婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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地獄へ落ちるのも承知

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 不意にセラティーナの視界の端を誰かが通った。見ると父ジグルドが瀕死のファラの許へゆっくりと歩み寄り、側へ来ると膝を折ってファラの頬に触れた。黒い涙で濡れていようとジグルドは躊躇なく触れる。「ふふ……」と力なく笑ったファラは青い目を眩しそうに細めた。


「カわらないわね……おニイサマ……」
「ファラ……」
「きっと……おカアサマならフれなかった。あのヒトは……ワカいコロのジブンにそっくりなワタシをメでたかっただけ……あのヒトとチガうことをするのは……ナニヒトつユルされなかった」


 社交界の完璧な淑女、プラティーヌ家の長女としてあれと、お転婆で外へ出て体を動かすのが大好きなファラを無理矢理連れ戻しては自分が理想とする淑女への道を進ませた。
 そこにファラ自身の意思はなかった。母が求める淑女は、若い頃の自分の再現。

 呪いによって全身腐り、黴が生えた今のファラを見たら発狂してファラをファラと認めない。


「ケッキョク……おカアサマもあるイミではおトウサマとカわらない、ううん……おトウサマイジョウにタチのワルいヒト。ジカクがないから、ヨケイに……」
「今までのプラティーヌ家に生まれた魔法使い達のように、お前をプラティーヌ家から追い出しておけば良かったと後悔している。私のせいでお前に要らぬ情を持たせてしまったばかりに」
「チガうわおニイサマ……ワタシはウレしかったもの……。イマまでのマホウツカいタチがプラティーヌケからデてイったキモち、よくワカるの……ワカるからこそ、おニイサマがマホウツカいのイモウトをカゾクとしてミてくれたことがとてもウレしかった……」


 声から力が抜けていき、声量も小さくなっていく。体から煙を上げファラの体が溶けていき、黒い液体と化していく中、ジグルドに頼んでアベラルドが倒れている方を向かせてもらった。


「アベラルドサマもヤサしいヒトなの……こんなカラダになったワタシをマイニチダきシめてくれた……アベラルドサマはワタシがマきコんだせいで……ごめんなさい」
「アベラルドはお前を止められた筈だった。止めなかったのはあいつの意思だ。お前のせいじゃない」
「ありがとうおニイサマ……。……アベラルドサマはね……おカアサマにコイをしたとサイショイっていたの、でも……ワタシジシンをアイするとマホウセイヤクショにチカいをタててくれた……アイしてくれたいのはホントウよ」
「……」


 複雑な面持ちを浮かべるジグルドとは反対に、苦しみから解放されると解しているファラの表情はとても穏やかだ。もうすぐこの世から完全に消える。その前に、まだ伝えたい事があると告げた。


「プラティーヌケから、マホウのサイノウをウバったマジョのせいで、マホウがツカえなくなったのはシってる……?」
「ああ」
「ワタシがアオいバラをモトめたホントウのリユウはね……マジョにウバわれたマホウのサイノウをもうイチドプラティーヌケにモドしたかったから、なの」
「そうか」


 大好きな兄を魔法使いに馬鹿にされ、これ以上馬鹿にされない為には魔法を使えるようにならないといけない。今後生まれるプラティーヌの子孫達が兄のように魔法使いに馬鹿にされない為には、嘗てプラティーヌ家の当主から魔法の才を奪った魔女から奪い返す必要がある。けれど、その魔女が何処にいて、まだ生きているのかはファラには突き止められなかった。その代わりが不可能を可能にする青い薔薇。ジグルドや自分のような気持ちを子孫達に味わってほしくない、ジグルドを馬鹿にした魔法使いを見返してやりたい、その一心で人生の全てを青い薔薇に捧げる覚悟で研究を始めた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……ワタシのせいで……タクサンのヒトやヨウセイをマきコんで、ギセイにした……シんだアトもツグナえとイうなら……ヨロんでジゴクにオちます……」
「ああ……自分のしでかした事の後始末は自分で片を付ける。それが我が家の家訓だ」
「ええ……しっかりと……」


 瞳から流れ続ける黒い涙はやがて黒から灰色へ、灰色から色が徐々に薄くなっていき、全身が溶けて無くなる頃には透明な涙を流していた。

 安らかな顔も溶けてなくなった……。


 父と叔母を見守っていたセラティーナはこれで本当に妖精狩は終わったのだと実感し、帝国調査員の到着を心待ちにしているシャルルと吐くのを堪えるシャルルの背を撫でるフェレスを見て心の底から安心感が沸き上がったのを感じた。
 不意に顔を上げたシャルルが背中を擦るフェレスを止め、ファラがいた場所を見つめ続けるジグルドの側へと寄り、公爵、と呼び掛けた。声にジグルドが振り向くと青い顔はそのままに話を切り出した。


「公爵、私から一つ提案がある。
 ——帝国に移住しないか?」
「帝国に?」
「貴殿にとって悪い話じゃない筈だ。『狩猟大会』の時のローウェン王太子殿下を見て王国に見切りを付けているのでは?」
「……」


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