婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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一度でも言ったか?

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 グリージョ邸で馬車を降りたジグルドとセラティーナは正門前にいる門番に取次ぎを頼み、やって来た執事の案内で敷地に足を踏み入れた。


「あ」


 歩くセラティーナの頭に一羽の白い小鳥が乗った。両掌を差し出すと頭から飛び移り、愛らしい鳴き声を発した。よく見ると小鳥の目が濃い青だ。小声で「フェレス?」と問うと「チュン」と鳴かれた。

 古代語でフェレスは猫を意味するので小鳥に化けるとなんだかアンバランスに思える。
 小鳥に化けたフェレスはセラティーナの首の後ろに回り、長い髪の中に隠れた。見目を隠す隠者の魔法を使うと余計な魔力を使い、感知される恐れがある為だ。

 しかし、とセラティーナは邸内に入らない様に疑問を抱いた。
 毎年邸内でパーティーを行うのに、二人が案内されたのはグリージョ公爵家自慢の温室だった。奥へ進み、一人佇むアベラルドの所へ案内された。


「旦那様、プラティーヌ公爵様と公女様をお連れしました」
「ご苦労。下がっていい」
「はい」


 一礼をしてこの場を後にした執事がいなくなるとアベラルドが二人に振り向いた。


「他の招待客はどうした」
「パーティー会場にいる。お前とセラティーナ嬢を此処に案内させたのは、二人に見てほしい物があるからだ。ジグルド、特にお前にはな」
「……」


 温室に咲いている花は厳重な温度管理と衛生管理の下育てられており、現在では数が減少している花も育てられていると以前聞いた覚えがある。アベラルドの後ろにガラスケースがあるのを見たセラティーナは気になってしまい、視線に気付いたアベラルドがふっと笑った。


「これが気になるか? ジグルドに見てほしくてな」
「……」


 険しい表情でアベラルドの後ろにある物を見続けるジグルドの目から鋭さは消えない。生唾を飲み込み、見守るセラティーナは後ろにある物を見せられ愕然とした。
 ガラスケースに納められた淡い光を放つ青い薔薇。十八年前から起きる妖精狩の大きな証拠であり、妖精達の命を奪う恐ろしい植物。

 自然界では決して咲かない青い薔薇の正体を知らなければ、きっと誰をも魅了する絶美に言葉を失ったであろう。今は違う意味で言葉が出ない。

 突然セラティーナの前に立ったジグルドに一驚していると大きな声が上がった。


「アベラルド! やはりお前か! 十八年前から起きている妖精狩の犯人は!」
「何を今更……どうせ気付いていたんだろう。妖精狩を最初に始めたのはファラだった。そして、ファラの意思を継いだ私がもう一度青い薔薇を咲かせた」
「何が意思だ! お前達の勝手な理由のせいで何人の妖精が犠牲になったと思っている!?」
「知っているさ。栄養にした妖精の正確な人数は把握していないが数百人は死んだだろうな」


 平然と言ってのけるアベラルドから感情が感じない。後悔も喜びも、何も、淡々と事実だけを述べている。却って恐ろしいとセラティーナの背筋が凍り付く。


「ジグルド。お前が私を糾弾する資格はないぞ。妖精狩の犯人が私と知っていながら、お前は私を告発しなかった」
「っ」
「……まあ……したところで誰もお前の言葉になど耳を貸さんさ。魔法が使えないお前では、私の情報操作を破る事は出来ん」


 告白してもアベラルドが握り物してしまう。妖精達の魔力と生命を奪った青い薔薇を使えば、一度に大勢の人間の中にある情報を操作するのは容易。王国でも随一の才能を持つアベラルドならばコントロール能力も抜群に良く、ふとした時に解除するのも簡単だ。

 王宮魔法使いであったフリードがいても太刀打ち出来ないのは二つの要素を持つアベラルドが敵であるから。


「なあジグルド。ファラはお前の為に、お前を魔法使いにするために禁忌に手を染めたんだぞ。兄を思う妹の気持ちをお前は何故分かってやらない」
「分かるかっ、何の罪もない命を無理矢理奪い、その命で願いを叶えるなど世の理に反する行いだ!」
「ファラが妖精の呪いを受け、何十年も地獄の苦しみの中で生き続けていると知っても言えるか?」
「当然の報いだ」
「……ファラは今でもお前を慕っているんだ」


 死の淵にいるのにファラの気持ちを解さないジグルドへの苛立ちと憎しみを込めて放たれたアベラルドの言葉。重く瞼を閉じ、少しした後上げたジグルドは首を振った。


「ならば聞くぞアベラルド。私はたったの一度でも、お前やファラに——魔法使いになりたいと言ったことはあるか?」
「——」


 アベラルドは何も言わない。無言こそが答えだとジグルドは吐き捨てた。魔法使いに馬鹿にされようが、魔力しか取り柄のない一族と蔑まれようが、魔法が使えずとも幼少期から叩き込まれた商売の知識と次期当主としての誇りがジグルドを魔法使いになりたいという願いから遠ざけた。魔法使いにならずとも魔法に関わる瞬間は幾らでもある。技術がなくても知識を持てば、話の通じる魔法使いならば対等な関係を築ける。


「たとえ魔力しかなくても、理解ある魔法使いと手を取り合い協力し合える」


 表面上の父は何時だって魔法使いを嫌ってきた。実子のセラティーナに対しても。しかし、セラティーナと同じで裏の態度が違うのだとしたら? プラティーヌ家が運営する商会には魔法使いの商人もおり、険悪な関係を一度も見ていなかった。
 表と裏の顔を誰にも悟られず、きっちりと使い分けるジグルドはフリードの言っていたように役者に向いている。


「……セラティーナ嬢は私が妖精狩の犯人だと知ってもあまり驚かないな。お前が話していたのか?」
「いいえ、公爵様。お父様が最も信頼している魔法使いが教えて下さったのです。公爵様や叔母様、お父様達の間で何があったかを。妖精狩について調べていたのは……」
「フェレス=カエルレウムか?」
「……はい」


『狩猟大会』が終わった時、会場でいやにフェレスを見ていたアベラルドの視線がずっと気になっていた。


「赤子の君をミネルヴァ様が見せに来た時、私は歓喜と絶望を同時に味わった」
「絶望?」
「そうだ。ミネルヴァ様やファラに似た美しい女児が生まれたのは喜ばしい。だが——それが何故私の許ではないのか、とな」
「な……」


 絶句したものの、心の片隅にあった疑問は事実に変わった。父ジグルドと婚約予定だったエリスを妻にしたアベラルドの真意は、やはり祖母や叔母に似た子供を欲していた為だった。

  

  
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