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第二章「新たな旅立ち」

第37話「一緒に行こう」

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 仕事の話が終わり、私達は宿に泊まることにした。この街では割りと評判のいい宿屋「ルナティック・キス」という所だ。ここはギルドに近いこともあり、必然的にファング・メンバー御用達の宿屋になっているらしい。3階建てで青い屋根の可愛らしい建物だ。防音設備も整っている良い宿だとサラさんは言う。メンバーは皆、ここで身体を休め、時に雑談をして、クエストに向かうのだそうだ。カランカランと音の鳴る扉を開けて中に入る。すると、カウンターに見覚えのある人というか女の子がいた。


「いらっしゃい」



「あれ、あなた ”しなの湯” にいた番台さん?」



以前、お婆さんの計らいで温泉に行った時、番台にいた子だ。
何故、こんなところにいるんだろう?



「私、アルバイトなの。前の温泉は臨時で入ったのよ。ちなみにこう見えても21歳よ」



「そ、そうなんだ……ですか」



慌てて敬語に直した。だが女の子は別に気にした様子もなく、何やら書物をしている。どうやら事務仕事をこなしているようだ。



「おっす、ルルー。相変わらずバイトに勤しんでいるわね。偉い偉い」



「サラさん、どうもです。梨音さんから話は伺ってます。こちらの鍵をどうぞ」



「ありがと」



ルルーさんの頭を優しく撫でるサラさん。すごく子供扱いしているが、ルルーさんは別に怒らない。それだけ人間関係がきちんとできているのだろう。元々知り合いみたいだし、案外古い付き合いなのかもしれない。



「はい、鍵です。お代は梨音さんから頂いていますので、そのままお部屋にどうぞ。トイレは共同で各階に男女一つずつです。お風呂は内風呂がありますので、そちらを利用して下さい。当たり前の事ですが大声を出したり、他の宿泊客とトラブルを起こさないように注意してくださいね」



「ま、常識ね。ほら、みんなの鍵。どこでも好きなのどうぞ」



「……っていうか、緊急事態のクエストなのに泊まりでOKなの?」



サラさんから鍵を各々受け取る中、ノノが疑問を口に出す。思えば、ギルドでサイレンまで鳴らされたのに宿屋に泊まっていいものだろうか?すぐに行く必要があるんじゃないのか? けど、サラさんはあははと笑う。



「梨音はせっかちだからねぇ。緊急性があろうが無かろうがファングにうち依頼する時はサイレン使うのよ。シエル石は彼女の儲けにだいぶ貢献しているから、相当焦ってるんでしょ。でも、仕事は明日の昼過ぎからよ。それまでは身体を休めないとね」



「……私、気分悪いから先に休むね」



「ちょ、メイ!」



みんなの私を呼ぶ声が背中越しに聞こえる。けど、私はそれを無視して一目散に部屋へと向かった。今は誰とも何も話したくなかった。心にそんな余裕はなかった。




部屋に入り、鍵を閉める。ベッドに倒れ込み、疲れを癒やす。シングルなのが幸いだ。でも、一人になると現実を考えてしまう。嫌な考えばかりが頭に浮かぶ。どうにしかしなくちゃいけないのに。焦ったって何も解決しない。怒鳴ったって何も解決しない。泣いたって何も事態は好転しない。そもそも、梨音さんも必死になって元の世界に帰る方法を探している。いつからいるかわからないけど、少なくとも何年も探しているはずだ。なのに、まだ半年にも満たない私に何ができるんだろう。本当に日本に帰る方法が見つかるのだろうか?もう死ぬまでここにいるしかないのか?頭の中に降っては湧いていく嫌な現実。でも、私はそれを打ち消せるほどの言葉を持たない。心がどんどん弱くなっていく。頭の中の言葉が私の心を傷つけていく。黒く深い霧が蠢き、私の心を曇らせていく。もう嫌だ……何もしたくない。何も考えたくない。目を閉じて、意識を失うことに集中する。せめて、夢の中では向こうに帰れますようにと祈りながら。






