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姉妹①
しおりを挟む目的のスイーツ店前で遭遇したシュヴァルツとルチア。二人があの後帰宅したのか、それともデートを続けたのかは分からない。あの状態で続けられたなら大した精神力の持ち主である。
出迎えに現れたナディアやエルサ付の召使はそれぞれの主人の荷物を持った。部屋の階は二人同じで階段を上がる。不意にエルサがセラティーナを呼び止めた。
「部屋に戻り次第、早急にお父様へ手紙を飛ばします。お姉様から何かお父様に伝えたい事はありますか?」
ルナリア家、グリージョ家、大聖堂への抗議を書く許可を父に送り納得させる材料が欲しいところ。少々考えた後、セラティーナはこう顔を上げた。
「なら、こう書いて。シュヴァルツ様と婚約破棄をしたいと。それから、婚約破棄をしたら私は王国を出て行くと」
「分かりました。……え!?」
元からシュヴァルツと婚約解消が成されれば、さっさと王国を出て行く予定だった。今回の件で解消より破棄を選んだセラティーナだが、そのまま王国にいるつもりは一切ない。言葉の意味を理解したエルサが驚愕の声を上げた。
「お、王国を出て行くって」
「ええ。いくらシュヴァルツ様が原因の婚約破棄が成立しても、多分周囲はルチア様との仲を邪魔し続けた私を嘲笑い、二人を祝福するでしょうね」
それどころか、セラティーナ側からの婚約破棄に不満を露わにするだろう。
「一度婚約関係が消えれば、二度目の婚約は難しいと言うでしょう? なら、私は王国を出て行って帝国で暮らすわ。向こうは魔法使いの腕を証明して見せれば置いてくれるだろうから」
「そんな、急に言われても。お姉様なら次の婚約者だってすぐに見つけられます」
「そうね。シュヴァルツ様に愛されない、お父様やお母様からも愛されない私を財産狙いで求婚してくる人は多いでしょうね」
たとえ魔法使いの才能があるせいで家族から冷遇されていてもセラティーナは正当なプラティーヌ家の人間。父は愛していない娘にもセラティーナが求めれば相応の教育を受けさせてくれる。金を惜しみなく使ってくれるのだけは有り難い。
「あ……」
言われて気付いたエルサはそれ以上は言えず。口を噤んでしまう。
それに、とセラティーナは苦笑する。
「私がいない方がお父様やお母様は喜ぶだろうし、エルサも二人の怒鳴り声や嫌な空気をもう見ずにいられるでしょう? 私が抜けたところで貴方達家族は変わらないわ」
両親に愛されるエルサとエルサを溺愛する両親。エルサがいればプラティーヌ家に問題はない。
エルサも同じ気持ちだろうと見つめているとすぐに異変に気付いた。顔を青褪め、プルプルと震え出したエルサの瞳から幾つもの雫が流れ落ちた。「エルサ?」と困惑を見せ、近付こうと足を踏み出した時、エルサが大きく後ろに下がった。
「あ……ご、ごめ、なさいっ」
「エルサ? どうしたの?」
「な、なんでも、ないです。お父様には、すぐに報せをとど、けるのでっ」
「あっ」
声を震わせ、途切れ途切れに言葉を紡ぐと部屋へと駆け出してしまい、追い掛けようとした足を止めた。慌ててエルサを追い掛けて行った召使が去り際にセラティーナを強く睨みつけた挙句、この事は父が戻り次第報告すると言い放った。
「セラティーナ様……」
「ナディア……私……エルサを傷付けることを言ってしまったのかしら……」
困惑とするセラティーナにあくまで推測に過ぎませんがと前置きし、ナディアは考えを述べた。
「子供は親を見て育ち、その言動や行動に倣います。エルサ様がセラティーナ様を嫌っていたのは旦那様や奥様がそうだったから、それが正しいのだと思っていた筈です。けど、心のどこかではセラティーナ様と仲良くしたかったのではと……」
「そう、なのかしら」
「きっとそうです」
「昔……面と向かって大嫌いだって叫ばれたの。お姉様のような人がプラティーヌ家にいて恥ずかしいと。私にとっては可愛い妹でも、エルサにとって私は恥ずかしい姉なんだと分かって私からはあまり関わらないようにしようって決めた」
思い返すとその台詞はよく父や母に飛ばされていた言葉。ナディアの言うように両親がセラティーナを嫌っているから倣っただけに過ぎない。
悪意を放ちながらも全く感じられなかったり、セラティーナの行動を気にしたり、よく絡んでは落ち込んで去ったり、とエルサはセラティーナに構ってほしかったのだと今更気付いた。
