既に荷物を運んだりと忙しくせっせと準備をしていた。



「おう、来たな。昨日も説明したが、今日は隣接している空き地を借りて店にしている。お前らはそこの売り子だ。メイ、理沙、ミカは店番。ノノはそこの隣りにある空き地スペースで大道芸を披露だ。子供たちと触れ合って遊んでこい」



「妖精の私が大道芸……なかなか面白そうですね。頑張ってきますね!」



妖精のプライドはいいのかなとツッコみたい。でも、面白さ優先のノノはやる気のようだ。ふんふんと鼻息を荒くしている。



「細かな指示は理沙を通じてやるからな。メイとミカはそのフォローだ。頼むぞ」



「はい!」



「わかりました」



「頑張るッス!」



私、ミカちゃん、理沙が応える。理沙は実は接客経験が多くあるのでこういうのは得意らしい。おじさんのお店(海の家)を手伝ったことが何度もあるんだとか。お金の計算も上手らしく、梨音さんはそれを買ってのこと。店の中に入り、エプロンを装着し、準備万端で空き家に向かおうとしたが……。



「……久しぶり、だな」



「……え」



突如、店から男がぬっと姿を見せた。その姿に私もみんなも固まってしまう。そいつは身長180cmはあろう、大男だ。それは140程度の私には巨人のように感じた。がっしりとした腕、足、傷がつきまくったボロボロの手。田舎の方言なのか、辿々しい言葉遣い。その声を私はよく覚えていた。



封印解除ブレイク・アセール!我の力となれ、セグンダディオ!」



「待て、メイ!」



セグンダディオを握る私の手を梨音さんが止める。だけど、私は奴をじっと睨みつけていた。けど、奴からは殺気が感じられない。



「梨音さん、こいつは竜殺しのバズダブです。あんた、ニルヴァーナで終身刑になったはずでしょ。脱走して、私にリベンジでもしに来たの!?」



以前、元の世界に戻る情報を集めるためにニルヴァーナの正騎士を目指した事があった。奴とはその時、戦った相手だ。受付で私の順番を抜かし、その事を怒ったら逆ギレし、戦う事に。おまけに次の日も私を襲うとしてきたり、人質まで取った。けれど、理沙が機転を利かせ、二人で協力して倒した。その後、兵隊に連れて行かれ終身刑となったはずだ。



「落ち着け、メイ。こいつは恩赦で釈放された。今は普通の人間だよ」



「おんしゃ?」



「国の祝い事とかおめでたい日とかで一部の罪人の罪を軽くしたり、無罪にする制度だ。ニルヴァーナでは今、王制が崩壊したからな。新しく実権を握った改革派連合が実質、司法・行政を担っている。そいつらの決定らしい」



「なるほど。ま、要するに今は罪人ではないという事ッスね」



「ああ。今はうちの従業員だ」



「だ、だとしても、こいつがまた何かしないとも限りません。大体仕事なら私達に割り振ればいいじゃないですか!なんでこいつを……」



「力仕事はお前らには無理だ」



力強い言葉に私は二の句が継げない。梨音さんはそのまま続ける。



「今日はどうしても男手がいるから雇ったんだ。重い荷物もあるからな。そんなのお前達には無理だろ?」



「そ、それはそうですけど」



「こいつはガタイはいいし、よく働く。頭は良くないが、なかなか聞き分けのいい奴だぞ。反抗的な態度は微塵もない」



「……ありがとう。店長」



「信用できません」



尚も睨みつけるが、奴は一向に殺気を出さない。以前、こちらに歯向かってきた狂犬のような勢いが感じられない。梨音さんの手前、剣を再びハサミに戻しては置いた。けれど、どうにも不快感が拭えない。



「心配するな、メイ。恩赦で釈放された奴はその日の内に全ギルドにリストが出回る。そして、少しでも悪事を働けば問答無用で斬首刑になる決まりだ。ナイトゼナは悪人に対する法律が厳しいからな。悪いことはできんさ」



「でも……」



「メイ、これは仕事だ!」



梨音さんは曇ない瞳でまっすぐに私を見据える。はっきりとした、それでいて丁寧な言葉遣い。だが、全ては私の意見を論破するためのものだ。



「過去の事はどうでもいい。大事なのは仕事ができるか、どうかだ。それに誰を働かせるか決めるのは店長である私が決めることだ。それに喧嘩ふっかけてるのはお前だけだぞ? こいつは反省している……少なくとも殺気は感じないはずだ」