何か大きい音で目覚めた。瞳をうっすら開ける。すると、見覚えのない天井が見えた。あるはずの蛍光灯が無い。そう、ナイトゼナに電気はないのだ。現実世界ではないのだなと気づく。いつもなら月明かりがあるが、それもない。
起き上がり窓の外を見ると、雨が降っていた。雷を伴う雨が降っている。雨は横殴りに激しく降り、風が窓を強く叩く。通りを歩く人は誰もいない。いるのはゴミ箱を漁る犬ぐらいだ。



「……」



部屋を出てトイレに向かう。廊下も静かで誰かの声や足音なんかも聞こえない。聞こえるのは雨音と雷の音だけだ。誰かいないかと警戒したけど、誰もいなかった。泊り客すらおらず、廊下は静まり返っている。皆、眠りについているのだろう。用を足し、もう一眠りしようかと廊下をトボトボ歩く。



「メイ、ようやく起きたのね」



「……ミ、ミカちゃん」



私は目を逸らした。少しバツが悪い。無視して逃げ出したい感情に駆られる。けれど、それはできない。友達を無視する事はできない。




「ねえ、少し話しましょう。大丈夫、私しかいないから。さっき売店でブルー・スチルを2つ買ってきたの。一緒に飲みましょ」



ミカちゃんは私の手をぎゅっと掴んだ。まるでもう逃さないとでも言わんばかりに。でも、その顔は悲痛な悲しい表情をしていた。そんな顔をされたら、振りほどけ無い。友達の手を振りほどく事なんかできない。



「……レッドスチルじゃなくて?」



「レッドよりも飲みやすくて美味しいわよ。アタシはこれが好きなの。気楽に飲むならこっちの方がいいわ」



「……私の部屋でもいい?」



「ええ。メイの部屋で一緒に飲みますしょ」



廊下を共に歩いていく。私は緊張しつつも、自分の部屋へと向かった。







部屋に入り、鍵を閉める。食器棚から備え付けのグラスを取り、ブルースチルを入れる。青色の液体だそうだが、闇夜では黒っぽい紫色にしか見えない。二人で乾杯し、ゆっくりと飲む。さらっとした味わいが喉に潤いを与える。若干、経口補水液に似たような味だ。後味は悪くない。



「美味しいね」



「でしょ?たまに無性に飲みたくなるのよね」



「うん、いいね」



そこからお互い無言になる。言葉を探すけど、何を言ったらいいのかわかんない。こういう時、どうすればいいんだろうか。もっと味の感想を言えば良いのかな。と、頭を捻っていたが。



「ねえ」



先に口を開いたのはミカちゃんだった。



「な、何?」



「あんた達の世界は……どんな所なの?」



「うーん、一言じゃ説明しにくいかも」



「じゃあ質問変更。メイはニホンって所で、どういう生活をしていたの?」



「私はお父さんとお母さん、お姉ちゃんと一緒に楽しく生活していた。でも、お父さんが仕事の都合で転勤になったの。つまり遠くの場所でお仕事になったんだ。お母さんはお父さんについていく事になって。私とお姉ちゃんは学校もあったし、そのまま家に残ることにしたんだ」



「じゃ、お姉ちゃんと二人暮らし?」



「そだね。それからは学校に通ってごく普通に生活していたの。私達の世界では小・中学校は義務教育で必ず通う必要があるの。それで中学も終わりに近づいて、私も理沙も受験勉強に必死だった」



「ジュケンベンキョウって何?」



「高等学校、つまり高校に通うための勉強。高校は義務教育ではないからね。テストをして、面接をして、合格した人だけが受験した高校に通うことができるの。世間では高校を卒業しているのが普通って考えが根強いから、入学しない訳にはいかない。その為に塾に通って勉強ばかりしてたわ。1日10時間は勉強してたわね。結果、私は第一志望こそ落ちたけど、滑り止めで受かったし、理沙も志望校に受かることが出来た」



