婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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叔母の研究①

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「セラ」


 長いプラチナブロンドを指に絡め、するりと滑らせてセラティーナの後頭部に手を回したフェレス。引き寄せられ、耳に唇を当てられ。


「僕は君の為なら利口でいてあげてもいい。ただ、我慢強くないのは君がよく知っているだろう?」
「んっ」


 甘い低音を耳元で囁かれるとゾクリとした感覚が耳から背中を走る。態とらしく息を吐くから性質が悪い。


「あまり人間の物差しで僕を待たせないことだ」
「フェレスっ……」
「僕が王国にいる方が組合にとっては都合が良いのかもしれないけど」


 十八年前から起きている謎の妖精狩について、隣国の皇帝の指示もあってフェレスは組合に協力して調査をしている。王国にいる最たる理由であるセラティーナを帝国へ連れ帰ればフェレスが王国にいる理由は消える。皇帝の指示だからと言って最後まで聞いてやるつもりがないのがこの妖精だ。


「捕まった妖精が何処かの地下牢に入れられ、魔力を奪う植物によって殺されているのは分かった」
「植物が魔力を奪う?」
「ああ。セラは知らないか。人を襲う植物は存在するよ。特に、魔力を好んで奪うのが」


 普通に暮らしていたらまずお目にかかれない。主に危険と判断されている森に棲息しているか、闇商人が秘密裏に栽培して取引をしている例もある。無論、危険な植物の取引は法によって禁じられている。発覚すれば重罪は免れない。


「地下牢があるというだけでは犯人の判断は難しいわね……もっと他に手掛かりがあれば」


 地下があるという点では貴族、裕福な平民、商人と比較的大きな家を持つ者に限られるが範囲が広く特定するのは困難。ふむ……とセラティーナの髪を指に巻いては解くフェレス。自身を囮にして敵を捕縛したまでは良かったものの、すぐに死んでしまった。今度は捕縛したら素早く死なない細工を施すか、と考えていると不意に扉がノックされた。セラティーナの為に薬草茶をナディアが持ってきたのだ。


「秘密の逢瀬はここまでみたいだ。また、会いに来るよセラ」
「ええ。私も時間を見つけたら、貴方に会いに行くわフェレス」
「待ってるよ」
「あっ」


 いつもは額にキスを落としていくのに今回は頬にキスをされた。正式に婚約が無くなるまで額以外のキスは禁止にしたのに……と苦笑するがフェレスにキスをされて嫌になる訳がない。お返しに、とフェレスを抱き締めた。


「君と離れるのが悲しい。このまま、連れ去ってしまいたい」
「駄目よ。屋敷中大騒ぎになるから」
「冗談だよ。じゃあね」


 ぽんぽんとセラティーナの背中を叩くとフェレスは光の粒子となって姿を消した。
 頬にされたキスが嬉しいからか、顔から熱が消えない。返事をしてナディアに入ってもらい、薬草茶を貰った。


「セラティーナ様、お顔が赤いようですが……」
「え? あ、ああ、気のせいよ」


 苦し紛れの言い訳だが今はこの言葉しか出なかった。

 薬草茶を何口か飲むとシュヴァルツに猶予を与える代わりの条件を記した手紙を早速準備し始めた。椅子に座ると便箋を選び、羽ペンの先にインクを付け書き始めた。
 文字を書き連ねながら頭に浮かぶのはルチアといる時のシュヴァルツ。何時だって幸福な笑みをルチアに向け、ルチアもシュヴァルツが側にいると常に笑顔を絶やさなかった。周囲に認められた相思相愛の仲。要らないのはセラティーナだけ。

 猶予を与える条件に、公式の場以外でのルチアとの接触を一切絶つのが絶対だと記し、最後にセラティーナ自身何も期待していない旨を書き便箋を封筒に入れ、封蝋を押してナディアに渡した。


「これをシュヴァルツ様に」
「畏まりました」


 ナディアが手紙を持って部屋を出て行くと半分に減った薬草茶に口をつけた。温くなって苦味が増したような気はするも、眠気を覚えている体には丁度いい。


「魔力を奪う植物……」


 犯人が妖精を狙う理由が魔力なら、人間よりも魔力純度と濃度が高い妖精を狙うのは理に適っている。プラティーヌ家の屋敷には魔法に関する書物が少なからずある。夭折した叔母ファラが集めていた書物も残っている。
 残りの薬草茶を飲み干したセラティーナは書庫室へと向かった。途中、休憩をしている料理長に出会った。


「お嬢様。何処へ行かれるのですか?」
「書庫室よ。調べたいことがあって」
「私も偶には新しい料理の為になるようなヒントを求めて本を読んだ方がいいのかなあ」
「そうかもしれないわね」
「ところで何をお調べに?」
「あ、えっと……魔法植物を、ね」


 妖精狩の手掛かりとなる魔力を奪う植物を調べたい、と事実を言ったら却って心配される。


「魔法植物ですか。お嬢様はファラお嬢様とそういった面でも似ていますね」
「叔母様?」


 魔法を使う才能があったファラは植物に関する知識を集めるのが好きだったと料理長は語り、特にある花を咲かせたがっていたと語った。


「ええ。ファラお嬢様は亡くなる直前まで青い薔薇を咲かせたいと先代の公爵様や夫人に黙って研究をしていました」
「青い薔薇?」


 自然界では決して咲かない青の薔薇。花開くと不可能を可能にすると言い伝えがあるその花に特別な想いを込めてファラは研究を続けていた。特別な想いとは何かまでは料理長も分からないらしいが大方の見当はついているらしいが教えてもらえない。

 意地悪をしているのではなく、真意はファラにしか分からないからと言われるとセラティーナもそれ以上は聞けない。


「なら、叔母様が青い薔薇を咲かせる為に集めていた資料はないかしら?」
「多分、書庫室に保管されているかと。魔法書が集められている棚を探せば見つかりますよ」
「ありがとう」


 料理長と別れたセラティーナは書庫室に入り、魔法書が集められている棚の前に立った。魔法書が置かれている棚は目の前の棚一つだけ。叔母が咲かせたかった青の薔薇の資料はどれか……と背表紙を指でなぞりながら探していると——見つけた。
 本を取ると表紙に青の薔薇の刺繍があり、ページを開き中を見ていく。


「これって……」


 ページ一杯に書き込まれた文字や絵。熱心に研究をしていたと物語る内容の隅にはファラ個人の感想が書かれており、一つ気になる文面があった。青の薔薇を咲かせる材料についてファラなりの見解が書かれており、最も美しく青の薔薇を咲かせるのに必要不可欠な材料にセラティーナの目は釘付けとなった。

 “魔法植物は魔力を栄養源とする。青い薔薇は特に、純度と濃度が高い魔力が必要不可欠。人間の魔力では青い薔薇を咲かせられないなら、妖精に協力してもらないとならない。”
 “協力してくれる妖精の伝手があると言うアベラルド様には感謝だ。青い薔薇をお兄様の為に咲かせたいわたくしの気持ちを一番理解してくれる”


「……」


 更にページを読み進め、粗方読み終えるとファラの本と他にもファラが書いたと思しき本を数冊手に取り、急ぎ部屋に戻った。


  
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