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狩猟大会⑧

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 アベラルドとローウェンに支えられた状態で会場に戻ったシュヴァルツは全身血に濡れており、腹部から血が溢れ止まらない。よく見ると鋭い爪で抉られた形跡がある。悲鳴と同等の声でシュヴァルツの名を上げながらも側に駆け寄り、治癒魔法を掛け始めたルチアを静かに見守る。


「フェレス」
「シャルル」


 傷口を見て考えられる獣は狼か二足歩行型の巨大蜥蜴、あるいは凶暴熊辺りと幾つかの候補を挙げたフェレスに傷も無ければ服に汚れも付着していないシャルルが側にいた。


「獲物は?」
「もう渡した。それより、かなりの大怪我を負っているな」
「何があったか見てないんだ」
「違う場所にいたからな。……ところで」


 治癒魔法を使い、傷を癒すルチアが焦りの表情を浮かべている姿に対し目を細めた。明らかに治癒の力が劣化している。本来なら瞬く間に塞がる傷口から未だ血は止まらず、シュヴァルツの顔から血の気が消えていく。焦るばかりでは治癒魔法の効果が表れないと神官が落ち着かせるも、見たことのない大怪我を負い、瀕死のシュヴァルツを早く助けたい気持ちが上回り治癒魔法への集中力が欠けている。


「シュヴァルツっ、いや、嫌よ! なんで、血が、血が止まらないのっ」


 大粒の涙がいくつもシュヴァルツの傷口に落ちていく。


「妖精族の中には、涙で傷を癒す種族がいたな」
「人間達が沢山狩って極端に数を減らしてくれたお陰で他の妖精族にも大迷惑だったね。彼等を狩った人間は、悉く僕が屠ったけどさ」


 さらりと恐ろしい言葉を言ってのけ、平然としているフェレス。聞いているシャルルも然り。唯一、そんな妖精がいたとは知らなかったセラティーナは「その妖精達は今どうしているの?」と訊ねた。


「人間が決して足を踏み入れられない安全な場所にいるよ。人間は同族だろうが妖精だろうが何でも狩る。妖精は人間は狩っても同族は狩らない主義なんだ」
「そ、そうなのね」
「そうだよ。……ねえセラ。気のせいかな、王太子がこっちに来ているのだけど」
「え」


 フェレスに言われて見ると確かにローウェンが此方に——セラティーナを見ながらやって来た。


「王太子殿下? どうなさいました」
「セラティーナ嬢っ、シュヴァルツを助ける為に君の魔力をルチアに貸してほしいんだ」
「私の魔力をですか?」
「君も知っての通り、他者の強い魔力を借りることで魔法の効果を上げられる。今のルチアの魔力では、シュヴァルツの怪我を塞げないんだ。だから君の——」

「おかしくないかい?」


 切羽詰まった様子で語るローウェンに対し、ルチアに魔力を貸す貸さない以前にある点について気になりどう口を挟むか思考していたセラティーナの前にフェレスが立った。


「魔力を貸すなら、王太子殿下、君でも十分事足りる」
「勿論そうだ! だがセラティーナ嬢の魔力濃度や魔力量は私よりも上。よりルチアの力となると踏んで」


 王族に産まれる者は強い魔力と濃い魔力濃度を持つ。王太子であるローウェンも例外ではない。セラティーナが上だと譲らないが、王族のローウェンが魔力を貸しても十分ルチアの力となりシュヴァルツを助けられる。


「セラティーナ嬢、いくらカエルレウム卿の求婚を受け入れたと言っても、君はまだシュヴァルツの正式な婚約者なんだ。婚約者としてシュヴァルツを助ける義務が君はある!」
「義務、ですか」
「そうだ!」


