私の神様へ

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1話「神様は仕事が忙しい」

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その日、神浩二じんこうじは部屋で仕事に取り掛かっていた。時刻は既に深夜1時だが、この時間が彼の仕事時間だ。イスに座り、パソコンのスイッチを入れ、机の上に置かれたモニターを睨みつつ、キーボードに指を躍らせる。



1時間、2時間、3時間……。
時間は刻々と過ぎていくが、浩二はただひたすら指を躍らせていくのを続ける。時折、目薬を差したり、資料の本を読み返すこともあるが、5分以内に椅子に戻り、作業を続ける。それ以降も度々それらを繰り返しつつ、更に数時間が経過する。



「あー……腹減った」



ふと、お腹が空いたなと感じた。何か食べるか……冷蔵庫には食材が幾つかあるが料理をする気がない。すると、ウーマーイーツで出前を取るか、駅前の牛丼チェーン店で済ませるか、コンビニと候補を絞ることになる。現在は深夜1時なのでウーマーイーツなどの配達は当然やっていない。24時間営業している牛丼チェーン店は駅前なので、ここから10分ちょっと歩くことになる。ただ、今は仕事が興に乗ってる状態なので、できれば早めに戻りたい。消去法で近くのコンビニへ行こうと結論を出した。



「ん?」



足が震える。
ポケットに入れたスマートフォンから何かの通知が来たようだ。号外ニュースか何かだろうか。〇〇で事件とか、芸能人の〇〇が離婚したとか、△△で議員が辞職とか……しかし、いずれの予想も外れていた。メッセージアプリLIME(ライム)からの通知だった。こんな時間に公式ショップからの通知は当然来ない。あるとすれば知人からである。



「あいつか……」



案の定、それは知り合いのものだった。
いや、知り合いというよりも深い仲だが、恋人というわけではない。
関係性を表す言葉が見つからないが、敢えて言うとしたら部下だろうか。
でも、それにしては深い仲だし……と考えてやめた。
送り主は藤宮美晴《ふじみやみはる》だった。




「神様、今暇ですか?こっちはバイト終わったんで迎えに来てください。私一人じゃ夜道こわ~い♡」




神様《かみさま》というのは神浩二のあだ名だ。苦笑した。彼女なら夜道なんか全然怖くないだろうに。そもそも街灯があり過ぎなこの大都市「鳴滝市」で何を怖がることがあるというのだろうか。しかし、それでも女性は夜道を不安に思うものなのか? 気にせず出歩いてる女性諸氏もよく見かけるが。



「仕方ない、行くとするか」



悩むことに時間を割きたくない。
浩二は承諾したが追加で「いいけど、帰りにコンビニ寄らせてくれ。腹減ってるから」と返信。ものの数秒でアニメキャラのスタンプOKが通知される。彼女の好きなアニメ「ぐうたらパンダくん」だ。ゆるキャラの癖に煙草と酒を好むおっさんテイストが人気の作品である。浩二にはどこがいいかわからないが、美晴はお気に入りでBlu-ray全巻やタペストリー、ぬいぐるみも所持している。



さて、美晴のバイト先である喫茶「スマイルアップル」はコンビニからは少し離れた住宅街の中にある。ここから歩いて徒歩15分ほど。喫茶店だが、夜はBARとしても経営している。



「行くとするか」



財布に渋沢栄一があるのを確認し、戸締りを済ませ、電気を消した。パソコンは内容を保存をさせたが、画面は消さずにつけたままにした。玄関に鍵をかけ、美晴の待つバイト先へと向かうのであった。









夜の街に人気は少ない。だが、酔っぱらって道路で赤い顔して寝ているおっちゃんもいれば、新聞配達で自転車を漕いでいるおじさんもちらほらと見かける。人のいない商店街を抜け、信号を渡り、住宅街へと進んでいく。しばらくして喫茶「スマイルアップル」が見えてきた。入り口には「CLOSE」の看板がドアにかけられているが、構わず開ける。鍵はかかっていなかった。



「ちわーす」



「あら、オーナー。いらっしゃい」




出迎えてくれたのはママだ。と言っても女ではなく、男性なのだが。
しかし、言葉遣いは女性で顔は完璧にメイクされいる。一見すると優しい女性にしか見えないが、筋骨隆々の逞しい身体をしている。なんでも昔はボディビルダーだったらしい。浩二はそんなママを信頼している。



