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ルチアの役目だった①

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 屋敷の裏庭にて、地面にハンカチを敷いて座るのはセラティーナ。数日前、叔母が研究していた青い薔薇が十八年前から起きている妖精狩に関係していると踏んで当時を知る料理長を連れ組合へ赴いた。黒幕と推測するグリージョ公爵邸に怪しまれず侵入する方法として、二十日後に開催される『狩猟大会』を利用するとなった。『狩猟大会』が終わると毎年グリージョ公爵邸で親しい者だけを集めた小パーティーが開催される。シュヴァルツの婚約者であるセラティーナも当然今年も参加だ。既に招待状も届いている。
 屋敷に戻った後、この事を父に告げるのは事件が解決してからにと料理長には黙っていてもらった。反対されるかと思いきや意外にも料理長は納得してくれた。

 理由を訊いてみると、セラティーナが妖精狩について調べていると知ったら必ず父は止めるから、だと。ファラにそっくりなセラティーナに強い執着心をグリージョ公爵が持っていると危惧した父は、どうにかしてシュヴァルツとセラティーナの婚約を避けたかったと語られた。待ちに望んだファラ以降の魔法使いの才能を持つプラティーヌの娘を王家も貴族も逃したくなかった。筆頭がグリージョ家だっただけ。
 ずっとシュヴァルツがセラティーナを冷遇してルチアを優先しようと父が口を挟むだけで何も動かなかったのは、婚約解消か婚約破棄かの良い機会だからと狙っていたせい。


『ものすごく分かりづらいですが、あれでも旦那様はセラティーナお嬢様がグリージョ公爵令息様を好きではないのかと少し不安だったようですよ』
『料理長から見ても私はシュヴァルツ様を好きに見えた?』
『いえ全く。お嬢様は最低限の義務を務めているだけにしか見えませんでした。旦那様もそう見ていた筈ですが人の内心は分からないからとかなり慎重な様子でしてね、お嬢様が婚約破棄を求めた時は大層安心なさったそうです』
『全然そんな風には見えなかった……』
『旦那様、公爵家の当主の道が無ければ役者にでもなろうかと若い頃仰ってましたから。それだけ、旦那様は演技が上手い』


 屋敷に仕える者の中で最も親しいのが料理長ともあってか、父は彼になら何でも話し時には相談を受け持っていた。

 今日は用事はなく、組合へ行こうにも頻繁に足を運ぶと訝しく思われる。フェレスとは毎朝毎夜会っているから寂しさはない。
 やり直しを強く希望したシュヴァルツからの接触はない。やはり、長年側に居続けたルチアとの関係を絶つ等彼には無理なのだ。本人も自覚しているからこそセラティーナに何もしない。


「お嬢様! セラティーナお嬢様!」


 近くからナディアが呼ぶ声がする。何時から裏庭にいたか忘れたものの、まあまあな時間いた。立ち上がり、下に敷いていたハンカチについた汚れと葉っぱを払い、綺麗に畳んでナディアの声がする方へ到着するとセラティーナの顔を見るなり安堵された。


「何処にいらしたのですか」
「裏庭で考え事をね。どうかしたの?」
「あ、はい、グリージョ様がお見えです」
「シュヴァルツ様が?」


 先程考えていた相手が先触れもなくやって来た。事前に連絡を入れてほしいと以前にも言ったのに……小さく溜め息を吐くとシュヴァルツを待たせている客室にナディアを連れて向かった。此方です、と扉を開けてもらうと部屋の真ん中にシュヴァルツはいた。座って待っていても良いのに、落ち着かない様子で窓側に立っていた。


「ご機嫌ようシュヴァルツ様。以前にも先触れが欲しいと申し上げたではありませんか」
「送っても君は会ってくれないのではないかと思ってしまって……」
「事前に送って下されば待ちます。無視をするような人間ではありません」


 言いたい言葉はまだまだ沢山ありつつ、今日の用件を訊ねる前に座りましょうと声を掛けた。お互いがソファーに座ったところで用件を訊ねた。


「今度の『狩猟大会』に隣国の皇帝陛下と皇太子殿下が出席なさるそうだ」
「隣国が参加するのは初めてですわね」


 敢えて知らない振りを通す。


「例の……カエルレウム卿も参加するのだろうか」
「どう、でしょう」


 あの場でフェレスが参加するかどうかは聞いておらず、そういった催しに興味がない筈だから恐らく参加しない。


「毎年、優勝者には願う相手に栄誉を与えらえる。セラティーナ、私が優勝したら君からの栄誉が欲しい」
「私の?」


 まさかの申し出に吃驚してしまう。何度か優勝をしているシュヴァルツだが、一度もセラティーナからの栄誉を欲しがった事はないのに。



  
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