上 下
81 / 109

狩猟大会②

しおりを挟む



「ん……?」


 一瞬、視線を感じた気配がして後ろを見るセラティーナは、誰も自分を見ていないのを確認し前を向いた。国王が開会の言葉を述べ、皇帝の挨拶も終わった後だから見る人はいないかと気のせいで済ませた。狩猟に参加する紳士達は続々草原や森を目指し出発していく。

 会場で待っている間は大会が終わるまでお茶をして話に花を咲かせる。テーブルに並べられたスイーツでも頂こうと手を伸ばしたのであった。

  

 ——『狩猟大会』においての移動手段は主に馬。皆、自慢の馬を連れて来ている中皇帝シャルルと皇太子フィリップは上機嫌なフェレスに呆れていた。


「貴方の奥方の生まれ変わりを見たよ。なるほど、あれ程の美女なら手放したくないのも道理だ」
「彼女が美しくて手放したくないなら、更に上をいく美女を用意してやらない事もない」
「はいはい冗談だ。しかし、彼女の婚約者は貴方の亡くなった奥方の生まれ変わりだと聞かされ諦めたのではなかったのか?」


 会場入りした際にシャルルもフェレスも気付いていた。フェレスに笑まれ、微笑み返したセラティーナをじっと昏い灰色の瞳で見つめていたシュヴァルツに。今も尚、翳りの濃い目で遠くからフェレスを見ている。僕は参加しないのに、と肩を竦めた。


「私の代理で参加するか?」
「僕が帝国を去る条件としてしなら受けよう」
「よし、フィリップ。私達もそろそろ向かうか」
「はい、陛下」


 隙あらば帝国を去ろうとするフェレスを何が何でも留める方向へ持って行くシャルル。二人のやり取りを物心つく前から見ているフィリップはお馴染みの光景だからと余計な言葉は発さなかった。個人的に気になっている事があると呟くとシャルルに訊ねられた。


「この国の聖女と大聖堂です。かなり重苦しい雰囲気なので何かあったのかと気になってしまって」
「どうせ、セラティーナの名を使って買い物未遂を起こした話が大聖堂にもいったんだろう」
「は?」


 他人の名を使って買い物未遂を起こした? 清らかでいけないとならない聖女が?

 目を点にして呆けるシャルルとフィリップに分かりやすく説明をしたフェレスは、聖女の生家ルナリア伯爵家も肩身が狭そうにしているのを愉しげに見やった。伯爵や長男も参加するようだがかなり居辛そうだ。件の店にいた貴族は全て女性。彼女達の口から噂は広がり、様々な尾鰭がついていった。

 これについてプラティーヌ家は敢えて放置を決め込んでいる。嫌っている娘の名を騙られようとプラティーヌ家は侮辱されるのを嫌う。いの一番にルナリア伯爵家や大聖堂を訴えても可笑しくないのだが、何となく意図を掴んだシャルルは「態とだな」と零した。
「態と?」とフィリップ。


「今ルナリア伯爵家や大聖堂は、以前聖女がやらかした暴挙にプラティーヌ家から制裁を加えられている最中だ。そうだなフェレス」
「僕は貴族の事情に興味ない」
「そうだとしてもセラティーナ嬢が関わっているなら知っているだろう。というか、聞いているだろう」
「そうだよ。ルナリア伯爵家は、聖女とセラの婚約者を婚約させるなら暴力を振るった件の制裁を無効にすると言っている。大聖堂には聖女の教育をし直さないと援助を打ち切ると。そこに今回の詐欺紛いな行為が起きたんだ。当然、ルナリア家も大聖堂も震え上がっただろうね」


 魔法が使えなかろうと王国一の財力を持つプラティーヌ家を敵に回して良いことは一切ない。シャルル曰く、帝国も敵に回したくない家だと苦笑する。


「公爵が何もしてこないのをどう解釈するかは彼等次第。まあ、お馬鹿さんでないなら挽回しようと必死になるだろうね」


 ルチアをルナリア伯爵令嬢としてではなく、聖女として神官に囲まれて会場入りしたのもプラティーヌ家や周りへのアピールと見た。不満な表情を隠さず、時折セラティーナへ睨む目をやるルチアにはもう何も浮かばない。フェレス個人としては、彼女にさえ手を出さなければどうでもいい。


「陛下、俺達もそろそろ狩りへ向かいましょう」
「フィリップ。悪いが先に行ってくれ。私はもう少しフェレスに話がある」


 僕はないよ、とフェレスが言う前にフィリップは頷いて風を己に纏って浮遊し、早速森へ飛んで行った。他の参加者は魔力量の考慮や獲物を驚かせないよう馬や徒歩を用いて移動するがフィリップは飛行魔法を選んだ。音と気配、姿を消して飛んでしまえば人間にも動物にも気付かれず移動可能だ。狩猟にフェレスは不参加の為、同行するのはここまで。行ってらっしゃいと手を振られるとシャルルは緩く首を振った。


