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第一章「異世界ナイトゼナ」

第6話「封印解除、セグンダディオ!」

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私はミオと名乗る少女の腕に抱かれ、墓を出ることになった。外に出ると既に夜で、吐く息が冷たい。風が吹きすさび、寒さに身を縮こませた。いくら毛布を被っているとはいえ、下着だけではやはり寒い。歯がカチカチと鳴ってしまう。


辺りは真っ暗だった。単なる真っ暗ではない。その暗さは私からすれば異常だった。闇そのものとも言えるかも知れない。あまりにも暗くて、ミオさんの表情が見えないほどだ。周りの景色も見えず、聞こえてくるのは彼女の息遣いと木の葉がざわつく音だけ。それ以外の生活音は一切聞こえない。



改めてここが日本ではなく、ナイトゼナという異世界だと言うことを実感する。私のいた世界……日本とは大違いだ。日本だと夜中でも非常に明るい。外灯もたくさんあるし、コンビニだってたくさんある。その明るさは必要以上で、昼間よりも明るいのではないかと思うほどだ。防犯対策の意味合いもあり、普通に出歩くことには困らないだろう。



だが、ナイトゼナにはそれらが何一つなかった。
そんな暗闇の中、足元もよく見えないのに、ミオさんは物ともせずに駆け抜ける。もちろん、獣道だ。コンクリートで舗装された道ではない。雑草も生い茂っている。ミオさんはそれでもスピードを落とすことなく走っていく。かなりの速さだが、しっかりと私を支えてくれている。彼女の腕はけして太くはないけど、しっかり私を抱き抱えてくれて、安心感があった。



「よく走れるね。真っ暗なのに」



「夜目には自信があるんだよ」



質問に明るい声で答えるミオさん。私はふうんと思うだけでそれ以上、会話を繋げられなかった。本当なら何か質問したりすべきだが、脳がそれを拒んでいた。シェリル達の豹変、騙されたという事実。下半身を露《あらわ》にした男達。下卑た声を上げ、バカ笑いをする野太い声の合唱。脳内にフラッシュバックされる、おぞましい感覚。それらの中で最も私の心を占めるのは恐怖。その恐怖に体が震え、思考が止まってしまう。考えることができず、だるさと吐き気と頭痛が一気に来た。生理痛の方がまだマシなぐらい、気分が悪くなる。泥のように眠って、死んだように寝たい。忘れたいけど、生々しくて忘れられない。



「ちょっと大丈夫? もう少ししたら街だから、踏ん張って」



「……うん」



私の表情を察してか、ミオさんは励ましの言葉をくれた。しかし、嫌だ嫌だと拒否し続ければ、続けるほど、脳はそれを激しく再生させる。壊れたDVDデッキのように何度もそのシーンが頭に浮かんで消えていく。このまま安全な場所に逃げて、寝たい。何もかも忘れたい。悪い夢なんだと思い込んで、胃の中の未消化物が無くなるまで吐きたい。
だが、天はそれを許してくれなかった。



「おっと、ここは通行止めだ。通すわけにはいかんな」



「ったく、あいつらマジ使えねー」



シェリルとミリィが私達の前に立ちふさがった。暗闇でよく見えないが、相手の声と雰囲気で理解した。どうやらそう都合よく逃がす気はないようだ。これも試練だというのか。



「通行止めで結構、こっちもあんた達に用がある。さっさと投降しなさい、大人しくすれば命だけは助けてあげる。嫌なら倒すまで」



ミオさんの台詞にシェリルとミリィは二人揃って吹き出した。



「ハッ、何を言うかと思えば。貴様もメイと似たような歳だろう? 10代の少女が私達を倒すだと? これが笑わずにいられるか。バカも休み休み言え! 」



「そーだ、そーだ。ねえ、シェリル。どっちも殺そうよ。軍に通報されても嫌だしー。実験素材は多いほうがいいしね☆」



馬鹿にする二人にミオさんは怒ったりはしなかった。ただ、じっとしている。暗闇の中、彼女はどんな表情をしているのか、わからない。けれど、強い意思はこちらにも伝わってきた。彼女は私を茂みに下ろす。



「ここでじっとしてて」



「でも……」 



「いいから、大人しくしててね」



最後に笑顔を浮かべるミオさん。私を安心させるためだろう。だが、不安が過る。しかし、気持ちではどうしても恐怖の方が勝った。私は何も言えず、素直に森の茂みに身を潜ませた。そこから顔だけ出して、様子を伺う。ミオさんは剣を抜き出した。それは柄が短めであるが、広い身幅と厚い剣身がある。



