婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

文字の大きさ
上 下
108 / 111

理想の嫁で無かったから⑨

しおりを挟む
 

 王都へ向かう馬車の中は沈黙に包まれていた。遠い目をしながらも何かを悟っていた父がどんなことをするのか、想像するのを頭が拒絶する。向かいに座るダニエラは時折口を開いては声を発さないまま閉じてしまう。ジグルドから話し掛けることはない。今何を話すべきか本人も解していない状態なのだから。
 窓越しから移り行く景色へ視線をやった。王都に着くのは数日後。屋敷に着く頃には、きっと父は……。


「……旦那様」


 口を開閉してばかりだったダニエラが漸く声を発した。


「旦那様は……お義母様の言う通り、セラティーナをお義父様に……」
「させはせん。お前は母上の言う通りにしろと言うのか?」


 最後まで聞かずともダニエラの言いたい言葉を察したジグルドは声を遮り、逆に問うと強く首を振られた。


「いいえっ、セラティーナが嫌いでも、実の祖父に差し出すようなことはしません。でも……もしも旦那様が実はセラティーナを差し出す気でいたらどうしようと」
「あの場で母上に言った通りだ。セラティーナは帝国の魔法使いに嫁がせる。父上に差し出す真似は決してしない。父も否定していただろう」
「そう、ですよね」


 自身の中にある不安と疑いを晴らせたダニエラはホッとした面持ちを見せた。あの場でジグルドがミネルヴァの要求を拒否しようと内心はセラティーナを……と考えていたのだろう。


「私はお義母様の理想の嫁になれませんでした。きっと、エリス様以外お義母様の理想の嫁にはなれなかったでしょう」
「ああ」
「セラティーナを産んだ時だけ、私を褒め称えた理由をきちんと知れて良かった。エルサを産んだ時、私に似た頭の悪い娘だと言われて……お義母様に似ているセラティーナが嫌いになりました、私がエルサをお義母様から守らなきゃって思ってしまった」


 昔から母がダニエラをいびる度に苦言を呈し、生まれた姉妹に対しても大きな差を付けるので終いには会わせないよう手を回した。母に傷付けられる度に寄り添おうと心に負った傷は簡単には癒えない。


「……私はこれからもセラティーナを嫌い続けます。旦那様と違って、私の場合は単純にお義母様やファラ様に似たあの子が嫌いだから。……それに、今更私が寄り添わなくてもエルサや旦那様達がいるのなら、却って私は邪魔になるだけでしょうから」
「屋敷に戻ったらエルサとよく話すといい。セラティーナにもエルサにも悪いことをした」
「……はい」


 子は親の影響を大いに受ける。両親がセラティーナを冷遇し、見下し、自身が同じ真似をしても叱られないのなら姉であっても見下してもいいのだと判断してしまう。仲良くなりたいと願うきっかけがあった時には既にセラティーナとの距離は遠く、エルサ自身謝るタイミングも態度を直すタイミングも見つけられず、叱ってほしかった、正しい方へ治してほしかったと責められた時は申し訳なかった。


「エルサとも距離を置きます。私がいてはセラティーナと居辛いでしょうから」
「そうか」
「お義母様の理想の嫁でなくて良かったと今は思えます。理想の嫁でいたら、あの時セラティーナをお義父様に差し出すのはお義母様の願いだからと受け入れてしまっていました」


 会話をする前と比べるとダニエラの表情に生気が宿り、馬車内の雰囲気も悪いものではなくなっていた。屋敷に戻れば仕事は沢山ある。時間が静かに流れる間、体力の補充に専念する。


 ○●○●○●

  
 領地に行っていた両親が今朝方屋敷に戻ったと報せを受け、朝食を済ませる前に二人に挨拶をしようとセラティーナとエルサは外に出て両親を出迎えた。馬車から降りたジグルドとダニエラに疲労の色はなく、先に出迎えた執事に上着を預けた。
 セラティーナとエルサの二人が声を掛けるとダニエラがエルサにだけ返した。ただ一人、変わらないのは母だけか、と気まずげな視線を寄越すエルサに気にしないでと首を振った。

 帝国への移住を前に、少しは関係改善をと抱いていたが母とはこの先もこのままとなる。それはそれで良いのかもしれない。

  
 ——数日後、領地にいる祖父母の訃報を聞くとは、この時はまだ知らなかった。



しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

妹に婚約者を奪われたので妹の服を全部売りさばくことに決めました

常野夏子
恋愛
婚約者フレデリックを妹ジェシカに奪われたクラリッサ。 裏切りに打ちひしがれるも、やがて復讐を決意する。 ジェシカが莫大な資金を投じて集めた高級服の数々――それを全て売りさばき、彼女の誇りを粉々に砕くのだ。

もう尽くして耐えるのは辞めます!!

月居 結深
恋愛
 国のために決められた婚約者。私は彼のことが好きだったけど、彼が恋したのは第二皇女殿下。振り向いて欲しくて努力したけど、無駄だったみたい。  婚約者に蔑ろにされて、それを令嬢達に蔑まれて。もう耐えられない。私は我慢してきた。国のため、身を粉にしてきた。  こんなにも報われないのなら、自由になってもいいでしょう?  小説家になろうの方でも公開しています。 2024/08/27  なろうと合わせるために、ちょこちょこいじりました。大筋は変わっていません。

私は貴方を許さない

白湯子
恋愛
甘やかされて育ってきたエリザベータは皇太子殿下を見た瞬間、前世の記憶を思い出す。無実の罪を着させられ、最期には断頭台で処刑されたことを。 前世の記憶に酷く混乱するも、優しい義弟に支えられ今世では自分のために生きようとするが…。

女性として見れない私は、もう不要な様です〜俺の事は忘れて幸せになって欲しい。と言われたのでそうする事にした結果〜

流雲青人
恋愛
子爵令嬢のプレセアは目の前に広がる光景に静かに涙を零した。 偶然にも居合わせてしまったのだ。 学園の裏庭で、婚約者がプレセアの友人へと告白している場面に。 そして後日、婚約者に呼び出され告げられた。 「君を女性として見ることが出来ない」 幼馴染であり、共に過ごして来た時間はとても長い。 その中でどうやら彼はプレセアを友人以上として見れなくなってしまったらしい。 「俺の事は忘れて幸せになって欲しい。君は幸せになるべき人だから」 大切な二人だからこそ、清く身を引いて、大好きな人と友人の恋を応援したい。 そう思っている筈なのに、恋心がその気持ちを邪魔してきて...。 ※ ゆるふわ設定です。 完結しました。

彼女はいなかった。

豆狸
恋愛
「……興奮した辺境伯令嬢が勝手に落ちたのだ。あの場所に彼女はいなかった」

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

10年前の婚約破棄を取り消すことはできますか?

岡暁舟
恋愛
「フラン。私はあれから大人になった。あの時はまだ若かったから……君のことを一番に考えていなかった。もう一度やり直さないか?」 10年前、婚約破棄を突きつけて辺境送りにさせた張本人が訪ねてきました。私の答えは……そんなの初めから決まっていますね。

私を侮辱する婚約者は早急に婚約破棄をしましょう。

しげむろ ゆうき
恋愛
私の婚約者は編入してきた男爵令嬢とあっという間に仲良くなり、私を侮辱しはじめたのだ。 だから、私は両親に相談して婚約を解消しようとしたのだが……。

処理中です...