「まだ話が終わっていない」
「他にあったっけ?」
「ある。……例の件だ。フェレス、帝国を統べる皇帝としてお前を失う訳にはいかん」
「花の妖精の花占いだって外れる時はあるよ」
「だとしても、当たる確率の高い花占いを無視するのは出来ん。私は貴方と違って器用だからな。
 ——私が代わりに死んでやる。但し、絶対に妖精狩の元凶を消してくれよ」


 肩を竦めたフェレス。それを了承の意だと知るシャルルは、フィリップと同じ方法で移動を開始した。不参加のフェレスは会場へ戻りつつ、今日まで扱き使って身代わりとして自ら名乗りを上げたシャルルに呆れた。


「シャルルだったら、聖女達と違ってもっと上手にお買い物が出来ただろうねえ」


しおりを挟む
感想 349

あなたにおすすめの小説

魅了魔法…?それで相思相愛ならいいんじゃないんですか。

iBuKi
恋愛
私がこの世界に誕生した瞬間から決まっていた婚約者。 完璧な皇子様に婚約者に決定した瞬間から溺愛され続け、蜂蜜漬けにされていたけれど―― 気付いたら、皇子の隣には子爵令嬢が居て。 ――魅了魔法ですか…。 国家転覆とか、王権強奪とか、大変な事は絡んでないんですよね? 第一皇子とその方が相思相愛ならいいんじゃないんですか? サクッと婚約解消のち、私はしばらく領地で静養しておきますね。 ✂---------------------------- カクヨム、なろうにも投稿しています。

【完結】お世話になりました

こな
恋愛
わたしがいなくなっても、きっとあなたは気付きもしないでしょう。 ✴︎書き上げ済み。 お話が合わない場合は静かに閉じてください。

【完結】もう結構ですわ!

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
恋愛
 どこぞの物語のように、夜会で婚約破棄を告げられる。結構ですわ、お受けしますと返答し、私シャルリーヌ・リン・ル・フォールは微笑み返した。  愚かな王子を擁するヴァロワ王家は、あっという間に追い詰められていく。逆に、ル・フォール公国は独立し、豊かさを享受し始めた。シャルリーヌは、豊かな国と愛する人、両方を手に入れられるのか!  ハッピーエンド確定 【同時掲載】小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/11/29……完結 2024/09/12……小説家になろう 異世界日間連載 7位 恋愛日間連載 11位 2024/09/12……エブリスタ、恋愛ファンタジー 1位 2024/09/12……カクヨム恋愛日間 4位、週間 65位 2024/09/12……アルファポリス、女性向けHOT 42位 2024/09/11……連載開始

あなたには彼女がお似合いです

風見ゆうみ
恋愛
私の婚約者には大事な妹がいた。 妹に呼び出されたからと言って、パーティー会場やデート先で私を置き去りにしていく、そんなあなたでも好きだったんです。 でも、あなたと妹は血が繋がっておらず、昔は恋仲だったということを知ってしまった今では、私のあなたへの思いは邪魔なものでしかないのだと知りました。 ずっとあなたが好きでした。 あなたの妻になれると思うだけで幸せでした。 でも、あなたには他に好きな人がいたんですね。 公爵令嬢のわたしに、伯爵令息であるあなたから婚約破棄はできないのでしょう? あなたのために婚約を破棄します。 だから、あなたは彼女とどうか幸せになってください。 たとえわたしが平民になろうとも婚約破棄をすれば、幸せになれると思っていたのに―― ※作者独特の異世界の世界観であり、設定はゆるゆるで、ご都合主義です。 ※誤字脱字など見直して気を付けているつもりですが、やはりございます。申し訳ございません。教えていただけますと有り難いです。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

言いたいことはそれだけですか。では始めましょう

井藤 美樹
恋愛
常々、社交を苦手としていましたが、今回ばかりは仕方なく出席しておりましたの。婚約者と一緒にね。 その席で、突然始まった婚約破棄という名の茶番劇。 頭がお花畑の方々の発言が続きます。 すると、なぜが、私の名前が…… もちろん、火の粉はその場で消しましたよ。 ついでに、独立宣言もしちゃいました。 主人公、めちゃくちゃ口悪いです。 成り立てホヤホヤのミネリア王女殿下の溺愛&奮闘記。ちょっとだけ、冒険譚もあります。

処理中です...