 以前から感じてはいた。

 ローウェンはセラティーナがシュヴァルツの婚約者でいるのを快く思っておらず、寧ろ、親友が毎回ルチアを優先している姿を咎めず何なら微笑まし気に見ていた。今回は王国と帝国、両国の関係を考慮して帝国の皇女と婚約してしまったが為にルチアがシュヴァルツと婚約出来なかった負い目があるのだろう。セラティーナがいると知りながら、二人の関係を良しとしていたローウェンは瀕死のシュヴァルツを救うルチアの手助けをするのは当然だと思い込んでいる。

 自分が正しいと信じているローウェンへ急速に感情が無となっていく。


「君は馬鹿なの?」
「なっ」


 王太子殿下、と発しかけたセラティーナの声を遮ったのはフェレスの一言。絶句するローウェンに呆れた濃い青が向けられる。


「良いことを教えてあげよう。神官達も気付いていないようだけれど、聖女の能力は明らかに劣化しているよ」
「何を根拠に!」
「散々セラティーナ嬢を貶めた挙句、この間は母親と揃って詐欺紛いの行為をしたそうじゃないか。清らかな心を持つことで力を保つ聖女だからこそ、踏み越えてはならない一線に足を踏み入れた瞬間から力は減少していく」


 心から反省し、深い後悔をセラティーナの前に示し、謝り、許しを受け入れられ、神への信仰をより強くしていれば聖女の能力は劣化せず瞬く間にシュヴァルツの傷を癒していた。
 呆然とするローウェンにそんな簡単なことも知らないのかと嗤い、興味を失くした目で治癒を続けるルチアへ目をやった。


「完全に能力は消えていないなら、時間は掛かるだろうが傷は塞がる。後は聖女の魔力が保つかどうかだ」
「な……なら、尚の事、セラティーナ嬢は力を貸すべきだ」
「君はそう言うけど、あの聖女は絶対にセラティーナ嬢の力は借りないよ。意地でも自分の力で彼を治してみせるだろうさ」
「……」


 もう用はないでしょう、とくるりと指で丸を描いたフェレスの動きに呼応するようにローウェンの体が回れ右をした。フラフラとした足取りで渦中へ行くローウェンを見送った。


「王太子は聖女が好きなようだね」
「分かるの?」
「分かるよ。どうする? シャルル」


 王太子の婚約者はシャルルの娘である第二皇女エステリーゼ。完全なる政略結婚である二人の婚約を今更無かったことにはしないと言うのがシャルルの意見。何より、元々エステリーゼの方も他に好きな相手がいる。結ばれないながらも婚約を受け入れた。

 国の為に、皇女として。


「王太子殿下は、親友であるシュヴァルツ様と片思いしているルチア様が一緒になれる日を夢見ていたのね……」


 道理でシュヴァルツとルチアの仲を歓迎していたように見えていたわけだと納得してしまう。


「だが、良い発見もあった。今さっきのあれで私も無理だと思っていた野望が叶えられそうだ」


 急に楽し気な声を出したシャルルの視線の先には、険しい表情で王太子やルチア達を見つめる父ジグルドがいた。多分だが、先程のセラティーナへの仕打ちも見ていたに違いない。


 結局、ローウェンの魔力を借りながらもルチアの魔力が底を尽く前にシュヴァルツの傷は癒えた。治癒が進められている間にも『狩猟大会』の結果は出た。

 優勝者は——リザードマンを捕らえたシュヴァルツであった。

 アナウンスがされた瞬間、濃い青の瞳が半眼でシャルルと後からやって来たフィリップに移った。


「ああ残念だシャルル。君とは長い付き合いだったが今日でお別れだ」
「しないしさせないからな! ふむ……自信はあったんだがな」


 二メートルは優に超えるリザードマンを捕らえた代償が瀕死の重傷だと、あまりに重い。シャルルやフィリップが捕らえたのは同じ大きさの熊。
 違いについてだが、リザードマンは体内に大きな魔石を蓄えていた。その点がシュヴァルツの優勝に大手を掛けた。

