婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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狩猟大会④

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 突然現れたフェレスに驚かないセラティーナと違って、声を出さずとも一驚していると顔に出てしまっているエルサと父。「後で僕と話そう」と笑んだフェレスの濃い青の瞳が父ジグルドに移された。


「プラティーヌ公爵。初めましてだね。僕が彼女に求婚した帝国の魔法使いだよ」
「魔法使いは好かん。さっさとセラティーナを連れて帝国へ帰ることだ」
「僕もそうしたい。だが彼女の婚約者は、目の前から消える直前になって執着し出したからそうはいなかくなったんだ。皇帝の尻を蹴り飛ばして急かしてはいるのだけど」


 帝国を統べる最も尊き人間にそんな対応を成せるのも長年帝国に手を貸すフェレスだからこそ許される。『狩猟大会』前日まで扱き使ったのを根に持たれていると聞いてもいないのに語り出したフェレスは、声を出さず口を動かした。素早く何かを紡いだフェレスに驚愕したジグルドが反応した時、既に周囲に異変が起きた後だった。


「エルサ、セラティーナ」


 娘達の名を呼んでも反応がない。瞬きすらない。周囲も同じ。皆、時が止まって微動だにしない。


「これでゆっくりと話せるね、公爵」


 警戒心を露にした目に睨まれようがフェレスには子犬に睨まれているも同然。席から立ち上がったジグルドはフェレスの前に立ち目的を問うた。周囲の時間を止めるという、時間に干渉する魔法は魔法使いにはなれないジグルドも高難易度の魔法だと知る。


「率直に言うよ。君の妹が嘗て研究していた青い薔薇。あれについて聞きたい事がある」
「! ……何故知っている」
「十八年前から起きている妖精狩。知らないとは言わせないよ。シャルルを『狩猟大会』ギリギリまで扱き使った甲斐があった。君は王国ではなく、帝国の組合にある調査をさせていたね。それも大金を積んだ極秘依頼を」
「……」
「組合も組合で守秘義務がどうのこうのうるさかったが妖精狩を解決する為だとシャルルに脅させたら、観念して話してくれたよ」
「ふん! 職権乱用も甚だしいな!」


 豪快に椅子に座り直し、腕を組んでフェレスを睨み上げるジグルド。更にフェレスは妖精狩の事件をセラティーナも調べていると言い、急激に顔を強張らせたジグルドの感情を更に刺激するようファラが関わっていると突き止めたのはセラティーナだとも告げた。プラティーヌ家に仕える料理長フリードからの証言もあると付け足すと眉間に濃い皺を寄せ、暫く沈黙が降りかかった。
 軈て大きな溜め息を吐いたジグルドは組んだ腕を解き、真っ直ぐフェレスを見上げた。


「何が知りたい」
「幾つか聞きたい事はあるけれど……君が帝国の組合を使って調べさせていた件。不可能を可能にする青い薔薇を根絶やしにする方法だ。何故そんな調査を?」
「あれは……私の妹が、ファラが咲かせてしまった禁忌の花だ。お前達妖精族の命と同等の魔力を栄養として成長する。……ファラが青い薔薇を咲かせようと躍起になったのは、私のせいだ」
「……」


 豊富な魔力があっても魔法が使えない一族。それがプラティーヌ家。セラティーナやファラのように極稀に魔法使いの才能を持って生まれる子がいる。魔法が使えない一族の者は挙って羨ましがり、妬み、冷遇する。

 だがジグルドは違った。確かに魔法使いの才を持つ妹を妬んだ。羨ましかった。

 ただ、それだけ。愛想を妹に振り撒いた覚えはなくても、淡々としていようとファラを妹として、家族として接した。


「プラティーヌ家の例に漏れず父はファラを嫌った。母は、絶世の美貌と持て囃された自分と同じ姿のファラを自分の分身のように扱った」


 父には嫌われ、母にはファラという個人ではなく自身の分身として見られていた。そんなファラにとって、冷たいながらも自分という存在を唯一見てくれる兄ジグルドに心を開くのは当然だった。豊富な魔力量、豊富な知識、生まれ持った才能を惜しみなく発揮するジグルドだったがどうしても魔法だけは使えなかった。

