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理想の嫁で無かったから⑤

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 妻ダニエラと共に先代夫妻が隠居生活を送る領地へとやって来たジグルドは、屋敷に到着するなり新聞片手にした母に詰め寄られた。グシャリと握られている記事の一面には、半月前発覚した妖精狩の首謀者についてと犠牲者の名前が記されていた。新聞社には敢えて情報を流した。領地にいて時間を持て余す二人は新聞を読んでいるので必ずこの記事も読むと踏んで。
 ジグルドの予想は当たっていた。風邪を拗らせているらしく、顔色が悪く以前会った時より随分と痩せた母だがジグルドの腕を掴む力は強かった。


「どういう事なの!? この記事に書かれているのは事実なの!?」
「ええ」
「じゃ、じゃあ、ファラは? 我がプラティーヌ家の墓地で眠っている筈のファラのお墓は……」
「あの墓には誰も入っておりません。死に顔を見たくないとからと母上が棺の蓋を開けなかったのは私にとって幸いでした。あの時の時点でファラの遺体がないと発覚されたくなかったので」
「この人でなしっ!!」


 肌を叩いた音が大きく室内に響いた。
「旦那様!!」悲鳴に近い声で駆け寄ろうとしたダニエラを手で制し、父に両肩を抱かれながら激しい憎悪に濡れた瞳で睨む母を静かに見下ろした。


「お前、ファラがアベラルド様に騙されていると気付いていたんでしょう!? 魔法使いのファラに嫉妬してファラを見殺しにしたわね!!」
「……」


 喉まで出かかった言葉を直前で飲み込み、腸が煮えくり返る感情を無理矢理抑え、冷静に言葉を発した。


「我がプラティーヌ家に魔法使いは必要ありません。ねえ父上、貴方だってファラを嫌っていたでしょう? 魔法使いの才を持つファラに」
「そ、それはっ」


「お黙り!!」と会話に割って入るのは母。恐ろしい形相でジグルドを詰り、信頼していたアベラルドに騙され裏切られた挙句、化け物になって最後は無残に死んでしまったファラを思い母は泣き出した。大事な大事なファラ。自慢の娘で自分の分身のような存在だった。自分の言う事を従順に聞き、嘗ての自分がそうだったようにファラも社交界の美姫と謳われていた。


「優しくて、母思いで、誰よりも家族を大事にしていたあの子が……! どうして……記事に書かれていたような目に遭わないといけなかったの! ジグルド! お前は人の皮を被った悪魔よ!! 実の妹をずっと見捨てて来た碌でなしよ!!」


 怒りに満ちた瞳はジグルドからダニエラに移った。


「お前が選んだこの嫁もそうよ!! 私はエリスさんが良かったのに、お前が勝手にその女を婚約者として決めた! 大して頭も良くない、魔法の才がある訳でもない、なんの取り柄もないこんな女を妻にした時点でお前は……!!」
「っ……」


 顔を青褪めさせ、震えるダニエラの視界から母を消すようにジグルドが立った。


「私への罵倒は宜しい。ですがダニエラへの罵倒は看過出来ません。貴女が認めなかろうと私が妻にと選んだのはダニエラです」
「エリスさんの何がいけなかったの!!」
「話したところで貴女は理解しない。だからこそ、貴女や父上を領地に押し込んだのです。母上、父上。今から私がする話をよく聞いてください」


 本来の目的である帝国移住の件と理由を話し終えたタイミングで母の怒りは上昇し、ジグルドの頬を再び力一杯叩いた。二度目の悲鳴を上げたダニエラが駆け寄ろうとしても、ジグルドはまた手で制した。そこを動くなと。


「お前は私や旦那様をどこまで馬鹿にすれば気が済むの!! 代々ご先祖様達が守って来た土地を捨て帝国へ移住するですって!? 国王陛下はお前を大変頼りにしていると言うのに!!」
「陛下といい、母上といい、何処の誰かと間違えていませんか? 陛下が頼りにしていた友人はアベラルドです。アベラルドが犯罪者だと知った途端、掌を返してアベラルドにしてきた事を私と入れ替えるのは如何なものかと」
「お黙りなさいっ、どうしても帝国へ行くというならセラティーナは置いて行きなさい」


 セラティーナが帝国の魔法使いに求婚され、受け入れ共に移住する件も話してある。人の話を聞いていなかったのかと顔を歪めると信じられない内容を言い出した。


「そこの嫁もお前もセラティーナが嫌いでしょう? なら、置いて行っても問題ないじゃない」
「人の話はしっかりと聞いてください。セラティーナは帝国の魔法使いに嫁入りします」
「貴族ではないのでしょう? だったら、置いて行きなさい」


 貴族ではなくても、皇帝が最も信頼する古い妖精の魔法使いだ。求婚相手がそうだと口を開く前に母は——


「セラティーナには、王国に残って旦那様の娘を産んでもらうわ」
「は…………?」


 一体何を言っているのかとジグルドだけではない、ダニエラも父も呆然とした。



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