「シェリル・イア・ハート、ミリィ・ジーン。あんた達には懸賞金がかけられている。アゼル村の放火・強盗・村人達の連続殺人及び強姦。イスリア大使館の爆破、アーセナル城の国宝強奪……上げればキリがないほど犯罪を犯してるわね。国は4カ国共同でアンタ達を全国指名手配し、懸賞金を出した。100万ガルドという破格の額をね」



ミオさんの言葉に笑いで返事を返すシェリル。
隣ではミリィも笑みを零している。



「よく知っているな、小娘。お前の言うとおり、我々はお尋ね者だ。こんな仕事だからな、賞金稼ぎに襲われたことは何度もある。中には、貴様の様な無駄な正義感に溢れた善人かぶれの奴もいたよ。そいつらがどうなったか知りたいか?」



「全員、私の魔法でローストチキンだよー!! 」



キャハハハとバカみたいに笑うミリィとシェリル。ミオさんはただ黙っているが、その雰囲気から静かな怒りを感じた。きっと手にしている剣にも力が込められているだろう。



「いいか、私達はコンビだ。私は剣、ミリィは魔法。私達はお互いの性格や癖をよく理解している。挑んできた99人全員が火葬になっているという現実がある。お前でちょうど100人目だ」



「ふふふ、そう。私達はお互いをよく知り、理解している。それは年数だとか、経験云々じゃない。私達は愛し合っているからね……」



二人は抱きつき、口づけをかわした。
ミオさんはどうも思ってないのか、黙っていた。
怒りなのか、侮蔑なのか、彼女の背中しか見えない私には伺い知れない。



「100人目になる気はない。でも、あんた達を殺す気もない」



「ほう……では、なんの為にここまで来たんだ?」



「アンタ達を懲らしめて、その罪は絞首台で償ってもらう。楽な死に方はさせないよ、絶対にね!」



ミオさんは駆け出し、まずシェリルを狙った。剣と剣がぶつかり合い、金属同士の嫌な音が響く。夜間の戦闘にも関わらず、二人はまるで昼のように互の剣先が見えているようだ。どちらも攻撃と回避を繰り返し、攻める姿勢を忘れずに衝突している。



灼熱深炎ディープファイア!!」



そこへ横槍とも思えるミリィが魔法の呪文を叫んだ。ミオさんの所に炎の玉が飛び込む。炎の玉は人一人ぐらい簡単に包めるほどの大きさだ。あんなのに触れれば火傷どころでは済まない。ローストチキンにしたとミリィは言っていたが、恐らく、死体すら残らないほど焼け焦げてしまうのではないか。



「っ!」



ミオさんはすんでの所で避ける。だが、そこをインターセプトしたシェリルが斬りかかる。ミオさんは慌ててシェリルの攻撃を剣で防ぐ。



氷結槍アイススラッガー!」



だが、またしてもミリィが何かを叫び、氷の氷柱《つらら》を生み出した。氷柱は無数に生み出され、一斉にミオさん方面に放たれる。ミオさんは回避しようとしたが、その細腕をシェリルが掴み、自分の元へ引き寄せて、剣の柄でミオさんの顔面を殴る。



「ぐ……!」



力が緩んだのか、ミオさんの剣が地面に転がる。シェリルがその剣を蹴り、闇の中へと紛れさせしてしまう。氷柱は一気にミオさんへと降り注いだ。



「きゃああああああああああ!!!」




ミオさんの全身に氷柱が刺さっていく。腕、足、腹、あらゆる場所に突き刺さり、血が地面を黒く汚す。氷柱は隣にいたシェリルには何故か全く命中せず、ミオさんだけを串刺しにしていく。そのまま倒れ、動かなくなってしまった。



「この魔法は私の十八番おはこでね。氷柱つららは全て私の意思通りに動く。3000もの氷柱を自由自在に操れるのはナイトゼナでも私ぐらいよ!」



ミリィは「おーほほほほ!」と高笑いし、得意げに自慢する。ミオさんは死んではいないようだが、虫の息だ。あれだけ刺さって死んでいないということは、わざと急所を外したのかもしれない。それぐらい微妙なコントロールができるのか、あの金髪女は。シェリルはゆっくり近づき、ミオさんの髪を乱暴に掴む。そして、耳元で呟くように、けれどハッキリと言葉を口にした。



「小娘、貴様は剣に関してはなかなかの才能がある。剣だけでの闘いなら私よりも上かもしれん。だが、さっきも言ったように私達はお尋ね者だ。どういう奴らが来てもいいように対策を練っている。金でゴロツキを雇うのも、パートナーと行動を共にすることもその一つだ。我々の連携は単に利害の一致に留まらず、心から信頼しあっている上で成り立っている。そこに一人で来る時点でお前の負けだ。それが敗因さ」




シェリルは興味を失ったのか、ミオさんの髪から手を離した。人形のように動かないミオさん。うめき声だけが小さく聞こえてくる。早く病院か医者に連れて行かないと危険だ。でも、今の私は剣も何もない単なる小娘だ。そんな私に何ができるというのだろうか?




