64 / 109
散歩をしよう②
しおりを挟む「セラと関わっていく内、僕は人間に興味を少しは持つようにしたけれど、人間への理解度は低いままだ。君の婚約者とあの聖女の頭の中がさっぱりでお手上げさ」
「フェレスじゃなくても、シュヴァルツ様とルチア様の考えは誰にも分からないわよ……」
暫くあの二人について考えるのは止めておこう。幾ら考えても答えは見つからない。迷宮入りまっしぐらである。
いつの間にか街で人気なカフェに着いており、幸運にも店内席が一つ空いていた。給仕に案内されて引かれた椅子に腰かけた。
「僕はセラと同じ物がいいな」
「なら、紅茶と……シフォンケーキをお願いしようかしら」
店に入る前に見えた看板には、今日のお勧めスイーツがシフォンケーキと書かれていたのを思い出す。伝票に注文を書いた給仕が厨房へ行ってしまう。ちらっと店内を見渡したセラティーナは、客の視線が自分達に集まっていると気付いた。
「此処は貴族御用達でもあるのね」
「彼等の視線を逸らしてあげようか?」
「ありがとう」
自分達を見ているのは恐らく貴族。プラティーヌ家の長女が見知らぬ美貌の男性と同席しているのだ、何事かと興味を示す。フェレスの一言によってあっという間に彼等の意識は別の方へ向き、不快な視線は全て消えた。
「フェレスに使えない魔法ってあるのかしら」
「僕にだって使えない魔法はあるさ」
「本当? ふふ、そうは見えない」
「セラに嘘は言わないよ、僕は」
「ええ、知ってる」
前世で求愛された時に言われた。君に絶対嘘は言わない、偽らないと。
フェレスを受け入れてからの生活はずっと満ち足りていた。不満……は多少あっても、思い出せない程小さく大した事じゃない。
些か束縛が激しかったり、嫉妬深く家にいるのを望まれ、外に出る機会が少なったのだが、外にいるより家にいる方が好きだったセラティーナは苦に思わず毎日フェレスと楽しく暮らした。
「貴族の生活はどうだい? ずっと平民で暮らしていた記憶がある分、戸惑いも多かっただろう」
「そうね。平民と貴族は違うと頭では分かってても、実際に生活してみると自分が想像していた以上に違っていたわ」
歩き方から座り方、お茶を飲む時や食事での姿勢、更に食事中のマナー。平民なら許される些細な粗相も貴族の世界では一切許されなかった。教養についてもそう、覚える量や範囲が桁違いだった。特にセラティーナは公爵令嬢として生まれた為余計に。
魔法の才能があるせいで魔法が使えないプラティーヌ家の枠から外れた子として扱われているものの、幸運にも性格はマイペースで自分で言うのもあれだが能天気だ。小さく笑ったフェレスを怪訝に見やると理由を聞かされた。
「いや? セラがのんびりなのは前もだけど、今の君は特にそうだなって」
「不思議だけど私自身、今の自分を気に入ってはいるの」
「良かった。ねえセラ、君はプラティーヌ家からは厄介者扱いをされているようだけれど、全員が全員そうではないかもしれないよ」
言われて心当たりがあるのはエルサ。昨日の件もあってすぐに浮かんだ。
「君の周囲にいる小さな妖精達が教えてくれるんだ」
「どんな事を教えてくれるの?」
「セラを嫌っていると見せかけて、一番セラを守ろうとしているのがいるって」
「……」
ふと、セラティーナの頭に浮かんだのは——父だった。
口でも態度でもセラティーナを嫌っているのが丸わかりな人。だが、生活においてエルサと明らかな差別を受けて来なかった。
何より、帝国へ行って働かなくても十分生活出来る基盤を既に作っていた事実に驚きであった。
叔母のファラが研究していた青い薔薇。不可能を可能にする青い薔薇を開花させたかった理由が父にあるのだとしら、父とて何かを知っている筈。
「心当たりがあるって顔してる」
「お父様、かしら……。お父様が何を考えているのか、私には全く分からない」
シュヴァルツとルチアの理解不能とはまた違う。父なりの考えがあっての行動なのだろうが真意が見えない。
「君の叔母の研究書にあった思念を読み取って分かった事がある。君の父は、あの本を捨てるに捨てられなかったって」
「青い薔薇を咲かせる研究をお父様がどう思っていたかね。所々書かれていた叔母様の言葉から察するに、お父様は反対していた立場だった。屋敷に戻ったら、お父様に叔母様が研究していたこの件を聞いてみる」
出来ればグリージョ公爵が紹介したであろう妖精についても調べたいところ。妖精についてはフェレスにお願いしたいと頼むと首を振られた。
「死んでるよ、その妖精は。本に残っていた思念……君の叔母の思念で分かった」
「そんな……」
「十八年前から起きている妖精狩……案外、君の叔母が研究していたこれと関りがありそうだ」
「そうなると怪しいのは……」
研究に協力していたグリージョ公爵となる。領地へ出発した際、父が執事に言い残したグリージョ公爵邸へは行くなという言葉も関係している節がある。
屋敷に戻ったら、何を言われようと父に青い薔薇について聞くとセラティーナは決めた。
——グリージョ邸に戻り、落ち込んだ様子で部屋へ向かうシュヴァルツの背を一瞥するなりアベラルドは執務室へ足を運んだ。室内に入ると暫く誰も入れるなと家令に言い、扉を閉め椅子に座った。
「あの大馬鹿者め」
いつまで経っても子供の頃からの情を忘れられず、無意識に一目惚れをしているくせにルチアしか目に入れなかった愚息は漸くセラティーナへの気持ちを自覚したらしいが捨てられる間際というのが駄目過ぎる。
「ファラ、もう少しだけ待っててくれ」
帝国の魔法使い——古い妖精が——セラティーナを欲している。それも大魔法使い級の。
「奴の魔力を奪えたら、ファラ、君に掛けられた呪いが解ける」
兄ジグルドが魔法使いになれるようにと始めた研究の結果が悲惨な末路になる等、ファラもアベラルドも思いもしなかった。
180
お気に入りに追加
8,547
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
【完結】私の婚約者はもう死んだので
miniko
恋愛
「私の事は死んだものと思ってくれ」
結婚式が約一ヵ月後に迫った、ある日の事。
そう書き置きを残して、幼い頃からの婚約者は私の前から姿を消した。
彼の弟の婚約者を連れて・・・・・・。
これは、身勝手な駆け落ちに振り回されて婚姻を結ばざるを得なかった男女が、すれ違いながらも心を繋いでいく物語。
※感想欄はネタバレ有り/無しの振り分けをしていません。本編より先に読む場合はご注意下さい。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
次代の希望 愛されなかった王太子妃の愛
Rj
恋愛
王子様と出会い結婚したグレイス侯爵令嬢はおとぎ話のように「幸せにくらしましたとさ」という結末を迎えられなかった。愛し合っていると思っていたアーサー王太子から結婚式の二日前に愛していないといわれ、表向きは仲睦まじい王太子夫妻だったがアーサーにはグレイス以外に愛する人がいた。次代の希望とよばれた王太子妃の物語。
全十二話。(全十一話で投稿したものに一話加えました。2/6変更)
もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。
逃がす気は更々ない
棗
恋愛
前世、友人に勧められた小説の世界に転生した。それも、病に苦しむ皇太子を見捨て侯爵家を追放されたリナリア=ヘヴンズゲートに。
リナリアの末路を知っているが故に皇太子の病を癒せる花を手に入れても聖域に留まり、神官であり管理者でもあるユナンと過ごそうと思っていたのだが……。
※なろうさんにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる