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狩猟大会②
しおりを挟む「ん……?」
一瞬、視線を感じた気配がして後ろを見るセラティーナは、誰も自分を見ていないのを確認し前を向いた。国王が開会の言葉を述べ、皇帝の挨拶も終わった後だから見る人はいないかと気のせいで済ませた。狩猟に参加する紳士達は続々草原や森を目指し出発していく。
会場で待っている間は大会が終わるまでお茶をして話に花を咲かせる。テーブルに並べられたスイーツでも頂こうと手を伸ばしたのであった。
——『狩猟大会』においての移動手段は主に馬。皆、自慢の馬を連れて来ている中皇帝シャルルと皇太子フィリップは上機嫌なフェレスに呆れていた。
「貴方の奥方の生まれ変わりを見たよ。なるほど、あれ程の美女なら手放したくないのも道理だ」
「彼女が美しくて手放したくないなら、更に上をいく美女を用意してやらない事もない」
「はいはい冗談だ。しかし、彼女の婚約者は貴方の亡くなった奥方の生まれ変わりだと聞かされ諦めたのではなかったのか?」
会場入りした際にシャルルもフェレスも気付いていた。フェレスに笑まれ、微笑み返したセラティーナをじっと昏い灰色の瞳で見つめていたシュヴァルツに。今も尚、翳りの濃い目で遠くからフェレスを見ている。僕は参加しないのに、と肩を竦めた。
「私の代理で参加するか?」
「僕が帝国を去る条件としてしなら受けよう」
「よし、フィリップ。私達もそろそろ向かうか」
「はい、陛下」
隙あらば帝国を去ろうとするフェレスを何が何でも留める方向へ持って行くシャルル。二人のやり取りを物心つく前から見ているフィリップはお馴染みの光景だからと余計な言葉は発さなかった。個人的に気になっている事があると呟くとシャルルに訊ねられた。
「この国の聖女と大聖堂です。かなり重苦しい雰囲気なので何かあったのかと気になってしまって」
「どうせ、セラティーナの名を使って買い物未遂を起こした話が大聖堂にもいったんだろう」
「は?」
他人の名を使って買い物未遂を起こした? 清らかでいけないとならない聖女が?
目を点にして呆けるシャルルとフィリップに分かりやすく説明をしたフェレスは、聖女の生家ルナリア伯爵家も肩身が狭そうにしているのを愉しげに見やった。伯爵や長男も参加するようだがかなり居辛そうだ。件の店にいた貴族は全て女性。彼女達の口から噂は広がり、様々な尾鰭がついていった。
これについてプラティーヌ家は敢えて放置を決め込んでいる。嫌っている娘の名を騙られようとプラティーヌ家は侮辱されるのを嫌う。いの一番にルナリア伯爵家や大聖堂を訴えても可笑しくないのだが、何となく意図を掴んだシャルルは「態とだな」と零した。
「態と?」とフィリップ。
「今ルナリア伯爵家や大聖堂は、以前聖女がやらかした暴挙にプラティーヌ家から制裁を加えられている最中だ。そうだなフェレス」
「僕は貴族の事情に興味ない」
「そうだとしてもセラティーナ嬢が関わっているなら知っているだろう。というか、聞いているだろう」
「そうだよ。ルナリア伯爵家は、聖女とセラの婚約者を婚約させるなら暴力を振るった件の制裁を無効にすると言っている。大聖堂には聖女の教育をし直さないと援助を打ち切ると。そこに今回の詐欺紛いな行為が起きたんだ。当然、ルナリア家も大聖堂も震え上がっただろうね」
魔法が使えなかろうと王国一の財力を持つプラティーヌ家を敵に回して良いことは一切ない。シャルル曰く、帝国も敵に回したくない家だと苦笑する。
「公爵が何もしてこないのをどう解釈するかは彼等次第。まあ、お馬鹿さんでないなら挽回しようと必死になるだろうね」
ルチアをルナリア伯爵令嬢としてではなく、聖女として神官に囲まれて会場入りしたのもプラティーヌ家や周りへのアピールと見た。不満な表情を隠さず、時折セラティーナへ睨む目をやるルチアにはもう何も浮かばない。フェレス個人としては、彼女にさえ手を出さなければどうでもいい。
「陛下、俺達もそろそろ狩りへ向かいましょう」
「フィリップ。悪いが先に行ってくれ。私はもう少しフェレスに話がある」
僕はないよ、とフェレスが言う前にフィリップは頷いて風を己に纏って浮遊し、早速森へ飛んで行った。他の参加者は魔力量の考慮や獲物を驚かせないよう馬や徒歩を用いて移動するがフィリップは飛行魔法を選んだ。音と気配、姿を消して飛んでしまえば人間にも動物にも気付かれず移動可能だ。狩猟にフェレスは不参加の為、同行するのはここまで。行ってらっしゃいと手を振られるとシャルルは緩く首を振った。
「まだ話が終わっていない」
「他にあったっけ?」
「ある。……例の件だ。フェレス、帝国を統べる皇帝としてお前を失う訳にはいかん」
「花の妖精の花占いだって外れる時はあるよ」
「だとしても、当たる確率の高い花占いを無視するのは出来ん。私は貴方と違って器用だからな。
——私が代わりに死んでやる。但し、絶対に妖精狩の元凶を消してくれよ」
肩を竦めたフェレス。それを了承の意だと知るシャルルは、フィリップと同じ方法で移動を開始した。不参加のフェレスは会場へ戻りつつ、今日まで扱き使って身代わりとして自ら名乗りを上げたシャルルに呆れた。
「シャルルだったら、聖女達と違ってもっと上手にお買い物が出来ただろうねえ」
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