76 / 111
セラティーナのせい②
しおりを挟む店の裏側に回って其処から店の中に入ったセラティーナとエルサは通り掛った店員に身分を明かし、責任者を呼んで来るよう告げた。
すぐに店員が呼んだ責任者の女性が駆け付け、奥からこっそりと店内を見させてほしいと頼む。
「今日は新作の発売日で様子を見に来たのだけれど、気になるお客様が来店されているから様子を見させてもらうわね」
「分かりました。気になるお客様とは何方でしょう?」
店内へ続く扉をこっそりと開け、ストールで顔を見え難くしているルチアとルナリア伯爵夫人を探す。……必要はなかった。店内に入ると二人はストールを取り堂々と顔を出していた。並んでいる最中顔を隠す必要は無かっただろうに。列に並んでいた客には、ルナリア家以外の貴族の女性も並んでいて彼女達は顔を隠したりしていない。
「プラティーヌ家か関係者がいると警戒して顔を隠していたのかしら」
「だとしたら、このブティックは我が家が運営しているのでお店に入っても顔を隠すのでは?」
「もう少し様子を見ましょう」
季節物は数量を限定にする事で客の購入意欲を刺激する。流行者が大好きな貴族は尚更早く手に入れようと動く傾向にある。多少値段が張ろうと買うのは、見栄っ張りな性質が働く為。早速、貴族らしき女性達が新作のドレスに集まりそれぞれ店員を呼び出す。様子見しているルナリア母娘も同様だ。
窮地に立たされているとはいえ、今の段階では購入しても困る金額ではない。店員に買いたいドレスを指差していき、買取の段階に入るのを見てセラティーナは「私が気にし過ぎただけのようね」とエルサに申し訳なさげに謝った。シュヴァルツと会えない鬱憤をプラティーヌ家が運営するブティックで晴らすのではと警戒した自分が恥ずかしい。
「いいえ! そんな事はありません。グリージョ様がお姉様としつこくやり直しを願う今、聖女様にとったらお姉様は邪魔者以外何者でもありません。警戒心を持つのは自然かと」
「ありがとう。ルチア様達が店を出たら、私達は店内に行きましょう」
こくりと頷いたエルサが店へ目をやった時だ、あ、と声を出しセラティーナも釣られて店内へ視線をやったら。
「聞こえなかった? 支払いはプラティーヌ家のセラティーナ様宛でお願いと言ったのよ。ちゃんと話は通してあるから」
「申し訳ありません。プラティーヌ家よりその様なお話は当店に来ておりません。すぐに確認をして参りますので少しの間お待ち頂けますか?」
「いいえ! この話は通っています。つべこべ言わずさっさと会計をしなさい」
……。
顔を両手で覆ったセラティーナと半眼になってルナリア伯爵夫人とルチアを睨むエルサ。夫人が言うような話は当たり前だが通っていない。手を顔から離したセラティーナは、ふと、ルチアがそわそわしているのを見てある疑問を持った。小声で素早く呪文を唱え、無音の風を使いルチアと夫人の小さな声の会話を届けた。
“ね、ねえお母様、いくら何でもバレたら怒られる程度では済まないわよ!”
“安心なさいルチア。私達には大聖堂が味方してくれている。元はと言えば、セラティーナ様のせいで我が家は窮地に立たされているのよ。プラティーヌ家とて、本気で大聖堂を敵に回したくはない筈よ。支払いを拒否したら、聖女の祝福をプラティーヌ家だけではなく、プラティーヌ家と関係のある全ての貴族への祝福を中止すると言えば支払うしかないのよ”
“でも……”
“お母様に任せなさい、ルチア。シュヴァルツ様にもすぐに会えるようにするから。グリージョ公爵様だって、貴方達二人の想いが本物だと知れば婚約だって必ず許してくれるわ”
“う……うん。そう……ね。シュヴァルツとは、あれから一度も会えていないの。会いに行っても、セラティーナ様とやり直したいからって一度も会ってくれない。公爵様が認めて下さればシュヴァルツが無意味な事をせずに済むもの!”
二人の会話はエルサにも聞こえるように調整したので二人揃ってバッチリと聞き、血の繋がりというものを強く見せられた気分となった。話の通じないルチアの性格は、ある意味では自分本位の考えしかしない夫人寄りなのでは? と。
半眼のままルナリア母娘を見続けるエルサに視線で“どうしますか?”と問われ、深呼吸並みに深い溜め息を出したセラティーナは呆れ果てた相貌のまま店内へ出て行った。
「ですよね」
こうなるのは当然。エルサは半眼のままセラティーナの後を追い掛けた。
248
お気に入りに追加
8,592
あなたにおすすめの小説

《完結》愛する人と結婚するだけが愛じゃない
ぜらいす黒糖
恋愛
オリビアはジェームズとこのまま結婚するだろうと思っていた。
ある日、可愛がっていた後輩のマリアから「先輩と別れて下さい」とオリビアは言われた。
ジェームズに確かめようと部屋に行くと、そこにはジェームズとマリアがベッドで抱き合っていた。
ショックのあまり部屋を飛び出したオリビアだったが、気がつくと走る馬車の前を歩いていた。

【完結】王太子殿下が幼馴染を溺愛するので、あえて応援することにしました。
かとるり
恋愛
王太子のオースティンが愛するのは婚約者のティファニーではなく、幼馴染のリアンだった。
ティファニーは何度も傷つき、一つの結論に達する。
二人が結ばれるよう、あえて応援する、と。

初耳なのですが…、本当ですか?
あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た!
でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。


10年前の婚約破棄を取り消すことはできますか?
岡暁舟
恋愛
「フラン。私はあれから大人になった。あの時はまだ若かったから……君のことを一番に考えていなかった。もう一度やり直さないか?」
10年前、婚約破棄を突きつけて辺境送りにさせた張本人が訪ねてきました。私の答えは……そんなの初めから決まっていますね。

【完結】あなたを忘れたい
やまぐちこはる
恋愛
子爵令嬢ナミリアは愛し合う婚約者ディルーストと結婚する日を待ち侘びていた。
そんな時、不幸が訪れる。
■□■
【毎日更新】毎日8時と18時更新です。
【完結保証】最終話まで書き終えています。
最後までお付き合い頂けたらうれしいです(_ _)

【完結】私を忘れてしまった貴方に、憎まれています
高瀬船
恋愛
夜会会場で突然意識を失うように倒れてしまった自分の旦那であるアーヴィング様を急いで邸へ連れて戻った。
そうして、医者の診察が終わり、体に異常は無い、と言われて安心したのも束の間。
最愛の旦那様は、目が覚めると綺麗さっぱりと私の事を忘れてしまっており、私と結婚した事も、お互い愛を育んだ事を忘れ。
何故か、私を憎しみの籠った瞳で見つめるのです。
優しかったアーヴィング様が、突然見知らぬ男性になってしまったかのようで、冷たくあしらわれ、憎まれ、私の心は日が経つにつれて疲弊して行く一方となってしまったのです。

【完結】16わたしも愛人を作ります。
華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、
惨めで生きているのが疲れたマリカ。
第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる