婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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理想の嫁でなかったから➆

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 あれは当時流行していた風邪に罹ったダニエラや幼い頃は体の弱かったエルサの為にと、栄養価の高い蜂蜜を商会まで取りに行く時のこと。ダニエラはエルサの看病をしている内に自身も風邪を引いてしまい、妹を心配していたセラティーナにまで移ったら大変だとジグルドは彼女を連れていた。商会へは馬車で向かい、蜂蜜を受け取った後はセラティーナを抱いて街を歩いた。
 母に似たセラティーナを疎ましく思うダニエラは体の弱いエルサの看病を理由にセラティーナと碌に接しようとしない。幼いながらに魔法の才を持つセラティーナを何時かプラティーヌ家、否、王国から逃がさねばと考えながらも時が来るまではセラティーナと接していたいジグルドは機会があれば一緒にいた。


「喉が渇いたな。セラティーナも何か飲むか?」
「のみます!」


 満面の笑みで同意したセラティーナに笑い掛け、近くのカフェに目をやった。店内は混んでいるが外の席は比較的空いており、引いた椅子にセラティーナを座らせた。やって来た給仕にレモン水を二つ注文する。


「スイーツは食べたいか?」
「おなか一杯になってしまってゆうしょくを食べられなくなりますから、わたしはえんりょします」
「なら、私と半分こにしよう。丁度、甘い物も食べたかったんだがお前の言う通り、食べ過ぎると夕食が入らなくなる」
「おとう様と半分こします!」


 何時か訪れる別れを自分はきちんと成し遂げられるだろうか。母よりもファラに似た愛する娘。ダニエラに疎まれようと母の気を引こうとするがしつこくはしない。エルサだけを可愛がるダニエラを見ても妹を大切に思う気持ちはあり続け、健気な姿に申し訳なくなってしまう。
 けれど今後の為にもダニエラの態度を改めさせる気はない。下手にセラティーナに愛情を持たれるといざ王国から追い出す時邪魔となる。

 飲み物とスイーツを待っている間、まだまだ下手ではあるが魔法を披露するセラティーナを見守る。こうしているとファラと共にいた時をよく思い出す。

『お兄様見て! 一か月前から練習していた魔法をやっと使えるようになったの!』と披露するファラは誰よりも楽しそうで、誉めてやれば『ありがとうお兄様!』と破顔した。


「おとう様、どうですか? ちょっとは上手になりましたか?」


 まだこの子はプラティーヌ家に生まれる者が魔力しか取り柄のないことを知らない。魔力判定の時に教える予定だ。


「ああ。練習の成果が出ている。頑張っているなセラティーナ」
「えへへ」


 誉められ、照れ笑いを浮かべるセラティーナ。もうそろそろ注文した飲み物とスイーツが運ばれてくる。


「プラティーヌ公爵ではないですか」


 このまま穏やかで温かい時間だけが流れてくれれば良かったのだがそうはいかなかった。馴れ馴れしく声を掛けてきたのは貴族院時代の同級生。現在は伯爵になり、脅威にはならなくても商会を営んでいる。プラティーヌ家程の大きな商会を持つと敵対するより、友好を築く方が得だと考える者は多い。男の目から滲む多量の欲を見るに考えは同じだ。男の足下には十歳程度の息子がいた。


「奇遇ですな。公爵もご息女とお茶ですか」
「ええ、まあ」


 真面目に相手をする気はない。話し掛けられても素っ気ない対応を続けるジグルドに段々と苛立っているのが解る。息子の方はセラティーナをチラチラと何度も見ている。不愉快であるがセラティーナが気付いていないのなら放っておく。……としたのが駄目だった。


「プラチナブロンドに青い瞳となると……長女のセラティーナ様ですかな」
「ええ」
「ああ、こんなにも美しく愛らしいのに……可哀想に。プラティーヌ家に生まれたばかりに魔法使いになれないなんて」


 ピクリと腕を組むジグルドの指先が反応した。まだセラティーナには話していない事実を名前しか覚えていない男に暴露されては堪らない。男の方はジグルドの反応を別の意味で捉えたようで、キョトンと青い目を丸くするセラティーナに自身の息子を見せつけた。


「セラティーナ様にはまだ婚約者はおられないでしょう? どうですかな、私の息子は。歳は六つ離れておりますがこの子は将来有望ですぞ」
「お……おとう様……」


 親が親なら子も同類。父親より整った顔立ちではあるが、プラティーヌ家がどの様な家か聞かされているのだろう、セラティーナを見る目には明らかな見下しがあった。


「悪いがジェントル伯爵。私と娘は、此処で静かにお茶をしたいんだ。話し相手が欲しいなら他所を当たってくれ」
「つれないですな。貴族院では同じクラスだったではありませんか」
「だからどうした。クラスが同じだったというだけだ」
「っ」


 依然として態度を崩さない様を見せつけられ、表情に苛立ちが浮かび上がった男が魔法が使えない魔力の持ち腐れ一族と放った。
 咄嗟に組んでいた腕を解いたジグルドの怒気に怯むも、暴力沙汰になろうと魔法を扱える自分が有利だと高を括る男は標的をセラティーナへと変えた直後——男と息子二人の体が勢いよく上空へ飛んでいってしまった。目を剥くジグルドの視界の端に手を翳すセラティーナが映った。振り向くとセラティーナと視線が合い、必死の表情で二人を上空へ飛ばしながらもジグルドには笑って見せた。


「おとう様! おとう様をわるく言うひとは、わたしがやっつけてあげますからね!」
『お兄様を悪く言う人は私がやっつけてあげるからね!』


 自身が魔法を使わない理由を苦手だからとしかセラティーナには話していない。使えないと、まだこの子は知らない。

 考えてしまう。
 プラチナブロンドと青い瞳。ファラと同じ髪と瞳を持つセラティーナ。今まで魔法の才があったプラティーヌ家の者殆どが優しい心を持った人だったと聞く。
 他にはどの様な人物であったかの記述は残されていない。まるで意図的に残されていないように思える。


「ああ……ありがとう、セラティーナ」
「はい!」


 プラティーヌ家に生まれる魔法使いの才を持つ者は……優しい心を持つ。それ故に、自分を愛する家族に及ぶ害から守ろうとする。
 その後は給仕の運んだ飲み物とスイーツを頂き、商会に置いていた馬車に乗り込み、屋敷へ戻った。空へ飛ばされた伯爵父息子については、商会に戻った際に伝え組合に捜索願いを出した。

 屋敷に戻ったジグルドはすぐに料理長のフリードを訪ね、理由を話した後セラティーナの料理全てに今掛けている呪いをより強いものにしてほしいと頼んだ。


「旦那様、お嬢様には離乳食が始まってからずっと掛けています」
「分かっている。さっきも話したようにセラティーナがプラティーヌ家や王国を心置きなく去れる準備を今すぐにでも始めたい。……私の自分勝手な都合と思ってくれて構わない。それでも――ファラの二の舞にはさせたくない」


 ——ファラと同じ轍を踏ませてはならん。

 仮令、娘に嫌われようともセラティーナの安全が最も大切だ。


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