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理想の嫁で無かったから④

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 再度、選択を迫られたダニエラはギュッとドレスの裾を握り締め俯いた。沈黙が降りる。時間でどれくらい経ったのか、徐に顔を上げたダニエラはポツリと一言零した。


「……旦那様やエルサは、帝国へ移住しても幸せでいられる自信があるのですね」
「そうだろうな。幸せとは自分で掴むか、誰かに齎してもらうものだ。私やエルサは自分で掴むのがお似合いだろう」
「どうせ離縁されたって実家には戻れません。旦那様が生活を支援すると仰っても。……私も旦那様達と帝国へ行きます」
「そうか」
「ただ……セラティーナとは二度と会いません」
「会うか会わないかはお前の自由にしたらいいさ」
「……」


 瞼を伏せ、ゆっくりと頷いたダニエラからはこれ以上の言葉はないだろうと判断したジグルドは立ち上がった。今から領地にいる母の許へ行くと言うと「……私も行きます。嫁としての務めですから」と立ち、差し出されたジグルドの手を取って部屋を出て行った。


 自分が強い人間だったら、義母のいびりに耐えられたら、義母やファラに似ているセラティーナを娘として接せられただろうか……。





 ●○●○●○




 夜。

 テラスで淹れたての薬草茶を飲むセラティーナの許に「セラ」とフェレスが舞い降りた。事件から半月経過して初めてフェレスと会えた。


「フェレス。体はもう大丈夫なの?」
「なんの話? 僕は元から大丈夫だよ」
「でも、あの時魔力を七割使ったって」


 妖精の魔力だけを狙う植物から身を守る為、自身の魔力を七割消費して偽物を作ったと語っていたフェレス。父の傷を治す為にエルサが身に着けていた彼の妖精の粉を掛けていた首飾りを借りていた程だ。七割というのはかなりの量の魔力を消費している。たとえフェレスが強い妖精だとしても、体に影響が出ない訳がない。

 セラティーナが心配そうに見つめると「本当さ。僕は君に嘘は言わない」と微笑まれる。


「あの後、森に帰って朝の妖精達が集めてくれた蜜を飲んでいた。五日もすれば魔力も回復したよ」
「信じていいのね?」
「ああ」
「良かった……」
「そういえば、種明かしをする約束だったけれど」
「もうしてるじゃない」


 根こそぎ魔力を奪われ、ファラの胎内にいた赤子から両目を抉られたフェレスが偽物だったのはもう知っている。それ以前にフェレスが種明かししている。詳細な種明かしは? と聞かれるも十分だと話を終わらせた。

 セラティーナの隣に立ったフェレスが帝国への移住は何時になるのかと聞く。既にプラティーヌ家の受け入れ準備は整っており、希望する領民の移住も商会本部の移動も帝国が開発した大規模移動魔法式で一気に帝国まで飛べるので問題ない。


「すごい……帝国の魔法技術力は王国よりもずっと先を行っていたのね」
「作ったのは僕」
「だと思った」
「ただ、それを稼働させ続け効率良く動かしているのは帝国の魔法使い達さ。向こうは王国と違って魔法が使えない魔力持ちを冷遇しない。寧ろ、彼等の協力に感謝しているくらいさ」


 大規模移動魔法式だけではなく、他にも定期的な魔力供給の必要な場面は幾つもあり、豊富な魔力持ち達の協力は帝国の安定した生活を支える。


「王太子と帝国の第二皇女の婚約が解消されるってセラは知ってた?」
「初耳よ。両国の関係を大いにアピールする為の婚約だったのにどうして?」
「シャルルが王太子の聖女贔屓を不安視したんだ。君という婚約者がいる彼と聖女の関係を最も肯定し、後押しする王太子の姿を見ていたら第二皇女を嫁がせる事に大きな不安を持ったと国王に伝え婚約解消を求めた」
「実際は?」
「プラティーヌ家を帝国に引き入れられたから、かな」


 ローウェンがシュヴァルツとルチアの関係を最も認めているのはセラティーナとて承知。『狩猟大会』で大怪我を負ったシュヴァルツを癒すのに魔力が足りないルチアへ魔力を貸すよう強制したのは呆れ果てた。王族であるローウェンも豊富な魔力を持つのに、婚約者だから助けるのは当然だと言わんばかりの態度。せめてルチアを優先してばかりだったシュヴァルツに苦言を呈してくれていたら、あの時のセラティーナも考えを変えていた。

 元々シャルルはプラティーヌ家を帝国に招き入れたいと考えていて今回の結果に満足しており、王太子と第二皇女の婚約解消は痛くも痒くもない。


「そっちは?  国王や王太子の説得はどうしてるの?」
「お父様が全て退けているわ。プラティーヌ家と懇意にしている商人も王国に見切りを付けて王国から引き上げる予定の方が何人かいるから、必死なんでしょうね」


 肝心の皇女の気持ちはどうなるのか。

 政治的な思惑に振り回されている一人たる皇女の気持ちは既に決まっており、関係が良好であろうと皇帝が決定したならばと受け入れている。
 元々他に好きな人がいるらしく、王太子との婚約は両国関係改善のアピールの為という政略結婚だと割り切っていて両国の関係を表すようにお互い良好な婚約者でいたかった。聖女贔屓に関しては、噂でしか耳にしておらず、実際に目にした皇帝の話を聞きあっさりと第二皇女は王太子を切り捨てた。

 一応王国側は反対しているようだが時間の問題。プラティーヌ家の移住が終わり次第、王太子と皇女の婚約は解消される。


「貴族というのは面倒くさいねえ。セラ、帝国へ行ったら僕と二人で森に帰ろう。君の家族はきっと帝国に歓迎される。もう心配はないだろう」


 前世で共に暮らしていた朝の妖精が住む森。森も家もセラティーナがセアラだった時と同じのまま。

 フェレスに突然求愛され、まずはお付き合いからと交際を重ね軈て結婚し、セアラが寿命を迎えるまで常に共にいた。

 今世でもずっとフェレスといられる。


「ええ。また、貴方と一緒に暮らしたい。だけど良いの? 森に帰ったら皇帝陛下が何と言うか……」
「心配要らないさ。帝都と森の空間を繋げば、何時でも足を運べる。君が帝国に来たら、暫く僕は休むからとシャルルにはちゃんと伝えてあるから心配しないで」


 何となく断固拒否の姿勢を貫くシャルルの話を右から左へ聞き流し、頼み事をされても休暇期間中は一切聞かないでいる気がしてならない。


「セラが他に気になる事はある?」
「やっぱりお母様の事かしら……お母様も帝国へ移住するのかなって」


 現在父が母を説得しに領地へ行く道中にある宿屋へ赴き、話をしている最中だ。

 王国に残ると言っても母ならおかしくなく、かと言って離縁しても今更他に行く所等ないから、母はどうするのだろうか。

 良い思い出がない母。もしも、祖母や叔母に似ていなかったらエルサのように娘として見てくれたのかと時折考えてしまうも……止めようと小さく首を振った。



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