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理想の嫁で無かったから②

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「ですが、陛下とプラティーヌ公爵は親しい間柄だった筈じゃ……」
「ああ……それか」


 項垂れ、失意の底に沈んだ声色がジグルドとの友人関係を否定した。まだ国王が若い頃、魔法を披露して自身の成長ぶりをジグルドに示していたファラに向かってこう言い放った。


『兄に似ず、魔法が使えて良かったな。君は優秀な魔法使いの素質がある』


 魔力量だけは豊富なのに魔法が使えないプラティーヌ家は勿体ないと常々考え、久しぶりに魔法使いのプラティーヌ家として生まれたファラを国王自身目を掛けていたつもりであった。今後も魔法使いとして精進するよう声を掛けたが兄を心の底から慕っていたファラの怒りに触れてしまった。
 側にはジグルドもいた。魔法が使えないのはプラティーヌ家の特徴なのだから、魔法が使えるファラを褒めたって問題はないと高を括っていた。感謝を示さず、反対に顔を真っ赤に染め上げ体を震わせるファラに戸惑った国王に冷静過ぎる声でジグルドは礼を述べた。


『ありがとうございます殿下。殿下に声を掛けて頂けるとは、とても光栄なことと存じております。行こうファラ』
『はい! お兄様!』


 言葉とは逆の冷めた青の瞳と声。通常なら無礼だと詰っていたのに、当時はあまりの冷えた青の瞳と声に国王は言葉が出なかった。
 褒めたつもりだった。貶したつもりはなかった。ジグルドが魔法を使えず、ファラが魔法を使えるのは、王国の貴族なら殆どの者が知る事実だったから。

 帝国への移住を思い留まってほしいと、王としてではなく、友人として頼んだ。プラティーヌ家が王国を出て行くとならば、現在国にいる多くの商人に愛想を尽かされ国を出て行かれてしまう。他国との関係にも影響を及ぼす。絶対に防ぎたい一心の国王の頼みをジグルドは何時かの時と同じ冷めた瞳と声で断った。


『申し訳ありませんが既に私や後継者の意思は決まっております。長年お世話になりました、国王陛下』
『友人を見捨てるのか……? 私達は……』
『誰と勘違いしているのですか? 私と貴方が主君と臣下以外の関係だった時は、一度もありませんな』
『そんな……プラティーヌ公爵』


 ショックを隠せない国王に淡々とジグルドは『貴方の友人はアベラルドだった筈では? この世で最も信頼の置ける男だと、若い頃から仰っていたではありませんか』と切り捨てられ、呼び止めても一礼をした後は振り返ることも足を止める素振りも見せずジグルドは出て行った。
 王国の魔法使いは、地位や財力、魔力量の豊富さから魔法使いになれないプラティーヌ家を見下し、嘲笑っていた。長年のツケが今こうして回って来ただけ。

 後悔しても、もう遅い。

 顔を上げない国王を呆然と見つめるローウェン。ローウェンの地位も危ぶまれる。王子はローウェンしかいないものの、プラティーヌ家が王国を去る原因と隣国の皇女との婚約が無くなる原因がローウェンにもあると知られれば盤石な地位は崩壊する。

 冷や汗を流し、どうするべきかと必死に思考を巡らせ、ある点について気付いた。


「私と皇女殿下の婚約が無くなるのであれば、ルチアはどうするのですか?」


 元々ローウェンが婚約予定とされたいた女性はルチア。国同士の関係改善としてローウェンと皇女の婚約が結ばれ、聖女ルチアとの婚約は消えてしまった。
 グリージョ公爵家が消え、平民となったシュヴァルツとセラティーナは既に他人。いくらルチアがシュヴァルツを好きと言えど、大聖堂だって王太子との婚約が習わしだからと再びローウェンとルチアの婚約を許す。早速、大聖堂に掛け合うべくローウェンは部屋を飛び出した。

  

  
 ●○●○●○


 馬車で領地の途中にある宿に到着し、妻を置いたままの部屋の扉に立ったジグルドが手を上げてノックをした。「私だ」と言うとすぐに扉が開き、妻ダニエラが飛び付いた。


「旦那様! 何時まで私を此処に置いて行くのですか! いい加減、屋敷に帰りたいです!」
「その前に領地にいる母の見舞いが優先だ。屋敷へはその後に戻る」
「お義母様のお見舞いと言いますが旦那様はずっと王都に戻っていたではありませんか! 一体何をしていたのです!」
「順に説明をする。一旦座ろう」


 涙目で詰るダニエラの体を離し、ソファーに座らせたジグルドは宣言通り最初から説明をした。

 途中で話を遮られるのを嫌っていると解しており、ジグルドが話し終えたタイミングでダニエラの声が響いた。


「帝国へ移住……!? セラティーナが帝国の魔法使いに嫁ぐだけで良いではありませんか! どうして私達まで帝国へ……」
「此度の一件以前から、元々王家に対し愛想を尽かしていた。セラティーナが帝国へ嫁いだ後も、国王となった王太子に仕える気が起きなくてな。皇帝陛下のお誘いもあって移住を決めた」
「王太子殿下がセラティーナを見下しているのは、今に始まった話じゃないではありませんか。第一、セラティーナを散々冷遇してきた旦那様が今更セラティーナの味方面するなんて滑稽ですわ。セラティーナだって御免でしょう」
「ああ。重々承知している。セラティーナとは話を付けた」
「だからなんです! 嫌いなら、本心から嫌ってくださいよ! 私はセラティーナが大嫌いです! お義母様やファラ様にそっくりなあの子を見ているだけでお義母様に否定されてきた私が惨めになる……!」


 自身の遠縁の娘であるエリスが嫁に来るのを心待ちにしていた義母ミネルヴァから長年いびられ続けたダニエラからすると、プラティーヌ家の白金色の髪と青の瞳を持って生まれたセラティーナは見ているだけで惨めな気持ちにさせた。
 頭も良くない、特別容姿が優れている訳でもない、特別な才能もなかったダニエラがプラティーヌ家に嫁げたのはただ一つ。プラティーヌ家ともミネルヴァとも関係のない家の娘であり、侯爵令嬢という肩書しかなかったから。ジグルドがエリスを捨て、ダニエラを選んだのはミネルヴァに似た子供が万が一にも誕生しない為。


「私がお義母様に褒められたのはセラティーナを産んだ時だけ。生まれたエルサを見たお義母様は何と言ったと思いますか? 頭の悪い顔が私にそっくりだって言ったのですよ!?」
「ダニエラ」
「旦那様はお義母様に抗議して、お義母様やお義父様がなるべく領地から出ないようにしてくれても私は……余計セラティーナが嫌いで、エルサが可哀想に思うようになりました」


 俯き、ドレスの裾を掴み、思い出せば思い出す程惨めな気持ちが生まれてくる。


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