「出てこい、メイ。でないと、この娘の身体を一つ一つ切り裂くぞ。腕と足を斬り裂いて身体から離してやる。どうなると思う? 血の匂いを嗅ぎつけた野犬どもが集まり、そのまま歯を突き立てるだろう。生きたまま食い殺されるというのはどういう気分だろうな? だが、こいつも一人では寂しいだろう。メイ……貴様も同じ目に遭ってもらう。異世界で美味い物をたらふく食ってるお前は特にご馳走だろうな! 」




シェリルとミリィは高笑いしながら言う。これは冗談ではなく、間違いなく本気だ。悪に手を染めた人間に善意も良心もない。それがお尋ね者なら尚更だ。



「だが、素直に出てくるなら一撃で殺してやる。苦しむ暇も与えず、一瞬で首を跳ねてやるぞ。死体はそのまま野犬にくれてやる。あとは貴様の所持品とセグンダディオを売って外国に高飛びだ。10年は楽にさせてもらうよ」



再び、笑い声を上げるシェリル達。女の高笑いは甲高くて、耳が痛くなる。正直、鬱陶しい。どうするべきだろうか。どうすればいいのだろうか。私の道は死だけだというの?このまま殺されるしかないの?セグンダディオ、私はどうすればいいの?お姉ちゃん、私はどうすればいいの?



”契約者よ、我が力を使え。我を使い、悪しき者達を切り裂け"



頭に言葉が響く。これはセグンダディオの声?私に話しかけているの?シェリル達を見てみるが、特に反応していない。……私にだけ聞こえているの?でも、あなたはミリィに奪われてるのよ。



”我の封印を解き、契約を結んだのは汝だ。汝が望めば、我はどこの世界からでも駆けつける。我を呼べ、封印を解き、汝の力とせよ!”



一か八かやるしかない。
今の状況を打破するにはそれしかない。



「……セグンダディオ、契約に従い、我に力を。悪しき者を葬る為の力を!」



私は心の底からそう叫んだ。
すると、ミリィの懐が光り始めた。



「な、ちょ、ちょっと!!」



そのまま光輝く何かが私の元に届く。それをキャッチする私。それを取り、天に掲げる。



封印解除ブレイクアセール!!」



ハサミは巨大な剣となっていき、それをしっかりと構える。剣は私の体を癒し、服を元通りにしてくれた。疲れた身体が嘘のように軽い。私は構え、シェリル達を睨みつける。



「ふ、使い手がお前なら話は別だ。剣の年数は私の方が長……!?」



その言葉の前に、私はシェリルの腹を斬り裂いていた。剣が私に瞬足の力を与え、音もなく行動できたのだ。わかる、わかるんだ。セグンダディオが私に力を貸してくれている。剣としてだけでなく、様々なバックアップもしてくれて、それが私には心強い。シェリルは悲鳴も上げずに崩れ落ち、その一部始終を見たミリィの顔が驚愕に染まる。



「シェ、シェリル!!ア、氷結槍《アイススラッガー》!!」



3000もの氷柱《つらら》が私に襲いかかってくる。もしかしたらもっと多いのかもしれない。だが、そんなものはちっとも怖くなかった。私が一振り、二振りすれば槍は水の塊へと変わるのだ。何千何万何億と来ても私にはちっとも怖くない。壊しながら進み、ミリィへの距離を詰める。その間、実に3秒程度。



「ひいいいい! 灼熱深炎ディープファイア!!」



往生際の悪いミリィがまだ抵抗してくる。
人一人が丸ごと覆われるほどの炎球だ。
が、そんなものは無意味だ。
その意味をわからせてやる。



「せやああああああああああああああああ!!!!」




私は昔、お姉ちゃんと見た野球中継を思い出した。9回裏のフルカウントで満塁の場面。この時、既にピッチャーは連続の登板で疲れが見えていた。ピッチャーの甘い球をバッターは見逃さなかった。バッターはフルスイングでホームランを放った。ランナーが続々とホームベースに帰り、チームは逆転サヨナラの大勝利を果たしたのだ。お姉ちゃんは狂喜乱舞し、私を何度も抱きしめ、嬉しそうにはしゃいでいた。私は野球にそこまで興味はなく、あんまり詳しくない。でも、今の場面はまさにそれだ。