「……わかりました」



本当は納得していない。しかし、雇い主は梨音さんだ。ここで噛み付けば最悪クビだし、バイト代も減らされるかもしれない。私達はギルドからのお給料+お仕事の報酬で生活している。そのお給料もお仕事をこなした件数で金額が前後する。正メンバーになったとはいえ、あぐらをかく事はできないのだ。みんなの生活もあるし、リュートの食費も考える必要がある。文句を言い続けるのは彼女の心象を悪くするだけで何のプラスにもならない。



「……ミカちゃん、理沙、行こう」



「は、はいッス」



「ええ」



胸にモヤモヤしたものが漂う。それは月に纏う黒い雲のような、闇のようなもの。それが私の心を包み、覆い、ドロドロとした黒い液体を流していく。液体は血液と一緒に全身を駆け巡り、不安とイライラが私のすべてを支配する。気分が悪い、気持ちが悪いところまであと一息。居ても立ってもいられずに私はその場を離れることにした。










「やー、ごめんごめん、遅れたわ」



と、そこへサラさんがやってきた。けど、私の怒りは少々収まりそうにない。でも、こんな気分じゃ、売り子なんてできないし……。



「どーしたの、メイ。なんかあった?」



「……ちょっとストレスの溜まることがあって。後で話してもいいですか?」



「いいよ。愚痴でも何でも聞くからさ。今は仕事に集中ね」



柔らかい手が私の頭をくしゃくしゃと撫でる。その心地よさに少しだけ気分が紛れた。なんだか少しホッとする。



「はい、先生」



そう、今は仕事に集中しないといけない。嫌な奴がいたからって不機嫌になっても仕方がない。何より、理沙やミカちゃんの足を引っ張るわけにはいかない。ここは我慢するしかない。



「先生?」



「私の師匠ですから。ですから、敬意を込めて先生って呼んだ方がいいかなって」



「ふふ、悪くないわね。んじゃ、あたしは梨音手伝ってくるわ。私は配達になるから、そっちのフォローには回れないからね、充分気をつけて。またあとでねー」



と、サラさんは疾風の如く、かけていった。その軌跡をしばし見つめる私。



「メイ、そろそろ開店よ。空き家に急ぎましょう」



「あ、うん」



空き家に移動すると、そこはもう既に露店となっていた。テント形式のお店なんだけど、かなり大きめ。なんか、運動会の時の観覧席みたいな白い巨大なテントだ。その下に商品棚があって飲み物やら食べ物やらが並べられている。他にも、魔法の水という名前のウォーターサーバーがあったり、よくわからないマジックアイテムとかも多数あるようだ。



……髑髏の奴とか何に使うんだろうか?ちなみに調理する食べ物はなく、すべて出来上がっているものだ。それらはケース……ホッターズっていうのかな?コンビニでよく見かける揚げ物が入っているアレ。そこにチキンナゲットっぽい物、からあげちゃんみたいのもある。ファミファミチキンっぽい食べ物もできているようだ。まるで小さなコンビニだ。




「いらっしゃいませー。「与太来堂」年に一度の特別バザーセールッス。いつもの商品に加え、様々な物を安く販売していまーす。お気軽にどうぞッスー」



「い、いらっしゃいませー!!ぜひ見ていって下さーい」



理沙の掛け声に便乗して私も声を出すが、こういうのはちょっと苦手だ。やや声としては小さいと自分でも思う。ミカちゃんに至っては声が出せそうとしているものの、出ていなし。



「ほらほら、メイもミカももっと声を出すッス。小さい声じゃ聞こえないッスよ。いらっしゃいませ~「与太来堂」特別バザーセールッス~。色々お安くなってますよ~」



理沙の声が功を奏し、続々と人が集まってきた。その中で見覚えのある影が一人。



「……おはよう」



「あ、いらっしゃい、ルルーさん」



宿屋「ルナティック・キス」や「しなの湯」で働くルルーさんだ。この前、セントールでも入れるお店でウェイトレスもしていたっけ。今日は仕事服ではなく、黒を基調にしたワンピースを着ている。アクセサリーはつけず、シンプルイズベストだ。



「バザーの売り子までするの?なかなか大変ね」



「人手不足なんだって。まあ、そもそも与太来堂の仕事は断れないし……」



たははと笑う。笑顔に釣られたのか、くすっと笑みを浮かべるルルーさん。私達の所属するギルド「マリアファング」のスポンサーでもある「与太来堂」からの仕事は基本的に断ることができない。しかも、「与太来堂」の仕事は全て正メンバーの仕事だ。以前、シルド鉱山に行ったのもそうだけど、売り子も仕事の内。



