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何故そうなった?④

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 多数の女性が集まっていた理由も、シュヴァルツとフェレス達が対峙していた理由も知れた。ルチアとセットなのはいつもなのでセラティーナは敢えて触れなかったが一人納得してない者がいた。


「お姉様はグリージョ様と聖女様が一緒にいて何とも思わなかったのですか?」


 エルサだった。


「多少、思うところはあるけれど今更何を言っても仕方ないわ」
「お姉様に少しでも気があるなら、聖女様との関係を改めるべきですわ」
「どうかしら。私達が勝手にそう思っているだけでシュヴァルツ様はやっぱりルチア様が好きなのよ」


 そうでなければ、毎月の決められたデートをすっぽかしてルチアとデートはしない。
 個人的には無くても良いと考えていても、待ち合わせの場所に何時までも来ない相手を待ち続けるのは時間の無駄となってしまう。事前に連絡を入れてほしい。

 ここで意見が出た通り、何時までも自分の側にあり続けると信じているから、急に離れていく様を見て焦りを覚えているのだとしたら、とんだ傲慢だと溜め息を吐く。

 何度予想をしようと個人の気持ちは個人にしか理解は不可能。一旦、話題を変えるべくセラティーナは椅子から離れ窓に近付いた。先程の広場から組合へは然程距離はない。女性の集団はもういない。シュヴァルツとルチアの姿もない。フェレスやセラティーナがいなくなれば、あの場にいる理由もなくなる。


「エルサ。そろそろ私達はお暇しましょう。お買い物をしないといけないでしょう?」
「は、はい、お姉様」


 二人がいないのならもう組合を出ても大丈夫だろう。フェレスとランスにそろそろ行くと告げた時だ、下の階が妙に騒がしいと気付いた。

 気になってランスが先に個室を出て行った。


「はは」


 急に笑い出したフェレスに驚くも「僕が二人を外へ送ろう」と言葉を発する間もなく転移魔法で組合の外に出ていた。瞬きを何度も繰り返すエルサを気にしつつ、強引過ぎるフェレスをキッと睨みつけた。


「可愛い顔が台無しだから、そう怒らないで」
「フェレスには、騒ぎが聞こえたのよね? 何があったの?」
「大した事じゃない。組合の依頼達成に納得がいかなかった客が酒気を纏って乱入しただけさ」
「もう」


 それならそうと言ってほしい。組合に属する者は皆腕っ節が強い猛者ばかり。一般人の酔っ払いを相手にするのは下級魔物よりも簡単で御しやすい。心配不要だとフェレスに見送られてセラティーナとエルサは買い物を始めた。


「来て早々驚きの連続でしたね」
「そうね。さあ、気を取り直して買い物をしましょう。何処のお店に?」
「えっと」


 一年前、エルサ自身の力で取引を始めたスイーツ店に行きたいとの事。貴族よりも平民からの人気が高く、良質なスイーツを提供するわりに多種類で手頃な価格で購入可能。
 プラティーヌ商会に置くスイーツとして、貴族向けの品をいくつか作ってほしいと依頼していた。派手で豪華な見目と高級品が好きな貴族なら、多少値段を高く付けようと見栄っ張りだから必ず購入する。無論、見目だけではなく味も妥協しない。
 今日は試作品を確かめる為に向かっている。


「どんなスイーツを頼んだの?」
「それについては店側に任せました。素人の意見より、プロの感性に任せればと。平民向けを多く作っている職人ですが元は貴族の屋敷で専門の菓子職人として働いていたそうなので任せて大丈夫かと判断しました」
「貴族の屋敷に仕えていたなら、自分で店を出すより安定しているとは思わなかったの?」
「確か、仕えていた主人が亡くなってご子息が後を継いだようなのですが合わなかったらしくて。それで屋敷勤めを辞めてお店を開いたと聞いています」


 主人が亡くなったのは十年前、店を始めたのは七年前。軌道に乗り始めたのが六年前。安定した客数を確保し、現在に至る。
「あそこです」とエルサが示したのは、壁全体が緑色の店。ドアノブに下げてある『OPEN』のカードに目をやり、いざ、扉を開けようとドアノブに手を掛ける前に開いた。

 店内から現れた男女は——シュヴァルツとルチアだった。
 シュヴァルツの腕に抱き着き、うっとりと頬を寄せるルチアと冷たい灰色の瞳を前に向けていたシュヴァルツの表情が固まった。


 ——どうしてこうなるの


 内心溜め息を吐き、同じく固まるエルサを後ろにやったセラティーナは二人へ笑みを見せた。誰が見ても美しく、何の感情も宿っていない無の笑みを。
 一気に表情を強張らせ、冷たさが増した灰色の瞳が射抜いてくる。


「あら、セラティーナ様とエルサ様ではありませんか。先程は急に姿が消えてびっくりしたのよ? ねえ、シュヴァルツ」
「ああ」
「いなくなるのなら、挨拶をしてからではなくて? 礼儀と信用第一を大切にしているプラティーヌ家のご令嬢とは思えません」


 後ろに立たせたエルサから苛立ちと怒りが伝わる。言われ放題なのはセラティーナも嫌。シュヴァルツを見てもセラティーナを責める視線を貰っただけ。小さく息を吐いて二人へ微笑む。


「ならシュヴァルツ様。今度から、婚約者として決められた約束よりルチア様を優先なさる時は、必ず事前に連絡をくださいね。約束をすっぽかされた挙句、会っても嬉しいと思わないシュヴァルツ様を無駄に待たされる私の身にもなってください」
「なっ! あ、貴女シュヴァルツに対して失礼よ! 謝りなさい!」
「思ったことは口に出してしまう性分なので」


 悪びれもせず、堂々と言ってのけたセラティーナは言われた本人以上に怒りを露わにするルチアを一瞥するだけで、シュヴァルツに目を向ける。気のせいか、傷付いた面持ちをしている。何故? と小首を傾げると急にルチアが動き出した。

 反応が遅れたシュヴァルツが手を伸ばすもルチアには届かず、同じく反応が遅れたセラティーナは振り上げられた手を避けられず頬を打たれたのだった。


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