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理想の嫁で無かったから⑨
しおりを挟む王都へ向かう馬車の中は沈黙に包まれていた。遠い目をしながらも何かを悟っていた父がどんなことをするのか、想像するのを頭が拒絶する。向かいに座るダニエラは時折口を開いては声を発さないまま閉じてしまう。ジグルドから話し掛けることはない。今何を話すべきか本人も解していない状態なのだから。
窓越しから移り行く景色へ視線をやった。王都に着くのは数日後。屋敷に着く頃には、きっと父は……。
「……旦那様」
口を開閉してばかりだったダニエラが漸く声を発した。
「旦那様は……お義母様の言う通り、セラティーナをお義父様に……」
「させはせん。お前は母上の言う通りにしろと言うのか?」
最後まで聞かずともダニエラの言いたい言葉を察したジグルドは声を遮り、逆に問うと強く首を振られた。
「いいえっ、セラティーナが嫌いでも、実の祖父に差し出すようなことはしません。でも……もしも旦那様が実はセラティーナを差し出す気でいたらどうしようと」
「あの場で母上に言った通りだ。セラティーナは帝国の魔法使いに嫁がせる。父上に差し出す真似は決してしない。父も否定していただろう」
「そう、ですよね」
自身の中にある不安と疑いを晴らせたダニエラはホッとした面持ちを見せた。あの場でジグルドがミネルヴァの要求を拒否しようと内心はセラティーナを……と考えていたのだろう。
「私はお義母様の理想の嫁になれませんでした。きっと、エリス様以外お義母様の理想の嫁にはなれなかったでしょう」
「ああ」
「セラティーナを産んだ時だけ、私を褒め称えた理由をきちんと知れて良かった。エルサを産んだ時、私に似た頭の悪い娘だと言われて……お義母様に似ているセラティーナが嫌いになりました、私がエルサをお義母様から守らなきゃって思ってしまった」
昔から母がダニエラをいびる度に苦言を呈し、生まれた姉妹に対しても大きな差を付けるので終いには会わせないよう手を回した。母に傷付けられる度に寄り添おうと心に負った傷は簡単には癒えない。
「……私はこれからもセラティーナを嫌い続けます。旦那様と違って、私の場合は単純にお義母様やファラ様に似たあの子が嫌いだから。……それに、今更私が寄り添わなくてもエルサや旦那様達がいるのなら、却って私は邪魔になるだけでしょうから」
「屋敷に戻ったらエルサとよく話すといい。セラティーナにもエルサにも悪いことをした」
「……はい」
子は親の影響を大いに受ける。両親がセラティーナを冷遇し、見下し、自身が同じ真似をしても叱られないのなら姉であっても見下してもいいのだと判断してしまう。仲良くなりたいと願うきっかけがあった時には既にセラティーナとの距離は遠く、エルサ自身謝るタイミングも態度を直すタイミングも見つけられず、叱ってほしかった、正しい方へ治してほしかったと責められた時は申し訳なかった。
「エルサとも距離を置きます。私がいてはセラティーナと居辛いでしょうから」
「そうか」
「お義母様の理想の嫁でなくて良かったと今は思えます。理想の嫁でいたら、あの時セラティーナをお義父様に差し出すのはお義母様の願いだからと受け入れてしまっていました」
会話をする前と比べるとダニエラの表情に生気が宿り、馬車内の雰囲気も悪いものではなくなっていた。屋敷に戻れば仕事は沢山ある。時間が静かに流れる間、体力の補充に専念する。
○●○●○●
領地に行っていた両親が今朝方屋敷に戻ったと報せを受け、朝食を済ませる前に二人に挨拶をしようとセラティーナとエルサは外に出て両親を出迎えた。馬車から降りたジグルドとダニエラに疲労の色はなく、先に出迎えた執事に上着を預けた。
セラティーナとエルサの二人が声を掛けるとダニエラがエルサにだけ返した。ただ一人、変わらないのは母だけか、と気まずげな視線を寄越すエルサに気にしないでと首を振った。
帝国への移住を前に、少しは関係改善をと抱いていたが母とはこの先もこのままとなる。それはそれで良いのかもしれない。
——数日後、領地にいる祖父母の訃報を聞くとは、この時はまだ知らなかった。
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