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第二章「新たな旅立ち」
第34話「友達と仕事と」
しおりを挟むなんとか山を下り、シンシナシティに戻った私達。街はそろそろ夜が明けそうだが、辛うじて暗闇を保っている。ギルドの前ではお婆さんとポールシェンカさんが私達を心待ちにしていた。
「おお、戻ったか! あの魔の山を……すまんのう、お嬢ちゃん達」
「時間が惜しいわ。お婆さん、お孫さんの所に案内して。処方は私がする。ノノ、あなたの回復魔法でナイトーヴァの効力を高めたいの。お願いできる?」
「わかったわ。メイ、行ってくるわね」
「うん」
私は大きく頷いた。確か、回復魔法は怪我を治すというより、人間の持つ自然治癒力を上げて怪我を治す力を高めるという理屈だったっけ。ナイトーヴァの回復力を増やす為にも回復魔法が必要ということね。と、考えている間にミカちゃんとノノはお婆さんと共に夜街に消えていた。私と理沙、ポールシェンカさんだけがポツンと残された。
「メイさん、理沙さん、ありがとうございました。話を聞きますのでひとまず中に。お夜食もご用意しております」
「ありがとうございます。もうお腹すいちゃって」
「あ~~~助かるッス。食べながら報告ッスよ」
ギルドの中はとても静かだった。それもそのはず、営業時間がとっくに終了しているからだ。あの賑わいは嘘のように静まり返っている。みんな明日の為に帰ったのだろう。ここには私と理沙、ポールシェンカさんしかいない。
適当な席に座り、疲れを椅子で癒やす。走りまくったので、座るのが気持ちいい。相当、疲れているなって事が自分でもわかる。
「どうぞ」
出されたのはご飯を炒めたものだ。更に盛られたそれらは色がオレンジに近い赤色をしている。これ、なんだろうか。
「ガルマ・ロゼッス。ご飯を炒めて少しピリ辛に味付けしたシンシナの家庭料理っス。この街の人は辛い物が好きな人多いんで、辛口味の料理が多いっス」
「へぇ……」
食べてみると、なんかドリアに似ている感じがする。ちょっと辛いけど、お腹が空いている私にはちょうどよかった。ガツガツ食べつつ、水をガブガブ飲む私達。ポールシェンカさんは「そのままでいいので」と前置きを付け、
「依頼の件、本当にありがとうございます。報酬はこちらです」
と、金貨袋を一つくれた。それなりに重く、働きに見合った金額だと理沙は判断してくれた。
「面談の件ですが、明日の午後3時に来てください」
「はい」
「了解ッス。あー、そうそう、山の主である危険種ギルティ・バードを退治したッス。これがその証拠ッス」
と、理沙は手の平サイズの氷漬けギルティの頭部を出した。なんかこうしてみるとオブジェみたい。雑貨屋さんで売ってそうな。
「え、ギ、ギルティバードですって!?」
ポールシェンカさんは絶句した。そんなまさかという顔が見て取れる。だが、理沙はふふんと鼻を高くして自慢している。……ほとんど私とミカちゃんが倒したんだけどね。
「こいつの専門鑑定をお願いするッス」
「わ、わかりました。」
「理沙、どういう事?」
「危険種の討伐は国に報告しないといけない決まりッス。中には魔獣の死体を加工して危険種だと嘘つく連中もいるッス。なので、ナイトゼナ魔獣総合研究所に持ち込んで調べてもらって、OKが出ればシンシナシティの市長さんから感謝状と金一封が貰えるッス」
「なるほど、そういうのが必要なのね」
ポールシェンカさんは既に席を立ち、何やら備え付けの電話連絡している。あれ、この世界に電話ってあったっけ?
