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提案
しおりを挟む今日二度目の組合訪問を果たしたセラティーナは出入り口付近で不安げな面持ちを浮かべていた受付嬢に声を掛けた。少し前に帰ったセラティーナが来たので忘れ物ですか? と問われるがもう一度カエルレウム卿に会って大事な話があるのだと話した。今フェレスは組合におらず、昼食を食べに出たきり戻らないランスを探しに行っていると教えられた。
「ランスさんが?」
「ええ。ランスさんは昼食に行くと言ったら、寄り道せず真っ直ぐ組合に戻って来る方なんです。いつも行っているお店も混雑するようなところでもないから、あまりに遅いのが心配で……」
特に今は妖精狩について調査をしており、動きが徐々に活発化している。人間と妖精のハーフと言えど、狙われる可能性は大いにある。強い魔法使いであるフェレスに頼むしかない。
「カエルレウム卿が戻るまで中で待たれますか?」
「そうします」
「いつもの個室にご案内しますね」
建物内に入り、二階の個室に案内されたセラティーナは料理長と共にフェレスの帰りを待つ。
「大丈夫でしょうかね……もし、妖精狩に遭われていたら」
「襲われていてもカエルレウム卿が側にいるなら無事よ。とても強い魔法使いだから」
「お嬢様、会って日も浅いのにかなり信頼されていますね」
「そうね」
実際は前世の夫だから信頼していると言いたいがまだ話すべきではない。フェレス達の帰りを待つ間、無言では自分達の身がもたない。フリードはシュヴァルツについて訊ねて来た。
「旦那様から聞きましたがお嬢様はグリージョ公爵令息様と婚約破棄をしたいのですね」
「ええ。いい加減、私もうんざりしていたから」
「幼馴染の聖女様と小さい頃から一緒にいたせいですっかりと情が移っていたんでしょう。貴族なら、お嬢様と結婚した後にでも聖女様を第二夫人として迎え入れるって方法もあったろうに」
「さすがに聖女となったルチア様を第二夫人は無理じゃないかしら」
「どうなんですかね。王族と婚姻しない聖女は今までにいなかったから、なんとも言えません」
もしも王太子が隣国の第二皇女と婚約していなければ、そのままルチアは王太子と婚約していた。その時、今のようにシュヴァルツと親密な関係を保ち続けただろうかと不思議に感じた。
「王太子殿下の婚約者になっていた方がルチア様もシュヴァルツ様もお互いを諦められたのかしらね」
「話を聞く限りじゃ、聖女様がグリージョ公爵令息様を諦めなかったような気もしますよ」
一理ある言葉にセラティーナは何とも言えなくなる。シュヴァルツとルチア程、お似合いの男女はいない。今後ルチアとの接触を一切絶つのを条件にやり直しの猶予を与えた訳だが、心のどこかでシュヴァルツが早く条件を破ってルチアと会ってほしいと願う自分がいて苦笑いを零してしまった。いつからこんな嫌な人間になってしまったのか、と。心配そうにフリードに呼ばれ、何でもないと誤魔化すと急に下から騒がしい声がした。お互い顔を見合わせ、様子を見に行こうと部屋を出た直後。セラティーナが待っていたフェレスに抱き締められた。
「また僕に会いに来てくれたんだって? 嬉しいな」
「フェ……カエルレウム卿にどうしても聞いてほしい事があるから、我が家の料理長を連れて来ました」
「料理長?」
身体を離して目をパチクリとさせる彼が料理長のフリードだと紹介し、叔母の研究していた青い薔薇が妖精狩と深く繋がっていると伝える為にまた組合に来たと告げた。興味深げにセラティーナの用を聞き、下においでと料理長と共にフェレスに連れられ下へ降りた。
そこには石化した人間が十体程床に並べられ、帝国から派遣された調査員が調べている最中だった。聞くと石化しているのはランスを探しに行った際に現れた妖精狩の下っ端だとか。
「任務を失敗したら死ぬ魔法式が刻まれているから、死なないよう石化させたんだ」
「この人達が妖精を攫っていたの……」
「その一部だろうね。全部を捕らえるとなると骨の折れる人数になりそうだ」
石化した者達は調査員に任せ、話の続きをしようとフェレスに促されたセラティーナは叔母ファラの研究書を渡した後フリードに目配せをした。視線に応じ、頷いたフリードは石化した者達に時折視線をやりつつセラティーナに話したものと同じ内容を伝えた。
フリードが話し終えると周囲の空気は異様に重くなっており、不安な面持ちでフェレスを見つめていた。
「ふむ……その話が事実なら、公爵の尻尾を掴む方法を探さないとね」
王家に次ぐ権力を持つ筆頭公爵家の当主が容易に証拠を掴ませる真似はしない。最も手っ取り早いのはグリージョ公爵邸に侵入となる。視線がセラティーナに集まり、慌ててフリードがセラティーナを庇うよう前に出た。
「い、いけません! お嬢様をグリージョ公爵邸には行かせられません! 何より、旦那様が決してお許しにはなりません」
「……それなら、一つ提案があるのだけど」
そっとフリードを退かし、二十日後に『狩猟大会』という、貴族の紳士が参加する催しが開催される旨を告げた。毎年グリージョ公爵家は『狩猟大会』が終わると親しい者だけを集めた小パーティーを開く。当然シュヴァルツの婚約者であるセラティーナも毎年招待されている。二十日後ならまだシュヴァルツに課したやり直し期間中なので婚約継続のまま。人が多く集まる日ならばグリージョ公爵に下手に動けないと推測した。
小動物に完全変身したフェレスを連れて行けば公爵邸への侵入も容易の筈。セラティーナの提案を聞いていた調査員が『狩猟大会』には今年皇帝や皇太子が初めて参加すると発した。両国の関係改善をとことんアピールする目的の為。
「それだ」と聞いた途端指を鳴らしたフェレスに視線が集中した。
「僕を普段扱き使ってくれる皇帝を今度は僕が扱き使う番だ」
——その頃、黙々と執務を熟す皇帝シャルルの背中に冷たい感覚が走った。殺気とも違う、何か碌でもない事が起きる予兆のような気がしてならない。
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