 大事な兄を、家族を馬鹿にされ、周囲に怒りを募らせていたファラがある時言い出した。


『あの人達を見返してやりましょう! 必ず、お兄様が魔法を使えるようになる方法を見つけます!』


 大昔、魔女とのやり取りによって魔法の才能を奪われて以来、魔法使いの才能が無くなってしまったプラティーヌ家。ジグルドが止めてもファラは止まらなかった。兄を馬鹿にする周囲を黙らせる為に。


「ファラがどうやって青い薔薇を見つけたかは私にも分からない。一つ言えるのはアベラルドが関与しているという点だけだ。どうせ、ファラに協力者がいて、それがアベラルドだとも知っているのだろう?」
「まあね」
「アベラルドはファラを……正確には私の母に好意を持っていた」


 若い頃は絶世の美女として名高く、年老いても美貌が衰えない母の人気は凄まじく、妻がいようが年端もいかない幼子だろうがその美貌で魅了した。ジグルドと同じ年齢のアベラルドも例外ではなかった。グリージョ公爵家とは、当時の公爵達が友人だったのもあり幼少期からアベラルドとは交流があった。初めて母を見たアベラルドは恋する少年の如く灰色の瞳を輝かせ、母と些細な内容でも会話をしたがった。


「実らない恋であろうとアベラルドは母への気持ちを捨てられなかったのだろう。母に瓜二つなファラにアベラルドは目を付けたんだ」


 それが悲劇を招いた要素の一つでもある。

 当時から優秀な魔法使いとしての才能を発揮していたアベラルドは、兄以外で自分に良くしてくれる相手としてファラに認識されていた。ジグルドに言っても反対されるだけの研究の手伝いをアベラルドに求め、承諾されてしまった。


「十八年前から起きている妖精狩を公爵はどう思っているのかな?」
「すぐにアベラルドの仕業だと気付いた。死んだ妖精の遺体は、私が一度見た妖精の遺体と酷似していた。嘗てファラが研究していた青い薔薇を今度はアベラルドが咲かせ、何かを企んでいると」
「その何かを突き止めているの?」
「……あくまで可能性でしかない。妖精狩が起き始めたのは、母がセラティーナを抱いてグリージョ公爵邸に行った次の日からだった」


 無断で赤子をグリージョ公爵邸へ連れて行っただけではなく、ファラによく似たセラティーナをアベラルドに見せた母に本気で殺意が湧いたとジグルドは語る。


「君のところの料理長の話を聞いて気になったんだ。昔、君と料理長が妖精が殺された現場に駆け付けた後だ」


 妖精の魔力を根こそぎ奪う青い薔薇の研究をしていたとあれば、アベラルドもファラもそしてやっと開花した青い薔薇もタダでは済まない。ジグルドや料理長の証言をアベラルドは誰も聞き入れないようにした。その時料理長は、魔法が使えないジグルドや料理人の自分の話を誰も聞いてくれなかったと語った。


「おかしいよね」
「何がだ」
「料理人と言えど、元は王宮で働く魔法使いだったのだろう? なら、実力は申し分ない。王宮には同僚だっていただろうに、何故話に耳を傾けなかったのが気になってね」
「……」


 ジグルドは少しの沈黙を貫くも、視線が刺さり続けると諦めた息を吐き、重く口を開いた。


「ファラだ……死ぬ間際の妖精に呪われ、息も絶え絶えなファラが私とフリードに呪いを掛けた。私達の話を誰も聞かないように」


 相手を呪う際、強い憎悪を抱けば抱く程呪いは強くなる。あの時のファラは憎しみに染まった状態でジグルドと料理長に呪いを掛けた。たとえ一時であろうと青い薔薇が世間に公表されずに済むまで。


『ドオジ、テ。ドオシテオニイサマ、ナンデ喜ンデ、クレナイノ。全部、オニイサマノタメニヤッタノニ』


 息も絶え絶えに呪いの言葉を吐くファラに何も言ってやれなかった。
 止められなくて済まなかったとも言えなかった。
 呆然と悍ましい姿に成り果て、嘗てファラだったと分かるのは母が気に入っていたプラチナブロンドだけだった……。




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