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理想の嫁でなかったから③

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「それに」とダニエラは続ける。


「セラティーナだって私や旦那様を親と思っておりませんわ。私達が領地に発つ前、セラティーナが私に何と言ったか覚えていますか?」


思い当たるとすれば、一つある。ある意味では売り言葉に買い言葉の応酬でセラティーナが勝っただけ。


「ダニエラ。お前がセラティーナを嫌っていた理由が母やファラにそっくりだったからなのは私とて知っている。だがセラティーナに嫌われるとは思っていなかったのか?」
「当然です。私は母親ですよ? 母を嫌う娘がどこにいるのですか」
「逆をしているお前が言う台詞ではない。相手から同じように嫌われる覚悟を持たなかったのか」


嘆息するジグルド。慌てたダニエラが言葉を出そうとするが上手く発せられないらしく、言葉にならない。口を開いては閉ざしてを繰り返し、視線を下にやった。


「……旦那様は、セラティーナに嫌われる覚悟があったと?」
「当然だ。セラティーナが振り返ることなく王国を去れるなら、私は進んで悪役を演じようと決めたんだ。実際、私の思惑は当たった」
「も、もしも、セラティーナがシュヴァルツ様を愛していたらどうする気だったのです」
「それについても何度も考えた」


幼馴染のルチアを忘れられず、王太子との婚約が無くなると一層ルチアを優先し始めたシュヴァルツを初め寂しげに見つめていたセラティーナ。嫌味を言っても動じず、淡々と言われた言葉を受け入れるだけでシュヴァルツの愛を取り戻す行動を一切しなかったセラティーナを見て、愛している訳ではなさそうだと自信を持つのに長くかかった。
今になって解るのは、嘗ての自分とフェレスをシュヴァルツとルチアに重ね見ていただけだった。
互いに愛せなくても良きパートナーして、家族として尊重し合いたいと口にしていたセラティーナと違い、シュヴァルツの方は何も発さずルチアに向いているだけだった。

セラティーナに拒絶されてからセラティーナへの気持ちを露にしたのは、セラティーナが考えている通りルチアと仲睦まじくしようと結婚相手は変わらずセラティーナのままだと傲慢な思考でいたからだろう。
アベラルドとは違って感情を読むのは容易な相手だとシュヴァルツに抱いていたが違ったらしい。アベラルドとは違った意味で読めない人間のままで終わった。

今後は貴族に戻れず、平民として生きるシュヴァルツとは関わらない。


「セラティーナは一切グリージョの倅を好いていなかった。これだけで充分な材料になる」
「話を聞いているとシュヴァルツ様は、セラティーナを好きなようですがそれは」
「最早貴族ではない男が皇帝直属の魔法使いに嫁ぐセラティーナに会うのは叶わない。このまま大聖堂で聖女を支え共に暮らせばいい」


大聖堂に掛け合いシュヴァルツを保護したルチアの聖女の力は取り戻してきている。少し癪ではあるが国の為には聖女の力は必要だ。力が消えるよりも取り戻して今後も国の為、民の為に働いてもらうのが最善。側にシュヴァルツがいるだけで以前よりも精力的に活動をしているのだ、一番近くで見続けるシュヴァルツがルチアを裏切りはしない。


「ダニエラ。どちらにするか決めるんだ。私達と共に帝国へ行くか、私と離縁して王国に残るか。離縁しても生活の援助は惜しまない」
「エルサも……本当にエルサも賛同しているのですか?  今までプラティーヌ家を継ごうと必死になっていたあの子も」
「ああ。帝国へ行ってもエルサが私の後継者だ」


瞳を細め、記憶が甦る。

三年前、エルサが後継者に名乗りを上げる前は優秀な婿を養子に貰い、後継者にするつもりでいた。候補を絞り、更に条件を付けて決めるとした時。エルサがプラティーヌ家を継ぐとジグルドに宣言した。
セラティーナと違い散々甘やかし、ダニエラと一緒になってセラティーナを見下し、苦労の一文字も知らない娘に継がせる気はなかった。


――だが……。


あの時、宣言をしにジグルドの前に立ったエルサの青い瞳は、甘やかされ苦労を知らない令嬢のそれではなかった。確固たる意思を秘めた力強さに耳を傾ける気のなかったジグルドに「お前の決意を私に証明して見せろ」と言わせた。

一度でも泣き言や手を緩めればすぐに撤回させていた。
予想に反してエルサは淑女教育に加え、跡取り教育も全て熟した。寝る間を惜しんで勉強をし、分からない点があれば専門の講師に自分が理解を得るまで質問し、書庫室に置いてある資料を自分で選び独学でも学んだ。
劇的に変わった背景には、三年前別荘に行った際の事件がある。ジグルドの言い付けを破り、護衛を連れ出した結果魔獣にエルサ以外殺され、駆け付けたセラティーナにより助け出された。話を本人から聞いたジグルドはあの時程エルサを叱り付けたことはない。


「エルサはもう立派な後継者だ。お前が心配する程子供じゃない」



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