「どうしますか?」
「……」
妹と仲直り……ピンとこない。
フェレスと殆ど喧嘩をした事が無く、前世の友人とも仲直りをする程の大きな喧嘩はしていない。両親もそう。今世では、喧嘩をする程の友人がいない。友達がいなくても案外一人でいても平気な性質だったらしく、あまり寂しいと感じなかった。ただ、フェレスに会えないのが寂しかっただけ。
喧嘩も仲直りも経験がないセラティーナは困ったとナディアにアドバイスを求めた。歳の離れた弟や妹がいるナディアなら、良いアイディアを出してくれると期待して。
「一度、セラティーナ様が思う事をそのままエルサ様に話してみるのはどうですか? セラティーナ様がエルサ様をどう思っているか素直に話すべきです」
「私がエルサを可愛い妹だと思っていると知っても怒らないかしら」
「怒りませんよ。多分、喜ぶ筈かと」
不安はあるがナディアの言う通り、一度話しをしようと決めた。部屋へ向かう前に厨房に寄るとナディアを連れて早速向かった。
私室に飛び込み、そのままの勢いでソファーに座り込んだエルサはクッションを膝に乗せて顔を埋めた。
専属の召使がおろおろとしている気配がするが気にしてやれる余裕はない。自身がいなくても問題はないと、初めからプラティーヌ家は三人家族のようなものと言われて思い知った。姉は妹の自分にさえ関心が薄いと。
自業自得だ。散々小馬鹿にして、三年前一度命を助けられエルサが認識を変えたところでセラティーナには届かないのだと。一緒にお出掛けをして、お茶をして舞い上がったのは自分だけ。セラティーナは誘われたから来てくれただけに過ぎなかった。
早く泣き止んで父へ手紙を出さないとならないのに涙が止まる気配はない。
どうして父も母もセラティーナを小馬鹿にして嫌う自分を叱ってくれなかったのか、同調したのか。考えたところで今更だ。気付くのが遅すぎた。
婚約破棄が正式なものになったら迷いなく家を、国を捨てて出て行ってしまう。
未知の土地で人生をやり直したいのだ、きっと。優秀な魔法使いなら誰でも歓迎するのが帝国だ。きっと、セラティーナはすぐに自身の実力を示し重宝される。
そうなったら、魔力量が多くても魔法使いの才能がない自分はもう会えなくなる。
早く泣き止め、泣き止めと自身に言い聞かせていると扉が叩かれた。召使に見に行かせたら、ひょっこりと顔を出したのはセラティーナで。手にマグカップを二つ載せたトレイを持っていた。
「セラティーナ様っ、エルサ様は今」
「いいわ……」
追い返そうとする召使を遮り、部屋に入ってもらうとテーブルにトレイを置かれた。湯気が立つ出来立てのホットミルクが二つのマグカップに淹れられていた。
トレイの上にはもう一つあった。小瓶の中に通常よりも黄金の輝きを放つ蜂蜜。一目で普通の蜂蜜とは違うと見抜いたエルサが訊ねると楽しそうに微笑まれた。
「花の妖精が集めて作った蜂蜜よ。普通の蜂蜜と味も栄養も段違いだから食べてみて」
「それって、かなり貴重なんじゃ……」
「さあ、遠慮せず」
小瓶を手に取り、ホットミルクに注ぐ。エルサに渡した方には多めに蜂蜜を注いだ。恐る恐るホットミルクに口を付けたエルサはホットミルクを飲み込んだ途端、涙に濡れていた青の瞳を輝かせた。
——一方その頃、折角の楽しいデートをプラティーヌ家の姉妹に台無しにされた挙句、セラティーナを打った件を正式に抗議するとまで脅されてしまい、あのままデート続行とならずシュヴァルツに送られたルチアは部屋で泣いていた。どんなに泣いても涙は止まらず、悲しみは消えない。
あんな酷い言葉を言わなくても良いじゃないか、と悲しみに沈んでいく。
そんなルチアの部屋の前でおろおろとするのはルナリア伯爵。泣きながら帰宅した理由を聞いて愕然とした。いくら当主夫妻から嫌われていようとセラティーナは格上の公爵令嬢。その彼女を伯爵令嬢であるルチアが打つなど有り得ない。大事な聖女だからと少々甘やかしてきたツケが回って来た。
「だ……だがまだ望みはあるんじゃ……」
嫌っている娘が打たれただけではプラティーヌ公爵も穏便に済ませてくれる筈。一縷の望みに賭けてルナリア伯爵はすぐに謝罪の文を準備し始めた。
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