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手遅れだった

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 部屋に戻ってソファーに腰掛けたセラティーナは今日の予定をどうしようかと考えた。もう一度父と話をしようと試みても言葉通り多忙になるだろうから恐らく会ってくれない。組合に行ってフェレスに会いに行こうか、それとも別の何かにしようかと頭を悩ませているとナディアがやって来た。言い難そうにシュヴァルツが来ていると知らされた。


「シュヴァルツ様が?」
「はい。お嬢様、如何なさいますか?」


 先触れもなくまたやって来た。が、今回の用件はあの時と違う。父にはまだ言っていないらしいので早々にお引き取り願おうとナディアに帰ってもらうよう指示した。昨日の今日だ、今更会って話すものは何もない。


「大方、公爵様に叱られて来たのかしらね」


 何れ知られて叱責されるのなら、自分の口から話して叱責される方がましだ。シュヴァルツも同じ考えで話したに違いない。また何をしようか考え始めた矢先、先程玄関ホールに向かわせたナディアが困った顔をしながら戻った。


「申し訳ありません。グリージョ様はセラティーナ様に会うまで絶対に帰らないと」
「分かった。私が会うわ」


 公爵に言い付けられたのなら、何が何でもセラティーナと会わないとならない。そうなると薄々感付いてはいたセラティーナはナディアを連れて玄関ホールへ向かった。そこには焦り顔を隠せないシュヴァルツが待たされていた。セラティーナの顔を見るなり焦燥が滲んだ声を漏らした。


「セラティーナっ」
「おはようございますシュヴァルツ様。朝早くから先触れもなくやって来るなんて非常識ではありませんか」
「……すまない」
「謝るくらいならしなければ良いではありませんか」


 現実はそうではないからシュヴァルツは来ているわけで。俯き、拳を握り締めるシュヴァルツに用件を訊ねた。
 昨日の件について改めて謝罪したいと述べられ、態と大きな溜め息を吐いた。


「シュヴァルツ様が謝っても意味はないかと。謝罪をするなら、ルチア様の方ではありませんか」
「ルチアにも正式に謝罪させる。まずは私が謝りたいと思って」
「それなら、今お父様がルナリア家、大聖堂、グリージョ公爵家宛に抗議の文を準備している最中です。後日、場を設けるかと思いますので謝罪はそちらで聞きます」
「その前に私自身がセラティーナに償いをしたい」
「どう償うのですか」
「ルチアとは今後一切会わないと君に誓う」


 突然の宣言に青の瞳を見開くもすぐに細め、ゆるゆると首を振った。


「出来もしない宣言はよした方が良いかと。シュヴァルツ様では無理です」
「無理ではない。確かに、今までの私は君を蔑ろにし過ぎた。これからは心を入れ替えてセラティーナだけを見続ける」


 その場に跪き、胸に手を当て上目遣いで見つめられてセラティーナは予想外の行動に驚く。


「どうか、私にやり直す機会をくれ」


 真摯に見つめて来る灰色の瞳に嘘はないのだろうが、昨日の今日で態度が変わり過ぎだ。余程公爵にきつく叱られたと見た。子供はシュヴァルツ一人だけだが、遠縁に男児がいない訳ではない。セラティーナに許されなければ跡継ぎから外されると脅された可能性がある。
 仮にルチアに打たれていなくても、心からの懇願はセラティーナの心を動かすにはもう手遅れだった。これがまだ婚約が結ばれて一年以内だったらどうにか自分を納得させて許していた。婚約が結ばれて一体何年経っていると思っているのか。

 間を開けずセラティーナは「無理です」と断った。


「セラティーナ……」
「言いましたね。私はシュヴァルツ様を好きではないのです」
「好きになってもらうよう努力する」
「無理なんです。私はシュヴァルツ様を好きになれません。最初に出会っていた頃ならともかく、今更貴方を好きになるのは脅されても出来そうにありません」
「……」
「シュヴァルツ様とルチア様。幼少の頃から想い合う貴方達を引き裂く悪女という私の悪評を貴方は一度でも否定なさいませんでしたね。私が周囲に貴方に愛されない、家族にも愛されない惨めな女だと嘲笑われてもシュヴァルツ様はルチア様といましたね」
「それ、は」
「構いませんのよ。貴方とルチア様のご関係は最初から知っていましたから。それでも私と婚約が結ばれたのはグリージョ公爵様たっての希望だったから」


 責める相手を、恨む相手をシュヴァルツもルチアも間違えていた。婚約者の座にセラティーナがしがみついていたと思っているのだろうが大きな間違い。婚約に拘ったのはグリージョ公爵で、どうしてもルチアが良いならセラティーナ以上だと思わせる結果を二人努力して勝ち取れば良かったのだ。
 事実を淡々と指摘されシュヴァルツは項垂れてしまった。


「ね、シュヴァルツ様。私は今回の件を理由に婚約破棄をしてもらうようお父様にお願いしております。お父様も了承してくれています。良い機会です、ルチア様と婚約したら良いかと」
「……ルチアとは、婚約しない」


 まだ受け入れないのか、と呆れると急に顔を上げられた。


「ルチアと一緒にいると心が穏やかで落ち着いた気持ちを保っていられる。ルチアの明るい性格に何度も救われてきた。ルチアが側にいてくれるだけで私の心の安らぎになっていたのは事実だ」
「なら」
「だけど……私の心を激しく乱し、気になって仕方ないのは君だと理解したんだセラティーナ」
「……はい?」
「帝国の魔法使いに言い寄られる君を見てどうしてか強い焦りを覚えたんだ……それに、君は、あの魔法使いに笑って見せていただろう? ……私には見せてくれないのに魔法使いに見せるのは何故かと苛立ちが湧いた……」


 シュヴァルツの言葉を理解するのに思考が停止してしまい、瞬きを繰り返すセラティーナはナディアに助けを求める視線を送るも無駄だった。ナディアも強く戸惑った様子で首を振る。

 シュヴァルツの言葉を理解した頃にはセラティーナも混乱から戻って来てはいるが代わりに頭が痛くなった。簡単に纏めるとルチアを妹のようにしか見ておらず、好きなのはセラティーナだと言いたいらしい。今までのどこを見たら自分を好きでいてくれたと思ったらいいのか、別の悩みが浮上して考えが止まらない。
 けれど一つ確実なのは、好意を自覚したらしいシュヴァルツの言葉を聞いてもセラティーナの心に響かない。


 ――きっと、もっと早ければ結果は違ったのでしょうね……。


 フェレスに再会する前か、一目会いたいと決意する前だったら、きっとシュヴァルツの言葉をある程度受け入れ歩み
 寄る努力をしただろう。


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