婚約者は聖女を愛している。……と、思っていたが何か違うようです。

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人の気持ちは不明だ

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 昨夜はぐっすりと眠り、朝まで一度も目を覚まさなかったセラティーナはカーテンから差し込む陽光の眩しさに起こされた。ずっと嫌われていると思い込んでいたエルサと関係改善が成されたのは良い傾向だろう。

 もう少し眠っていたい……とデューベイを頭まで掛けようとしたら、重石でも置いているのかというくらいビクともしない。寝惚けた頭のまま上体を起こしたら、ベッドに腰掛けてセラティーナを眺めているフェレスがいた。何度か瞬きを繰り返した後、漸く頭が覚醒したセラティーナは「フェレス?」と驚いた。大声を出さなかった自分を誉めたい。


「どうしたの? 朝から」
「折角王都に来ているなら、セラの側にいたいじゃないか」


 悪びれる様子もなく、寝起きのセラティーナは頭を撫でられ、もう……と呆れながらも朝からフェレスと会えて嬉しい。
 そろそろナディアが起こしに来る時間だ。ベッドから出てフェレスの隣に座った。


「朝はちゃんと食べてる?」
「君に言われた通り、ちゃんと食べてるよ」
「朝の食事は一日を始める上でとても大切なのよ」
「君達人間の感覚だろう? 妖精にそういった拘りはない」
「もう」


 怒っているのではなく、困った人と苦笑してしまう。皇帝直属の魔法使いになってから毎朝勝手に食事が運ばれてくると零し、王都にいる今もランスが勝手にフェレスの朝食まで持って来るから食べていると聞かされた。相手が妖精でも態度を変えない。フェレスが関わる人間は妖精相手でも分け隔てなく接する者が多いと見た。

 扉が叩かれ、向こうからナディアの声がした。


「早いお別れだね。また来るよ」
「ええ。組合に行って貴方に会いに来てもいい?」
「勿論だよ。待ってるよ、セラ」


 額にキスをした後、音もなく光の粒子を残してフェレスは消えた。唇越しから伝わった擽ったくて温かい感覚に若干の恥ずかしさを覚えつつ、返事をしてナディアを部屋に入れた。お湯を入れた盆とタオル、化粧品を載せたカートを箱んだナディアと早速朝の準備に取り掛かった。
 支度を終えると次は食堂へ。既にエルサが定位置に座っていた。セラティーナもナディアが引いた椅子に腰掛けた。


「おはよう、エルサ」
「おはようございます、お姉様」


 昨日の今日だがエルサに変わった様子はない。普段通りが一番良い。

 二人が座ったのを合図に食事がテーブルに並べられていく。今朝のメニューはサンドイッチ。茹でた鶏肉とサラダを乗せ、酸味の効いたドレッシングが掛けられている。見目はボリュームがあるように見えても実際に食べると味があっさりとしていて食べやすく、気付いたら一つ目を完食していた。マイスの甘い香りが漂うスープに手を伸ばし、スプーンで掬い音を立てず飲み込む。セラティーナとして生を受けて苦労したのがスープを音を立てず飲むことだった。微かな音でもマナーレッスンの教師に叱られた。


「お父様は……」


 サンドイッチを頂いているエルサが不意に零した。


「昼前には戻ると往復便からの返事で書いていましたが抗議してくれるでしょうか」
「どうかしらね。ただ、お父様は侮辱されるのを嫌う人」


 伯爵令嬢のルチアに頬を打たれたのが嫌っている娘セラティーナでも自分達より下位の者に侮辱されたのは同じ。父が抗議すると信じるしかない。


「でも、冷静な頭になって考えると相手は聖女様ですから……お父様でも難しいのではと考えてしまって」
「プラティーヌ家は大聖堂に多額の支援金を送り、慈善活動にも積極的に力を入れているわ。もしも、我が家からの協力が無くなると知ったら、困るのは我が家ではなく大聖堂やルナリア伯爵家よ」
「そうなると残るのはグリージョ公爵家、ですか」


 抗議を入れられても困らないのはグリージョ公爵家。同じ公爵家でもグリージョ家は筆頭公爵家。立場的には上。グリージョ家の場合は今後シュヴァルツとルチアの接触を一切禁じるという誓約をさせれば解決という問題がある。誓約の魔法は強大で、一度交わすと二度と破れない。誓約を破ろうとすれば相応の罰が下る。


「一つ、聞いてもいいですか?」
「ええ」
「グリージョ様って、実際のところお姉様の事をどう思っているのですか?」
「え?」


 エルサの予想外な問いにスープを掬っていたスプーンを皿に置き、目を丸くしてしまった。


「お姉様に嫌いだって言われた時、グリージョ様かなり傷付いた面持ちをされていました。あれって、少しでも相手に好意を抱いていないとしない顔ですよ」
「シュヴァルツ様が私を……?」


 確かに何度かシュヴァルツを拒絶する言葉を紡いだら、何故かショックを受けた傷付いた顔をされてきた。セラティーナ個人としては不思議でたまらなかったがエルサの指摘を受けて初めて考える。自分を好意的に見ていた……シュヴァルツが……。

 …………。


「……駄目ね。エルサにそう言われても全くピンと来ないの。シュヴァルツ様って、夜会やお茶会に参加しても一緒にいるのは最初だけで後は終わるまでずっとルチア様といるから、私を好意的に見てるって言われても全然……」
「じゃ、じゃあ、あの時のグリージョ様のお顔はなんなのですか」
「何かしらね……」


 ふむ……と考えて一つの仮説を立てた。


「どうせ私とは結婚しなくてはならないから、私をどれだけ放置していてもいいと下に見ていたのに、急にシュヴァルツ様を拒絶しだしたから……?」
「要はお姉様を舐めていたという事ですね。聖女様がお姉様を打ったのもグリージョ様の態度のせいではないですか」
「それと……シュヴァルツ様は私がシュヴァルツ様を好きだと思われているのかも」
「好きだから何をされてもお姉様は自分の側を離れないと? 恋愛小説の見過ぎでは?」


 そもそもシュヴァルツは恋愛小説は読まないだろう、という突っ込みはセラティーナからは出なかった。

 将来夫婦になるのなら仲良くなろうとする努力は間違っているのかと自問自答しても答えは返ってこない。その努力が逆にセラティーナがシュヴァルツを好きだと思い込ませていたのなら申し訳ない。フェレスを覚えている限り、セラティーナの心にフェレス以外の愛する人は入らない。

 二人悶々としていると執事がやって来て父の帰宅を報せた。予想以上に早い到着に二人驚く。執事曰く「馬を乗り換え大急ぎで戻ったとのことです」と告げられ、着替えを終え次第食堂に来るようだ。


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