「ルルー、せっかくだから何か買っていきなさいよ。色々あるわよ」



「そうね……」



と、ミカちゃんの言葉にじっと商品棚を見つめるルルーさん。揚げ物には興味がなく、商品棚の方をじっと見ていた。だが、数分もしない内に商品を手に取る。




「じゃあ、このノートを1つ。あと、ペンも」



「はい、締めて200ガルドッス」



「ん」



お金を払い、ルルーさんはそのまま去っていく。仕事で使うのだろうか?聞いてみたい気がしたけど、声をかけるタイミングが合わない。が、「そうそう」と思い出したかのように戻ってきた。



「どうかした?」



「これあげる」



と差し出されたのは「しなの湯」の無料チケットだ。




「これって、しなの湯の?」



「オーナーがまた入りにおいでと。ストレス解消になるからって。何人でも有効だから仕事が終わったら入りに行くといい。いい気分転換になる」



「ありがとう、ルルーさん」



「ん。じゃあね」



と言って彼女は今度こそ帰っていった。



「すいませーん」



「あ、はーい」



気がつくと、人がそれなりに増え始めてきた。冷やかしの人がほとんどだが、中には商品を詳しく知りたい人もいるようだ。説明はミカちゃんに任せ、理沙はお会計、私は袋詰をしていく。時折、声掛けもして、大体的に宣伝していく。けど、声を出すのはどうも恥ずかしい。でも、友達がいるおかげで緊張はあまりしなかった。30分もしない内に購入客が増え始め、慌ただしくなる。忙殺されたおかげで余計なことは考えずに済んだ……。






お昼のピークが終わり、やれやれと一息。流石に理沙もミカちゃんも疲れていた。けれど、理沙は余力があるらしくまだまだ元気そうだ。私とミカちゃんは先に休憩を貰い、空き地で休憩。ノノの大道芸を見つつ、ブルースチルで英気を養う。



「あ~疲れた。足に来るね、接客って」



「立ち仕事は足がむくんじゃうからね。よーくマッサージしときましょ」



「うん」



「って、メイ、私の脚をもんでどうするの。もう、くすぐったいから」



「自分でマッサージしても効果は薄いよ。それに友達なんだから遠慮しないで」



「いや、別に遠慮してる訳じゃ。ちょ、メイ!本気でこそばゆいから……」



と、ミカちゃんの脚をもんであげる。こそばゆいと言いつつも気持ちいいらしく、嬉しそうだ。
しばらく入念にマッサージをしてあげる。ちょいとえっちな声も聞こえつつも、なるべく意識しないように心掛けた。


「よし、次はメイの番ね。私だけいい思いをするわけにはいかないからね~」



「あ!あ~これは気持ちいい……。うん、そうそこそこ……」



私は思いっきり地面に寝っ転がり、脚をマッサージしてもらった。ふくらはぎ、膝の裏が特に凝っていて、とても気持ちがいい。ミカちゃんはそこを重点的に揉んでくれた。うら若き女子高生が日向でマッサージ……絵的にどうなのかと思いつつも、気持ちいから無視。



「ねえ、メイ」



「なに?」



「さっきのあの男の事……なにかあったの?」



「その辺は話してなかったね。マッサージが終わったら話すよ」



「わかったわ」



ニルヴァーナの試験の時、ミカちゃんはまだ出会っていなかった。そもそもシンシナシティ来る前の話だ。ある程度の事は話しているけど、細かい部分は省いてる。充分にマッサージを受けててから、私は掻い摘んで奴と最悪な出会い方をした事を話した。



「なるほど、そういう事があったのね」



「まあ、その時の恨みもあるんだけど……あいつは竜殺しでしょ?そこがひっかかってね」



ミカちゃんはその言葉に頷いた。ドラゴンは全ての部分がお金になる。歯や骨ですら金になるとセレナさんは映像の中で私に伝えてくれた。奴が梨音さんの店で働く理由は知らないが……ドラゴンを殺した方が金になるのは間違いない。もし、どこかでリュートの存在を知り、襲ってきたら……それを思うと腹が立つというより、あの子を守らなくちゃという意識が強い。いっそ叩き潰してやればいいんだけど、それをするのは最終手段だ。



