婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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強欲な愚か者②

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 ぐにゃり、ぐにゃり、と捻じれた空間の中心から瞬間的に現れたのは、絶望的立ち位置にいる筈のフェレス本人。誰もいない隣に問い掛けたシャルルの行動は、今このタイミングでフェレスが来ると予期してのものだった。


「フェレス……!」


 あの時父の言葉が無ければ、とても強い妖精だと知っていてもセラティーナは取り乱した。無事なフェレスの姿を見て初めて安心し、声を出さずにはいられなかった。


「セラ。待ってて、すぐに終わらせる」


 艶やかな銀の髪も、陶器のように白い肌も、絶世をも超える美も、月を宿した濃い青の瞳もそのままに。ふわりと笑んだフェレスに目頭が熱くなるのを感じセラティーナは頷いた。


「アー!!!」


 耳をつんざく煩い声。発信元はファラの胎内にいる異形の赤子のもの。


「ボクノオメメエェェー!! マダアルー!!」
「……ところで、あれなに? 怖いんだけど」とシャルル。
「グリージョ公爵とセラティーナの叔母の子さ。ただ、妖精の渾身の呪いが胎内にいた赤子を年月を掛けて化け物へと変えたんだ」
「道理で言動が幼稚過ぎる訳だ……というか、あれ、消せるのか?」
「本来なら、聖女か神聖力を持つ魔法使いか妖精の出番なのだろうけど」


 現場に聖女も神聖力を扱う魔法使いも妖精もいない。これらの力を持つ者なら、化け物となった赤子を浄化し、次の生へと転生させられる。


「仕方ないだろうね。あの赤子には悪いが、母親共々浄化しないまま始末するしかない」
「止めろ!!」


「それしかないか」とシャルルが同意した途端、遠い場所から鋭い声が放たれた。見ると未だ全身苦痛に襲われたままのアベラルドが顔に多量の汗を流し瞳孔が開いた状態でフェレスやシャルルへ声を上げていた。


「その子はっ、私とファラの子、そしてファラは私の愛する人だっ!! お前の魔力を全て捧げれば……私やファラ、その子は救われるんだっ!!」
「一つ聞くけど、彼女達を救った後、貴方の妻や息子はどうする気だった?」
「あれらはもういらん。エリスが私と結婚したのは、自分を捨てたジグルドに復讐する機会が最も近い場所にいるため。シュヴァルツももう不要だ。あんな愚か者が私の息子だと思いたくない」
「そしてセラティーナとの婚約に拘ったのは、赤子が生まれ変われる為にセラティーナの魂を利用したかったから、だろ?」
「っ、そうだ」


 当時からファラの妊娠に気付いていたアベラルドは、呪いによって見るもおぞましい姿へと変わったファラの胎内にいる赤子もタダでは済んでいないと自覚していた。青い薔薇の力でファラを元通りにしても、赤子は生まれ変わるのに必要な純粋で清い魂が必要となる。そこでアベラルドが目を付けたのがセラティーナ。聖女に現を抜かすシュヴァルツなら、結婚してもセラティーナを放置するのは目に見えている。実家にも夫にも愛されないセラティーナが失踪したところで捜索はされず、時間が経てば皆忘れていくと踏んでセラティーナの魂を利用する気でいた。


「貴方の誤算は、息子の自覚があまりに遅かったのとプラティーヌ公爵じゃないか?  セラティーナを嫌っているのに、貴方が関わると守ろうとしていたから」
「ああっ、そうだっ、誰が見ても分かるほど、セラティーナ嬢からも嫌われていると見られているくせに、私をセラティーナ嬢に近付けさせなかった、ジグルドお前程矛盾している奴はいない!」


 瞳孔が開き、血走った目がジグルドに向けられる。まだまだシャルルから受けた苦痛の効果が継続されているのだ。


「誰に何を言われようと私は私の意思を曲げる気はない。お前からセラティーナを逃す為なら、何にでもなってやろう。……元はと言えば……私がファラを追い詰めたんだ」
「お父様……」
「今までの魔法使いに生まれた者のように、プラティーヌ家を出て行っていればファラもアベラルドもこんな事にはならなかっただろう。私の……要らぬ優しさがファラを……」
「……」


 屋敷の書庫室に置かれていた日記や料理長の話から、何となく見えていた。父は周りやセラティーナが思っている以上に優しい人であった。
 長年受けてきた冷遇は忘れないし消えはしないが……「お父様」とセラティーナが呼んだ時だ。


「チガうわ……」


 どこか虚ろなのに、悲しい声が否定の言葉をジグルドに向けて放たれた。


「ワタシにとって……カゾクは……、おニイサマしかいなかった……、おニイサマだけがカゾクでいてくれた、だから、だから、おニイサマをバカにしたマホウツカいがユルせなかった……!」
「ファラ……」
「ごめんなさい……おニイサマ……、ワタシをイモウトとして……カゾクとしてミてくれたのがおニイサマしかいなかったから、おニイサマのタメにワタシも……」


 魔法使いを嫌う父。
 若かりし頃の自分と瓜二つな姿を溺愛した母。
 そんな両親と違い唯一自分という存在で見続けた兄
 を慕うのは当然の成り行き。

 尊敬し、慕う兄を馬鹿にした魔法使いを見返してやりたい一心のファラに他意はなかった。真っ直ぐな思いが暴走し、悲劇を生んだのなら救いがない。

 青の瞳から黒い涙が流れた。呪われたせいで涙すら呪われてしまった。


「ファラ……私の方こそ……すまな――」

「アアアッモウ!!  ナガイナアー!!」


 折角の雰囲気を幼稚な声が台無しにした。


「イッパイアルナラゼンブホシイ!  キラキラオメメモソノマリョクモー!!」

「種明かしは後にして、今はあの幼稚な強欲者を始末しよう」
「あれのせいでお化けの類が更に駄目になりそうだ……」



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