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聖女を脅しても罰が下らないのが彼①

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「セラティーナ様……?」
「はい。セラティーナですわ、ルチア様」


 優雅な足取りで階段を下りたセラティーナは瞬きを繰り返すルチアの前に立った。お忍びの自覚はあるらしく、いつもの服装よりか派手さは抑えたドレスを着ていた。目の前にいるのが本物のセラティーナだと漸く解したらしいルチアは見る見るうちに表情を変え、白い頬をぷっくりと膨らませた。


「セラティーナ様、シュヴァルツに何を言ったのです!」
「何をとは?」
「私がシュヴァルツに会いにグリージョ公爵邸に行ったら、もう私とは会わないと追い返されたんです! 今日プラティーヌ公爵家にグリージョ公爵と行くのは知っていましたから、セラティーナ様がシュヴァルツに何か言って私から引き離したのでしょう!」
「ルチア様。ルナリア伯爵から何も聞いていないのですか?」
「何をよ」


 甘いとは知っていたが今どういう状況に陥っているかさえ話さない甘やかしっぷりに頭が痛くなる。分かりやすくルナリア伯爵家とグリージョ公爵家、基シュヴァルツが陥っている状況を説明するとルチアは「嘘よ!」と聞き入れなかった。


「シュヴァルツがセラティーナ様とやり直したい訳ないじゃない! シュヴァルツは私を愛していると何度も言ってくれたのよ、そんなシュヴァルツが私を裏切ってセラティーナ様を選ぶ筈がない!」
「その言葉をそのままシュヴァルツ様に言ってください」


 本来であれば即婚約破棄としたかったのにシュヴァルツのあまりのしつこさにセラティーナが折れてしまい、一月の猶予を与える代わりとしてルチアとの接触を一切絶たせた。どうせ受け入れはしないと見ていたのが甘かったのか、早速ルチアを拒否する姿勢に内心驚きを隠せない。

 ただ、ルチアを愛しているのは嘘じゃない。セラティーナとの婚約破棄を嫌がるのもセラティーナに気があるから……と言われてもこっちに関しては如何せん実感が全くない。


「シュヴァルツを誑かしておいて何よその言い方っ」
「誑かしていません。そもそも、私とシュヴァルツ様は婚約者として決められた逢瀬でも殆ど会話をした事がありません。ここ最近が一番多く会話をしている方ですよ」
「セラティーナ様は帝国の魔法使いであるカエルレウム卿に求婚されたって聞きました。さっさとカエルレウム卿に帝国へ連れ帰ってもらってくださいよ」
「なら、ルチア様がシュヴァルツ様を説得してくださいませんか。私のお父様も婚約破棄については賛成なので我がプラティーヌ家は一切邪魔をしません」
「嘘吐き! そんなこと言っても私は知っているのよ。セラティーナ様がシュヴァルツを好きだって」
「はい?」


 ルチア曰く、自分と一緒にいるシュヴァルツを寂しげに見つめているセラティーナを何度も見て来た。自分という愛する存在がいるのに、政略で結ばれた婚約者だからと愛されると勘違いしているセラティーナが可哀想でならなかったと。
 一度もシュヴァルツを愛した覚えのないセラティーナは口を挟みたいのに間がない為、聞き役に徹するしかなく、見当外れなルチアの言葉をただただ聞くしかなかった。


「本当の事を言いなさい。セラティーナ様はシュヴァルツを愛しているのでしょう? カエルレウム卿の求婚を受けたのはシュヴァルツの気を引く為なのは私でも分かるわ」
「大聖堂に行って大司祭様立ち合いの下で宣言しても構いません。私は一切シュヴァルツ様を愛していません」
「な、う、嘘よ! 出鱈目を言わないで!」
「言っていません」


 寂しげに見ていたのは何度かシュヴァルツにも指摘されたので認める。セラティーナに自覚はなくても、シュヴァルツとルチアの相思相愛の姿を見て前世の自分とフェレスを思い出していたせいで表情に気持ちが乗ってしまった。


「婚約者になったから仲良くなろうとシュヴァルツ様に歩み寄る努力はしました。政略結婚でもお互い信頼を築けなければとても夫婦にはなれないからと。シュヴァルツ様には、その気は一切無かったようですが」
「当然よ。シュヴァルツは私を愛しているのだから」