「理沙、この世界に電話あるの? ナイトゼナでは見なかったけど」
「確か、ここには魔道電話が試験導入されてるって聞いたことが。ここでテストを経て、ナイトゼナ各地に配備される予定ッス。他にもここで試されている新技術は多いッス」
「ふうん、そうなんだ」
シンシナシティはそういう役割もあるのか。確かに電話があれば便利だしね。これが日本にも繋がっていれば……なんて一瞬思う。
「と、取り敢えず、これは預かっておきます。結果が判明するのは時間がかかるかもしれませんが、エビルバード達も主を失い、統制が乱れるでしょう。そうなればギルドメンバーでも退治に行けます。ご苦労様でした」
「あと、これを」
そこで私はタグを机の上に置いた。そう、山に入ったものの下山できずにいたギルドメンバーのタグだ。ポールシェンカさんは一つ一つ丁寧に確認する。
「……重ね重ねありがとうございます。これで遺族の方に報告ができます」
「よろしくお願いします」
と、そこへ誰かが入ってきた。ミカちゃん、ノノ、お婆ちゃんだ。
「戻ったわよ」
「うまくいった?」
私の声に親指をグッと立てるミカちゃん。まあ、二人なら大丈夫だと思っていたけど、これで一安心だ。
「ランディも言うとったわい。もう冒険者辞めて地道に働くと。ただ、最近の若者は冒険者やギルドに所属して、楽して高く稼ぎたい若い者が多いのう。だが、危険な仕事じゃ……特にあんた達のような女だけのメンバーは心配じゃのう。腕は良くてもこの先、何があるかわからん。何故、危険とわかっていて戦うのじゃ? 失礼を承知で言うが……もっと他にもいい仕事があるんじゃないかね?」
普通に考えればそうだ。モンスターと戦ったり、山登りしたり、大陸を歩いたり……。そんなことをせずとも、安全な仕事なら幾らでもあるだろう。危険なことに手を出す必要はないのではとお婆さんは言う。まして女の子なら尚更そういう仕事は不向きだと誰もが思うだろう。確かに私達が普通の女の子ならそのとおりだ。けれど、私達は普通じゃない。私は頭で言葉をまとめてから、立ち上がる。
「お気遣いありがとうございます、お婆ちゃん。でも、私達には目的があるんです。一攫千金だとかそんな事の為に戦っているわけではないんです。詳しくは言えませんけど、私達はその目的を果たすために今、ここにいるんです」
私達の言葉を聞いてお婆ちゃんは私の目を見ていた。逸らさず、しっかりとお婆ちゃんの瞳を見つめる。気遣いはありがたいけど、私達は元の世界に帰らなくちゃいけない。だから、何としても戦って進んでいく。
「……そうか、決意は固いようじゃな。なら、何も言いはせん。じゃが、くれぐれも身体に気をつけての」
「お婆ちゃんも健康には気をつけて。長生きしてくださいね」
私はお婆ちゃんと握手した。シワシワでハリのない手だ。だが、どこか安心できるような気分になる。名古屋のお婆ちゃんの手とよく似ている。お婆ちゃん、元気にしているのかな。その姿がどこか、このお婆ちゃんと重なる。私達はしばらく、そのままでいた。
「では、報酬というほどでもないが、ワシが経営している温泉「しなの湯」のチケットをあげよう。いつでも使うとええ」
「お婆ちゃん、ありがとうございます」
「その温泉なら知ってるわ。みんなで行きましょ」
「疲れた身体に温泉はいいッス!」
「人間界の温泉かぁ……一度行ってみたかったの。楽しみね!」
順に私、ミカちゃん、理沙、ノノの台詞。きゃいきゃいはしゃぐ私達にお婆ちゃんは優しい瞳をしていた。さっそくミカちゃん案内のもと温泉に向かうことにした。それをポールシェンカさんが温かく見守っていた。
シンシナ名物・大温泉「しなの湯」本通りから少し裏通りに行く途中にその温泉はあった。老若男女様々な人が出入りし、話に花を咲かせている。こういう風景、日本でもよく見るけどナイトゼナでも見るとは思わなかった。シンシナって実は日本に近いのかも。入ると、番頭がいて、複数の男女別の入り口がある。というか、番頭さん小学生の女の子っぽいんだけど。
「いらっしゃい」
