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夜の訪問③
しおりを挟む冷たい夜風に当たりながら、初めてシュヴァルツと出会った時を思い出した。
王国に生まれた貴族の子は、十歳になると城で魔力判定の儀を受ける。生涯に渡って影響する魔力量と魔法使いとしての才能を見る為に。王家が代々国宝として厳重に保管する魔水晶に魔力を流し込むと個人の魔力量と才能を判明させる。そう、その時にルチアが聖女の力を持っていると判明し、周囲は歓声に包まれた。両親同伴が義務だった為、仕方なしに来た父や母もこれには驚き喜んでいた。聖女の誕生は王国に救いを齎す。高度な癒しの能力と汚れを浄化出来るのは聖女だけ。
目出度いのだとセラティーナも周囲が拍手喝采を送るので自身も拍手をしたのを覚えている。
三年後、グリージョ公爵家のシュヴァルツと婚約が結ばれた。当時の気持ちとしては好きな人がいるシュヴァルツとの婚約は完全なる政略結婚という点のみ。公爵令嬢として生を受けたのなら、前世の夫に会うのは諦めるしかないと抱いていた。
初めての顔合わせはグリージョ公爵邸で行われた。当日まで父は王家でしたいと何度も要求していたようだが遂に叶わず、馬車に乗っていた時はかなり気を張っていた。グリージョ公爵邸に着くと公爵とシュヴァルツに出迎えられた。
『よく来てくれたジグルド、セラティーナ嬢』
『……』
灰色の髪と瞳の冷たい印象が強い公爵は若い頃大層モテたと聞いた。歳を重ねても大人の渋みが増してより女性人気は増しているとか。息子であるシュヴァルツも公爵の生き写しで冷たい相貌が印象的だった。セラティーナを見つめる瞳は氷の如く冷たく、拒絶していた。ルチアが聖女の能力があると判明した時点で二人が結ばれる未来は途絶えた。
聖女は王家と婚姻を結ぶ。昔からの習わしは筆頭公爵家であろうと覆せない。公爵に父は何も返さず、公爵も父に何も言わず、邸内へ案内された。
シュヴァルツと自己紹介をし合い、後は子供達二人だけで、と公爵は席を立とうと腰を上げた。
だが父は違った。公爵に促されても頑なに席を立とうとしなかった。
『ジグルド』
『何をどうしようが私の勝手だアベラルド』
『……』
今度は公爵が何も言わなかった。仕方なく公爵は椅子に座り直した。
シュヴァルツとは殆ど会話がなかった。公爵が主に話役になり、適度にセラティーナやシュヴァルツに話題を振っていた。
初めての顔合わせ以降は月一でどちらかの屋敷を行き来した。が、会話らしい会話はなく。贈り物もセラティーナは贈ってもシュヴァルツからは何もない。メッセージカードすら寄越さなかったシュヴァルツが今更になってセラティーナを婚約者と強調するのがよく分からない。
と、フェレスに話し終えた。
「頑張って思い出してみても、シュヴァルツ様が私を婚約者のままでいさせたい理由が分からないの」
「要は彼は自分の気持ちを今になって理解したという事なんだろう」
「え」
「聖女が好きなのも、愛しているのも事実だ。君という婚約者を手放したくないという気持ちも事実。ふふ」
一人納得して笑うフェレスの頬を軽く引っ張っても、答えを教えてくれない。これが正しい答えとは限らないとはフェレスの言い分。そうだとしてもセラティーナとしては知りたい。
「内緒だよ。僕の愛しい人」
「あ」
額にチュッとキスを落とされた。まだ婚約者がいる身だから、唇も頬へのキスも禁じたので額にキスをされたのだ。
「気になるからってセラから接触しないでね。嫉妬でどうにかなりそうだ」
「え、えぇ」
嫉妬するものなのか? 理由は不明にしろ、結局のところシュヴァルツはルチアを好きなのだから。
そろそろ寝る時間だとまた額にキスを落としたフェレスはふわりと消えた。上着を返すタイミングを完全に逃してしまい、部屋に入ったセラティーナは綺麗に畳んでクローゼットの奥に仕舞った。次に会った時返そう。
――プラティーヌ家から組合付近に転移したフェレスは丁度出て来たランスに「吃驚するだろうが!」と文句を飛ばされるも、愛しいセラティーナと会えてご機嫌だ。ランスの文句を聞き流した。
ご機嫌の理由を察したランスは呆れて溜め息を吐いた。
「ったく、亡くなった奥さんを転生させた挙句まだ好きだとかお前の執着ぶりにドン引きだよ」
「失礼だな。僕は一途な妖精さんなんだ」
「そんな可愛いモンじゃないだろうお前は! ――!」
可愛いどころか化け物だろうがと叫びたかったランスの言葉は続かなかった。暗闇から現れた五、六の黒い影。溢れ出る殺意を隠そうともしない影が動き出した直後――白い光に包まれ、粒子となって消えた。
違う意味で呆れた目をフェレスに向けるランス。
「早すぎだっつうの!」
「いや、今のでも十分さ」
「今ので情報を抜き取ったのか!?」
影が現れて五秒も経たない内に対象を消滅させる光りに包み、粒子となる直前に情報を抜き取る早業には文句は言えなかった。
「連中は?」
「君を狙っていたようだよ。百を生きていない妖精の君を」
「妖精って言っても、半分人間の血を引いてるけどな」
「だとしても、人間よりは魔力の純度も濃度も高い。ふむ」
「他に分かった事はないのか?」
「標的の妖精は生け捕りにした後、指定された場所へ運ぶよう指示されているね」
場所がどこかまでは読み取れないと肩を竦めるフェレス。そうか、とランスはピカピカ頭を掻いた。すぐに何でも情報は得られない。けれど今判明した事実もある。
「俺を餌に連中を誘き寄せる。事件解決まではこれでいこう」
他の妖精に被害が行くくらいなら、危険であろうと自身を餌にして敵を知る。この場に受付嬢がいたら激怒される作戦を思い付いたランスに淡々と肯定したフェレスであった。
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