「ママ、美晴いる?」



「今、着替えてるからもう少し待ってあげて。何か飲む?」



「ミネラルウォーターでいいよ」



「相変わらず水が好きねぇ、オーナーは」



ママはウォーターサーバーからガラスのコップに水を入れ、差し出した。浩二はカウンター席に座り、ゆっくりと水を口に含む。乾いた喉を優しい水が通り抜けていき、気分はまるで森林の川にいるかのようだ。浩二は大の水好きでスマイルアップル以外にも自宅・離れにもウォーターサーバーを設置している。ちなみにどこも同じメーカーだ。



「水はいい。良質な水は特にね。この会社のはウォーターサーバーは特にいい」



「ふふふ、オーナーらしいわね。ところで明日暇ある? 少しお話したいのだけれど」



「ん、今じゃできない話か?」



「……ちょっと込み入った話でね」



ママは少し微妙そうな表情を見せた。先ほどから浩二はオーナーと呼ばれているが、店舗経営に関する相談や運営は浩二が代行として行っている。ただ未成年ということもあって、本当のオーナーは別の人だ。だが、ママは敬意をこめてオーナーと呼んでいる。



「すいません、遅くなりました。神様、おはようございます!」



と、奥から慌ただしくメイド姿の女性が出てきた。彼女こそ迎えに来いと言ってきた人物・藤宮美晴ふじみやみはるである。ちなみにメイド服は私物であり、彼女の普段着だ。浩二は力なく笑い「神様って呼ぶのやめてくれないかな」と小さく漏らした。だが、美晴は聞こえているのか、いないのか返答しなかった。



「おはようって、深夜なんだが」



「ま、業界用語って奴です。それじゃあママ、お疲れ様でした」



「お疲れ様。明日もよろしくね」



「はい」



美晴は頭を下げ、浩二もそれに倣う。
水を飲み切り、一息つく浩二を美晴はじっと待っている。
早く帰りたくて仕方ない様子だが、浩二はマイペースで少し思案してから席を立つ。



「ママ、さっきの話だけど、明日は編集さんと打ち合わせがあるんだ。他にも締め切りが近い仕事が幾つかあるから、夕方ぐらいになるけどいいかな?」



「いいわよ、オーナーの都合の良い時に電話して頂戴。私は特に用事はないから。明日は一日お店にいるわ」



「わかった。じゃあね。水ごちそうさま」



と、二人は店を後にした。




夜の街を歩く私服の男性とメイド姿の女子。
一見するとよくわからない関係か、そっち系の店の店員と客に見える。
だが、夜中にそんなツッコミを入れる者はおらず、二人はゆっくりと静かな街を歩いていく。


「しかし、神様凄いですよね。学業の傍ら小説書いて印税もらってるし、お店までオーナーとして経営しているとか」



美晴はうんうんと頷く。
しかし、浩二は「そうでもないよ」と首を横に振る。



「小説書いてるのは本当だけど、たまたま運が良かっただけだ。オーナーは和美さんの代行としてやってるだけで本当のオーナーじゃない。あくまで独学と第三者的意見を言って、それがたまたま上手くいっただけに過ぎないんだよ」



本人はこう言っているが、経営学の勉強も多少行っていることも美晴は知っている。神浩二は親がおらず、捨て子だったのを山田和美という女性が拾った。いわば、育ての母だ。和美は研究職で別の町で働いており、「スマイルアップル」のママとは学生時代の親友でもある。和美は多忙な為、浩二はあくまでオーナー業を引き受けている代行に過ぎない。また、趣味で書いた小説を公募に出した所、即採用され、今は作家としても活動し、文庫で15冊ほど出している他、地方新聞の短いコラムも書いている。



「たまたまで上手く行きすぎなんですよ。もう少し自信を持ってもいいと思いますけど」



「いや、俺は自信を持ちすぎるとすぐ天狗になるんだ。それこそ、自分が神様だとか天才だとか自惚れた事を思うようになっちまう。実際はみんなの助けがあってこそ、成り立っているんだ。昔、それで痛い目を見た時があったからな……人間、少しぐらい謙虚でいた方がいいのさ」



自己肯定感は高すぎないようにする。それは自分自身が人生で学んだことだ。しかし、美晴はもっと自信持ってもいいのになと考えている。



「ところで聞きました?長谷川事件」



「ああ、隣町の高校の生徒がやられたらしいな。LIMEの号外ニュースで見たよ」



長谷川事件とはここ3週間くらい前から起きている事件だ。犯人は長谷川幸一郎(自称なので偽名の可能性もある)彼は乱れ行く若者文化に鉄槌てっついを!と叫び、髪を脱色した女子生徒に墨を浴びせたり、夜の街でたむろする若者達を病院送りにしたりと犯罪行為を繰り返したりしている。



