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私が馬鹿だった
しおりを挟む時刻は真夜中。外は暗闇に包まれた世界で一人、淡い光の玉を宙に浮かせテラス近くの椅子に座り外を眺める姿があった。リンレイ帝国皇帝シャルルは浮かない相貌で外を長く眺めていた。
「夜更かしかい?」
音も気配もなく現れた男に大きな溜め息を吐き、宙に浮かせている光の玉を男に当てた。夜空に星々の輝きを持つ銀糸と瞳に月を宿した濃い青の瞳の人間離れした美貌が男を人間という小さな存在とは違うと語っている。男――フェレスは記憶で知るより最も上機嫌な気がした。隣の王国で良いことでもあったかと冗談交じりに訊ねるとシャルル次第だと放った。
「私?」
シャルルの向かいに座ったフェレスは肘置きに肘を立て頬杖をついた。
「ああ、そうさ。君次第」
「何故私なのだ?」
「僕の大事なセラの婚約者は、彼女が僕の亡くなった妻の生まれ変わりだと知っても諦めてくれないんだ」
「そうなのか」
報告書やフェレスの話を聞く限りではグリージョ公爵令息の想い人は聖女、だった。蓋を開けてみれば聖女に抱いていたのは親しい相手への情で、それを愛と勘違いしていた。実際に女性として愛していたのは婚約者のセラティーナ。自分の側から離れてしまう危機感を持ってやっと自覚するのはシャルルでも呆れた。愛する女性の愛する相手が自分ではないと知り、更に相手がフェレスと知ったなら勝ち目はないと諦めるのが普通だ。シュヴァルツの立場を自分に置き換えてもフェレスには勝てない。
「何故だろうね」
「私は恋愛に関しては適切な意見は言えないが……距離が近過ぎた、からではないか?」
「へえ」
「後、報告書を見る限り、プラティーヌ公爵が例の婚約者に何もしなかったのも理由にあるんじゃないのか」
「そう」
「……」
訊ねたのはフェレスなのに返事は心底どうでも良さげ。蟀谷をピクピクさせつつ、恋を自覚した男の執念は凄まじいとだけ話した。さっきまで生返事しかしなかったフェレスが今の言葉で漸く興味を示し、月を宿した濃い青がどういう意味だとシャルルに問うていた。
「だってそうだろう?」と肩を竦めた。
「漸く本当に誰が好きなのかを自覚した途端、やり直しを願う相手には既に別の相手がいた。それも自分よりも上だ。必死にならない筈がない」
「おかしな話じゃないか。彼には聖女がいるのに」
「疑問なんだが」
帝国とて聖女の力を維持する上で最も必要不可欠なのは純潔だと知識として持っている。王族と婚姻する際は特殊な方法で子を授かるが王族以外だとどうなるのか。例外がないせいでシャルルも掴めていない。何でも知っているフェレスなら分かるか? と訊くがどうでも良さげに首を振られた。
「そうか」
「その辺は王国が決める。僕達には無関係だ」
「それもそうか」
「シャルル。君が派遣した調査員からの連絡は聞いた?」
「……ああ」
話題が重要な物に変われば態度は大きく変わる。真剣さが格段に増したシャルルは、背筋を伸ばし体勢を整えた。
「正直信じられない。妖精族の命を栄養とする植物があるなんて」
「実在するから、妖精達は次々犠牲になっているんだ」
「グリージョ公爵はセラティーナ嬢の叔母を蘇らせたいのか?」
「これ、あくまで僕の予想」
死んでいると思われているファラは実は生きているが死んでいるも同然ではないかというのがフェレスの予想。死ぬ間際、妖精に呪いを掛けられ全身悍ましい姿になったファラは死にたくても死ねない体になったのだとしたら、魔法使いの才能があってファラと似ている容姿のセラティーナにグリージョ公爵が執着するのも納得がいく。妖精達から奪った魔力を使ってセラティーナの肉体にファラの魂を入れるつもりではないかと。別の魂を強制的に入れられてしまえば、元の魂は地獄に落ち罪人と同じ扱いをされ酷く虐められてしまう上に輪廻の輪に入れず、二度と転生されなくなる。
「器移しが目的なら叔母に似ているセラは最高の器だよ。息子との婚約も最も手っ取り早くグリージョ公爵家に引き入れる手段で結んだんだろう」
「ふむ……どうにかして阻止しないと。調査員の連絡では約二週間後に開催される『狩猟大会』の後に機会が巡って来ると聞いたぞ」
催しが終わった後グリージョ公爵邸では、親しい者を集めた小パーティーを開く。まだシュヴァルツの婚約者のままであるセラティーナも招待されており、参加する流れとなっている。動物の完全変身で子ウサギかネズミに化けてフェレスと調査員一名が入る予定。
「それね」と背凭れに体を預けたフェレスが信じられない言葉を述べた。
「シャルル。僕は長生きな分、自分の死期を悟っている」
「な、なんだいきなり」
「グリージョ公爵が隠している青い薔薇に捕まれば僕であっても只では済まない。もし僕が捕まったら、その時点で死んだと判断してくれ」
「何を言っているんだフェレス。やっと生まれ変わった奥方と会ってまた一緒になれるという時に、不吉な言葉を使うな」
常に自信に溢れ、不敵な態度を崩さず、自分のペースを維持したがるフェレスの死を悟る言葉の数々に、真夜中だと忘れかけるほどにシャルルに衝撃を与えた。妖精故に青い薔薇に捕まればフェレスでも破滅の道しかないのはシャルルとて解しているが、易々捕まるヘマをする男じゃないとも知っている。
「フェレスっ」
「『狩猟大会』までには、対策を練るけど、間に合わなかったら覚悟しておいて」
「許さんっ、お前に死が訪れる可能性が高いグリージョ公爵邸への侵入は到底認められない」
これからも長く帝国の守護を務めてほしい気持ちは勿論、幼少期からフェレスに魔法を教わっている弟子の立場であるシャルルとしては決して認められない。フェレスが行けないのなら、打ってつけの相手がいる。
青い薔薇が捕食するのは妖精のみ。人間の魔力は不味くて薄いから狙われない。
なら――
「私がフェレスの代わりにグリージョ公爵邸に侵入する。貴方が死ぬと信じていないが万が一がある。そうなっては私は勿論、セラティーナ嬢も悲しむ。青い薔薇は人間を襲わないのなら、気を付けるべきはグリージョ公爵や屋敷にいる人間だけとなる」
「ありがとうシャルル。君ならそう言うと信じていたよ」
「……」
顔の周りに明かりでも照らしているのかの如く明るい笑みのフェレスを見た瞬間、やられた、と後悔したシャルル。ここ数日感じていた嫌な予感は今日のものだったらしい。
「まあ、僕であっても青い薔薇に捕まれば、待っているのは死だけ。陰からサポートはするから頼んだよ」
「ああ……絶対に弱気になんてならないのにおかしいと思ったら……」
今更どうこう言っても既にシャルルが侵入するのは決定事項。『狩猟大会』が終わった後、同じく参加する皇太子を先に帰らせる上手な言い訳を考えた
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