「ふぅん‥…」



「そして、それからしばらくして。私は新しい高校へと通うことになった。学校へ向かう途中、お姉ちゃんに貰ったハサミが光出して、何故か、この世界・ナイトゼナに来ていた。そのハサミはセグンダディオになり、私を助けてくれた。けど、ミリィとシェリルに騙されて、散々な目に遭ったわ」



あの時のことは今でも思い出したくない。男たちの下卑た笑い声、バカ話、腐った言葉……。思い出すだけで吐き気が込み上げてくる。けれど。



「でも、ミリィやシェリルを殺したくなかった。もし殺さなかったら私が殺されていたっていうのにね。何度も言うけど、私は誰も殺したくないの。戦闘なんかしたくもない。今でもそれが心の中にあるわ。シェリル達が私に優しくしたのは演技だったかもしれない。けれど、どうしても嫌いになりきれなくてね。今は後悔している」



「……そう」



「でも、私はまだ恵まれている。お義父さんやお義母さんが私に良くしてくれた。ロランさんにミオさん、ノノや理沙もいる。お姉ちゃんにも会えたし。もちろん、ミカちゃんにも会えた。だからツイている。そうは思っているんだけどね……」



「今でもニホンに帰りたい?」



「うん。そう思わないと私が私で無くなる。そうしないと前を向いて立っていられないから。嫌でも進むしかない。それしか道はないから」



「そう」



その情報を探すためにここまで来たのだ。これから先も苦難は続くだろうけど、逃げるわけにはいかない。お仕事をしながら、日本に帰る方法を探す。けれど、心は疲れ果てていた。



「なら、私を巻き込みなさいよ」



不意にミカちゃんは私を抱きしめた。ぎゅっと小柄な彼女の距離が近くなる。胸や温かさが私の身体に伝わる。



「私はまだメイの事をよく知らない。さっき話した事以外にも苦労したことはもっと、たくさんあったんだと思う。愚痴りたい事も不満に思うことも山ほどあると思う。でも、私達は友達でしょう?思っていることがあったら遠慮なく言って。なんでも話そうよ。私、バカだから……言ってくんないとわかんないよ」



「……ミカちゃん」




彼女の声は涙声だった。声が震えていた。それでも彼女は続ける。



「私はメイともっと仲良くなりたい。理沙やノノよりも仲良くなりたい。仲良しの、親友になりたいの。前にも話したけど、私には友達がいなかった。



「……ミカちゃん」



ミカちゃんはどういう苦労をしてきたのだろう。思えば私だって彼女のことをほとんど知らない。でも、彼女は私のことを少しでも知ろうとしている。私と友達でいたい、親友になりたいと願っている。純粋な気持ちのままの言葉が私の心を突き動かす。なんか、泣いちゃいそうだよ。



「メイ、これから先いろいろあると思うわ。これから、何でも話そう。だから、一人で悩まないで欲しい」



「うん」



「あとひとつだけ」



苦笑いを浮かべてからミカちゃんは真剣な表情を見せた。
私も気を引き締めて耳を澄ませる



「なに?」




「……メイにとってこの世界はストレスの元かもしれない。とても辛かったんだと思う。でも、この世界だからこそ私はメイと会えた。本来、私達は絶対出会う事はなかった。存在すら知らないまま死んでいてもおかしくない。でも、私達はこうしてこの世界で出会えて、話せて、友達になれた。これはきっと奇跡に近いことよ」



「うん」



「この世界を無理に好きになれとは言わない。でも、メイの世界と同じで、この世界も大勢の人が住んでいる。メイが助けたお婆ちゃんのような人から、サラさんやマスターみたいなギルドの人、中にはノノみたいな妖精もいるわ。あなたがどうして四英雄の武器を手に入れる事になったのかはわからない。でも、この世界に来たのはきっと意味があるはずよ。だから、



