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第一章「異世界ナイトゼナ」
第17話「洋館事変 前編」
しおりを挟む「やれやれ……私の楽しみを邪魔するとは、許せませんねぇ」
背の高い男は白髪の紳士だ。頭にシルクハットの帽子を被り、黒のスーツを着ている。年齢は恐らく70代頃だろうか。声も若干、嗄《しわが》れている。一見するとマジシャンにしか見えない。帽子から鳩でも出しそうないでたちである。
その隣には背の低い女性がいるが、彼のアシスタントだろうか。だが、どこか不機嫌そうにしていて、老紳士と目も合わせようとしない。まるで玩具を買ってくれなくて、拗ねた子どものようだ。彼女は紳士と比べると頭一つ分小さい。でも、私よりも少し高いので150cm程度だろうか? 歳はまだ若く、20歳そこそこといった感じ。どういう組み合わせなんだろう。傍から見ると、おじいちゃんと孫のようにも見える。
「のぞきを楽しむとか最低ッス! そんなに見たいなら、風俗でも行けばいいッス」
理沙が反論するが、白髪紳士は不敵な笑みを浮かべるだけだ。何だか骸骨が笑っているみたいで、少し気持ち悪い。
「ふふ……若いお嬢さん方でもご存知でしょう? ああいう場所は金がかかるんですよ。たかだか数時間でも結構なお値段です。それに私もそろそろ歳でね、そういう事をする元気もないのです。なので、隠し取りをさせて頂きました。風呂だけじゃない、トイレにも設置しましたよ」
「あ~~王様といい、この国は変態ばっかッス……で、それをどうしたッス!?」
「魔法で複製して、コレクターに売却していますよ、いいお金になるんです。だが、バレてしまっては仕方がない。少し痛い目を見てもらいましょう。おい、やれ」
「……ふん」
背の低い少女はつんと彼を無視した。やはり目を合わせようとしない。険悪さがこっちにまで漂ってくる。
「どうした、主の言うことが聞けないのか、ノノ?」
苛立ちをぶつける紳士。
しかし、ノノと呼ばれた少女はため息をつくだけだった。
「あ~~~もう嫌! 何が悲しくて盗撮だの、覗きの手伝いしなきゃならないの!もう我慢の限界よ!!……あ、きたきた」
「こんちはー、女王様から宅配便ですぅ」
と、場の雰囲気にふさわしくない能天気な声が聞こえてきた。何か、蜂みたいなのが喋ってる。お母さんを探して旅する蜂アニメを思い出すなぁ。
「ご苦労様」
「あざーす」
蜂は彼女に何かを渡すとやがて飛び去り、見えなくなった。ノノと呼ばれた彼女は白髪紳士の呼びかけをガン無視して、こちらにやってきた。
「あの?」
「あなた、可愛いわね。お名前教えて」
ちょこんとしゃがんで私を見るノノさん。あの、なんか、勘違いしてないかな? 私、別に子供じゃないんだけど……。
「な、七瀬メイです」
「そう、メイちゃんっていうのね。よろしく」
「あ、はい。……って何で頭撫でるんですか。私、もう16なんですが」
「そうなんだ~でも、可愛いなぁ」
と、ノノさんは私の頭を撫で続ける。ついでにぎゅっと抱きしめてきた。あの、私はぬいぐるみではないのですが……。
「あ、ずるいッス! アタシもやるッス~」
と、理沙まで抱きついてくる。二人とも、暑苦しいんだけど。
「ノノ、主人の命令は絶対のはずです。主人の言うことが聞けないのですか?」
「バーカ」
老紳士にあっかんべーをするノノさん。流石の彼も少しムッとしたのか、顔つきが険しくなった。暗くてあんまり見えないけど、怒気を感じる。見えなくても相手の気持ちって意外に通じるんだよね。良くも悪くも。
「この手紙なんだと思う?」
「ふむ……ノノ宛は珍しいですね?」
「これはね、女王様からの正式な命令書よ」
「何だと!?」
老紳士の言葉遣いが急に荒くなる。だが、ノノさんは無視して手紙の封を切り、中身の文章に一瞬目を通す。そして、にやりと笑うと手紙を音読し始めた。
「えー、ノノ・スライル・シェリミー・クラムへ。貴女の願い、しかと聞き届けました。妖精の力は犯罪、ましてや自分勝手な欲求を満たす為に使うことは言語道断です。女王マルセリア・ハイデベルグの名において、ここに貴女と人間・グライル・マルダーとの主従関係契約を解消を宣言します! 尚、この契約は即日執行され、同一人物での再契約はできません」
「ぐっ……!!」
「あなた、妖精だったんッスか」
「そーよ。名前はノノ。詳しいことは後で話すからさ、とりあえず、このおっさん倒すの手伝って」
「OKッス」
「捕まえて軍に引き渡そう」
「このまま黙って捕まるわけにはいきません。ファンガス、グロンガズ! 餌の時間だ、出てこい!」
老紳士が指をパチンと鳴らすと、ガタガタと屋敷が揺れだした。床が割れ、そこから起動音が聞こえてきた。その音は私たちの世界にあるエレベーターとよく似ている。それに乗っていたのは二匹の犬だった。
いや、ただの犬ではない。全長5メートルはあろう、巨大な白毛の狼だ。その高さは家の2階の天井までに相当する。犬の歯は鋭く、獰猛で非常に刺々しく、まるで剃刀のようだ。あれに食いちぎられたら人間などひとたまりもないだろう。おまけに尋常ではない殺気を感じる。こちらを敵視しているという感じではないと思うが、視線は私たちに一点に集中しており、飼い主であるはずの老紳士には振り返らない。また、口からはヨダレがだらしなく垂れ流している。あれ、この状況は……似ている。ミリィを助けたあの時と同じだ。
「その子達は相当、お腹を空かせているみたいね」
「ほう、よく気づきましたね。仰るとおり、ここ2~3日何も食べていないのです。今日は久しぶりのごちそうですね、おまけに骨の柔らかいメスだ。ランチタイムにはちょうどいいでしょう」
「あ、あ、あんなの隠してたなんて……。メイちゃん、あいつはブラッディ・ドックっていう凶暴な魔獣よ!」
予想外の出来事に顔色を悪くするノノさん。驚きはしているものの、怯えてはおらず、彼女の足は老紳士に背中を向けて走り出そうとはしなかった。最後のプライドが彼女を押し留めたのだろうか。
「そう簡単に食われてたまるかッス!」
理沙はハルフィーナを取り出し、構えた。流石に半年も旅をしているだけあって、怯えた様子は微塵も感じられない。キリっとして真剣な眼差しをして、相手を睨みつけている。そんな彼女に私は少し勇気を貰えた。理沙がいなかったら、きっと尻餅をついて怯えていただろう。私も負けていられない。
「封印解除!!セグンダディオ、契約に従い、我の力となれ!」
ハサミを天に掲げ、放り投げる。そして、ハサミはセグンダディオへと変化し、私の手に戻った。しっくりくる握り心地、羽のように軽い刀身。これこれ、この感触……たまらないね。ノノが私の剣を見て驚いている気がしたが、今は気にしないでおく。
「さあ、ランチタイム・スタートです!!」
老紳士の言葉に狼たちが駆け出した。
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