 傷は塞がっても意識が戻らないのを考慮し、優勝者に授けられる栄誉は後日にすると国王が発表。栄誉を与える相手はシュヴァルツの目が覚め、本人の口から希望者を聞いてからとなった。

 話を聞いた直後、ルチアがセラティーナに向き勝ち誇った笑みを見せつけた。大方、選ばれるのは自分だと言いたいのだろうがセラティーナにとっては最早関係がない。シュヴァルツとて、瀕死の自分を助けたルチアから栄誉を授ける役割を求められれば応じる。


「あの聖女は、本当に能力を失うかもしれないね」
「シュヴァルツ様の傷の治癒具合を見て大聖堂側も危機感を持つと良いのだけれど」
「持ってはいるんじゃないかな」


 ほら、と促された先で見たのは神官に注意を受けるルチアの姿。不満げを露わにしているが神官から何かを告げられるとかなり渋々引き下がった。

 大方、先程のセラティーナへの態度を見て危機感を煽られたのだろう。

 国王の閉会の言葉と共に『狩猟大会』は終わった。

  

 この後はグリージョ公爵邸にて身内だけの細やかなパーティーが開かれる予定。シュヴァルツの意識が戻っていなくても、是非参加をしてほしいとアベラルドに言われている。

 去る間際、アベラルドの目がいやにフェレスを見ていたような気がしてならない。フェレスは気付いていない振りをし、姿が見えなくなるとセラティーナに「僕の心配は無用だよ。必ずセラの許に帰って来るから」と囁き、国王と言葉を交わすシャルルやフィリップの許へ行ってしまった。


 不安な気持ちは残ったままでも、パーティーには参加する。


「セラティーナ」
「お父様」


 今年初めて参加する父に呼ばれ、共に会場を後にした。

 馬車には既にエルサが乗っており、グリージョ邸に到着したら一旦エルサをプラティーヌ邸へ送り届け、再び馬車はグリージョ邸に戻ってくる。


「グリージョ様があんな大怪我をなさるなんて、捕らえたリザードマンがとても強かったのですね」
「どうせ、功を焦るあまり冷静さを欠いていたのだろう」


 辛辣なジグルドの言葉には一理ある。セラティーナとの関係修復の第一歩として『狩猟大会』に拘っていた筈のシュヴァルツは、多少の無理をしてでもリザードマン捕獲に執念を燃やし、結果捕らえたはいいものの大怪我を負う不幸に遭った。


「セラティーナ。今からグリージョのパーティーに参加する訳だが不用意な行動はするな。出来るだけ、人の多い場所にいろ」
「お父様、それは」
「人がいない場所にいたら、人目がないからと頭の足りん輩に絡まれるだけだ。それが嫌なら大人しく人の多い場所でジッとしていることだ。お前は得意だろう」


 夜会でよく壁の花になっているのを遠回しで言われているのだろう。余計な口を挟もうものなら二倍三倍の口数を出されてしまい、仕方なくセラティーナは頷くだけにした。
 グリージョ邸に着くとセラティーナとジグルドの二人が降り、エルサを乗せて馬車は発車した。


 一人プラティーヌ邸へ戻るエルサは、御者に街へ寄ってほしいと頼んだ。長くはならないからと御者に言い聞かせ、道を変更させた。


「お父様とお姉様が戻ったら、一緒に食べましょうって誘ってみましょう」


 自身で取引を開始させたスイーツ店のスイーツはどれも美味しく、二人にも味を沢山知ってほしい。街への道を移動開始した直後、馬車に異変が起きた。
 激しい揺れが発生し、バランスを崩したエルサは席から倒れてしまった。「どうしたの!? 何が起きたの!?」と声を上げるが御者と馬の悲鳴が響き、外で尋常ではない事態が起きていると判断。揺れが収まるのを待って外へ出るとした、ら。


「!!?」


 天上や壁、床から多数の蔦が出現しエルサの体に巻き付いていく。悲鳴を上げる間もなく口を塞がれ、強い力で外へ引き摺り出された。


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