「あの、これ。お婆ちゃんから頂いたんですけど」
「ああ、話は聞いてるよ。この鍵を使って入って。右奥の”束の間”からね」
番台さんにチケットを渡し、代わりにもらったのは黄金の鍵だ。言われた通りに右奥へ進む。そこは「関係者以外立入禁止」とあったが、番台さんはグッと親指を立ててくれる。つまり、進めってことだろうと解釈する。そこから縦一本の道となっており、その突き当りに「束の間」とあった。鍵がかかっている。
「鍵を使おう」
黄金の鍵で開けると鍵は途端に消失した。そして、扉が開く。板張りの床に大きめのロッカー、マッサージチェア、自動販売機。全体ガラスに体重計……本当に日本の銭湯みたい。ちなみに自動販売機も”魔導”がつくらしいと理沙が教えてくれた。女性を意識してか、化粧台もあったりする。他にも体重計、ドライヤー、身長計などもある。どうやらここが脱衣場のようだ。なんか、ほとんど日本のそれと変わらない気がする。
「おっ、結構な広さッスね。さっそく脱ぐッス、メイ、裸になるッス!」
「ちょ、じ、自分でできるから。こら、パンツ脱がすな!」
セクハラ行為にグーパンで反撃。しかし、彼女は痛みさえも快楽に変えているのか終始デレ顔のままだ。まったくもう、理沙ったら……欲望の赴くままなんだから。いくら女の子同士とはいえ、恥ずかしいっての。
「さあ、さっそく温泉に入りましょう!!やっぱ温泉が一番よね。
大きいお風呂っていいわよね。人間界の温泉は初めてだわ。メイ達の世界にもあるのよね?」
「うん、あるよ。中はどうなってるんだろうね」
興奮気味に喋りまくるノノ。いつも落ち着いている彼女がこんな興奮するなんて。よっぽど温泉に入りたかったに違いない。私達しかいないこともあってテンション上げ上げだ。
「え? メイ達の世界って?」
「あー、その……」
ミカちゃんのツッコみに戸惑う。
さて、どう説明したものかな。
「あんた達、なんか隠してるわよね? つーか、色々おかしいと思ってたの。特にあのセグンダディオに関してはね。剣があんな大きくなって飛行するとか、考えもしなかったわ。動く死体を浄化するとか、それにさっきお婆さんに言ってたわよね、目的があるって……一体、どういうことなの?」
「そだね、ミカちゃんには話そうか」
「ちょ、メイ!」
「理沙、黙ってて。彼女なら大丈夫よ、きっと。ひとまずお風呂に入りましょう」
私達は準備を整え、浴場へと向かった。
浴場は大規模な場所だった。岩をくり抜いてできた場所でしかも露天風呂だ。ちゃんと鏡やシャワーのついたカラン(洗い場)もある。かかり湯や立ちシャワーなんかもある。ちなみに天然温泉とあり、看板には効能なども書かれている。なんでもゴルツ山脈の地熱で温められた温泉らしい。また、最初に身体と頭を洗ってからお風呂に入ることという細かい指示の張り紙も。私達はその指示にならい、まず身体を洗う。
「メイ、背中流してあげるっス~」
「胸触ったらグーパンだからね」
「……はいっス」
「メイ、どうやって洗えばいいの?」
「ほら、ノノ、このボディソープ使って。これで身体をこういうふうに洗うの。で、頭は最初シャンプーを使うのよ」
「なるほど、そういうふうにするのね」
私の説明と見よう見まねで身体を洗っていくノノ。身体も頭も洗い終えた私達はさっそく露天風呂へカポーンと浸かる。ふう、気持ちがいい。顔を洗い、はあああああと嘆息する。ついでに足や腕を揉む。
「足はトラウマになっている事を覚えているっス。足をよーく揉んでおくとトラウマが薄らぐっス」
「それ、何情報?」
「いや、昔読んだコンビニのマンガ本で」
「絶対ウソだと思うけど」
といいつつも、足を揉む。ノノは頭にタオルを載せ、気持ちよさそうにしている。理沙曰くタオルを頭に載せるのはのぼせ防止に良いらしい。ミカちゃんは普通に入りつつも、こっちをじっと見ている。
「さ、それじゃ話して。ここには私達しかいないから。おまけに特殊な結界が張られているから声も聞かれないわ。大丈夫よ」
「わかったよ、ミカちゃん。話すと長いんだけど。あと、他の人には話さないで欲しいんだ」
