婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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狩猟大会⑤

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 小さく欠伸を漏らしたフェレスは「まあ、いいさ」と零し。


「で、公爵、どうしてその後も王家や世間に公表しなかったんだい」
「恐らくファラの呪いが解けていても、アベラルドが既に証拠を隠滅した後だ。私やフリードではどうしようもない」
「なら組合に手を借りるという選択もあった筈では?」
「ファラがああなってしまった以上、アベラルドも余計な真似はしないと踏んでいた。実際、母がセラティーナを見せに行くまでは妖精狩は起きていなかった」
「ふむ……」


 つまるところ妖精狩が起きた原因は、プラティーヌ先代公爵夫人がアベラルドにセラティーナを見せてしまったから。何れ起きていたにしても、だ。


「君は公爵が何を企んでいるのか予想は?」
「……あいつはファラを通して美しかった若き頃の母を見ていた。セラティーナを母やファラの代わりとするつもりなんだろう」


 予想通りの返答にフェレスは「そう」とだけ返した。フェレス自身はもっと他の予想を持っているが目の前の男に話す程ではないか、と話すのを止めた。話したところで余計な混乱を招くだけなのだ。


「もう一つ聞いていい?」
「まだあるのか」


 少々うんざりしているジグルドに「まあ、付き合ってよ」と朗らかに笑い掛け、指を鳴らした。直後、周囲に小さな光が多数出現した。これらは目に見えないとても小さな妖精を目視出来るようにしたもの。


「彼等はどんな場所にも、何処にでもいる妖精達さ。当然、君の周囲にだっている。彼等が面白いものを見せてくれたんだ」


 これだよ、とフェレスが合図を送ると小さな妖精達が集まり一つの丸になった。光る丸にある光景が映し出された。


「っ」
「一歳になったセラティーナだって」


 乳母に抱っこをされ、キョトンとジグルドを見上げるセラティーナ。瞬きを何度かすると相手が父親だと認識したのか、キャッキャッと嬉し気に声を上げ小さな手を伸ばした。ジグルドは今では想像もつかない優しい笑みを浮かべながら乳母からセラティーナを貰い、抱き上げた。父に抱っこをされ、更に喜ぶセラティーナを見つめるジグルドの顔は父親のそれだった。


「プラティーヌ家は魔法使いを嫌う。……の割にね、随分とセラティーナを可愛がっていたね」


 それから四歳くらいになるまでジグルドはセラティーナに愛情をたっぷりと注ぎ、徐々に態度を変え、今のようになってしまった。


「妖精は見ているよ、どんなものでも。君がセラティーナに冷たくし始めたのを気にしていた。そしてセラティーナ自身も。セラティーナを気にして守護を掛けるのはやりすぎだけど」
「守護?」
「人間で言うと祝福の魔法かな」
「……そうか」


 愛していたのに、途中から愛していない風を装うのは、目の前にいる男にとっても苦痛だったろうに。頑なにセラティーナへ冷たくし続けたのは多分……王国から何の憂いも残さず追い出す為。アベラルドの執着から逃がす為に。


「……私からも一つ聞きたい」
「どうぞ」
「……この間、グリージョの倅が来ていた時、セラティーナに何を言うか気になって扉の前で話を聞いていた。そこに貴殿が現れた」
「はは、そういえば妹君もいたね。セラティーナは気付いてなかったけれど」
「盗み聞きしていたのは謝る。ただ、一つ聞きたい。セラティーナが……貴殿の亡くなった奥方の生まれ変わりというのは……」
「事実さ」
「そうか。それだけ聞ければもういい」


 どこか安堵した、すっきりとした表情になったジグルドは席から立ち上がるとフェレスに頭を下げた。


「セラティーナを……お願いします。そして、今日が終わったら直ぐにでも帝国へ連れて行ってください。妖精狩についても関わるなと」
「君から話したら良い。親子なんだ、言えないことはないだろう」
「……」


 沈黙し、間を空けてジグルドは重く頷いた。

 そろそろ時間停止を解くよ、とフェレスは小さな妖精が届けた情報を聞かされ微かに瞠目した。小声で何かを伝えると時間停止を解除した。



 ――フィリップと別行動を選び、獲物を探す傍ら、土に触れ森に生きる植物に触れながら移動をするシャルル。上質な土と栄養が行き届いた植物に感心しつつ、ふと気配を感じ後ろを振り向いた。


「皇帝陛下?」
「確かグリージョ公爵令息だっかな?」


 いたのはシュヴァルツだった。


「獲物を探している訳では……なさそうですが……」
「なに。初めての参加というのもあるが他国の植物には興味があってね。直に触れられる貴重な時間を無駄にしたくはない。もう少ししたら狩にも参加するさ。そういえば、君は優勝経験があったね。お手柔らかに……と言いたいが遠慮はいらないよ」


 今後も手を借りたいなら、フィリップかシャルル、どちらかが優勝しろとフェレスに脅されており、相手にも手を抜かされるなとのお達し。内心、あのじじい……と悪態を吐きつつ、シュヴァルツに笑んだ。


「勿論です。私も優勝を狙って全力で挑みます」
「はは。頼もしい。優勝者は、望んだ相手から栄誉を与えられると聞いた。君は毎回聖女を望んでいるから、今年もそうするのだろう?」
「いえ。これからはセラティーナを」
「ほう……?」


 帝国の魔法使いであるフェレスが求婚していると知りながら、敢えてシャルルに告げたシュヴァルツ。強い意思を感じさせる灰色の瞳の熱量にまた笑み、お互い良い結果を残そうとシャルルは姿を消した。

 一人残されたシュヴァルツは……。


「……たとえセラティーナがカエルレウム卿の亡くなった奥方の生まれ変わりであろうと、今の婚約者は私だ」


 必ず優勝し、セラティーナからの栄誉を望み、そこで誓いを立てる。

 そうすればセラティーナはフェレスと共に帝国へは行けなくなる。



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