「わかったわ」



「わかればよし」



「ミカちゃんの過去も聞かせて」



「……あまり楽しい話じゃないけど」



「構わないから。きちんと聞くよ」



「わかった。でもまた今度ね」



「楽しみにしてる」


私達はそのまま抱きしめ合う。何かの本で読んだことがある。信頼し合う者同士がお互いを抱きしめるとストレス解消になると。私にとってその瞬間は今だった。そうだ、私には仲間がいる。一人だったら辛くて諦めていたかもしれない。けど、仲間がこうやって手を差し伸べてくれる。辛いことがあったら、こうやって話して、相談すればいいんだ。どうして、こんな簡単なことに気づかなかったんだろう。どれだけ自分はいっぱいっぱいだったのだろう。
自分の周りの見えてなさに落胆する。もっと頼れば良いんだ。もっともっと話して、意見を聞いて、前へ進めばいい。何も戦闘で一緒に戦うだけが仲間じゃない。お互いの思いを伝えあって、支え合っていく。それが仲間なんだ。



「ミカちゃん」



「ん?」



「今日は一緒に寝よ」



「いいわよ」



「シングルだから狭いけど、いい?」



「狭くていい。メイの体温を感じられるわ」



「ふふ、私もミカちゃんの体温を感じられて嬉しい」



「おやすみ、メイ」



「おやすみ、ミカちゃん」



私達はゆっくり休むことにした。手をつなぎ、ベッドにゆっくり横になる。泣いたり、話したりで身体は既に疲れ果てていた。けれど、心はとても晴れ渡っていた。雲のない空のように澄み切っていた。







次の日。雨はすっかり上がっていた。まるで私の心のように雲一つない空だ。ミカちゃんと一緒に一階に降りる。既にみんな待機していた。



「おはようございます」



「おはよ、メイ」



「おはよッス、メイ」



理沙もノノも返事を返してくれる。でも、まだ空気がどんよりと暗い感じだ。二人共どう接すればいいのか、気まずい顔をしている。私が場の空気を暗くさせちゃったもんね。こっちから謝らないと。



「理沙、昨日はごめん。ちょっと言い過ぎた。感情的になっちゃって、ごめんなさい」



「いやいや、気にしてないッス。メイの気持ちはよくわかるッス。ぶっちゃけ、アタシも叫びたくなることばかりでした。なので、これからは何でも言ってくれると嬉しいッス。アタシらは親友ッス!」



ぎゅっと抱きしめられる私。ほっぺにキスされたけど……今日だけは許してあげよう。別に嬉しくないわけじゃないし。



「お、いい顔になったじゃんメイ」



頭をくしゃくしゃするサラさん。わああ、朝、時間かけて髪解いたのに~。



「さ、サラさん……か、髪が~」



「いいね、仲間って。何でも言い合えて、頼りになって。色々なこと話してさ、お互いの胸の内を言い合う。ケンカもするけど、手を取り合って協力する。それって、とっても素敵な事だよね」



「はい。そう思います」



隣にいるミカちゃんの手を繋ぐ。ちょっと驚いていたけど、そのまま繋いでくれた。赤面している所が可愛いな。



「これからも困難はいっぱいあるわよ。でも、この世界の出来事はきっとメイの世界じゃできなかったことだと思う。暗い気持ちじゃ生きてても辛いだけさ。人生、楽しまなきゃ損、損。もっとこの世界を楽しんでやるぞー!ぐらいの気持ちでいこうよ。それに、ここにいるのはいい子ばかりじゃん。みんな、メイが可愛くて仕方ない。そんな子達ばかり。そして……」



「え!?」



私を抱きしめ、顔をくっつけてくるサラさん。ちょ、私はお気に入りのぬいぐるみじゃないから。



「う~ん、メイって肌スベスベ。もちもちして柔らかいわ~。あー、若いっていいわねぇ。オバサンになると、やれシミだの肌だの、白髪だのって辛いからさ。女ざかりは19、20とは言うけど……15、16も充分よねぇ。可愛い、可愛い」



「あの、ぐ、ぐるじいです。私、ぬいぐるみじゃないですから……」



「ああ、ごめんごめん。さ、みんなでメシ行くよー!!」



「おー!」



足取りも軽く、私達は定食屋へと向かうことにした。さあ、頑張らなくっちゃ。
仲間たちと共に。親友と共に。
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