「大丈夫よ、約束する」
ミカちゃんの力強い言葉に頷く。私達は素直に話すことにした。日本という異世界からやってきたこと。お姉ちゃんから貰ったハサミが輝き、セグンダディオになったこと。最初に遭ったのがミリィとシェリルで二人に騙され、配下の男たちに強姦されそうになった事、ノノとの出会いなどを話した。細かい部分は省略したが、なるべく丁寧に説明したつもりだ。理沙は不服そうだったけど、特に口を挟まなかった。やがて、話が終わった。
「……なるほどね、そういう事があったの。どうりでコンビニとか私達の世界とか、耳慣れないワードがあった訳ね。私の知らない異世界から来たって言うなら、話は早いわね」
私達からしたらナイトゼナが異世界だけど、ミカちゃんからすれば日本が異世界となる。
「私達は元の世界に帰るために旅をしているの。でも、なかなか情報が集まらなくて。そこでナイトゼナを出てシンシナに来たの。それでギルドに所属して、仕事しながら情報を集めようと思って」
「そうだったのね」
ミカちゃんは何か思い詰めた顔をしている。話したことを多分、頭にまとめているのだろう。
「さっきメイも言ったッスけど、他言無用ッス。またメイが騙されたりしたら物凄く嫌ッス。メイはお人好しですぐ騙される所があるッス。それがいい部分でもあるんですがね」
「う……」
その通りすぎて何も言えない。まあ、確かにお人好しではあるけど……。
「わかってるわよ。第一、そんな話、誰も信じないって。つーか、友達の秘密をペラペラ話すほど薄情じゃないわよ、私」
「え、友達って……」
そう言うと、ぷいっとミカちゃんは顔を背ける。うっかり言っちゃったのか、少々照れているようだ。
「あー、私ね、ギルドじゃ友達いないの。まあ、こんな性格だからね。戦闘では活躍したけど、みんなとそりが合わなくてね。メンバー組んでもすぐ外されたわ。でも、そんな私にメイは友だちになろうって言ってくれた。それが嬉しくてね。と、歳も近いし、な、仲良くなれたらって思って……」
「まあ、それだけ高圧的なら仕方ないッス」
「う、うっさいわね!言われなくてもわかってるわよ。で、でも、あたしはメイの言葉すごく嬉しかったし、だから……」
後半、照れ気味でやや口籠るミカちゃん。顔が赤いのは露天風呂が熱いからではないだろう。
「ミカちゃん!!」
たまらず抱きつき、顔が更に赤くなるミカちゃん。よかった、これで友達になれたんだ。理沙以外の友達は本当に初めてだ。ノノとは友達というよりもお姉ちゃんみたいな感じだし。この世界での友達は彼女が初めてなのだ。だから、すごく嬉しい。
「わ、私もあんた達の力になってあげる。もうぼっちは嫌だし。仕事するなら仲のいい子とやりたいし」
「フン、えらく素直ッスね。最初からその態度なら、メンバー外されることもなかったっと思うッスけど?」
「し、仕方ないわよ。15で性格の矯正なんて出来ないからね。つか、あんた達だと前衛中心ばっかだし、遠距離攻撃はできないからバランスが悪いわ。その点、私がいれば銃で遠距離攻撃もできるし、ノノが呪文の演唱の時、護衛をすることもできる。なかなかバランスがよくなるわよ……ってメイ、いつまで抱きついてるのよ!」
「だって嬉しいんだもん。理沙以外、友達いなかったし。だから嬉しくて」
「まったくもう。あたしだって、あんたが初めてよ……」
後半はボソッとして聞き取りにくかったけど、でも、私にはハッキリ聞こえた。そう言って抱き返してくるミカちゃん。ヤバイ、マジで嬉しいんですけど……。よしよしと頭撫でられてるのも嬉しい。
「なんか……喜ばしいのに腹立つ複雑な感情ッス。ええい、アタシも混ぜろッスー!!」
「きゃー!!」
理沙が飛び込み、ザポーンとお湯が弾ける。きゃいきゃい騒ぐ様子を見つつ、ノノはくすくすと笑っていた。明日はきっともっと楽しくなりそう。友達がいれば、きっと、何があっても大丈夫だ。
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