「今は様子を見るしかないわ。私も警戒しておく。万全の体調を整えつつも、仕事を完璧にこなしましょ」



「うん」



ミカちゃんの手を取り、立ち上がる。そうだ、今は仕事に集中しないと。そろそろ、理沙と交代しなくちゃ。私達は手を繋ぎ、再び店へと戻ったのだった。








同じ時刻。
梨音は自身の店から幾つか商品を運んでいた。バズダブもそれを手伝い、バイトがそれを台車に載せて運んでいく。荷物は全て理沙のいる店の方へと運ばれ、陳列されていく。一通りの仕事が終わり、梨音は煙草に火をつけた。愛煙しているピアニッシモ・アリアだ。



「なるほど、お前らにそんなことがあったんだな」



梨音はバズダブからこれまでの経緯を聞いた。彼は反省しているらしく、言葉少なく頷いた。その顔はひどく暗く、落ち込んでいるのが目に見えてわかる。



「彼女が怒るのは普通。……おでは、恨まれても仕方ない」



「まあ数日の辛抱だ。辛いだろうが耐えろよ」



「大丈夫。金も必要だから……少々の事ではめげない」



「前から聞きたかったんだが、こんな店で働くより、ドラゴン退治の方が金になるんじゃないのか?」



「……おでのドラゴン退治の噂は嘘だ」



「嘘?」



梨音の言葉にバズダブは頷く。そして、少し遠い目をした。



「おでには相棒がいた。ドラゴン退治はそいつの仕事。おでは周りの魔物とかを排除する、フォローをしていただけ。んだども、世間はガタイの大きいおでの方を認識して、竜殺しのバズダブなんて通り名がついた」



「ほう……」



「んだども、相棒は戦いの最中に死んだ。ドラゴンの吐く火にやられた。おでは稼ぎと友を同時に失った。他の退治仕事はうまくいかなかった。ニルヴァーナで稼ごうと思った。騎士になる大会で、受付を待っている時、あの少女と出会った」



「そうか。さっきも言ったが、数日の辛抱だ。和解しろとは言わんが、謝罪ぐらいはしておけよ。それにしてもお前を倒すとか。シルド鉱山でも思ったが、メイは本当に強いんだな」



「あの強さは危うさでもある」



「どういう意味だ?」



「あの時……あの子から不穏な空気を感じた。禍々しい、黒い気の塊。それがあの子に入っていくのを見た。彼女自身の強さじゃない。あの剣……少女はセグンダディオと言っていたが、あれは危険な剣、じゃないのか? 四英雄の武器と同じ名前だが……」



「……」



梨音は立場上、サラからメイ達に関する情報は聞いている。シルド鉱山での彼女たちの戦いっぷりもしっかり見ている。だが、おいそれと第三者にそれを言うわけにはいかない。ギルドのスポンサーとはいえ、何でもかんでも許されてはいない。こちらにも守秘義務というものがある。



「さあな、私は知らんよ。まあ、自分の剣に名剣の名前をつけて愛着をもたせるというのは昔からの流行りだ。それに便乗したのかもな」



「……ここに来る途中、噂、色々聞いた。シェリル、ミリィを倒した事。郊外の館に住む変態紳士や、裏ギルドで悪名高いジェットを倒したこと。人間でも魔物でも容赦なく倒すその姿勢。小さい悪鬼リトル・デーモンなんて通り名もある」



「あいつは普通の女の子だよ。倒した連中だって、殺したくて殺した訳じゃない。あいつは殺しを最も忌み嫌っている。私にそう本音をぶつけてきたぞ。でも、殺さなきゃ自分が殺される……そんな極限状態でよくやってる。今じゃサラの一番弟子だからな」



日本に帰りたい、殺しなんかしたくもない。彼女はそう梨音に本音をぶつけた事がある。だが、セグンダディオの呪いはそれを拒絶するかのように彼女を戦いへと導く。誰も殺したくない彼女は、誰かを殺さなければいけない戦場へと足を運ぶ。矛盾した思いを抱えつつも、友を第一に考えるあいつの苦労は半端ないだろう。今回の仕事も本音を言えば数名のバイトとバズダブだけで成り立つ。



だが、少しばかりリラックスをさせてやりたいという思いがあってのことだ。その点はルルーにも協力してもらったし、これで少しでも癒やされればいいんだが。バズダブの件は知らなかったので、やや誤算なのが辛い所だが。


「すいません、こちらお願いします~」



「おう。バズダブ、おしゃべりはここまでだ。仕事に戻るぞ」



「ん……了解」



二人は再び仕事に戻った。
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