 伯爵令嬢としての教育よりも聖女の教育に重きを置くのは結構だが、王太子と婚約しても社交界に出るのは同じ。どちらの教育にも同じ力を注いでほしかった。


「愛している愛していないの話は取り敢えず置きましょう。ルチア様、今のルナリア家はルチア様とシュヴァルツ様に掛かっているとご存知ですか?」
「だから、何の話――」
「お父様は今回の件を受け、ルナリア伯爵にルチア様とシュヴァルツ様が婚約しなければ、伯爵家の主な収入源である小麦の買取りを全て停止する旨としました。無論、プラティーヌ家の息の掛かった商会全て今後一切ルナリア伯爵家と如何なる取引もしません」


 今初めて聞いたのか、衝撃で口をパクパク開閉させるルチア。見目は少女のように愛らしい女性なので驚愕する表情も可憐である。先程までの勢いはどこへ、漸く状況を理解したらしいルチアは顔を青褪め泣きそうな面持ちを浮かべた。


「ひ、酷い……いくらなんでも酷いっ、そんな事をされたらルナリア伯爵家のお金がなくなるじゃないっ」
「ええ。なので、ルチア様やルナリア伯爵はグリージョ公爵様やシュヴァルツ様を頑張って説得しないとなりません。婚約を結んでもらう為にも」


 収入源を絶たれればルナリア伯爵家に未来はない。プラティーヌ家のように様々な商売を営む訳でも、優れた魔法使いがいるわけでも、小麦以外特に目立った生産品がある訳でもないルナリア伯爵家の命運はルチアとシュヴァルツの婚約に掛かっている。


「私もお父様も一切助ける気はないので」
「セラティーナ様は私に協力する義務がある筈です!」
「何故です?」
「セラティーナ様がシュヴァルツに何かを言ったから、シュヴァルツはセラティーナ様と婚約破棄したくても出来なかったのよ、それを」
「婚約破棄を申し込んだのは私です」


 決してシュヴァルツからではない。

 このままでは話の堂々巡り。シュヴァルツを説得させるのはルチアの役目だと言っても、セラティーナがセラティーナがと言うだけで話が終わらない。周囲にいる組合の魔法使い達から白い目を向けられてもルチアは尚も食い下がる。このままでは営業妨害も同等。一旦、場所を移すかと考えが過ったら、知っている香りが鼻孔を擽った。誰かと判明した直後、頭に手が乗せられた。


「話が進まないから僕が終わらせてあげよう」
「フェ……カエルレウム卿」


 まだルチアの前では知り合って浅い振りを貫きたく、フェレスと言い掛けたのをカエルレウム卿と言い変えたセラティーナを不満げに見つつ、フェレスはルチアへと向いた。


「カエルレウム卿!? 何時戻られたのですか」
「少し前にね。組合が騒がしくて様子を窺っていたのさ。聖女様、さっきから君の言い分を聞いていたけれどね……君は聖女であると同時に貴族である自覚はあるかい?」
「当然です。私はルナリア伯爵令嬢ですから」
「なら、伯爵令嬢が公爵令嬢の頬を打つなど前代未聞だと思わないか?」


 ルナリア伯爵家は中位の貴族で目立った功績もなく、現当主は穏健派で秀でた才能は特にない。対してプラティーヌ家は王国一の財力を持つ大富豪であり公爵家。敵に回したくない家の長女の頬を打って反省の色を見せない。問われたルチアは「私は間違った事はしていません!」と胸を張って堂々と言い切るので流石のフェレスも呆れ果てた。
 そっとセラティーナに寄り「僕の知っている妖精に、自己愛が強く目立ちたがり屋で人間に崇められるのが大好きな聖属性の魔法を使う奴がいる。聖女を殺して彼女に代わりをしてもらう?」と物騒極まりない相談を持ち掛けられ、国際問題に発展すると即却下した。

 長く生まれなかった聖女を大切に育てるあまり、些か常識外れな令嬢に育ってしまった。だが、聖女の能力は本物だから大聖堂もあまり問題視していない。実際、聖女としての仕事はきっちりと果たしている。


「お似合いですわよ、セラティーナ様とカエルレウム卿は」
「ありがとう、ルチア様」
「だから、早くシュヴァルツを解放してください」


 本心から言っているのではないと分かっていながら一応お礼を述べるが、次に出た言葉にげんなりとしたのだった。



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