私はその炎をさよならバッターよろしく、セグンダディオでホームランを放った。
炎の玉は空の彼方へと消えていく。





「嘘でしょ!?そんな、まさか……」



「これであなた達は終わりね。即死と安楽死、お好みは?」



「ちょ、ちょい待ち、タンマ、タンマ! お、お金ならあげるから! 所持品だって返すからさ!」



「所持品は返してもらいます。でも、お金はいりません。あんた達の賞金で貰うから」



「え、ちょ、え、え、ええええ……」



ミリィは既に涙目で尻もちをついていた。シェリルも怪我で上手く動けずにいる。痛みを堪えてはいるが、もう戦うことはできないだろう。



「よくも騙してくれたわね……私がどれだけ怖い目に遭ったか。いっそこの場で殺してやってもいいのよ!」



「ひぃ!」



私はミリィの胸ぐらを掴んだ。彼女の首に剣を押し当て、いつでも殺してやるぞと意思表示をする。本当に殺す気はないが、本当にこのまま殺すことも可能だ。話を聞く限り、二人は街を滅ぼし、悪業に手を染め、盗みや殺戮を繰り返し、その金で贅沢な限りを尽くした。恐らく、私以上にいい物を食べていたに違いない。さっきシェリルが言ったように腕と足だけを切り裂いて、生きたまま、野犬の餌にしてもいい。私はどうするべきか考えたが……。



「メイ、もういい。その辺にしておけ」



「……ロランさん?」



私の傍にいつの間にかロランさんが来ていた。先ほど、野郎共から私を助け出してくれたロランさんだ。背には怪我をしたミオさんをおぶっている。



「よくやってくれた。もうすぐ王国軍が来る」



その言葉通り、炎がいくつか見えた。よく見ると、それは松明に炎を灯し、こちらに向かってくる集団だ。その人たちは軍服を着込み、腰に剣を装着している。男だという所が私には生理的嫌悪感があったが、彼らに非はないので我慢する。



「シェリルとミリィだな!? 貴様達を城まで連行する」



「大人しくしろ!」



兵士達はシェリルとミリィを連れて行く。二人にはもう抵抗する気力もなく、ただ黙って歩いていく。こちらには目を合わせようともせず、ただガタガタと震えていた。よほど身に応えたようだ。



「ロラン殿、お陰さまで凶悪犯を逮捕することができました。これでナイトゼナの治安も少しはよくなるでしょう。ご協力感謝致します!」



「ああ。だが、二人を倒したのは彼女だ」



「おお、そうでしたか。さぞお強いのですな。ご協力感謝致します!」


「い、いえ……」



私に敬礼されても困るんだけど。
ていうか、それより!



「ミオさんは大丈夫なんですか!? 早くお医者さんか病院に!」



「大丈夫、応急処置は済ませた。あとは白魔道士に回復させよう。おい、魔道士は?」



「はっ、馬車にて待機中です。案内しますので、どうぞ」



私達は兵士の人に馬車へと案内され、中で待機していた魔道士の人と合流した。まだ若い女の人のようだ。19、20歳くらい。彼女は兵士さんが去るのを確認してから、魔法でミオさんを回復させていく。白い柔らかな光がミオさんの傷口を塞いでいく。それは時間にして数十分程度だろうか。



「終わりました。もう大丈夫ですよ」



「よかったぁ……」



「メイ、これから馬車で街に向かう。詳しい話はそこでしよう。それまで休んでていいぞ。着いたら起こそう」



「はい。あ、あいつらは……シェリルとミリィはこれからどうなるんですか?」



「二人は後日、絞首刑となるだろう。一度指名手配された者は捕まると裁判なしで死刑となる決まりだ。王がお布令を出し、二人を市中へ晒し回す。2日目に罪人が好む好物と要求を叶え、最後の晩餐を楽しませる。そして3日後に処刑場で絞首刑となる。大勢の観衆の前でな」



「エグいやり方ですね……」



「ナイトゼナは治安が悪い。ああいう輩は大勢いるんだ。凶悪犯から魔族達の狂信者など様々な連中がな。その為、法律は厳しいものが多い。そんな連中にならないよう、国民に戒める為の見せしめでもあるのさ。ま、今はとにかく休むといい」



「では、お言葉に甘えて……」



「そうだ、メイ。寝る前にひとつだけ」



「はい?」



「友を、ミオを助けてくれた事、感謝する。本当にありがとう」



「いえ……」



自然と瞼が落ち、私はそのまま寝てしまった。緊張の糸が切れ、疲労が一気に身体にのしかかる。気を失ったようにぐったりと寝る。馬車はどこへと向かっていたが、どうでもよかった。今はただ、身体を休めることしか頭になかった。
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