婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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やり直しの提案①

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 碌に話を聞いてもらえないまま、プラティーヌ家を追い出されるように出たシュヴァルツは屋敷に戻った。どうせ何時かは結婚するのだからとセラティーナの気持ちを蔑ろにし、家族から嫌われている彼女の居場所は自分しかいないと高を括ったツケが今になって回って来た。
 好きではない、婚約者として歩み寄ろうとしただけだと突き付けられ激しいショックを受けた。恋慕われていると思っていたから。ルチアといると悲し気に自分を見ている気がした時もあった。セラティーナは絶対に自分から離れないと根拠のない思い込みはどこから来ていたのか。今になって自分でも恥ずかしくなった。

 邸に入ると出迎えた家令から王太子殿下が来ていると知らされ、急ぎ客室へと歩いた。入室するとローウェンが待っていて「お帰りシュヴァルツ」と気安く手を挙げた。
 家令に二人だけにしてほしいと指示し、ローウェンの向かいに座ると扉が閉められた。


「急に来てすまない」
「いや。何かあったのか?」
「もうじき、グリージョ公爵やお前の耳にも入るだろうが先に話しておきたくてな」


 三日前に隣国の皇帝から国王宛にある手紙が届いたと前置きされ、記されていた内容を聞きシュヴァルツは呆然とした。帝国の魔法使いがセラティーナを妻にと要望しており、受け入れるなら帝国と王国の境目にある魔石鉱山の所有権を王国へ譲渡するという。豊富な魔石が眠っている鉱山は王家が長年所有権を欲しており、その代わりとしてセラティーナを帝国の魔法使いの妻に差し出すなら安いと初め判断された。だが、王国一の財力を持つプラティーヌ家の長女と筆頭公爵家グリージョ公爵家の嫡男の婚約は、王家が正式に承認した婚約。独断で決めるのは如何なものかと国王夫妻と王太子の三人で話し合った結果、漸くプラティーヌ公爵に報せを届けた。

 まずはプラティーヌ家側が何と言うか、である。


「プラティーヌ公爵はセラティーナ嬢を嫌ってはいるが、お前との婚約解消を簡単に飲むかどうかだな」
「いや……恐らく公爵はセラティーナを帝国へ差し出すだろう」


 公爵がどれだけセラティーナを嫌っているか知っている。邸内で擦れ違っても視線すら合わせない冷徹振り。次女のエルサには惜しみない愛情を注ぐのに。


「魔法が使えるだけで家族から嫌われていも、セラティーナは常に気丈に振る舞っていた」


 時折見せる寂しげな表情……あれはセラティーナなりのシュヴァルツへの助けを求めるサインだったとしたら、自分は何と愚かな過ちを犯したのかと後悔ばかりが募る。


「プラティーヌ公爵が受け入れるなら、陛下もグリージョ公爵には受け入れるよう話を持っていくだろう」
「……」
「シュヴァルツにとっては良い機会じゃないか? セラティーナ嬢と婚約解消になって王国と帝国の為ならば、お前がルチアを婚約者に迎え入れてもなんら……」
「ルチアとは、絶対に婚約は出来なくなった」
「な、何故?」


 昨日起きた出来事を包み隠さず話すとローウェンの整った相貌が歪んだ。


「そんな事が……」
「父上にセラティーナとの関係を改善しろと言われて、さっきまでプラティーヌ家に行っていた。セラティーナには会えたが私とは婚約破棄をすると言われたよ」


 直接的な原因はルチアにしろ、ルチアが格上の公爵令嬢たるセラティーナを軽く見る要因になったのはシュヴァルツが理由。好きでもない、寧ろルチアとの婚約を勧められたと落ち込んだ声色で呟くとローウェンに溜め息を吐かれた。


「セラティーナ嬢が好きだと、自覚したのか?」
「ルチアとの違いに気付いたら……」
「シュヴァルツ。お前にはルチアがいる。セラティーナ嬢の事は諦めるしかない」
「……」


 もしも、もしもばかり考えてしまう。

 当初の予定通り、ローウェンとルチアの婚約が成立していれば、シュヴァルツもルチアもお互いを諦められた。セラティーナを見ようと努力した。


「……帝国の魔法使いとは、カエルレウム卿だよな?」
「ああ」
「セラティーナは……カエルレウム卿には、心を開いていた。会っても間もないというのに。セラティーナが笑っている姿をその時初めて見たんだ。とても愛らしかった。カエルレウム卿はそんなセラティーナを見て妻にと要求したんだろう」
「卿は確か五十年前に奥方を亡くされていると聞いている。きっと、セラティーナ嬢を奥方の代わりにと考えているんだろう」


 相手は長い年月を生きる古い妖精。妖精は飽き性だと聞いた覚えがある。妻にと求められ、フェレスに嫁いでもセラティーナに待っているのが幸福ではなく不幸なのだとしたら、とてもではないがシュヴァルツ個人としては受け入れられない。
 プラティーヌ公爵のこと、フェレスに嫁いだセラティーナが飽きられ捨てられても助けを差し伸べたりはしない。


「皇帝としては、彼の魔法使いが帝国にいてくれれば良いんだろう。その上で、セラティーナ嬢がどうなろうと向こうには関係ないだろうな」


 先々代の皇帝の時代からフェレスは帝国に仕えていると聞く。フェレスとの関係を維持したい現皇帝は、仮に王国が断ろうとセラティーナを差し出すよう要求してくる。そうなれば、両国の関係を顧みるとセラティーナを差し出すしかない。
 昨日の件があった以上、ルチアとの婚約は望めない。

 自分自身、どうしたら良いかシュヴァルツには明確な答えがなかった。

  

 その頃セラティーナは忙しいと言っていた父ジグルドに執務室に呼び出されていた。王家への返事を書き終わるまで待てと言われたので真ん中に置かれているソファーに座って父を待つ。
 するとナディアが入り、オペラをセラティーナの前に置いた。頼んだ覚えはなく、訝し気に見ていると小声で「旦那様が用意するようにと」と教えられ、目を丸くした。

 セラティーナの好物を知っている……訳がないのでただの偶然だろうと自身を納得させ、共に出された紅茶の香りを静かに楽しんだ。


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