大手動画共有サイトでも犯行声明を出したり、犯罪後に愉悦を語る動画や生配信をしている。コメント欄は毎回荒れているが、何故かBANされず、登録者は既に200万人を超えている。浩二もその動画を見たことがある。長谷川は眼鏡をかけ、大人しそうな顔をしているが、なかなかに闇を抱えた人物のようだ。制服は自作らしく、学園も架空のものでいわゆる自称”高校生”のようだ。童顔で年齢はわかりにくいが、とっくに成人を超えている可能性がある。



何故、ここまでわかっているのに逮捕されないのか? それは彼が能力者だからだ。「鳴滝市」は能力開花……正確には右脳開発研究。詳しく書くと長くなるのでここでは省くが、ここの住人達は強弱の違いはあれど何かしらの能力を持っている。政府は能力開発モデル地区として設定し、全国各地で能力者を増やすように政策を急いでいる。だが、当然そんな便利な能力は犯罪行為へと簡単に使われてしまう。長谷川がどのような能力を持つかは不明だが、警察を欺き、犯罪行為を行っているのは間違いない。能力による犯罪者を取り締まる為の警察機構「能力者特別警察《アビリティ・ポリス》」も逮捕状を取って行方を追っているが、未だに逮捕には至らない。



「まったく、物騒な世の中ですよね。アビも頼りにならないからなぁ。さっさと捕まえてくれればいいんですけどね」



「人材不足だってゆずるが嘆いていていたよ。もっと協力者やメンバーが欲しいと」



「アビは薄給でしょ。無理無理。政府が予算出してお給料上げない限り、人材は増えないでしょ。ただでさえ身体使う仕事なのにお金安いとか意味わかんないですよ。そもそも警察の方が権力強いし」



譲は浩二の親友で学生ながらアビリティ・ポリスに所属しているA級能力者だ。略称でアビとされており、誰もがそう呼ぶ。



「そう言うな。まだ発足して5年程度の組織だ。予算を急に増やすのは無理がある。現状、税収は限られている。新たな予算を作るにはどこかの予算を削るか、支出を削るか、予備費から捻出するか……そもそも税金を上げるか、何にせよ、話し合いをしないといけないんだ」



「えー、議員の先生方のじぶんたち給料削ればいいじゃないですか。一人会派でも100万の予算出るんですよ? それも税金だし。本当に国の為に働いている議員さんなんているんですかね? どいつもこいつも選挙で声高々に耳触りの良い事言ってますけど、実際は何にもしないで議員特権と税金貰って楽してる人達ばかりだと思うんですけどね~」



男女がするトークとは思えないが、この二人は割とこういうテーマが多い。美晴は何事も懐疑的な人間でもあるので、その影響もあるだろうが。特に美晴は政治家を信じておらず、政権批判も交えたトークが続いた。



「それより、神様、まだ仕事なんでしょう? コンビニなんか寄らずに私がささっと作りますよ」



「別にそこまでしなくていい。コンビニで何かテキトーに……」



「食事をおざなりにしちゃいけません。外食やコンビニもたまにはいいですけど、神様ほとんど毎日じゃないですか。実はさっき千尋に透視能力で神様の家の冷蔵庫を見てもらいました。どうやら食材はあるみたいなので、このままマンションに向かいましょう!」



「いらん事にちーちゃんの透視能力を使うなよ……」



「私にとっては大事なことですよ。大好きな人の為なら……余計に」



後半、小声になって浩二にはよく聞こえなかった。少し美晴の顔が赤い気もするが……まあ、せっかくの提案を断るのも心苦しい。金も無尽蔵にあるわけじゃない。タダで食べれるならその方がいいだろう。



「わかった。任せるよ」



「はい。ふふふ」



美晴は機嫌が良いのか、その足取りは軽かった。







浩二はマンションに住んでいる。
どこにでもよくある、ありふれたマンションだ。築30年以上経っている事もあり、家賃は水道代・共益費込みで4万円である。駐車場はないが、青空駐輪場はある。ゴミ出しはいつでも自由にOKだが、段ボールは二つ折りにしてガムテで固定してゴミ捨て場に縦に置かないといけない。しょっちゅう、メンテナンスをしており、それだけ古いマンションだということが伺える。エレベーターで6階に降り、602号室が浩二の家だ。鍵を開けて中に入り、美晴はさっそく冷蔵庫の中を物色して、調理の準備を進める。



「神様、引っ越してもいいんじゃないですか? ここ壁薄いし、ボロイし。隣の人が「なんででも鑑定団」見ているのわかるくらい、音漏れ激しいんですから」



「俺にはここが落ち着く。家賃も安いし、ゴミ出しもいつでもいいからな。いい所のマンションはそれなりにルールもある。それを守らなきゃいけないのは窮屈でしかないんだよ」



