婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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叔母の研究②

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「ふう……」
 必要と思しきページを全て読み込み、つい先程読み終えて表紙を閉じたセラティーナの額には薄っすらと汗が滲んでいた。目も若干赤く、痛みを覚えていた。夢中で読み進めたせいで瞬きの回数が減ったせいだ。叔母が遺した青い薔薇の研究書には、青い薔薇を咲かせる上で絶対に欠かせない材料の一つに妖精族の魔力と記されていた。
 人間と違って魔力の純度と濃度が高く、若い妖精でも強い魔力を持つ。一度、自分の魔力を使って咲かせようとしたが蕾にすらならず失敗に終わった。手っ取り早く純度と濃度が高い魔力を手に入れるには、それらを持つ妖精族の手を借りればいい。


「気になるのは、グリージョ公爵様が手伝ってくれる妖精に伝手があると書かれている部分ね」


 詳細は残念ながら書かれていないが実際にアベラルドの知り合いと思われる妖精の魔力を借り、青い薔薇を一度開花させたとあった。

 “青い薔薇が咲いた! これでわたくしの願い叶う。もう誰もわたくしの兄様を馬鹿になんてさせない”


「……」


 最後に書かれているのがこの一文。他の文字と比べてあきらかに筆圧が濃く、文字も綺麗だ。魔法を使える叔母を父は疎んでいた筈。だが、研究書に書かれている言葉を見ていると叔母は父を兄として非常に慕っていたと見える。
 こんな文面もあった。

 “今日はお兄様がわたくしの大好きなシフォンケーキと紅茶を食べようとお茶に誘ってくれた。お母様に仲良くしろと言われるからと嫌そうな顔をしているのに、わたくしの好きな庭園でわたくしの好物を態々用意するなんて素直じゃないお兄様。言っている事とやっている事が全然合わないのがお兄様らしい”

 叔母の目から見て父は妹思いの兄だった。言動が全然そう見えなくても叔母には気持ちが伝わっていた。

 言動と行動が合っていない対象はセラティーナも含まれているものの、読み終えた時に生まれた感想は別だ。実の娘となると妹と感覚は違ってくる。自分の場合は不明な点は多いものの、多分嫌われている。


「……」


 少しだけ落ち込みつつ、ふう、とまた息を吐いた。

 青い薔薇を開花した後がない。どの研究書を読んでも同じ。叔母に協力をしていたアベラルドなら何か知っているだろうか。父には――聞かない方が良い。叔母の話題を出すとエルサであろうと機嫌を悪くする。特に今は。


「……そうだわ。組合に行ってフェレスに聞きに行けば……」


 長生きな妖精であるフェレスなら、青い薔薇についても何か知っていそうだ。魔力を吸う植物という点においては青い薔薇も同じ。

 早速、出掛ける準備をするべくナディアを呼んだ。

 素早く準備をし、叔母の研究書を全て両手に抱え部屋を出た。

 屋敷から出ると用意させた馬車にナディアと共に乗り込んだ。向かわせた場所は街の広場。一人降りたセラティーナは組合へと急ぐ。向かっている最中、ナディアには待機を指示した。非常に何か言いたげな顔をされるも納得してもらった。

 ――いえ、多分納得はしてないわ。

 セラティーナが頑なに言おうとしないから、諦めが勝っているのかもしれない。
 組合『グレーテル』に入ってすぐに受付嬢の許へ行き、ランスはいるかと訊ねた。ランスなら常にフェレスといると推測して。


「ひょっとして、カエルレウム卿に?」
「え、ええ」
「ランスさんに、セラティーナ様が来た時ランスさんの名前を出したらカエルレウム卿の許へ案内するよう言伝を預かっています」
「そうだったのですか」
「はい。ただ、只今カエルレウム卿はお一人で何処かへ行ってしまい不在でして。ランスさんは食事をしに街へ行っています」


 二人とも留守と知り、まずフェレスの行先を訊ねた。詳しくは教えられていないが脅しに行くと言って消えたとか。

 ――……もしかして……皇帝陛下を脅して……なんてないか。

 ないない、と当たってほしくない予想を頭から消し、代わりにランスが戻るまで待たせてほしいと頼むと了承された。

 二階にある個室に案内され、中で待つ事となった。

 椅子に座ってランスが戻るのを待つ間、持って来ていた研究書を丸テーブルに置いた。
 青い薔薇についての研究を始めた頃の本を手に取り、ページを開いていく。どの研究書も半分日記の役割を担っており、どのページを見ても叔母の言葉が記されていた。

 “わたくしの目標は一つ。お兄様を馬鹿にする魔法使い達にぎゃふんと言わせる事。お兄様は余計な事をするなとお怒りだが絶対に止めない。アベラルド様だけが理解してくれる”


「叔母様の願いはきっと……」


 開花させる事で不可能を実現させる青い薔薇に込めた叔母の願いは、きっとセラティーナが予想する通りなのだとしたら……。

 ページに綴られた文字を指で追い、ランスが来るまでセラティーナは読み続けた。


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