婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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狩猟大会➅

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 一度落ちた瞼を直ぐに上げ、一瞬違和感を感じたセラティーナは何度か瞬きを繰り返した。フェレスが魔法を使った気配がした気がするも、周囲に異変は起きていない。腕を組んだ父は座ったまま。エルサも興味深げにフェレスを見ていた。自分の気のせいかと首を傾げながらも「さあ、お手をどうぞ」と差し出されたフェレスの手を取った。
 去る間際エルサを気にするが手を小さく振られ、大丈夫だと判断してフェレスと共にテーブル席を離れた。



 ――フェレスと共に離れて行く姉を寂しそうに見つめていると不意に父に話し掛けられ、驚いてハッとなったエルサ。


「セラティーナをずっと見ているがどうした」
「い、いえ。お姉様とカエルレウム卿がすごくお似合いだなと」
「そうだな」
「お姉様があんな風にグリージョ様と歩いていたところなんて、そう言えば見た覚えもなくて」
「そうか」
「だから……つくづくグリージョ様の考えがわたくしには理解不能で……」
「セラティーナでも分からないんだ。当事者でもない私達では余計に分からん」


 一理ある父の言葉には頷くしかなく、移動して友人と話すのも今日は気分ではないからサブレに手を伸ばした。
 この間、シュヴァルツが報せもなく屋敷を訪れたと聞き、セラティーナが心配なのと何を話しに来たのかと興味本位で部屋の前へ行ったら先客がいた。

 父だった。

 どうしてお父様が? と不思議に思っていると父にバレ、父の方も何故エルサが? という顔をしていた。お互い何も言わず、揃って聞き耳を立てた。

 中には何故かフェレスも加わり、飛び出して行きそうになったが父に止められ、話を聞き続けた。
 そこで知った事実に驚愕してしまうも、一切シュヴァルツに好意を抱いていない理由も一目惚れでフェレスに求婚された理由も知った。

 いつかセラティーナが話してくれるのを待とうと父に諭され、必ず話してくれると知っているエルサは受け入れた。


「エルサ」
「何でしょう?」
「……お前は、何時からセラティーナと仲が良くなったんだ? ここ最近になって急に態度が変わった気がしてな」
「……」


 半分まで食べていたサブレを完食し、ナプキンで手を拭いたエルサは一瞬瞼を閉じるもすぐに父へ向いた。


「お父様。わたくし、お父様には感謝しています。わたくしを後継者に指名してくれた事、失敗してもわたくしを見捨てず次に繋げろと叱咤してくれた事、他にも沢山……。でも……一つだけお父様やお母様を恨んでいます」
「エルサ?」


 手を握り締め、自分も言う資格はないと分かっていても言わずにはいられない。


「お父様もお母様もわたくしを愛して、時には叱ってくれました。だからこそ、どんな間違いを起こした時も叱ってほしかった。わたくしがお姉様を馬鹿にしていた時もそうでした」


 三年前、領地へ戻った際に別荘付近に魔物の出現の噂を聞いていたにも関わらず、自分は大丈夫だと過信して護衛を引き連れた結果。護衛は皆死に、自分も魔物に襲われかける寸前だった。そこへ別行動をしていたセラティーナが助けに駆け付け、魔物を撃退してくれた。


「お父様やお母様みたいにずっとお姉様を馬鹿にしていたのに、お姉様は嫌な顔もせずわたくしを助けて下さいました。お姉様からしたら妹を助けただけなのでしょう。わたくしがお姉様の立場だったら、……多分助けなかった」


 寧ろ、いい気味だと嘲笑って立ち去っていただろう。

 セラティーナに助けられた後は、父も知る通り自分で事態の説明をし、大説教を食らった。護衛が死んだのだ、ただ散歩に行きたかっただけは通じない。彼等の任務がプラティーヌ家の護衛だとしても、だ。


「お母様は、お祖母様に似たお姉様を嫌っているから、わたくしがお姉様を擁護すればするだけわたくしを誑かしているとお姉様を怒るでしょう……。お父様は……違うのでは? と最近思うようになりました」
「……」
「三年前、助けてもらった日からずっとお姉様に謝りたかった、仲直りをしたかった。お姉様のお陰でお姉様にわたくしの気持ちを解ってもらえて嬉しかった。だから……だからこそ、今までの自分が嫌で仕方ありません」


 叶うなら、もっとずっと小さな子供の頃に戻ってやり直したい。素直にセラティーナをお姉様と呼び慕い側にいたかった。


「お父様だけでも……妹なのにお姉様を馬鹿にするわたくしを叱ってほしかった……。今更、わたくしが言ってもいい台詞ではありませんが」
「いいや」


 誰かに叱られた当時の自分は素直に受け入れたか? と自問しても、答えはなかっただろう。自嘲気味に笑って見せると重く強い声で否定された。


「お前やセラティーナには、随分な思いをさせてきた。特にセラティーナには……」
「お父様……」
「……今更、私にセラティーナの父親を名乗る資格はない。母に似たセラティーナを妻が嫌っていたのを良い事に便乗してセラティーナを冷遇し続けた」

「ただ」と続けた父は「資格はなくても守る義務はある。勿論お前もだ、エルサ」と紡いだ。
 父としての後悔と決意が短い言葉に込められており、並々ならぬ熱量に押されるエルサ。ティーカップを持ち上げ、琥珀色の水面を見下ろす父がポツリと零した相手の名前はグリージョ公爵であった。


「奴は……お前には興味を示さないと分かっていた。魔法使いの才能もなく、祖母に似てもいないお前は眼中になかった」
「グリージョ公爵様……? グリージョ公爵様は、お祖母様に懸想していたのですか?」
「ああ。叶わない恋だからこそ、母に似ていたファラに、セラティーナに、拘るのだ」
「……」


 紅茶を飲まず、ゆらゆらと動く水面を眺めるジグルドの目には幼い頃のファラが映し出された。

 “お兄様!”と呼んで慕ってくれた妹。生きているか、死んでいるかも分からない。

 セラティーナの心配はあまり残っていない。ただ、妖精狩については手を引くように言うつもりだ。『狩猟大会』後にあるグリージョ公爵邸のパーティーが終われば速やかに話す。

 エルサについてもまだまだ粗削りだが既に公爵家を任せても良いと思っている。家令がいれば安心だ。何かあった時の対応を全て任せている。

 パーティーにはジグルドも毎年呼ばれている。律儀な奴だと毎年不参加を貫いてきた。今年は参加すると事前に返事は送っている。


『何故解ってくれないの!? これさえあれば、お兄様は魔法使いになれるのにっ!! 今まで散々お兄様を馬鹿にしてきた人達を見返すチャンスなのにっ!!』


 魔法使いになれなくても相手を見返す機会はいくつも作れる、訪れると説得してもファラを納得させられず、最後は悍ましい姿に成り果ててしまった。


「っ!」


 不意にある事実を思い出したジグルドは、生まれたセラティーナを見た年からアベラルドが妖精狩を始めた理由が分かってしまった。あくまで予想で確実性はない。なくても、大いに有り得る。


「お父様?」


 怪訝な様子で見つめるエルサに向かず、ジグルドはただただ戦慄した。


 ――あの時……ファラは……、確か……。


 死の間際の妖精が放った渾身の呪いを受けた際、避けきれないとファラは覚悟し体を丸めていた。
 ファラはその時、両腕でお腹を守るようにして体を丸くしていた……。




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