実際、とある某芸能人が引っ越した先の超高級マンションはゴミ出しでもスーツで出ないといけないという決まりがある。しかし、その某芸能人は一時、仕事がぱったりと途絶えた時代があり、貧乏生活がとても長かった。今は仕事が当たり、再びテレビに出るようになったが、豪華な食事はせず、普段はコンビニ弁当だという。貧乏生活の影響か、パジャマでゴミ出しをするらしい。無論、普通のマンションなら許されるだろう。だが、その高級マンションではその行為は許されず、住民は迷惑がっているらしい。



「俺は誰かに縛られるのは嫌いだ。人にも、組織にもな。できるだけ身軽でいたいんだ。あと、美晴、一つ言っておく」



「なんですか?」



「生活レベルを上げるのもいいが、上を目指せばキリがない。日々のコンディションを上げるなら、いい所のシャンプー、リンス、ボディソープを使って風呂に入り、きちんと身体を整えるんだ。あとは定期的に美味い物を食い、映画を見る。最後に何でも話せる友人を作る。これが人生をよくするための方法だ」



「出たよ、神様の持論……。まあ、タワマンとは言いませんけど、もうちょっと良い所に行ってもいいと思うんですけどね」



美晴はため息をつき、首を傾げた。男の熱い主張・意見・こだわりに対し、女はいつも理解を示してくれない。温度差が感じられる一幕である。



「まあ、とにかく料理しちゃいますね。深夜だから静かに作業しないと」



「大丈夫だ、それに音は聞こえてくるかもだが、こちらの音は聞こえない」



「譲くんにそういう特殊なお札を作ってもらったんですよね。つまり、ここでHな事してもバレないと。神様、女の子呼んでませんよね? 私と千尋以外」



「誰も呼んでないわ。疑いのまなざしはやめろ」



「だって、担当さんとか美人じゃないですか。あの人バツイチでしょ?性欲溢れてるとおもうんですケド」



「ないないないないないないない。そんな偏見はドブに捨てろ。大体、担当さんとはいつもスマイルアップルで打ち合わせしてるから、ここには来た事無いぞ」



「ふーん。じゃあ、やっぱり千尋と今でも……」



「それも無い。それは同居している美晴が一番知っているだろう。俺はもう少し仕事にかかるから、できたら呼んでくれ」



「………はぁ~~い」




ちなみに千尋とは浩二の幼馴染だ。今は親友でもある美晴と同居している。


さて、美晴が作ったメニューは大根おろしをたっぷり入れたさっぱりとしたうどんである。温かいのでお腹を壊さないし、腹持ちがいい。浩二は食べた後、すぐに仕事を進めた。食べる前よりも素早く進み、集中力が違う。出前などもいいが、美晴が作った料理は特に美味い。彼女は浩二の好みや分量など細かい所まで詳しい。やはり、彼女の作るご飯が一番美味いんだなと思いつつ、仕事を進め、朝方には脱稿し、ファイルを編集部へ送信した。



担当から「先生、本当にお疲れ様です。確認しました。明日、打ち合わせもあるので忘れずにお願いします。場所はいつも通り、スマイルアップルです。PM13時頃に伺う予定です、よろしくお願いします」

と、ものの数秒で丁寧なLIMEが返ってきた。
いつ寝ているんだろうか……。







「では、神様。私はバイトの準備があるのでこれで失礼します」



「ああ、食事助かったよ、ありがとな。車に気を付けて帰るんだぞ」



「は~い」



と、マンション前で別れた。
彼女は学校に通っておらず、家とバイト先を往復する日々だ。
一旦、家に帰って千尋の料理を作り、睡眠をとってからバイトという感じだろう。



「おはよ、浩二。昨夜はお楽しみだったみたいだね」



と、背後から声をかけてきた制服姿の少年。
比嘉譲ひがゆずるである。




「譲か。そんなんじゃねーよ、ずっと仕事だったからな」



「ふふ、隠さなくてもいいのに」



「べつに隠してねーし」



「少し話がしたいんだけど、いいかな? 今日は僕が奢るよ」



「わかった。で、どこにするんだ? 公園にでも行くか?」



「僕の家、純子に行こう。姉さんには話は通している。開店前だけど大丈夫だよ」




純子は譲の姉が務める喫茶店だ。
ここから5分ほどの場所でマンションの1階に店舗がある。
譲から出るのはどんな話なのか……浩二は眠たい目をこすりつつ、話を聞くことにした。
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